第四十四話「はるか遠い世界の星空に」③
だからこそ、我々帝国もいずれ激突するであろう星間文明との戦いを想定し、銀河最強国家となってからも、ひたすらに軍備を拡張し、人口も増やし、備え続けてきたのだ。
まぁ、あれだな……銀河連合諸国のように、非武装平和主義とか言ってるのは、我々に言わせれば、凍結惑星で防寒装備もなしで外を出歩くようなものだと、言われていたものだ。
いずれにせよ、この星系は奴らの存亡に関わるほどの重要拠点であり、絶対に譲れないもので、この惑星もそこは同様なのだろう。
……理想繁殖地に、敵対文明が根付いている。
私が奴らの立場だったとしても、そんなもの全力で滅ぼすだけだろうからな。
向こうの事情もよく解る……。
だが、この星系が、奴らの重要繁殖拠点だったとしても、この惑星を譲り渡す理由など、この私には何一つないし、星系自体が敵対文明に埋め尽くされている等と言うふざけた状況を許す理由もない。
この惑星はいずれ、この私の支配下にする……そして、ゆくゆくはこの星系も完全に支配下に置く……。
なにせ、惑星文明としては、星系自体を勢力下に置くのは安全保障上、最低限の話なのであるのだからな。
……当然ながら、敵対文明たる炎神文明の居場所など、この星系の何処にもない。
その眷属も含めて、完膚なきまで、叩き潰し跡形もなく滅ぼすのが、むしろ当然の話だ……そこには妥協も許容も一切の余地はない。
これはもはや、決定事項であり、誰がなんと言おうと完遂する所存である。
……つまり、お互い様なのだ。
お互いの戦略目的がバッティングしていて、どちらも譲れず、相容れることなど決して無い以上、どちらか滅びるまで、この戦いは終わらん。
まぁ、その程度……銀河帝国の皇帝だった以上、とっくに覚悟など出来ているのであるがな。
どうせ、こちらも限りなく不老不死者なのだ……とことんまで付き合ってやるまでだ。
「ユリコ殿、天測データは十分揃ったかな? いつまでもぼんやりとしていると、敵に感づかれる。まぁ、赤い近くの星はこの際、無視して構わんだろう。マーキングの上でノイズとして処理すればよいだろうな……。なにぶん、私ではこの星空を見た限りでは、ここがどこだかまるで見当もつかん。そちらはどうだ? リアルタイムで後方に送った上で、映像解析くらいやらせているのだろう?」
まぁ、AIを何体か随伴している以上、恐らくその程度の仕組みはすでに構築しているだろう。
「ああ、うん……これだけ詳細なデータが集まったら、位置座標の特定も大丈夫だと思うんだけど……。実際、アスカちゃんが言うように、リアルタイムでここの星空の恒星配列情報を送って、後方でも銀河各地からの視点情報や銀河系内の恒星データベースに照らし合わせてるみたいなんだけどね……」
少し言いにくそうな様子ではあったが、続く回答は私もすでに予想の範囲内だった。
まぁ、限りなく絶望的な答えではあるから、言いにくいのも解らなくもない。
「……構わん。結論を告げるが良いぞ。まぁ、どんな回答であろうが、私は受け入れるし、許容する……なにせ、文句を言っても始まらないのであるからのう」
「どんな現実でも受け入れ、許容する……か。君は強い子なんだね……。えっとね……恒星配列の一致どころか、銀河系内で灯台代わりになってるような主要な高光度恒星やクエーサーすらノーヒットだって……。私の目には、ちょっと密集気味の普通の星空に見えるんだけど、映像解析の結果だと、どの星もスペクトルパターンや配列が既知の恒星と全然一致しないみたい……。要するにここって、どれもこれも未知の恒星しか見えてないみたいなのよね。こうなってくると可能性としては……系外銀河の可能性が高いって、後方支援AI群は判断してるみたい……」
……AI達の情報検索速度は、人間の比ではない。
そのAI達が総掛かりで、この星空の映像データをリアルタイムで分析して、銀河系内の既知恒星の一つも見つからない……恐らく、そう言う状況なのだろう。
まぁ、アストラルネットが接続できている時点で、異世界ではないのは確かと言うのが救いといえば救いなのだがな。
だが……系外銀河か……最低でも10万光年単位の距離。
そして、エーテルロードは銀河系の外には一切繋がっていない……。
それが現実だった。
思えば、遠くに来てしまったものだな……。
「ふむ、そうか……案の定か。その様子ではその上、銀河系との相対位置もすぐには判らん……と言うことだな。それにしても系外銀河かっ! アンドロメダ銀河か、はたまたマゼラン星雲かっ! 正真正銘、人類未踏の地ということだなっ! ふははっ! むしろ楽しくていかんな! 考えようによっては、喜ぶべき話ではないかな? なにせ、我らが帝国の領域が系外銀河にまで広がる可能性が出て来たと言う事なのだからな!」
多分に強がりなのだが、それくらい言ってのけんといかん。
それにここが人類未踏の地ならば、この私こそが人類最遠到達者と言えるのだからな!
