第四十五話「怒りの鉄槌」③
だが、そうやって回りくどい手を使って、手をこまねいているうちに、お母様がこの私を拾ってくれた。
……ラース文明も気の毒な話ではあるな。
順当に行っていれば、惑星上からのお母様の駆逐という悲願も夢ではなかったのに……。
よりによって、この私どころか、ユリコ殿までも敵に回してしまうとはな!
まぁ、こちらとしても頭上を抑えられていては、とても安心なぞ出来ぬからな。
どのみち、いずれ宇宙の敵も尽く叩き潰す。
害があろうがなかろうが、そんな物は関係ない。
奴らとの共存共栄なぞ、微塵にもありえん……であるからには、徹底的に潰すのみだ。
やはり、目指すは制宙宇宙戦艦の大量建造と制宙権の確保……であるな。
せめて、出迎えが来るまでに、衛星軌道上くらいは戦略的優勢を確保しておきたいものだな。
そうなると、当然ながら軌道工廠兼宇宙拠点の宇宙軌道ステーションも必須。
軌道エレベーターもあった方が地上と宇宙の行き来が断然楽になるから、これもやっぱり必須の設備だな。
……そうなると、必然的に赤道直下を押さえなければならん。
この惑星の赤道直下となると見たところ、南方の山脈を超えた砂漠地帯だ。
なにやら、訳の判らん蛮族種族の領域で、統一国家が建国されている可能性が高いという話をエイル殿達からも聞いているが。
そう言う事なら、力を付けられる前に、制海権と制空権を確保した上での電撃速攻での平定が最善であろうな。
……もちろん、その前に王国の制覇は当然であるのだがな。
うむ、計画立案が捗るなっ! この辺りはエイル殿やアリエス殿……。
それに、オズワルド子爵殿も……率先して我が配下に加わった貴族は、彼が初めてだ……当然顔を立てる必要はあるし、情勢にも詳しいだろう。
まったく、元々私はこの手の国家戦略を立てる側である以上、こんな風に最前線に立つような立場ではないのだが……これはこれで、悪くはないものだな。
「コマンドオーダー了解! それでは神樹ちゃん……これまでの観測情報を元にこの星系の各種環境情報を集めて、私と情報共有。その上でわたしが提示する射撃パラメーターとの誤差修正をお願い! アスカちゃんのオーダーは、この炎神もどきの巣をまとめて出来る限り、綺麗に掃除しろって……わたしも同感だね!」
(わかったのだぁ……。それにしても、この惑星の外をじっくり観察したことも無かったのだが……四面楚歌と言うのかな? ここまで周り中が炎神だらけだったなんて知らなかったのだ……。うむ、解った……今提供できる最大火力を寄越せと言うことだな……しばし、待つのだ!)
……おそらくかつては、炎神の群れを掻き分けながら、惑星地上へ降り立ったと思うのだがな。
もう覚えていないほど昔なのかもしれないし、案外お母様も定期的にリセットをかけて、記憶情報の整理とかやってるのかもしれない。
AI達の代替わりと言うのは、要するにそう言う事で、AIもあまりに長い年月稼働していると、情報蓄積が多くなりすぎてしまう事で、コアプログラムの肥大化が発生し、思考能力の減退が発生してしまうのだ。
AIは人間と違って、簡単に記憶を忘れたりしない為に起こる弊害なのだが、その影響は演算力の減少や、反応速度の低下など多岐にわたる為、時間の問題でAIとして、致命的な状態に陥ってしまうのだ。
それ故に、一度まっさらなコピーを作り、必要な情報だけを移譲し、それが終わると役目は終わったとばかりに、自己消滅する。
あの入滅と称する代替わりは、代替わりと言っているのだが、要するにそう言う事で、固有名称も受け継いでいったりするので、実質300年以上稼働してるようなAIは帝国にはゴロゴロいるし、休眠中のAI達を叩き起こせば、大昔のAI大戦に参戦していたような大御所クラスがいくらでも出て来る。
もっとも、その辺りは私も似たようなもののようで、過去の皇帝だった頃の記憶については、日に日に朧げになり、徐々に断片的になりつつあるようだった。
それでも、皇帝としての矜持だけは決して失われない……そこは断言できた。
と言うか……無造作に反物質弾頭弾を使うなどと言ってしまったが。
そんな簡単に現場で出来るものなのだろうか?
