第四十五話「怒りの鉄槌」②
「状況的におそらく、スクランブル発進した戦術偵察機と言った所だろうが……案外、初手で一番強いのをぶつける……そう言う意図なのかもしれん。だが、ドラゴンか……まったく、つい先程一匹仕留めたばかりなのにさっそくお代わりとはな」
なお、未知の敵を相手取るのに後者の対応は明らかに愚策だ。
なにせ、初手最強はそれが落とされれば、後に打つ手がなくなる上に、未知の敵に手持ちの最強戦力をぶつけるのは、あまりにリスクが高過ぎる。
なにせ、最強戦力が倒れたと言う時点で、戦略も何もかもが崩れ去る……得てしてそう言うものであり、最強戦力を出す以上、それを失うと言うリスクが常に付きまとうのだ。
だからこそ、この手のアンノウンとの戦いは、まずは、返り討ちにあう事を前提に威力偵察をぶつけ、その戦力を見極めると言うのが、初手としては妥当なのだ。
もっとも……それを言ったら、ユリコ殿の基本戦術も似たようなものなのだがな……。
もっとも、彼女の場合は、ゼロ皇帝陛下と言う手綱を握ってくれる存在がいて、帝国軍も彼女に一存するほど、蒙昧ではなかった。
事実、過去の戦闘記録を見ても、ユリコ殿は基本的に後方予備がその指定席で、ゼロ陛下の座乗艦の直掩や最後方配置と言うケースがほとんどなのだが。
……彼女が活躍した戦場は、得てして後方も前方もない乱戦だったり、後背からの奇襲迎撃……もしくは、もはや後がない最終防衛ラインの決戦と言ったおよそ真っ当とは言い難い敗北苦境と言えるような戦闘ばかりなのだ。
そして、そんな圧倒的にn不利な戦場で、鬼神のごとく戦い抜き、敵を粉砕する事で、彼女は戦場の守護女神の名を恣にしたのだ。
「……アレって、やっぱりドラゴンなの?」
「私も良くは知らんのだが……。地竜と言うオオトカゲの仲間に炎竜と言う空を飛び火を吐く竜がいるらしくてな。この星の人類では、精鋭100人がかりでも追い払うのがやっとだったらしい。なんでも、生存率は一割以下だったと言う話だ」
「そりゃ、あんなの相手に生身で挑んだら、そうもなるでしょ。ねぇ、アレ……撃っちゃって良いかな?」
「ふむ、問答無用か?」
「そそ、わたし達もかつては、宇宙ドラゴン相手に目的はなんだとか、非武装民間人だから見逃してくれとか、交渉を試みたことあるんだけどさ。アイツらとのお話し合いって、毎度毎度、論外だったんだよね。だから、アレももう出会い頭にブチ殺しでかまわないと思うんだけどさ。と言うか、わたしの勘は迷わず撃ってよしって言ってるっ!」
さすが、我がオリジナル……実に気が合うな。
私もあれは撃つべしと判断している。
大きさは推定80m……地竜よりもかなり大きい。
km級の宇宙戦艦と比較してしまうと、なんとも細やかなものだ。
だが、この惑星の文明レベルでは、その程度でも十分脅威であり、事実……地上の戦闘員では、まるで歯が立っていない。
そう考えると、やられる前提の威力偵察としてぶつけるには、あまりに豪勢過ぎると言えるだろう。
地竜と同程度という事なら、なかなか死なないということは共通しているのだろうから、敢えて敵も惑星最強戦力をぶつけてきた……そう言うことなのかもしれん。
だが、大きいと言っても大型惑星降下艇に毛が生えた程度の大きさ……この程度で惑星最強の生物とは笑わせる。
まぁ、敵かどうかも解らんが、こちらが宇宙にまで出ていることは地上から観測していれば解ることだろうから、宇宙の敵に対抗しうる数少ない戦力……と言うことなのかも知れん。
であるからには、宇宙まで飛び上がってくる可能性もあるし、過去ユリコ殿達が相手取ったドラゴン共は真空の宇宙も平然と飛行していたらしいからな。
