第四十三話「ナイトボーダー」⑥
何よりも、ドワーフ族は、20世紀頃の人類のように、貴重な化石燃料の石炭や石油などを派手に燃やして、煤塵やら硫黄酸化物などで大気を汚染し、鉱毒を河に廃棄したりと、環境汚染も派手にやっているようなのだ。
そして、人族の鍛冶師や鉱山などでもドワーフの採掘技術や精錬技術は利用されているようになっており、環境汚染の問題もいずれ噴出することになると見ている。
20世紀から21世紀の前半にかけての地球人類は、後先考えない重工業化の道を邁進した結果、地球環境を急速に悪化させ、あらゆる資源を爆発的に浪費し、このままだと22世紀には人類が滅ぶと予想される程に、自滅の道を邁進しようとしていたのだ。
現代に伝わる数値を見るだけで、当時の地球人類はどうしょうもない状況で、増えすぎた挙げ句に、殺し合い滅ぼし合って、絶滅する。
VR環境シュミレーターなどで、当時の状況を再現するとほぼ確実に22世紀を待たずして、地球人類は滅びる……そんな状況だったのだ。
もっとも21世紀の半ばに、唐突に地球人口が激減し、数多くの国々がひしめいていたのが、僅か数十年足らずで惑星統一国家体制になることで、滅亡は回避されたそうなのだがな……。
このあたりの経緯は、詳細な情報が残されていない空白の50年の出来事なのだが……何とも理不尽な話ではあったが。
無秩序な拡張主義や惑星環境を顧みないような文明は、滅びの道を邁進するだけなのだ。
いずれにせよ、私はそう言う地球人類の失敗の歴史もよく知っているのだ。
故に、この惑星を地球と同じ轍を踏ませる訳にはいかん。
つまり、地球の歴史の再現フィルムのような事をやらかしてくれているドワーフはこの惑星にとって、文明を駄目な方向へ進化させる、ある種の迷惑害虫のようなものと言っていいだろう。
そして、それが炎神の眷属ともなれば、対応は唯一つだ。
いずれ、炎神共々綺麗さっぱり滅ぼす!
まぁ、ドワーフ族には申し訳ないが、私はそう決めた。
「ドワーフ! まじファンタジーっ! けど、そうなると、コロニーみたいな感じなとこに住んでるのかな? でも、植物も育たない不毛の土地となると、昔のディストピア飯みたいなのが主食とかそんなんだったりするんじゃ……」
「どうなのだろうな……エルフ達の話だと、土を茶碗に盛って、石ころや砂鉄を食って生きている……そんな話も聞く。まぁ、人類種とはかけ離れた生物なのかもしれんし、どのみち炎神の眷属の可能性が高い。そう言う事なら相容れることはなさそうだな」
なお、当然ながら、銀河帝国でもケイ素系ヒューマノイド生物との接触事例は未だに無く、この惑星で初めて確認されたと言う話にはなるだろうが……。
冷静に考えると、珪素生物と言っても、AI搭載のロボット達とどう違うのか、そこは微妙なところではあるからな。
別に希少価値もなさそうではあるし、邪魔するようなら潰すしかあるまいて。
「エルフにドワーフ……ヴィルデフラウっ! 何とも、異世界ファンタジーみたいな世界なんだねぇ……。あ、そうだ! 帰る前にちょっと異世界ご飯とか、異世界の暮らしや冒険なんかも堪能していきたいな! やっぱ、あこがれじゃない? RPGライクな世界観での大冒険って! 冒険者ギルドとかもあったりするのかな!」
人が深刻な決断を下そうとしているのに、騒々しい御仁であるなぁ。
そもそも、生きる伝説、歩く大冒険人生と言われたような方が何を言ってるのだか……。
その程度には、彼女の人生は波乱に富んでおり、破茶滅茶と言って良い生き様だった。
ああ、ユーリィ研究の第一人者であるからには、そこはよく理解できている。
ちなみに、当然のようにユーリィ卿を題材にした物語は、帝国にはそりゃもう数限りなくある。
IF物と呼ばれる特定のシチェーションで、この人ならどう行動するかと言った物語もあった。
『ユーリィ! 異世界冒険者になるっ!』
『天才魔法少女ユーリィ……異世界でも無双します』
『必殺業人集(集)! 今日も今日とて江戸の街にて、ユーリィ様は悪を切る!』
そんな感じのタイトルで、色々な異世界やファンタジー世界を舞台にしたユーリィ卿を題材とした作品はいくつもある。
なお、一番最後のは古代地球の日本……それも江戸時代を舞台にしたキワモノ作品だ。
闇に潜む必殺業務を生業にするユーリィ卿率いる暗殺組織……業人集が江戸に潜む、悪党どもを闇から闇へと葬り去る……一応、勧善懲悪物なのだが。
良いヤツも悪いヤツも皆、死ぬと言うなかなかにブラックな内容だった。
時には、現代で暴政を敷くようになった皇帝の元を訪れて、大暴れして反省を促すとかそんな話もあったな……。
内容的に、全くもって洒落になっていない話なのだが、我々皇帝にも似たような話は伝わっていて、あまり好き勝手に無茶やるとユーリィ卿が蘇って、ぶん殴られるぞ! ……みたいな話を幼い皇帝候補者達を集めた学習会でされた覚えもある。
いずれにせよ、共通してるのは、描かれているユーリィ卿の人格は、一般的に言われているような寡黙な武人ではなく、ノリと勢いで色んな物をぶっ壊して、悪を蹴散らし、常に弱者と正義の味方となる……何故か、そこだけは共通していた。
そして、決め台詞は「我が帝国は不滅なりっ! ぶいっ!」
だったかな?