「……えっと。神樹ちゃん……カービンレールガンの弾頭として、弾倉内の徹甲弾頭を反物質弾頭へ変換した……とか言ってるんだけど。これって……そんな簡単にできちゃうものなの?」
作業結果報告のようなものが視界に表示されるのだが。
その内容は、私でも驚愕するような内容だった。
「……どうやら、そのライフルの弾倉に残った弾体が全て、反物質弾頭弾に変換されたようだな。……いやはや、ここまで出来るとは私も知らんかったぞ」
「……その場で反物質砲弾を生成って……。と言うか、この弾頭なんなの? 反物質と通常物質が分子単位で未知の充填物質によって、均等に混ざり合って安定してる状態だって、AI達はそんな風に分析してるみたいなんだけど……。こんな量の反物質ともなると、地上で対消滅させたら、軽く惑星が傾くとかそんなのだよね?」
……私に聞かないで欲しいぞ。
と言うか、120mm口径弾頭にg単位の反物質を詰め込んでガワを張った……作れるとしたら、そんなものだと思っていたのだが、文字通りの芯までみっしりの反物質弾頭弾。
120mm口径弾頭サイズの反物質ともなれば、軽くkg単位であろうな……。
その質量の半分が純エネルギー化する……それが反物質の対消滅反応というものなのだが。
その威力は銀河人類の持つどんな兵器よりも強力だろう……。
恐らく単純な破壊力と危害半径なら、究極兵器と呼ばれた重力爆弾すらも凌駕している可能性が高い。
うっかり間違って、恒星に着弾したら、恒星に大穴が空いて、恒星活動が暴走するとかそんなであろうし、惑星規模の天体であっても一発で消し飛びかねない……。
当然ながら、こんなものを奴らの巣に打ち込めば数万の幼体はまとめて消し飛ぶし、母体っぽいのも同様だろう。
ガスジャイアントに寄生しているのも、同様で下手するとガスジャイアントに点火して、ミニ恒星化して爆散するかもしれんのだが……。
同等規模のガスジャイアントが他に2つもあるのだから、惑星の1つや2つ気にせずに、あそこに居座ってる一番でかいのを殺っとく……それが正解であろうな。
それにしても、分子単位で反物質を通常物質から隔離する分子間充填物質だと?
……まさかと思うが、それはニュートロニウムの事か?
要するに、中性子のみで構成された原子であり、純粋な電荷ゼロの物質の総称だ。
中性子星の構成物質とも言われており、実験室レベルでの分子単位の精製なら、21世紀の時点で成功しては居たのだが……。
とにかく、不安定であっという間に崩壊してしまう為、31世紀の現代でも安定化した状態での精製には成功していない……そう言う意味では、幻の物質だった。
だが、それ故に反物質とも通常物質とも反応せず、反物質を安定制御できる……そう言うことなのだろう。
確かに、このニュートロニウムの安定化と大量精製が可能になれば、反物質の取り扱いが格段に楽になる事で、一気に反物質の実用化研究が進むだろうとは言われていたのだ。
それをこうも無造作に……か。
……多分、マナストーンは、様々な物質の分子構造を再現し、その分子の電子的性質をも自在に逆転させる事で、反物質化やニュートロニウム化すらも容易に出来るのだろう。
当然ながら、もはや私にもこれは未知の領域であるし、この事実を知った帝国の科学者達は大いに湧いているであろうな。
「……そうだな。すまんが、ここまで来ると、私でも理解の及ばない未知の領域だ。まぁ、威力に関しては、惑星一個が軽く消し飛ぶとかそう言うレベルだろうからな。慎重に撃ってくれんと困る。まぁ、ユリコ殿なら確実に目標だけを消し飛ばしてくれると思うがな」
