第四十三話「ナイトボーダー」⑤
「……なるほどっ! マグマ溜まりを直接撃って、火山噴火を誘発する……。なかなか、上手い手を考えつくねぇ……さっすがだね! いくらマグマに浸かって平然としてるエネルギー生命体でもマグマがボコボコ沸騰して、火山爆発ドッカーン! なんて始まったら、いい湯加減とか言ってる場合じゃなくなるよねーっ!」
「ああ、奴は熱エネルギーをエネルギー源としているようだが、マグマ溜まりに対消滅反応レーザーなんぞ撃ち込まれたら、一瞬でマグマが沸騰して盛大に水蒸気爆発を起こすであろうからな……。エネルギーを吸収出来ると言っても、吸収できるエネルギーに限度があるのは確実であろうし、火山が爆発してあちこちにある噴火口から一斉に溶岩が吹き出し始めれば、少なくとも辺り一帯が噴煙まみれになって、もはや最終攻撃を放つどころではなくなるであろう」
まさに悪魔と言える策だった。
だが、ここで奴を止めねば、王国どころか、大陸すべてが消し飛びかねないのだからな。
ならば、ここは手段を選ばず敵を殲滅する……それで良いのだ!
「……まさに一石二鳥! さすがに、そうなったらこっちにちょっかい出せるような状況じゃなくなるだろうね! そうと決まれば……作戦プラン立案開始ーっ!」
……と言うか、最終攻撃の準備中に火山爆発に巻き込まれる……そうなれば、自らの最終兵器の自爆……それくらいの事は起きるだろう。
そんな惑星殲滅兵器の暴走ともなれば、当然、炎神や山の周囲の文明どころか、周囲のあらゆる生物がまとめて壊滅するだろうが……まぁ、そんな事は知ったことではないな。
限りなく、悪魔の所業なのだが。
ここは、それ以外に打つ手がない……やるやらないではない。
やるしか……ないのだ。
「……問題は火山噴火に伴う惑星規模の二次災害だが……。距離が近いから、恒星光の減衰など相応の派生災害は覚悟せんといかんな。お母様の被害予測はどうだ? 恐らく年単位での動植物への被害が出るだろうな……」
火山活動の活発な惑星の改造の際、問題となるのはこの火山ガスの噴煙と火山灰による温室化効果なのだ。
恒星光の遮蔽による気温低下自体は、衛星軌道上に光発電衛星や太陽衛星でも並べておけば、多少日が陰ったところでさしたる問題にはならないのだが。
二酸化炭素や水蒸気濃度の上昇は、確実に惑星気温を上昇させることになるので、惑星環境的には割りと致命的な問題になりかねないのだ。
(ぶっちゃけ、炎神の活動活発化に伴う、ここ数年の継続的温暖化の被害のほうが余程酷かったぞ。……ざっとシミュレートしてみたが、火山灰による恒星光の減衰の結果、惑星平均気温が下がって、かえってちょうどいい温度になりそうだ。なぁに……火山灰など少し風向きを調整して、雨で洗い流してしまえば大したものではないし、植物も増殖させた上で、品種改良すればなんとでもなる。なにせ、この惑星も最初の頃は火山だらけで不毛の惑星だったからな……。おまけに炎神共になんども焼き払われて……ここまでするのも、苦労したのだぞ?)
さすがに、惑星改造を軽くやってのけるだけに、火山活動の影響程度、意にも介さないらしい。
それに、炎神との戦いで大陸が灰燼に帰したことも何度かあったようだ……。
だが、そのたびにお母様は大地を蘇らせてきたのだ。
うむ、やはりお母様はこの地の神と呼ぶに相応しい存在であるな!
「……了解した。惑星環境の問題については、お母様がフォローしていただけるということだな。火山の周囲には集落なども点在しているようだが。あれはコラテラル・ダメージとして許容する……しかないだろうな」
「確かに、麓の方にも街っぽいのが見えるけど、あれって炎神なんとかの信者たちの街……って、随伴AI達も分析してるけど……。観測できる範囲に植物が一切なくて、本当に知的生命体が住んでるのか疑わしいって……。確かに、あんな植物もまともに生えてない活火山の麓に集まって街を作るって……普通、あんなところに住まないでしょ……何、考えてんだかねぇ……。あんなんじゃ、水はともかく、食べ物だって、まともにないんじゃないかな……」
「おそらく、原始宗教のようなものなのであろうな。火の神が火山を御してくれているとなると、無尽蔵の熱エネルギーを自在に扱えるようなものだからな。聞いた話では、炎国と言う名の国で、高度な精錬技術や金属加工技術を持ち、地下都市のようなものを建設していると聞いているぞ。おそらく、ああ言う不毛の土地に適応した炎神側の従属種族なのだろうな……確か、実際にドワーフとか言うのがいるらしいからな」
エイル殿達の話では、ドワーフ族は高熱に耐え、地下活動に特化した亜人種らしく、南北の山岳地帯をその根拠地としているとの事だった。
南の方はよく知らんが……北の根拠地と言うのは、大方、炎神アグナスが住み着いている火山とその周辺の山岳地帯の事なのだろうな……多分、あのモノクロな殺風景な石造りの街がドワーフの住処なのだろう。
まぁ、その時点で、どう見ても敵対種族であるな。
多分に又聞きで、眉唾な話ではあるのだが、ドワーフ自身は人間に近い姿をして、その生態自体も人間とそう変わらないそうなのだが。
エルフで言う所のハイエルフのように、真祖と呼ばれる上位種族が存在しているらしいのだ。
