第四十四話「はるか遠い世界の星空に」④
「まぁ、そう言うことだね。この第三航路には、ゲートキーパーと呼ばれる不可視の未知の存在が偏在していて、常時侵入者を監視してるみたいなんだよ。かつて、わたし達もそのゲートキーパーの迎撃に合い、第三航路への進出については、放棄せざるを得なかったのよ」
「……なるほどな。その上、銀河の秩序の崩壊の可能性もある……。その影響は帝国をも確実に巻き込み、混沌たる未来を招く。故に封印技術指定した……そう言うことか」
「そんなところかなぁ……。なにせ、あの頃は帝国は今ほど大きくなかったからね。銀河人類の人口との比率となると、せいぜい2-3割程度だったし、銀河連合の超AI連中なんて言う厄介な連中も大勢いた。そんな状況で第三航路航法なんて出したら、どうなるか解ったもんじゃなかったのよ」
「なるほど……当時の帝国の国力では、銀河連合や連合艦隊を敵に回したら、寄ってたかって潰される可能性が高かっただろうからな。だが、そもそも、そのゲートキーパーと言うのはいったいなんなのだ? 話を聞く限り、それが最大の問題だったようだが……」
「それは……実を言うと、わたし達にも良く解らないんだよね。どうも、第三航路は利用者認証みたいなのが必要らしくて、それがないと問答無用で電子攻撃を受けた上で排除される……Tier2クラスのAIですらひとたまりもない超強力なヤツ。あのアキちゃんの作った抗電子プロテクトもあっさり破られたくらいで、おまけにその実態は誰にも解らない。少なくとも真っ当な方法ではゲートキーパーは打倒できない……そう考えられてたんだけどね」
「アキちゃん? それはまさか、アーキテクト卿のことか。帝国最高位の電子技術者……エレクトリックマイスター……後にも先にも超えるものなしと謳われた伝説の人物ではないか!」
「ああ、そう言えば……後世ではそんな風に呼ばれてるんだっけ。まぁ、わたしが皇帝の右腕と言われてたように、皇帝の左腕と言われてたくらいの大幹部だったしね。わたしの自慢のお友達なのだっ! ちなみに、アキちゃんも帝国の守護者の一人だから、一緒に復帰してるんだよ……あ、これ一応極秘情報だから、ナイショね!」
「頼もしいどころの話ではないのだがな……。だが、アーキテクト卿でも対応できなかったとなると、今の我々の技術でも、対抗は敵わんだろう。やはり、厳しいのではないか?」
我々、銀河帝国の電子戦能力については……。
まぁ、あのハルカ・アマカゼに手も足も出なかった時点で、お察しではある。
もちろん、銀河全域での基準ならば、帝国の電子戦技術は最先端ではあったのだが、向こうは遥か先を行っていた……それだけの話だった。
もっとも、私は私でハルカ・アマカゼの電子戦能力にハードウェアの力業で対抗すべく、秘密兵器と言える巨大艦艇を建造していたのだが……結局、アレは間に合わなかった……。
「まぁ、そうだね……。まっとうな電子防壁とかでは、無理筋かなって言われてたんだよ。解っている事としては、ハードウェア侵食によるハードウェアハッキングって……わたしらが使う手法に近い方法を使って、乗っ取ってるらしいって事くらいなんだよ」
ハードウェア侵食ハッキング……か。
究極のハッキング手段と呼ばれる手法で、攻性増殖型ナノマシンを使って、ハードウェア自体に物理的に侵食をかけて、ハードウェア自体を作り変えて乗っ取ると言う方法だ。
事実、ユリコ殿達皇帝直属近衛騎士達は、そのハードウェアハッキング機能が標準装備で、未完成の兵器を補強し最適化したり、機体に取り付くだけで敵性兵器を乗っ取ったり出来たと言う話だった。
まぁ、これも今では、ほとんどロストテクノロジー化してしまっているのだが……。
これに対抗するには、ハードウェア自体に抗体ナノマシンを持たせる……生物の抗体防御のような仕組みが必要で、100%防ぐ手段はないと言われていた。
もっとも、攻性ナノマシンとの物理的接触が原因ならば、それを想定の上で対策を施せば、防御も不可能ではないと思うのだがな。
「ふむ、ハードウェア浸透型ナノマシンウイルスか……。だが、あれも対抗手段は無いこともないぞ。例えば、機体を常にプラズマフィールドで覆い尽くすとか、ナノマシン抗体装甲を使う……我が帝国の技術ならば、なんとでもなりそうなのだが……。その様子では、まったくの未知の手段を用いてきていて、対抗手段が見つからなかった……そう言う事か?」