「なるほど、わたしも解んないやっ! AIさんやあっちの科学者さん達は「それ幻のニュートロニウム!」って大騒ぎしてるみたいだけどね。サンプルなんとか持って帰ってきてー……とか言われてるけど、さすがに無理なご相談だよねぇ……」
そりゃ、帝国の科学技術者達も目の色を変えるに決まっておろう……。
担うことなら、喜んでくれてやりたいところだが……ユリコ殿の言うように簡単にできたら苦労はしない。
こうなると、向こうも是が非でもこちらへの来援を送る理由が出来てしまっただろうな。
「……そうだな。この世界の物をそのまま向こうに持っていけるなら、誰も苦労はしないからな。とにかく、ユリコ殿……この場の責任は私が引き取る故に、ここは情けも容赦も無用……ラース文明に、我ら銀河帝国の怒りの鉄槌を下すのだっ!」
「了解っ! そだね……コホン! あーあーっ! ラース文明のエネルギー生命体よっ! 我ら銀河帝国臣民の積もり積もった積年の怒りを思い知るがいいっ! この一撃は……我らの王たる銀河帝国皇帝アスカ陛下の怒りの体現である! まとめて消し飛べぇーっ! おりゃーっ!」
そう言って、ユリコ殿が無造作に20発ほどの反物質弾頭弾を宇宙空間へ向かって、無造作にばら撒く。
当然ながら、音もしなければ、反動もない。
弾頭もあっという間にどこかに行ってしまったが、モニター上ではあちこちへ散っていっているようだった。
「……撃ち方しゅーりょーっ! ビシィッ!」
そう言い終わるなり、脳裏に浮かぶユリコ殿のイメージ画像が綺麗な帝国式の敬礼を決める。
なお、ビシィと言うのは擬音のつもりらしいのだが、当然ながらそんな物を付けると言う決まりはない。
とりあえず、こちらも返礼代わりに鷹揚に頷いておく。
「まぁ、これだけ距離があると、着弾は数日後とかそんなだと思うけど。すでに未来は確定している……仕上げは御覧じろってとこね! そして、衛星軌道上に敵影なし! 地上の敵も沈黙中……敵戦力の無力化を確認……状況終了! 撤収開始ーっ! せっかくだから、惑星一周して裏側の地形データも取って帰ろうよっ!」
さすがに、天文単位レベルの超長距離での実体弾攻撃ともなると、本来複雑極まりない軌道計算などが必要なのだがなぁ……。
ユリコ殿は本当に無造作に撃ったようにしか見えなかったのだが……オリジナルの能力の凄さは、この時点で狙ったターゲットに当たることがすでに確定している事にあるのだろう。
おそらく、この後……今しがた放った反物質弾頭弾は、この星系をグルグルと回りながら、複雑な軌道を取り、やがて目標へ着弾するのだろう。
その上で、手加減なしの大規模対消滅反応……。
恐らく私が指定したターゲットは尽く消し飛び、原子の塵へと変わるであろう。
それは、地上からも観測できるような盛大な花火となるのは確実と言えた。
特に幼体の巣窟と母体らしき個体の損害は向こうにとっても取り返しがつかないレベルの損害となるだろう。
多分、星系規模のγ線バースト災害なども発生するだろうが、そこら辺はお母様が勝手にシールドでも張って対応してくれるだろうから、地上の被害は心配せずともよいだろう。
迎撃についても、到底不可能だろう。
なにせ、120mm砲弾サイズの空間飛翔体を宇宙空間で追跡し迎撃するなど、元より至難の業なのだ。
どのみち、奴らが攻撃された事に気づくのは、攻撃を受けてからであろうし、何が起きたのかすらすぐには把握できないであろう。
どれも見るからに、極めて戦略的に重要なターゲットであり、こうなるとラース文明も戦略的に大きく後退を余儀なくされるであろう。
……かくして、盛大な惑星規模の一戦が終わり、我々も帰途につく。
願わくば……。
しばしなる平和なひとときを迎えんことを願って……。