それに、明らかにこちらを目指している様子から、衛星軌道の飛翔体の識別能力くらいはあると見てよかった。
ある程度の距離を取りながら旋回機動で上昇しつつ、こちらへ向かうコースを取っている様子から、まずは小手調べと言ったところであろうし、何よりもこの感覚は……明確な敵意の視線だった。
「うむ、これは明らかに敵意であるな。ならば、こちらの対応は決まりだ。どのみち、敵にこちらの情報を与える気など毛頭ない。ユリコ殿……始末は任せる! ……一撃で確実に落とすのだ。これは皇帝命令であるぞっ!」
「おおっ! 皇帝命令とはまた……ふふっ、アスカ陛下直々の命令とはまた名誉なことで……了解ですよ。イエス、ユアハイネス! 「見敵必殺」オーダー入りましたーっ!」
見るからにやる気になっているユリコ殿。
時代と立場こそ違えども、ユリコ殿は皇帝の腹心にして最強の剣であるのだ。
そして、剣にとっての喜びとは、抜かれ振りかざされ、敵を葬ること……ここについては伝説に偽りなし……であるな!
だが、物騒なことを言っている割にはそのノリはやっぱり軽い。
まぁ、戦場で別にシリアス振る必要もないし、罪悪感なども抱く必要はないのだ。
我が帝国では、戦場においての兵の責を問うことはない。
戦争におけるすべての罪と責は、最終的に皇帝たるものが引き受ける……そう言うものなのだからな。
「……まぁ、皇帝命令と言っても、言ってみれば、ただの気分だからそう気張らんでくれ。もっとも、失敗したり、地上へ損害を出しても、気にする必要はないぞ。今のは、それを再確認していただいただけの話だ」
まぁ、このドラゴン……色といい敵意と言い。
間違いなくこれは、炎神と関係ありなのであろう。
と言うか、向こうも切り札を出してきた……そんな可能性もあった。
だが、出会い頭に身も蓋もなく撃ち落としてしまえば、敵に渡る情報も最低限……一方的にアウトレンジでドラゴンを屠るだけの力があると言う情報のみとなるだろう。
そして、最強の手札を失った敵は……まぁ、折れるであろうな。
むしろ、ユリコ殿がいる時に最強の敵が出てきたと言うこの展開はありがたい……。
私やリンカでは、こうも自信満々とはいかないであろうからな。
「ふふっ、その言葉があるのとないのでは大違いなのだよ? うしっ! そう言う事ならアスカちゃんの下でなら喜んで戦えるよっ! んじゃま、レールガンバースト三連射……ドーンッ! お前はもう……死んでいる! キリッ!」
レールガンのバースト射撃。
照準も何もなく、無造作にドカドカと乱射したようにしか見えなかったのだが。
……要するに、これはもう直撃する未来が確定した……そう言う事だった。
「ふむ、その様子だともはや、勝負は決まったと?」
「うん、決まってるよ? あのドラゴンはもうすぐ撃ち落とされる……見ててねー」
まだそこそこ距離があったのだが、砲撃を察したのか一発目と二発目は急下降加速で回避……。
レールガンの弾体を見切って避けるとは、なかなか勘も鋭いようだった。
速度もマッハ4近く出ている……大気が濃密な地表付近の飛行体としては、物理限界に近い速度だろう。
だが、急な回避運動で高度が一気に下がり、そこから上昇をかけたことで運動エネルギーを失い、速度が激減してしまっていた……。
そして、最後に一拍置いて放たれた三発目に自分から飛び込んでいくかのように、突っ込んでいって、頭部に被弾する。
丸太などとは比較にならない120mmレールガンの重徹甲弾頭。
原型は留めているようだったが、頭部への直撃で脳天に大きな風穴が空いていた。