彼女は帝国と自らを一心同体と考えていて、何かというと我が帝国は……と続けるのだ。
まぁ、ここら辺は私も人のことは言えない。
なんと言うか、帝国臣民にとっての理想のヒーロー像でありながら、食べ物には妙なこだわりがあったりと言うのも共通点ではあったな……。
まぁ、当人がそれらを見てどう思うかは私も知らん。
だが、いずれの作品でも彼女への敬意と憧れ、そして親しみを感じさせるもので、現代作家達もそこは当然と弁えていたようだった。
その程度には彼女の生き様は波乱に満ちていて、誰もがその生き様に憧れていたのだ。
だからこそ、彼女は300年の時を超えても軍神と呼ばれ、帝国の人々からも敬愛されているのだ。
だが、この容赦のない決断を下そうとしている中での彼女との気楽な会話は、正直救われる思いだった。
……なにせ、彼女にとっては、これは何という事のない話なのだ。
彼女の歩んだ道は、当然のようにそんな容赦のない決断や非情の決定などは数限りなくあった。
そして、彼女は一度たりとも間違えなかったのだ。
その時は、間違えだとしか思えない選択でも、結果的にそれが最善だった……そんな事は何度もあったと言う。
そして、今の状況だ。
自国民を盾に使い、容赦ない攻撃でこちらを滅ぼそうとしている……そんな相手と、我々は相対している。
……戦場で、生きるべきものと死んでも仕方がない者を分けて考えるのは当然の話だ。
敵対者たる邪神の信奉者やその従属種族などは、後者にカテゴライズして然るべきだった……故に、ここはすべて滅ぼすつもりで容赦なくやる。
そして、その判断に間違いはないとユリコ殿が言うのであれば、この判断は間違いなく正しい。
むしろ……確信を持って進むことが出来るな。
そして、同時に思う……ゼロ皇帝は彼女の背中を支えていたように見えて、実のところ彼女に支えられていたのではないかと。
やはり……我がオリジナル……ユリコ殿こそが、この銀河の導き手に相違ない……。
そう思ったからこそ、私は敢えて笑う事にした。
「ユリコ殿はのんきであるなぁ……。いや、それでこそ……だな。ユリコ殿……私は決めたぞ。敵方の民間人の存在は敢えて無視する。まぁ、どうせ手遅れのようであるし、運が良ければ、何人かは生き延びれるであろう……所詮、我らはその程度の感覚で良いと思うのだが、どうだ?」
「そうだねぇ……。どっちみち、敵の事情なんて戦場で考えるべきことじゃないからね。相手も狂信者とかテロリスト集団みたいなものなら、どうせ話し合いなんてやるだけ無駄。あの手合とは散々やりあったからよく知ってるよ」
ユリコ殿は国内の反乱分子の鎮圧戦も良く参戦していたし、自らがその手合の標的になることも多かったようだからな。
毎度毎度、徹底した報復で、敵対者は確実に殲滅していたそうなので、テロリスト達からは悪魔のように恐れられ、憎まれていたようだったが。
それくらいでなければ、皇帝の右腕なぞ務まらんだろうからな。
皇帝の歩む道とは、恨まれ憎まれながら、それでも前に進まねばならんのだ。
少数派や怨嗟、意見の相違。
そんな物にいちいち立ち止まってはいられないのだ。
「そう言う事だな……。私はすでに割り切っているぞ。そもそも、自国民を守るなぞ、それは向こうの仕事だ。それを疎かにする統治者が悪いのだ……やったら、やられるのだから、報復に備えるなぞ、当然のことだ。そんな覚悟もないくせに、世界の支配者などと驕り高ぶっていたのなら、その事を思い知らせるだけだ!」
「そうね。どのみち、γ線レーザーの至近弾とか撃ち込んだ時点で無事に済む訳ないし。もう派手にふっとんでるしねぇ……これは戦争……仕掛けてきた方が悪い。そう言う話だよ……。これはやるしか無いでしょ! わたしはアスカちゃんの判断を全面的に支持する!」