これは多分にして、比肩無き栄誉と言えるだろう。
そして、銀河帝国皇帝たるこの私がこの地に降り立った以上は、この地はもはや、銀河帝国の領土と宣言しても、全く差し支えない。
そして、そう言う事なら本国もこの地をその版図として、公式に認定するのは間違いないだろう。
「……わたしもアレだけど、君も大概だよね。でもまぁ、この星空から他の系外銀河の観測情報が得られたなら、例えここが宇宙の彼方だったとしても、位置情報の特定は可能だと思うよ。ぶっちゃけ何がなんだかわたしにも解んないから、こっから先は専門の天文学者の皆さんと、AI君達のお仕事だね!」
「しかし、系外銀河だったら、割りとどうにもならんかもしれんなぁ……。なにせ、最も近くのマゼラン星雲でも軽く16万光年は離れているのだからな。10万光年をひとっ飛びで物理的に繋げる……そんな都合のいい方法もみつかっておらんからな」
まぁ、そんなものなどありえんと思うがな。
なにせエーテルロード経由ですら、銀河系外縁部止まりなのだ。
今の銀河人類に銀河系の外へ出るような手段は存在しないと言ってよかった。
もちろん、将来的には解らんのだが……。
いずれにせよ、本国からの物理的な助けは当面望めない……と言うことだ。
まぁ、そんなものは初めから期待していないから、なんと言う事もないのだがな。
「大丈夫っ! 例え、250万光年の彼方のアンドロメダ銀河だったとしても、なんとかなるって陛下とヴィルさんも言ってたよ。第三航路跳躍船……封印技術のひとつらしいんだけど……アスカちゃん、これって名前くらい聞いたことないかな?」
……ユリコ殿から衝撃の答えが帰ってきた。
なんとかなるのかっ!
だが、ちょっと待て! ふ、封印技術だとっ!
第三航路跳躍船? ……う、うむ? 未知の超空間航法か何かだろうか?