普通に即死したようで……錐揉みしながら、海へと墜落……。
「はい、続いて仕上げー! ……頭ブチ抜いても副脳あるから、まだ死んでないって事くらい知ってるっつーのっ! もうネタは割れてるんだよ……そのまま、そこで完膚なきまで死んでなさいっ! ドラゴンくん……何も出来ずに残念無念! グッバイ、さよならーっ!」
更に五連バースト。
海の上に浮かんでいたドラゴンの背骨に沿って、それは次々と着弾する。
着弾の度に大きくビクンと炎龍の身体が震える。
全弾直撃後も断末魔の痙攣のように手足をジタバタと動かしていたのだが、唐突に静かになって、そのまま呆気なく海へと沈んでいって、やがて見えなくなった。
……まさに瞬殺だった。
恐らく、最後の五発はこのドラゴンの副脳を狙ったのだろう……。
なるほど……背骨に沿って、分散配置されていたのか。
そして、ユリコ殿は何処を狙えばその副脳を粉砕できるのか……当然のように解っていたようだった。
ユリコ殿……案の定、ドラゴンの殺し方を知り尽くしているようだった。
……万単位のドラゴンを殺したと言われるだけあって、その対策は完璧だった。
「お見事であるな……。私も先の戦いで地竜と戦ったのだが、こうも鮮やかにはいかなかったぞ」
未来を予知するのではなく、未来を垣間見て確定させる能力。
オリジナルの持つ最大最強の異能……。
要するに、今の一連のバースト射撃で、三発目がドラゴンの頭にヒットするという未来は、射撃時点で確定しており、あのドラゴンはどうやっても、ヘッドショットを食らって脳髄を破壊されて行動不能になると言うことが決まっていたという事なのだ。
そして、その強力な再生能力も正確に副脳を一瞬でまとめて潰すことで完封してしまった。
「……決めてしまいましたよ。ドラゴンヘッドショットキル! 上を取られて、どうにか出来ると思ったのかな? フフン……ドラゴンを見たら即殺せとか、もう帝国軍関係者にとっては常識だよねっ!」
まさに天空の支配者……であるのう。
もっとも、ドラゴン云々と言う常識は知らんぞ?
私の時代では、ドラゴン文明とか、すでに過去のものだったからなぁ。
昔々、帝国に喧嘩売って滅んだ種族。
その程度には、ユリコ殿達は徹底的に駆逐していたのだよ……。
いずれにせよ、地上の敵有力戦力は粗方潰したようだった。
もし、仮に他にもドラゴン並みの戦力があるとしても、現時点では迂闊に動かせないだろう。
そして、敵の抵抗力を排除したからには、やることは一つだった。
更なる戦果拡張……落ちた犬を叩くっ!
「ユリコ殿っ! ついでだ……あの恒星近くの幼生体の巣と、ガスジャイアントの大型個体に一発ブチ込んでやろうではないか! つまり、これは我々の宣戦布告と言うことだな。特に恒星付近にいる超大型個体……あれが敵の繁殖源の可能性が高い。あれは確実に念入りに潰す……弾種は……そうだな。ここは我々の持つ最大火力……反物質弾頭をたんまり撃ち込んでおこう!」
戦とは先手必勝! 異論は認めない。
敵の地上戦力を潰し、宇宙側ではまだこちらを視認すらしていない以上、今の時点で攻撃を開始すれば、相手は対応すら出来ないまま一方的に損害を被る事になるだろう。
どのみち、奴らは敵にしかならないのだから、今の時点で、出来る限り戦略的に手痛い損害を与えるに限る。
出来ることなら、このまま敵の全てを粉砕したいくらいなのだが。
時間も装備も兵力も何もかもが足りない。
なら、手始めに出来るだけ戦略的に痛そうなターゲットをまとめて潰す。
まぁ、シンプルな対応ではあるな。




