第四十三話「ナイトボーダー」⑦
「頼んだぞっ! ユリコ殿! 当然、解っているだろうが、ここが勝負時ぞっ! やらせてはいかんっ!」
「ほいほい! まーかせてっ! いっくよーっ!」
複雑な軌道で降下軌道を取るユリコ殿。
だが、向こうは迫りつつあるこちらを無視して、最大の脅威……リンカ機を撃破するつもりのようで、牽制射すら放ってこない。
「ユリコ殿……ちと、厳しいかもしれんぞ! 徹底してこちらを無視し、刺し違えてでもリンカを落とすつもりか! リンカ! ひとまず避けろっ!」
イフリートとの距離はまだ8000m以上ある。
こちらは複雑怪奇な乱数回避機動中である以上は、降下速度も命中率も下がる……このままでは、とても当たらんっ!
「……甘いねっ! やらせないよっ! そこっ! ホールインワンショーットッ!」
ユリコ殿が無造作に放った最大加速のレールガン弾頭!
それは、イフリートの口の中に直撃し、イフリートを縦に貫通して、地面を穿った!
チャージ中の荷電粒子が霧散し、イフリートが固まり、その全身にヒビが入るのが見えた。
「……はぁっ! な、なんじゃ、そりゃあぁあああっ!」
とんでもない精度の精密射撃! 距離8000mからの逆落としピンホールショット!
その一撃はイフリートの全身を縦に穿ち、その内部構造を破壊し尽くしていた。
……神業なんてものじゃなかったっ!
これがオリジナルッ! この土壇場で平然とクリティカルヒットをブチかましよった!
だが、それでもまだイフリートは沈黙しない。
もはや半ば、崩れ崩壊しながらも、まだしぶとく粒子の収束を続けてようとしている。
「馬鹿な! あれでまだ生きているのかっ!」
120mmレールガンが縦に貫通したのだぞ!
ナイトボーダーだろうが、そこまでのダメージを負ったら沈黙するぞっ!
「……大丈夫! あれはもうおしまい。仕上げは地上の人たちがやってくれるよ。なんと言うか、あんな巨大な化物にためらわず突っ込んでくとか、勇敢な人達なんだねぇ……!」
唐突に赤い甲冑を着た大男を先頭に、イノシシに乗った黒い革鎧の兵士の群れが森の中から一斉にイフリートの足元に押し寄せるのが見えた。
それらは一様に鎖に繋がれており、綺麗に二手に分かれるとその鎖がイフリートの背後からその両足を引っ掛ける!
更に正面から、ソルヴァ殿の巨神兵が高々と飛び上がって、担いでいた丸太をイフリートの頭部に叩き込んだっ!
頭頂と足元……半ば全身が砕けかけた状態で、それぞれ逆方向からの衝撃を食らってはひとたまりもなく、イフリートがたたらを踏むと、その両足があっさり崩壊し、後ろ向きに倒れるのと同時に、まるで明後日の方向に粒子砲の残滓が放たれ、虚空へと消えていった……。
「まさか! あれは……オズワルド子爵殿の軍かっ! てっきり逃げたとばかり思っていたのに、ここに来ての助勢とは……やってくれたな!」
「いいねぇ……。どう見ても逃げていい状況なのに、勇気を出して力をあわせて世界の脅威に立ち向かう……。これぞ、まさに王道展開! おしっ! リンカちゃん! 今なら大丈夫……思いっきり、ぶっぱなせー! 勝利の一撃を決めちゃえーっ!」
「了解しました……。皆さん、お見事でした……大丈夫です。未来が……固まりました。ここは確実に決めます! ガンマ・レイ! 滅びの光よ……火の邪神を……滅せよっ! この一撃は明日を切り開く一撃! 穿てーっ!」
狙い澄ませたリンカのγ線レーザーの光芒が、巨大な山の中腹の噴火口へと突き刺さり、真っ赤に溶けた大穴が穿たれるのが、ここからでもはっきり見えた。
……その変化は突然だった。
最初にその穴から、盛大にマグマが吹き出ると、続いて山の頂点から爆発的に噴煙が立ち上り、巨大なきのこ雲が立ち上った。
「……どうやら、一瞬でマグマが沸騰したようだな……さすがにこれなら……」
さらに、二度三度と繰り返し山体の至る所で噴火が始まり、みるまに、山自体が崩壊していくのだが……唐突に噴煙が止まり、火砕流も不自然な動きで麓の町を避けていってるようだった。
ほほぅ、信者を守った……或いは、備えがあったか……そう言うことか。
それに、火山噴火活動もアレだけの勢いで噴火していたのに、早くも落ち着き始めているようで、明らかに火山活動を制御しているようだった……。
さすがに、腐っても炎神と崇められるだけはあるのだな……。
だが、押さえきれていないようで、周囲の地面からも次々とマグマが湧き出し、もはや地獄絵図のようになっている。
炎神アグナスとやらも、エネルギー生命体だと思われるが。
さすがに、これで無傷で済んだとは思えん。
大量破壊兵器なんぞ気軽に使われても困るのでな……こちらもその気になれば、いつでもやり返してくると思い知って欲しいぞ。
まぁ、軽く倍返し以上だったが。
それくらいやらねば、抑止力にはならんのでな。
最大出力砲撃でパワーを使い尽くしたリンカ機がゆるゆると降下していく。
地上のイフリートも倒れた衝撃で完全に崩壊し、歩兵達がイノシシから降りると、一斉に取り囲んで、ハンマーなどを使って、完全にトドメを刺しているようだった。
最初は赤熱化して近づけなかったようだが。
恐らく、アークあたりの仕業だと思うが、巨大な氷の塊が大量に降り注ぐと、たちまちその装甲も黒くなってしまっていた。
その上で、ハンマーで叩けばあっさり砕けるほど劣化しているようで、その巨体ももはやピクリとも動かず、なすがままになっているようだった。