初耳だが……封印技術ならば……ありえる話だった。
「封印技術だと? まさか、あれを解放するというのか! 私もその存在を聞いたことがある程度だが、どれもこれも危険すぎて手に負えなかったり、銀河の秩序そのものがひっくり返るほどの代物だと聞いているぞ……!」
封印技術について、一言で言ってしまえば……帝国の闇が凝縮されたもの。
一応、皇帝権限を用いれば、その封印技術の概要を識ることも、解放も可能ではあったのだが……。
その概要や片鱗を知るだけでも、相応のリスクがあるとされていて、代々の皇帝の間でも、決して触れることなかれと口伝にて伝えられており、それ故に私も触れることは無かったのだ。
「まぁ、実際、そんな感じなんだけどねぇ……。今の情勢は使えるものは何でも使わないと、どうにもならない。手段を選んでるような余裕があるような状況じゃないんだよ。そこは君にも解るんじゃないかな? なにせ、今のわたし達にとっては、アスカ陛下は希望なんだからね」
「そうか……私が希望か……確かにそうかもしれんな。確かに、ラースシンドロームへの対抗手段となるマナストーンの入手方法で一番早いのは、お母様から直接マナストーンを分けてもらう事であろうからな」
「そう言う事。他はどれも可能性レベルだから、一番確実な方法がこの惑星に直接出向くってことなんだよ。そう言う事なら、手段なんて選んでらんないでしょ?」
「……ああ、たしかにそうだな。だが、その第三航路跳躍船と言うのは何なのだ? すまんが、我々には一切伝わっていない技術なのだ。いかんせん、我々の時代では、封印技術に触れること自体が禁忌とされていたのでな……。皇帝と言えど、おいそれと触れられるものではなかったのだ」
「知るに越した事はないと思うんだけどなぁ……。でも、長い年月の間に、そう言うふうになっちゃったのか……」
「そうだな……。世の中には知らないほうがいいことがある。私も先代達からそのように伝えられていたのでな……。すまんが、詳細を教えてもらえんかな?」
「了解……まぁ、簡単に説明すると、第二世界……今はもう隔絶されちゃったんだけど、もう一つの近似異世界みたいなのとの接触が過去にあってね。元はと言えば、そこから提供された技術で、銀河そのものを凝縮させたエーテルロードと似てるんだけど非なるもの。いわばもう一つの裏宇宙……果ても無ければ、物質の一つすらない真空の宇宙空間みたいなエーテルロードと同じ凝縮亜空間を経由して、100万光年だろうが半年くらいで一気に走破出来る……要するに、制限一切なしのエーテルロードって感じの空間へ接続する……そんなトンデモ技術なのよ」
触りだけ聞いても、とんでもない技術だった。
今の人類世界は、銀河を制したと言っても、所詮はエーテルロードで接続されている星系限定と言ってよかった。
銀河系の恒星の総数は約4000億個と膨大な数になるのだが。
エーテル空間の接続星系については、そのほんの一握り……凡そ3000個あまりと言うのが実情だった。
これは……現時点で、エーテル空間内で発見されている接続点ゲートの総数であり、すでに百年単位で新規接続点発見の報は聞かなくなっており、すでに全て発見しつくされているのだと言われていた。
そして、それ故にそれが今の人類の到達限界であり、系外銀河の進出についても、エーテルロードの接続先が尽く銀河系限定となっている時点で、その可能性は始めから絶たれていると言っても過言ではなかった。
だが……第三航路跳躍と言う超長距離航法。
そんなものがあるなら、銀河人類の可能性が一気に広がる……そう言う事になる。
まさに帝国にとっては待望の……どんなリスクを取ってでも、手に入れ、独占するであろう技術に違いなかった。
だが、そんなものが今の今まで封印技術として、封印されてきたとなると。
……そうせざるを得ない事情があった。
そう言うことなのだろう。
「だが、相応のリスクか、致命的な問題点がある……そう言う技術なのだろうな。恐らく、その第三航路跳躍船も完成レベルにまで持ち込みながらも、何らかの問題が発覚したのであろう? そうでもなければ、そこまでの技術……帝国が使わないはずがないであろう」
帝国とはそう言う国だからな。
それが有用だと解れば、国際秩序も慣例も、平然と無視をする。
今の銀河系は帝国一強状態であり、帝国がその気になれば、誰にも止められない。
ましてや、エーテルロードの限界を超える可能性があるとすれば、間違いなく国を挙げて、いかなるリスクをも許容して実用化に持っていくだろう。
我が銀河帝国の国家規範を考えると、むしろそれは必然と言えた。
そもそも、星系間移動手段が、先史文明の遺産……エーテル空間頼みと言うのは明らかに問題ありで、その為、過去にいくつもの超空間航法技術の開発が試みられては、失敗したり、とても実用に耐えないという理由で遺棄されてきたのだ。




