第四十五話「怒りの鉄槌」①
……たらればは禁句ではあるし、当時は向こうの事情など知る由もなかったのだから、後からならいくらでも言える。
ただ振り返ってみると、私も所詮、目の前の事に捕らわれて、同胞の死で感情的になっていたのは否めない。
未熟……その一言に尽きるな。
「そうか……奴らもギリギリではあったのか。だとすれば、粘り勝ちを狙うのも手ではあったのだな。だが、それはそれで、奴らは銀河連合傘下星系を奪還に動いていただろうからなぁ……。今となっては、何とも言えんよな」
あの戦いの戦略目的は、我々皇帝自身が囮となることで、銀河守護艦隊の目をこちらに釘付けにした上で、出来る限り時間を稼ぐのが目的であったからな。
その為には、こちらも隙を見せる必要もあったし、向こうの思惑にも乗ってみせねばならなかった。
そう言った事情もあったのだから、他にやりようがあったと言うのは、後からならいくらでも言えることだった。
何よりも、私を含め、皆の犠牲が無意味だった等とは思いたくない。
……私の犠牲も含めて、あれはあの時点で取れる最善の選択肢だった……そう思わなくては、やりきれない。
「そうだね……後からではなんとでも言えるし、戦場の……それも現場ってのは、その時点で見えてるものが全てだからね。戦争で双方が抱えている裏事情なんてのは、後からでしか解らないのよ。事実、私だって、いつも正しい選択なんて出来てない……実際の所、振り返ってみれば、間違いだらけのヘマばっかり……それが現実なのよ」
「まさか、ユリコ殿が……間違う事があったとでも言うのか? ユリコ殿は未来を見て、望む未来を確定させる……そんな能力を持つと聞いているのだが。むしろ、間違いようがないのではないか?」
「……これは、あくまで自分の行動の結果としての未来が垣間見える。そんな能力だからね……。わたしに関係ない所で物事が進んでるのに気づかなかったり、他人の思惑や意思を読み違えるなんて、よくあることだったよ……。わたしは、君たちが思ってるような完璧でも万能無敵の存在でもなんでもないのよ」
そう言って、ユリコ殿も寂しそうに笑う。
その笑顔の裏側に……彼女のが抱えているであろう、いくつもの後悔が垣間見えた。
わたしも、その後悔のいくつかを知ることの出来る立場だった故に、その理由も見当は付かないでもなかった。
だが、この場は、私は何も知らない……それでよかろうて……。
「そうだな……完璧な人間なんぞ、どこにもおらんのだからな。だが、敢えてその上で、聞かせてもらいたいのだが……ユリコ殿から見て……私、いや我々はどうだった? 十分に健闘した……我々の戦いは無駄ではなかった……そう思いたいのだが、実際どうだったのだろうな?」
これは偽らざる思いだった。
せめて、私達のあの戦いが……意味のあるものであって欲しい。
そう願わずにはいられないのだ。
「現場であのハルカ達と戦ってた君達は、出来る最善を尽くしたってのは事実だったと思うよ……。実際、万全の状態の銀河守護艦隊を向こうに回して、主導権を捨てた時間稼ぎの防衛戦とか……。そんなの普通にキツイだろうし、無茶が過ぎるでしょ……まったく。皆、頑張りすぎ!」
「無茶が過ぎる……か。確かにそうだな……。事実、我々は戦の主導権も捨てて兵力も一点集中せずに、各拠点に分散させた結果、各個撃破されてしまったからな」
まぁ、今回の戦を振り返ってみても、我々の対応は、戦略的には稚拙だったのは事実だった。
軍備についても、ライバル不在の状況で色々と迷走し、無人兵器とAI指揮に依存しきっていて、肝心要の将兵達の練度や実戦経験は不足していたのが実情だった。
何よりも、あの戦いについては、七帝国体制の弊害も出ており、七帝国の間のエーテル空間戦力は明らかに偏っていたし、軍部も変にお互いをライバル視していた関係で、七帝国各国の艦隊同士の連携すら取れていなかった。
そして、あくまで時間稼ぎに徹すると言う戦略目標もあり、そもそも始めから正面から戦っても勝ち目がないと言う前提で戦略を立てていたのだ。
要するに、あの戦いは始めから負けると決めつけていて、実際……相手のいいようにやられて、敗北を喫してしまった。
七帝国の持つ全戦力を一点集中の上で決戦を挑めば、勝機もあったのかもしれない……。
もっとも、決戦と言うものは、彼我の戦略目標が一致して、お互いそれが避けらないと言う条件下でのみ発生しうるのだ。
銀河守護艦隊と我々の戦略目標は、始めから食い違っており、向こうはこちらの兵力の一点集中を許さず、こちらの戦略拠点の無力化と皇帝の打倒を目標としており、こちらは終始、あくまで時間稼ぎが戦略目標だった。