そして、そのエルダードワーフは、石や土を食べて生きていて、のろのろとゆっくり動き、皮膚も石のようにゴツゴツして硬い……歩く彫像のような者たちと言う話だった。
どうみても、まっとうなヒューマノイドではないのだが、案外ヒューマノイド型ケイ素生物と言うべき種族なのかもしれん。
事実、ヴィルゼットがケイ素系植物群の生態から推測したケイ素系動物群の生態は、炭素系生物と違い、土や岩といった二酸化ケイ素を含むものを直接摂取、ないし外皮より吸収し、体内にて一度二酸化ケイ素をケイ素と酸素に分解し、もう一度ケイ素と酸素の酸化還元を起こし、それを生存エネルギーとして使うのが基本的な代謝だろうと言っていた。
二酸化ケイ素を取り込んで、ケイ素と酸素に分解して、もう一度二酸化ケイ素に戻す……。
なんともややこしいのだが、炭素系植物も二酸化炭素を光合成反応により炭素と酸素に分解し、それらを糖やでんぷん質という形に還元して、それらを水や酸素と反応させた上で熱エネルギーを発生させ、活動エネルギーとして利用したり、生体組織化することで活動している。
それを考えると、確かに活動エネルギーとして利用しているのが、炭素かケイ素と言う違いがあるだけで、似たような生態と言えよう。
通常、この手の安定度の高い分子については、分解の際、相応にエネルギーを浪費するもので、二酸化ケイ素についても、水並みのド安定物質であることを考えると、この代謝は明らかに赤字に思えるのだが。
二酸化ケイ素からケイ素のみを取り出す分解工程については、工業的には炭素のような触媒を使って、加熱した上で触媒側に酸素を持っていってもらう酸化還元反応にて行うのだが……それに近い反応を行っているのだろう。
要するに、光合成ならぬ熱合成で、二酸化ケイ素の分解を行っていると仮定するなら話は別だと言うことだ。
熱合成による分解と、酸化還元反応とで、エネルギー収支が黒字化するのであれば、それはそれでかなり効率の良いエネルギー精製手段となる。
事実、クリスタル・スフィアのケイ素系植物群の場合は、炭素系植物同様光合成で二酸化ケイ素を分解しているのだからな。
恐らく、そのエルダードワーフ族とやらは、ケイ素生物……そう考えていいだろう。
だとすれば、案外この惑星本来の原住種族の可能性もあり、炎神の眷属と考えて良さそうだった。
もっともドワーフ自体は、邪悪な種族でもなく、人族とも交流があり、王国にもエルフ同様に紛れ込んでいて、幾人も帰化していたりもするらしいのだ。
なお、エルフ族とは犬猿の仲どころか不倶戴天の敵くらいの勢いで、完全な敵対関係のようだった。
さすがに、街中で殺し合いを始めるほどではないようだが、エイル殿やファリナ殿によると、ドワーフはエルフを見ると目があっただけで、問答無用で殴りかかってくるのが常との事で、エルフの方も似たようなものらしいので、要はお互い様と言うことらしい。
なんでも、エルフは神樹の眷属、ドワーフは炎神の眷属と言う事で、その時点でどうやっても相容れることもなく、そんな関係のまま長い年月が過ぎているらしい。
いずれにせよ、私の推測が正しければ、ドワーフはどうやっても、敵にしかなりそうもない……。
事実、割と最近まで、シュバリエ市にも少なからぬ人数のドワーフが居住していたそうだが。
この私が君臨し、お母様の神樹結晶がいたるところにばら撒かれた結果、一斉に蜘蛛の子を散らすように街を出て行ってしまったままになっているらしい。
もっとも、精錬技術などはそこそこ高く、ガラスなども透明度の高い完成度の高いものを量産し、鉄の精錬技術もなかなか良い線行っており、連中が残していった工房を見せてもらったが、石炭を一度コークスに加工した上で利用しており、初歩的な高炉なども実用化していたようだった。
街に残った人族の鍛冶屋のガラス精錬技術が、デコボコなくもりガラスがせいぜいだったり、コークスの精錬技術もロクに使いこなせていないのを考えると、確かにその技術力は高いと言えるのだが。
所詮は、ハンドメイドの職人芸ではあるからなぁ……。
冶金技術に秀でていると言っても、比較的と言う枕詞が付く。
そもそも、我々に言わせれば、文明カテゴリーF+がカテゴリーEに上がる程度の話ではあるのだ。
製鉄については、電磁草の葉っぱの時点で鉄板同然であるから、電磁草の外皮や葉を溶かしてインゴットにでもすれば、高炉製鉄なんぞするまでもない。
ガラス加工についても、ケイ素系植物でなんとでもなりそうなので、別に要らんような気がする。
何よりも、帝国と情報のやり取りが出来るのであれば、帝国の「自動工廠」をお母様流に再現することも不可能ではないだろう。
ちなみに「自動工廠」について簡単に説明すると、高精度3Dプリンタと分子合成システム、素材加工システムと言った工業機器をパッケージ化したAI制御の万能製造システムなのだが。
極端な話、素材とデータと電力だけで食料から衣類、兵器までなんでも作れてしまうのだ。
一応、制限としては小型の「自動工廠」は小型のものしか作れないとか、エネルギー消費が半端ないと言った欠点もあるのだが……。
ぶっちゃけこれさえあれば、どんなに遅れた文明でもあっという間に帝国準拠の近代化が可能となるのだ。
結論:ドワーフの技術とか、別に要らん。