「ありがたいな。リンカ……構わんから、機体のトリガー権をこちらによこせ。慣れぬとこう言う仕事は何かとキツいからな。……こう言う時は、私のように手慣れた者に任せるのが一番であるぞ?」
実際、10億の惑星虐殺の際も現場の戦闘艦のオペレーターや砲術士達の間では、職務放棄やPTSD発症などが続出して、割りと手に負えない状況になったからな。
もっとも、結局……後方の私が座乗する指揮統制艦に全艦のトリガー権を集約し、私自身が破滅のトリガーを引いたのだがな……。
最後の最後まで、配下の者や参謀達も思い留まるか、決断を先送りにするように進言していたのだが、私にはそこがギリギリなのだと言う確信があったのだ。
だからこそ、私は敢えて皇帝の名において、虐殺のトリガーを引き、10億人の虐殺者となった……。
その行いは今でも正しかったと確信しているし、そのタイミングがまさに阻止限界点だったと言うことは、その後の調査でも明らかだった……。
……私は、そう言う決断をする為にこの世に生を受けたのだから、そこは全く問題にしないし、すべきではなかった。
ここでも、それは何一つ変わらないし、変えるつもりもなかった。
私は、今回も容赦なく決断し、その責任や業を誰か押し付けるような事はしないつもりだった。
「いえ、私が撃ちます。ユリコ教官……しばしの間、当機の援護をお願いします。ここは……一撃で決めてみせますっ! ただ、マナストーンのパワーを一気にまとめて使うことになりそうなので、当機はそのまま地上へ不時着となるでしょう。後のこと……アスカ様の事はユリコ教官にお任せしてよろしいですか?」
……リンカは強いな。
後でねぎらってやらんといかんな。
この様子だと、恐らく瞬間的に大電力を引き出した上で、蓄電機構の残余電力をすべてつぎ込む……そんなやり方になるようだった。
そもそも、すでに数百発くらいは、γ線レーザーを乱発しているのだ。
そんなに撃って、ここまで持っている時点で、異常なのだが……案外、限界も近かったのかもしれない。
いずれにせよ、ここは躊躇いなく、確実に敵を滅ぼすべき局面だった。
まぁ、いずれせよ……命じたのは私であり、この戦場で起こる全ての業は、他ならぬこの私が引き受ける所存であるのだがな。
「いいよっ! 解った! その心意気……お見事っ! そう言う事なら、邪魔はさせない! アスカちゃん、地上でもイフリートがフルパワーで大技使うつもりみたいよ! 多分、アレ……荷電粒子砲……かな? さすがにアレが当たったらちょっちヤバいね……。秘技「木の葉落とし」! ここは一気に仕留めるよ!! ちょっとGが凄いことになるよー!」
地上のイフリートもすでに両腕を失い、ボロボロながらも、口を大きく開けてパワーチャージ中のようだった。
その身体が次々と崩壊し、赤く光る粒子となり、それらが一斉に口元へ収束していっている様子から、文字通りその身を削りながら、ブラスターではなく、荷電粒子砲……それも最大出力で撃つようだった。
どうやら、この一撃にすべてを賭けた最後の力を振り絞っているようだった。
ふむ……ここで決死の一撃と来たかっ!
しかも、ここに来て荷電粒子砲とは……必死にこちらに追いすがろうと進化した結果。
そう言うことなのだろうか?
だが、そう言う事なら大したものだ……ブラスター程度しか持ち得なかったのに、宇宙用兵器でもある荷電粒子砲まで進化させたのだ。
これが事実ならば、侮れない話だった。
そして例え、当たらずとも全力攻撃で時間を稼いで、続く飽和攻撃でトドメを刺す……なかなかに堅実であるし、恐らくそうなったら、こっちは負ける。
……敵ながら天晴っ! その覚悟……然と見届けた!
ああ、それでこそ滅ぼすに値すると言うものだ。
向こうもそろそろ、こちらの軌道解析位は出来ているだろうから、最大出力射撃準備中のリンカを狙い撃たれると、状況としては俄然厳しくなる。
勝利と敗北の分水嶺……勝負決めるは今ぞっ!