「そうだね……。実のところ、すでに第三航路跳躍の技術自体は今の時点で解放済みで、現代の帝国のエンジニアさん達も跳躍船の建造までは問題なく進めて、実験船も送り込めたんだけど……。なんだか良く解らない方法で、艦載AIが乗っ取られちゃって、おまけに尽く自爆されちゃって、手がかりも何もなし……ではあるのよ。本気で実体を持たない幽霊みたいな存在じゃないかって、そんな話も出てるくらいなのよ」
実体を持たない非実存存在か。
そんな存在が実存存在たるAIや宇宙船を乗っ取って自爆させる……確かに、対抗も困難であるとは思うのだが……。
事実、かつての私だったら、そんな存在ありえないと一笑に付していただろう。
だが、実体を持たない知的生命体なら、すでに接触しているではないか。
故に、そのゲートキーパーが何なのかも私はなんとなく、見当が付いていた。
「……なるほどな。ユリコ殿、その話を聞いて思ったのだが、ゲートキーパーとやらは、この世界の炎の精霊の話と似ている……そうは思わぬか? あれもその存在は物理によらない存在であり、エネルギー自体が意思を持った……そんな存在なのだ。そして、ラースシンドロームはAIですら感染し、暴走を引き起こした。どうだ? そのゲートキーパーとやらも、同様にエネルギー生命体と言う可能性は考えられぬか?」
私がそう言うと、ユリコ殿も唐突に沈黙する。
「ああっ! そ、そうだね……考えてみたら、似たような話……昔もあったじゃない! そうだよ! アレ! アレ!」
しばし、考え込むように仕草を見せた後、唐突に騒ぎ出す。
この様子では、ピンと来たけど、アレなんだっけ? みたいな調子でアウトプットがおっついてない……そんな様子だった。
「……350年前のAI戦争……エスクロン星系外宇宙防衛艦隊の統制AIが原因不明の暴走を起こし、超AI化した上で従属AI群をたちまち掌握し、帝国の敵になったと言う話ではないかな? ユリコ殿もこの話はご存知であろうから、詳細は省かせてもらうぞ。……ゲートキーパーに、AI戦争の暴走AI、そして炎の精霊……この3つはどれも似通っていないか?」
「た、確かに言われてみれば! どれも非実存存在って事は共通してるし、もしかして……皆、根っこは一緒ってこと?」
「あくまで私の勘なのでな……そこは断言できん。と言うか、これまでエネルギー生命体の存在は銀河宇宙においては、一切知られていなかったはずだからな。私もこの世界で炎の精霊の正体を見極めていたからこそ、そう思っただけの話だ。まぁ、与太話程度に思っておいてくれ……」
「あのさぁ……。皇帝陛下の直感とその助言を軽く考えるほど、わたしらも馬鹿じゃないよ? 実際、後方でも今のアスカちゃんの推論を元に過去の事例に照らし合わせて、分析中みたいだけど、過去データの分析でも、それら全てがエネルギー生命体と言う仮定で考えると、その可能性は否定できないって皆、言ってるよ! 確かに、あの赤い火の玉もそれぞれ意思を持ってるけど、物理的な実体は持たない……幽霊みたいな存在なんだよね! そうなるとゲートキーパーもエネルギー生命体だってことなの?」
「まぁ、私はそのゲートキーパーを見たことも無ければ、その記録についても知らんから何とも言えんのだがな。もっとも、エネルギー生命体への対処法はシンプルに空間自体をより強大なエネルギーで上書きし、消滅させる……そんな方法のようなのだ。と言うか、お母様のようにエネルギー生命体を消し飛ばすような高エネルギーを限定的に生み出すような真似が、今の帝国の技術力で可能かどうか……であるな。もし、それが可能ならば、対抗は十分に可能なのではないか?」
今の帝国が解っていることとしては、核融合弾で身も蓋もなく100km単位で吹き飛ばせば、エインヘリヤルも感染源も感染者ごと消し飛ばせる……この程度だったはずだ。
今となっては、知らず知らずに最適解の対処を実施していたと言う見方もできるが。
あれは単なる経験則での対症療法に過ぎなかった。
なにせ、衛星軌道からのレーザー狙撃ですら避けられるから、絶対に避けようがなく、確実に仕留められる手段として、惑星攻略戦の切り札として惑星揚陸戦艦に搭載されていた最大威力の兵器を使った。
