第四十四話「はるか遠い世界の星空に」⑤
「……まぁ、いずれにせよ……私が出せるのはヒント程度だ。参考にしてもらえると嬉しい」
「うん! 後方でも早速、アスカ陛下の提唱した対エネルギー生物想定の新型の第三航路突破実験船の設計に着手したみたいだよ。いやぁ、さすがに実質皇帝命令に近いだけに、皆すっごいやる気満々だよ」
「そうか。私からは諸君の健闘を祈ると言ったエールを送るのみなのだがな。だが、心すべきは第三航路跳躍船は、確実に今の銀河の常識すら書き換えかねない恐るべき技術であると言う事実だ……。多分、銀河世界の常識が一夜にして変わる……その程度は覚悟しないとならんだろうな」
……なにせ、それは銀河の星々の距離をないものとする。
そんな夢の技術と言える技術なのだからな。
そんな技術が表に出てしまったら、少なくとも銀河連合は発狂するだろうし、エーテルロードの存在意義もなくなってしまうだろう。
そうなったら、銀河連合も完全に存在意義を失うこととなり、帝国も国のあり方自体が変わっていく事になるだろう……。
そして、この惑星に代表される数々の惑星文明との邂逅。
何よりも、拡張に伴う異種星間文明との激突。
恐らく、帰還者との戦いもより激しさを増すことになるだろう。
文字通りの世界変革……パラダイムシフトの到来。
その後にやってくるであろう新たなる世界は……もはや、私では想像すら及ばんな。
「変わるだろうねぇ……。実のところ、第三航路関連の技術って、あのゼロ陛下がビビって、そっ閉じしたようなものだったからねぇ……」
「そ、そうなのか? あのゼロ陛下ですら……その……ビビった。それほどのものだったのか……」
「まぁね……。こりゃヤバいぞって事は、関係者の誰もが割りとソッコーで気付いててね。その上で、思わぬ障害がある事が解った。明らかに人類には早すぎっぽいし、そこまで切迫してないから、別に無理しなくてもいいかな……ってなったんだよ。要は当時はメリットよりもデメリットの方が大きいって判断されて、こそーっと封印されたって訳よ」
「ならば、尚更……。無理はしない方が良いのではないか? 私もそこまでは望んでおらんぞ」
「いやいや、どのみち……現状、銀河からラースシンドロームの脅威を駆逐するとなると、アスカちゃんを迎えに行くのが一番確実で、てっとり早そうだからね。何より、この惑星は帝国の版図にして、ラースシンドロームとの戦いの最前線っ! わたし達はそう認識しているのよ。だから、傍観者に徹するってのはありえないの」
「……そうだな。我が帝国は……帝国は決して同胞を見捨てない……。それも国是であるからな……」
全体主義国家とはそう言う物なのだ。
むしろ、それを蔑ろにした時点で全体主義は全体主義でなくなってしまい、堕落の道を邁進し、いずれ自滅することとなる。
過去の地球の共産主義国家がそうであったようにな。
まぁ、その辺りの事情は説明されるまでもなく、解る。
「そうそう! 一人は皆のために、皆は一人のために! これはエスクロン時代からの伝統だし、その一人が皇帝陛下なら尚更だよ……。要するに、ここにアスカちゃんがいる以上、帝国の皆にとっては我が事同然って事なのよ!」
……やはり、そうなるのか。
私は銀河宇宙から……帝国から追放されて孤立無援……そんな訳ではなかったのだ。
確かに、私自身……銀河帝国皇帝としてはすでに死んだと言えるのだが。
私自身は未だに自分を帝国の一部だと認識している。
そして、ゼロ陛下に代表される銀河帝国の人々は、この惑星にて孤軍奮闘を続ける私に少しでも助勢すべく、今もはるか遠くでその力を結集し、虎の子と言えるユリコ殿の意識体を送り込むという多大なリスクすらも犯している。
ユリコ殿が言うように、帝国とは元からそう言う国なのだからな……それを皇帝たる私が蔑ろにするわけにはいかんよな。
