第四十四話「はるか遠い世界の星空に」②
「え? なにこれ……あの赤い星……惑星の後ろじゃなくて、手前にあるの? えっと……でっかい火の玉……と言うより小さな恒星?」
強いて言えば、そんなところだな。
例えるなら、恒星のミニチュア版のような形をしている。
もっとも無重力空間で炎を灯すと、円球状になるのだ。
炎が縦に長いのは、重力の影響によりそうなるだけの話で、こちらの世界で照明用に使われているロウソクなどを無重力、有酸素環境で灯すとあんな感じの丸い炎となるのだ。
もっとも、大きさはかなり大きい……推定ながら、この惑星の半分ほどのサイズはある。
だが、そんな惑星サイズの恒星などというものが、自然界に存在するはずもない。
これまで発見されている最小サイズの恒星は「EBLM J0555-57Ab」と名付けられた恒星で、太陽系からは600光年ほど離れた恒星系で、双子星……連星系のひとつを成しており、太陽のおよそ8.1%と極めて小さいにも関わらず、連鎖核融合反応を起こすことで自ら輝く恒星の定義に当てはまる……銀河最小の恒星なのだ。
なお、この恒星の大きさは、それでも太陽系の木星と比較すると84倍もの大きさがあり、水素ガスの塊が連鎖核融合反応を起こし恒星となる理論上の最小サイズだと言われており、凡そ1000年ほど前に、地球衛星軌道上からの光学観測による詳細分析の結果発見された恒星ではあるのだが、未だにこの記録は更新されていない。
だが、このミニ恒星は明らかにそれよりも遥かに小さい。
故にこれは自然発生物ではなく、人工物……そう結論づける。
……まさか、これが炎神とやらの正体……なのだろうか?
そして、それと同じようなものが無数にこの星系には存在している……そう言うことか?
「……よく見ると、まったく同じようなものが軽く100個以上……いや、これは1000個以上はありそうだな……。なるほど、この赤い星のほとんど全てが同じ……そう言う事か。だが、あんなものが自然物である訳がないぞ!」
見た目は、恒星のように見えるのだが、その位置関係はどれも明らかに近い……実際、拡大映像上ではそれはガスジャイアントの手前を通過しており、星系内に存在しているのは明らかだった。
「……まさか、あの噴火口に居たヤツのお仲間? しかも、こんなにいっぱいいるなんてっ! もしかして、この小さな恒星みたいなのが……全部ラースシンドロームの感染源……本体ってこと?」
ユリコ殿の推測は恐らく当たっている。
そうか……これが……憎むべき敵……ラースシンドロームの感染源!
これが……こんなにもいるなんてっ!
「ああ……おそらくそう言う事だな。だが、何ということだ……すでに、この星系自体が奴らに侵略されていたのか。こうなると、もはや、劣勢どころの騒ぎではないな……」
恐らく、これら全て一つ一つが、火の精霊と同一種……エネルギー生命体なのだろう。
ガスジャイアントに浮かぶ火のような模様も、ガスジャイアントにめり込んだようになっている様子から、どうやら巨大な火の精霊のようだった。
この辺りの分析は、お母様のサブシステムがリアルタイムで解析してくれてるようで、次々に情報が更新され、集積されていく。
いずれもこちらの動きに対して、反応し動き出す気配もないのだが、それはむしろ当たり前の話だった。
今見えている光景は、数時間前の光景なのだ……宇宙では視覚情報ですら、時間単位のタイムラグがあるのが当たり前なのだ。
そして、通常宇宙空間で光より早い情報の伝達手段はない。
当然ながら、向こうもこちらを視認していない以上、現時点ではこちらの動向を把握していないのだ。
そして、その時差故に地上での大敗も奴らには伝わっていない。
「いやはや……。こりゃ圧巻だわ。そうなるとあの恒星の上空にぼんやり浮かんでる雲も……全部、敵なんだね……。でも、アレ何やってんだろね?」
ユリコ殿の言葉で、この星系の恒星の拡大映像に視線を移すと、恒星から少し離れた場所に雲のようなものが見えていた。
更に映像に拡大、補正がかかる。