「さて……あの様子だと、イフリートは撃沈……。敵の大ボスももうボロボロって感じだけど……。こっちの装備だと、エネルギー生命体にトドメさすのはちょっと厳しいかなぁ……。っていうか、火山噴火を必死で抑えてるって感じだよねぇ……。熱反応も明らかに制御されてるみたい。でもまぁ、あの規模の火山噴火を制御するって時点で向こうも大概だわ……」
麓の街も火砕流に飲み込まれるのは、防げたようだったが、街の至るところに火山弾が降り注いでいて、すでに尋常ならざる被害が出ているようだった。
恐らく地下都市化しているのだとは思うが、その周囲にも地割れとマグマの噴出が起こっていて、地下都市も地獄と化しているだろう。
恐らく、今まで強引に制御していたのが、一気に制御不能となってしまっているのをギリギリで炎神が制御している……そんな状況なのだろう。
……そして、数日前に出発したと思わしき炎国の兵士達の集団にも、当然ながら火山弾が降り注いでいて、その前にもリンカが撃ち落とした恒星爆弾の欠片が直撃していたようで、その集団ももはや動いているものはいないようだった。
一万人の軍勢とかいう話だったが。
こちらに辿り着く前に、単なる巻き添えで全滅に近い損害を受けてしまうとはな……。
……手間が省けたな。
こうなると恐らく炎国は、国家としての体をなさないほどの損害を受けて、もはや壊滅した……そう考えて良さそうだった。
なんとも悲惨な事になっているようだが、所詮は敵国だ……。
これまであちこちに信者を浸透させるなど、好き勝手やっていたようだが……。
全滅まではしないであろうから、せいぜい教訓として末代まで語り継ぐがよいぞ。
「さて……どうやら、大方片付いたみたいだし、こっちは……引き続き……軽く宇宙の旅っ! 行ってみようか! あ、無重力環境の経験はある?」
少しは一息……と思っていたが。
相変わらず、ユリコ殿は容赦ないようだった。
と言うか、これが向こうの本来の目的であるし、この惑星の銀河相対座標を知ることは、こちらにとってもメリットは大きい。
何よりも、この惑星の衛星軌道視点での観測。
これはこの惑星人類も、銀河人類もなし得ていない未踏の領域と言えた。
こんなもの……ワクワクしない方がどうかしているぞ。
「それは愚問であるな……。機内の気密や生命維持システムも万全のようだ。このまま宇宙に出ても、問題はなさそうだし、このヴィルデフラウの身体は真空中でも生存は可能なのだ。ここは遠慮なくやってくれ!」
実際、ヴィルゼットも酸素濃度が極端に低い惑星で、気密服の損傷と言う重大事故にあいながらも、しれっと生還しておったからなぁ。
なんでも、人類同様、その生命活動に酸素が必要なことには変わりないのだが、自前で酸素を光合成で合成できる関係上、真空中でも半日程度なら、多少皮膚が干からびるものの、生身で生存できてしまうらしい。
地球人とは、訳が違うのだが……さすが星を渡る植物種族……。
軽く化け物であるよな。
リンカの方も問題なく、オーカス近郊に不時着したようで、すでにドゥーク殿達と神樹教会の者達が救援に向かっており、イフリートも完全に全身を粉砕されて動かなくなり、その残骸の山の上で半ば大破した巨神兵から降りたソルヴァ殿とオズワルド子爵と思わしき者が肩を組んで勝どきを挙げ、神樹教会の旗を掲げた兵士達がそれに続いていた。
汚染とか大丈夫か……と思うのだが、イフリートを構成していたくすんだ赤のマナストーンの山も、見る間にエメラルドグリーンに染まって、次々と砕けて粉塵状態……神樹の種になっていき、順調にお母様に食われていっているようだった。
なるほど、資源の再利用か。
百害あって一利なしの赤いマナストーン結晶体もお母様の力ならば、マナストーンに還元されてしまい、こちらの力となるのだな。
恐らくものの数日で、あのなんとかという城のあった所や城下町は、例によって、お花畑にでも変貌を遂げるであろうな。
なんと言うか……これはもう完封勝ちであるなっ!
炎神アグナスの方も、荒れ狂う火山活動の沈静化に必死なのか、それ以上の動きもない。
おそらくその身を削って、火山の沈静化に必死なのであろう。
まぁ、あのレベルの火山が本格的に噴火すると、惑星規模の環境急変などの問題が起きるからな。
せいぜい、ここは頑張って沈静化してもらうとしよう。
そこら辺の事情もあるから、これ以上の追い討ちもしないし、ユリコ殿も同様の判断のようだった。
もっとも、別に奴らと、共存共栄出来るなどとは思っていない。
あれはどう転んでも我々の敵にしかならない。
そのうち、完全に滅ぼす方法を見つけ出し、この惑星から炎の精霊は完全に駆逐する。
まぁ、炎国の人々もとんだ災難だったとは思うが。
この機会に、炎神への依存はやめてくれるなら、こちらも考えるとするか。
炎神の従属種族のドワーフ族も、エルフ族は忌み嫌っているようだが、個人レベルならば、隣人としてのお付き合いも不可能ではないらしいからな。
炎国の住民達も難民として我が国まで来るなら、受け入れるくらいはしてやってもよいだろう。
まぁ、何人が無事にたどり着けるかは知ったことではないのだがな。
どうせ、こちらも出迎えてやる義理もないのだから、そこは致し方あるまい。
いずれにせよ、戦いは終わった。
あとは、ユリコ殿の用件を済ませるだけだった。