「ありがたい話だ……。となると、尚更せめて、この星系は我が手にて確実に平定しておきたいところだな! ああ、そこは私に任せておくが良いぞ!」
「アスカちゃんこそ、無理しちゃだめっ! アスカ陛下はわたしと違って、皆に守られる立場だって、自覚しなさい! これはお母さんとしての命令だよ? 子供がお母さんより先に死ぬとか、危ない目に合うとか、本来はあってはいけないことなんだよ?」
「……ふふっ、そうだな。ソルヴァ殿達からもよく言われる。そうだな……私もお母さんの言うことは聞くことにしよう。まぁ、無理はしない程度に……こう言っておけば良いかな?」
「うわぁ、怪しい……。でも、確かに率先して前に出る……。そうすれば、誰かが犠牲になったりしないからね。そこはわたしだって、解るよ。でも、皇帝陛下がそれやるのだけは駄目……これだけは守って!」
「まぁ、そこは同感であるな。指導者たるものが先頭に立つと言うのは、戦略的には敗北したようなものであるからな」
「そう言うことだよ。とにかく、何もせずに傍観者でいるなんてのは、わたし達としても初めから選択肢にないのよ。いずれにせよ、ここがアンドロメダだろうが、マゼラン星雲だろうが、出迎えの船くらいは出せると思っていいから! と言うか、絶対たどり着く!」
「解った! 解った……だが、そうなると本国とこちらの情報連携が重要になるであろうし、いずれにせよこの星系の制宙権の確保は絶対条件になるであろうな」
「確かに、この星系が敵の支配下ともなると、並大抵の船を送り込んでも外縁部で撃破されちゃいそうだし、送り込むと言ってもピンポイントワープとかは無理筋っぽいしね……。あの大きさだと、さすがに宇宙戦艦沈めるくらいの火力は持ってそうだし、最低限対抗手段も確立が必要……。まったく、核融合弾クラスの高エネルギーでないと対抗できないって、厄介過ぎるでしょ!」
対抗できないではなく、厄介と表する辺り、さすが解っているな。
実体を持たないエネルギー生命体。
物理攻撃が効かない時点で、存在の次元が違うと言えるのだが。
より高密度のエネルギーの奔流で巻き込めば、その情報体が維持できなくなって消滅する。
倒し方が解っているなら、それはもはや無敵の超生物でもなんでもない。
実際、反物質についても、別に作れない訳ではなく、今の技術水準では採算が合わない上にリスクが多すぎるから使っていない。
……それだけの話なのだ。
現在進行系で、細々とながら反物質による対消滅反応の基礎研究は続けられているし、取り扱いのリスクがもう少し下がれば、モノになるかもしれないと言う話だって聞いている。
対消滅反応による桁違いのエネルギーを扱えるようになれば、エネルギー生命体などもはや敵にもならんだろう。
さりとて……今の問題はこの炎神共の巣窟……。
見た限り、なかなかの数がいるようで、どうしたものか迷ってしまうな。
さすがに、これだけの数の炎神共を殲滅するとなると、相応の用意が必要になるのは否めない……。
帝国本国からの宇宙艦隊の現地派遣が期待できるなら、ひとまずこの場はドアノック……ご挨拶と情報収集程度に済ませて、一度退くのもやむ無しか。
と言うか、第三航路の存在には驚いたが、そこに巣食う未知のエネルギー生命体ゲートキーパーか。
高度AIを狙い撃ちにするとは、なかなかに厄介な相手のようだった。
だが、そうなるとどう見ても、それは先史文明の置き土産であろうな。
そうなると、先史文明の正体も朧げながら見えてきたな。
恐らく、火の精霊と同じく物理に依存しないエネルギー生命体の可能性が高いのではないか……そんな風にも思う。
なにせ、エネルギー生命体は物理に依存しないだけに、その寿命も無限に等しいであろうからな。