大きさ自体はそこまで大きくないようだが、同様の無数の火の玉の群れ……その数は軽く万単位で幾何学模様を描くように綺麗に並んでいる……とにかく、凄まじい数だった。
なんと言うか……昆虫か何かの巣を連想させるのだが、恐らく間違っていないだろう。
「断言は出来ないが、恐らく炎神の幼生体の巣……なのだろうな。さすがに、恒星に近づきすぎるとエネルギー過負荷で蒸発してしまうのだろう。だからこそ、ああやって距離を取って集団で集まることで、恒星のエネルギーを効率よく集めているのだろう。なるほど、そう言う生態の宇宙生物……のようなものなのだな」
事実、大型の炎の精霊もむしろ、この惑星よりも恒星よりに集中しているようだった。
なるほど、これは完全に宇宙空間に特化した未知の宇宙生物群……そう言う理解で良さそうだった。
「あれかな? 恒星エネルギー発電衛星みたいなものかな? そして、集めたエネルギーで次々増殖する……。もしかして、この星系って、あいつらに侵略されて、繁殖地みたいなものにされちゃってた……そう言う事なのかな? ……むしろ、よくこの有様で、地上で抵抗なんて出来てたよね」
確かに、この状況は、星系を侵略されて、惑星拠点を残すのみにまで追い込まれた。
そんな風にも思えるのだが。
私としては、そうではない……そんな確信があった。
「いや……おそらく、逆なのだよ。この星系は、元々奴らの繁殖拠点かなにかだったのだ。そこへお母様がこの惑星を発見したことで、強引に割り込んでいった。恐らく、そう言う経緯なのだろう。向こうからすれば、お母様の方が侵略者だったのだろうな」
なにせ、この惑星は宇宙でも極めてレアな理想環境惑星なのだ。
数万年にも及んだであろう、宇宙の放浪の末にこんな優良物件を見つけて、お母様も見過ごす手はなかったはずだ。
ある程度の水と陸地がある理想環境惑星を見つけ次第、先客がいようがお構い無しで、地上に落着し根付いて、惑星環境自体を自らに都合が良い環境へと改造し、同胞たる植物で地上を覆い尽くし、眷属たるヴィルデフラウ族を放ち、自らの文明圏を広げていく……ヴィルデフラウ文明と言うのは、そう言う悪意なき侵略者と言える文明なのだろう。
だが、その結果生み出されるのは、緑豊かで高濃度酸素で満たされた炭素系ヒューマノイド生物にとっても理想の惑星。
まぁ、中には酸素が毒同然と言う生物もいるから、そんな生物たちにとっては災厄以外の何モノでもないだろうが、酸素呼吸をする炭素系生物群にとっては、まさに神同様の存在と言えるだろう。
ソルヴァ殿達、現地住民が地球人類と酷似しているのも、偶然ではないだろう。
宇宙環境では、似たような環境では似たような生物が自然発生するものなのだ。
もっとも、この様子では、おそらく当初は炎神側も、お母様に対抗するだけの力がなく、一方的に蹂躙されたのだろうな。
でなければ、ここまで星系中を埋め尽くしているのに、そのど真ん中の惑星に、敵対文明の播種船の落着を許し、なかば占有されるはずがない。
恒星付近に巣を作って、繁殖を行っている様子から、この星系の恒星は奴らにとってもかなりの優良物件であり、その一大拠点と言って良いのだろう。
恐らく、スペクトル分布や恒星風の濃度やら、細かい条件があって、繁殖が可能な恒星となると、選り取り見取りと言う訳ではなく、むしろ滅多に見つからない……そんな切実な事情もあるのかもしれない。
そして、お母様はそんな中で平然と惑星改造を続けていた……この時点で尋常じゃない話なのだが。
お母様の能力の片鱗を知った今ならば、それくらいやってのけると断言しても良かった。
要するに、獅子身中の虫……駆除したくとも出来ない圧倒的な脅威。
衛星軌道上に敵影が一切ないのも、衛星軌道上はお母様の攻撃範囲だからなのだろう。
と言うか、炎の精霊達も一定距離から、この惑星に近づかない……配置の時点でそんな様子が見て取れる。
お母様は、地上環境の破壊や生物の殺傷は好まない傾向があり、精密射撃のような細かいことは割りと不得手としているのだが。