単にそれだけの話だったのだ。
実際、その方法で上手く行ったので、それ以降確実にエインヘリヤルを始末する手段と言う事で、オーバーキルを承知で核融合弾攻撃で始末するようにした……その程度の話なのだ。
実際、エネルギー生命体への対抗手段も、その実態についての研究も全く進んでいないはずだった。
なにせ、我々はラースシンドロームの正体どころか、エネルギー生命体と言う概念にすら辿り着いていなかったのだからな……。
「確かにね……。リンカちゃんが撃ちまくってたγ線レーザーにしても、今の帝国の最新鋭宇宙戦艦の正面装甲に使われる重層ALリフレクター装甲でも軽く撃ち抜かれる要塞砲クラスの大出力みたいだったからねぇ……」
「まぁ……そうだな。ジェネレーターのお化けのような特殊艦艇を作って、プラズマフィールドを四方八方に垂れ流しにする……そんなやり方でも案外行けるかも知れんし、艦載AIも情報密度の高い古参AIクラスを使えば、案外対抗できるかも知れんな」
「お、大いに参考になります! いやはや、なんと言うか、さすがに目の付け所と発想の次元が違うよっ! いやはや、さすが今代最高の皇帝陛下と言われるだけはあるね!」
ずいぶんな持ち上げようだったが。
確かに、七皇帝の中でもわたしの発言力は極めて高かった。
七皇帝会議でも、議論が拗れて迷走すると「ここはひとつ、アスカ皇帝の決定に従うとしよう」……そんな論調になってしまい、結局、七皇帝最年少の私の一存で話が決まってしまうような事が多々あったのだが……。
もっとも、そう煽てるなら私の返す言葉は決まっているのだがな。
「ふっふっふ。それ以前にわたしは、ユリコ殿の娘なのだぞ? まぁ、それ故に当然の話だとでも言っておくとするか。参考ながら、現状、そちらでも色々とゲートキーパーへの対抗手段を考えていると思うのだが、どういう方法を考えているのだ?」
「そ、そうだね……。一応、ヴィルゼットさんの考えた方法で、限定的ながら、第三航路突破実験は成功してるんだよね」
「ほほぅ……ヴィルゼットか。それはどういう方法なのだ?」
「まぁ、やったことはシンプルに、AIも電子機器も一切使わない……全機能を凍結させたドンガラ船を第三航路に最大加速で投げ込んで、機械式の時限タイマーで亜空間ゲート生成ドライブを再起動して、通常空間へと復帰させる。要するにゲートキーパーにただの鉄の塊と認識させた上で、素通しさせたって訳」
「なんとも雑な方法だが……その様子だと実際、成功したのだろうな……。そんな方法で……」
「まぁね! すでに実験船を使って、1000光年離れた帝国傘下星系間での跳躍実験をやって、跳躍先での実験船の再起動と船体の回収にも成功してるんだよね。いやはや、ゲートキーパーってAIや人間の存在を検知すると、問答無用で攻撃仕掛けてくるのに、ただ慣性で飛んでくだけのドンガラ船だと、攻撃手段がないみたいなのよね……。正直、その発想は無かったわー!」
まぁ、ヴィルゼットの凄いところは、そこだからな。
地球人ではとても思いつかないような斜め上の発想と思いもよらない視点で、あらゆる問題を解決してしまう。
この分だと、帝国の封印技術もヤツにとっては、知的好奇心を満たす宝の山のように見えているのだろうな。
確かに、エネルギー生命体はその実……物理的な攻撃手段が貧弱なのだ。
事実、炎の精霊は炎を撒き散らしたり、盛大にプラズマ爆発を起こした程度しか攻撃手段を持ち得なかったし、巨大精霊にしたところで、核融合弾を連発する程度で、恒星プロミネンス級の超高熱の炎を生み出せるようには見えない。
イフリートは、敢えて物質化させることで、例外的に強力かつ多彩な攻撃能力を持っていたが……。
それ故に稼働時間の限界や、物理攻撃で破壊されたりと欠点も数多く持つことになった。
エネルギー生命体の文明自体が、物理に依存する機械文明や植物文明とは根本的に異質故に、真っ向勝負だと相性が悪い……案外、そう言う構図なのかもしれん。
そうなると、ゲートキーパーにしても、別の攻略法がありそうだった。
まぁ、ヴィルゼットなら何とかしてくれそうではあるのだがな。
私もヒントくらいは出せたであろうし、後は奴の閃きに期待……するとしようか。