先史文明は、その文明のあり方やその存在自体を一段階昇華させて、神に等しいエネルギー生命体に進化した……そんな仮説も立てられる。
そして、エネルギー生命体を倒せるとなると、最低でも核融合兵器。
確実にと言う事なら反物質制御を実現する文明レベルでもないと、本来は為す術もない。
この世界における炎神も本来は倒せるような存在ではなかったはずだ。
もっとも、それは過去の話で、私はすでにアレの首に手をかけているようなものなのだがな。
だが、そうなると……。
炎神文明と今までなんとなく呼んでいたが、神を冠するほど、御大層な文明ではないな……。
名付けるとすれば、ラースシンドロームの原因文明。
略してラース文明で十分だろう。
どうせ、向こうは我々地上の人間など、塵芥程度にしか思っていないのだろう。
だが、それ故に奴らは、確実に滅ぼさねばならん。
あれがこの惑星の人類種にとっても、百害あって一利なしと言うのは、私もよく理解しているのだ。
この惑星は、お母様が降り立った事で緑化し文明が興り、発展してきたのだ。
それをラース文明に好きにさせるような事はあってはならない。
なにより、この星に生きる人々は、未来を生きる権利があるのだ。
こんな生物かどうかも怪しい奴らに蹂躙させて良いはずがない。
……そう考えると、確かに援軍の見込みが出てきたのは大きい。
情報の接続も、アストラルネット経由で可能ならば、AI転送による多大な支援を受けることが可能となる。
まぁ、アストラルネットがどういう原理なのは知らんがな!
場所も距離も関係なくゼロタイムで情報伝達が可能……これまでは、手狭なエーテル空間を経由することで、物理的な距離が数万光年離れていても、容易にリアルタイム通信を行う事が可能だったのだが。
アストラルネットワークは、エーテル空間を経由することも無く、瞬時に銀河系との通信が可能なのだ……この時点で相当なものなのだが……。
何よりも、物理的な繋がりも可能性レベルながらも見えてきた。
ただ、第三航路の突破方法と言っても、些か乱暴な方法であるし、惑星衛星軌道上にピンポイントで我軍の宇宙戦艦を一万隻単位でまとめて送り込めるとかそこまでのものではないだろう。
何よりも、1000光年程度ならなんとかなっても、10万光年単位ともなると精度も期待できそうもないから、迎えの船と言っても、亜空間ドライブを積んだ空船が良い所で、いい所カイパーベルトライン辺りに大雑把に送り込むくらいであろうな。
むしろ、第3航路航法の技術情報を送ってもらった上で、お母様の知恵とテクノロジーを借りて、こちらでも挑戦してみるのが早いような気がする。
実際問題、帝国本国に頼り切ってじっと救援を待つだけというのも、流石に気が引ける。
それに、第三航路を強行突破するにしても、なにぶんこちらからでは、外宇宙の観測手段が皆無であるからには、成功したのかどうかの確認も一苦労であろうからな。
いっそ、こちらから送り込んだ船を向こうで拾ってもらう方が各地の観測網の充実度を考えると、遥かに現実的だろう。
いずれにせよ……だ。
ここはひとつ、我が名において惑星統一国家を建国し、宇宙艦隊を編成した上で、奴らの本体と巣を駆逐し、この星系まるごと我が支配化に置く。
その上で両手をあげて、よくぞ参ったな! と迎えの船を出迎えるなり、こちらから里帰りしてみせて、皆を驚かせると言うのが、皇帝としての流儀であろうな!
あのゼロ皇帝が再臨しているのであれば、尚更、その後継者としてみっともない姿は晒せぬ。
……なにせ、我々皇帝はあの方の後背を追うのではなく、あの方と並び立ち、追い抜いてこそ、その後継者足り得るとしているのだからな。
格下としてでは無く、共に並び立ち、その先を行ってこそ……今代の皇帝として、堂々と顔向けが出来るというものよ。
大それた夢かもしれんが、夢と目標は常に大きく持たねばならんからな!