宇宙への攻撃に関しては、精度や地上の被害など気にせずともよいからな。
だからこそ、自らの攻撃圏内に入ってきたら、問答無用でぶっ放して蹴散らしてきたのだろう。
敵もそれを学習して、お母様の反物質ビーム砲の射程圏内には絶対入ってこなくなった。
それに、この様子だとお母様は、炎の精霊を生物とみなしていない。
恐らくデブリあたりと同じように認識しているのだろう。
だから、お母様も宇宙空間の炎の精霊の眷属達には微塵にも容赦しなかったのだろう。
そして、物理攻撃が効かないエネルギー生命体と言えど、対消滅反応すら制御するお母様の前には、まるで刃が立たなかったのだ。
理想的な恒星スペクトルを持つ恒星系を繁殖地としていたのに、偶然そこにあった惑星をよそ者のお母様に侵略され、惑星環境の改変の結果、独自の文明が興り、炎神文明側も惑星に近づくだけでγ線レーザーの無差別砲火で問答無用で迎撃される……。
おそらく、それがこの星系の現状というべきものなのだろう。
うん……まぁ、なかなかに酷い話だった。
そもそも、火の精霊と言っても、あまり重力圏戦闘に向いているようには見えなかったし、より強いエネルギーを浴びるとかき消される……。
考えようによっては、ものすごく脆弱な存在とも言える……その上、どう見ても惑星に依存するような種族でもないだろう。
要するに、元々宇宙に生息する生物であり、惑星に固執する必要もない以上、下手に手を出して痛い目をみるくらいなら、極力手を出さない。
そんな風に対応することにしたのだろう。
つまり、触らぬ神に祟りなし……。
まぁ、それも立派な生存戦略ではあるからな。
しかしながら、自分達の巣の中に異物が紛れ込む……こんな状況を許せるはずがなく、相応の犠牲を払いながら、お母様の目を盗んで惑星地上へと降り立ち、繰り返し幾度となく戦いを挑んだのだろう。
そして、飽くなき生存競争の結果、エネルギー生命体側も進化し、地上の拠点を得て、ヒューマノイド文明を取り込みつつ、幾度となくお母様へ仕掛けて来たのだろう……。
そして、お母様同様に、マナストーンの具現化精製やそれを使った生物への感染支配能力と言った様々な能力を獲得し……イフリートのような対抗兵器すらも完成させた。
そして、今に至り……自らの眷属の国を作り、人族をラースシンドロームで汚染し味方につけて、ようやっと地上での戦略的優勢を確保できた。
多分、そう言う状況だったのだろう。
なんだか、お母様が異世界に侵略してきた魔王か何かに思えてきたが……。
まぁ、そこは立場の違いと言うヤツだな。
私はあくまでお母様の側なのだから、向こうの事情など知ったことではない。
そんな中、私と言う異世界人同然の異物が紛れ込み、お母様の大幅な進化が促された事で、結果的に地上の拠点の一つが粉砕され、炎神を神と崇めていた敵対ヒューマノイド文明も盛大に吹き飛んだ。
なんとも酷い話もあったものだが、そこは気にするような話でもないだろう。
この程度の事、地球人類は数限りなく行ってきたのだから。
まぁ、炎神教の信者共や眷属共は、基本的に片っ端から狩っていくつもりなのだがな。
炎神教団もあの様子では総本山が総崩れになったと思って良さそうだった。
となると、残りは単なる枝葉に過ぎん。
炎神にとっては、もはや踏んだり蹴ったりと言う状況だろうが、そんな事は知らん。
なにせ、奴らは我が銀河帝国にとっても、明確な敵なのだ。
こちらが侵略者側だろうが、私の立ち位置はあくまでこちら側であり、容赦も許容もする理由がない。
この様子ではこちらが一気に優勢になったと言う事であり、むしろ落ちた犬を叩くべき状況だろう。
どのみち、こんな状況では和平や共存などとても無理であろうし、異起源星間文明同士が仲良く共存できる等と私も思っていない。
なにせ、どちらも星々を股にかけて、進出し拡張し続けているのだからな。
半ば必然的に、いつか起こる星間文明同士の接触。
……その時点で、始まるのは純然たる生存競争なのだ。
つまり、星間文明同士の戦争……これは避けようがない自然の摂理と言えるだろう。