時間稼ぎともなると、兵力の一点集中による敵の撃破よりも、兵力分散と戦力の温存が最優先となる……実際問題、どこが攻められるか解らないと言う受け身の状況では、各拠点へ均等に戦力を配置するしか無かった。
何よりも、向こうの戦略目標を銀河連合星系の奪回にさせないためには、敢えて向こうにとって各個撃破を挑みやすい状況を作らねばならなかったのだ。
「そうだな……我々は銀河守護艦隊との戦いで、始めから主導権を失っていたのだ。確かにそれでは勝てるものも勝てない。だがそうなると、その状況に変化が生まれていると言うことか?」
「そう言うことだね。ハルカ達銀河守護艦隊は、すでに戦争のイニシアチブを失ってる……。攻める側だったはずが、いつのまにか各帝国の主星系中継港を守らなければいけない……そう言う状況に陥ってしまったのよ。こう言えば、どんな状況なのか解るでしょ?」
「なるほどな……向こうは拠点を占拠し、皇帝を皆殺しにすると言う戦略目標を達成したにも関わらず、戦争自体を終結出来なくなった。そう言うことか」
戦争を始めるのは簡単で、終わらせるとなると至難の業だという事は、地球の歴史が証明している。
だからこそ、戦を仕掛ける側は、戦の終わらせ方も意識するべきなのだが。
アマカゼ・ハルカにはそう言う戦略的見地が欠けていると私も思っていたのだが、どうやら、その通りだったようだ。
「そりゃ、帝国相手に戦争仕掛けて、皇帝を皆殺しなんてやったら、そうなるに決まってるよ。何せ、停戦交渉しようにもその窓口がないんだもん。要はやりすぎたのよ……」
「確かに……そうなると向こうは、最低限我が帝国の戦略拠点を奪回されないように必死にもなる……。だが、我が帝国の戦略拠点なぞ、いくらでもある……それに私の仕掛けた伏線もちゃんと回収してくれたようであるしな」
「そう言う事だね! 要するに、大勢は決まりつつあるのだよ。そして、そうなる道筋を作ったのは、間違いなくアスカちゃん達だよ! これについては、このわたしが断言するよ! いやはや、見事な戦略的勝利ってとこだね」
なんとも照れくさい気分だった。
そうか……どうやら、我々が未来へ託したバトンはちゃんと相応しき者達が受け取ってくれた……そう言う事だ。
それにしても、あの状況から、あのハルカ・アマカゼと銀河守護艦隊をいとも簡単に戦略的に追い詰めるとはな……。
我がオリジナルのユリコ殿もだが、初代皇帝ゼロ・サミングス陛下。
どちらも、底が知れんな……。
この分だと、どちらの背中も遥か彼方……そんなところか。
「……アスカちゃん! 話はここまでっ! どうやら、早速敵の迎撃が出て来たみたいよ……。大型の飛行物体が一機……どうも隣の大陸から飛び上がってきたみたいだねぇ! 単機って事は偵察機……なのかな? 思ったより対応が早いし、スピードも軽くマッハ3は出てる……なかなかやるねっ! どうする? 今のうちにやっちゃう? と言うか、これ……まさかのドラゴンじゃんッ!」
一瞬、物思いにふけっていたのだが、ユリコ殿の警告で意識を引き戻す。
拡大映像を見る限りだと、赤い羽根つきのドラゴンそのままだった。
むぅ、あんな化け物もいるのか……流石に初見だぞ。
いや……これは恐らくアークが言っていた炎龍とか言う地竜の親戚みたいなヤツだな。
確か……この惑星の人類種の精鋭100人を集めても、追い払うのがやっとだったと言う話だったな。
だが、こちらの衛星軌道上への進出に反応して、慌てて上げてきたとなるとその意図はなんだ?
別の大陸から飛び上がってきたとなると、案外炎神とは別口なのかもしれんが……。
こう言う惑星軌道上に未確認飛行物体出現となると、初手としては無人の偵察機辺りを地上から出した上で接近を試みるか……。
惑星上空の軌道ステーションなり、機動母艦辺りから、宇宙用強行偵察機を出して威力偵察を仕掛けるのが定石だ。
なお、この場合……いずれの場合でも偵察機はむしろ迎撃される前提で出す。
偵察機がやられたらやられたらで、敵の意図やその性能が推測できるし、敵意の有無も確認できる。
こう言うのは、未知の外宇宙からの敵対勢力への対応シミュレーションとしては、定番のシチェーションだったからな。
我がアールヴェルでも、この手の未知の敵対体への対応訓練は、日常的にやっていたから、その辺りはよく解る。
であるからには、これも単なる偵察……と言うのが軍事的な常識ではあるのだが。
それにしては、これはむしろ本命、敢えて初手から最強をぶつける……。
そんな圧倒的強者の驕りのようなものを感じさせる。
以前にも南方の山の中に出現して、王国の脅威になっていたのも事実のようだからな。
案外、自分を倒せる存在などいない……そう思いこんでいて、未知の衛星軌道上の飛行体を確認して、勇んで飛び出してきた……そんなものかも知れんな。
そう言う事なら、この場での対応はひとつだけだった。




