第四十三話「ナイトボーダー」③
そして、空の敵の相手に拘泥している事で、当然ながらイフリートの対地攻撃は疎かになっている。
その隙を逃さず、一度退いたかに見えたソルヴァ殿とモヒート殿の駆る巨神兵が二機がかりで、一際太い丸太をイフリートの膝裏に叩き込むと、イフリートも大きく姿勢を崩す。
だが、その直前……ユリコ殿が無造作に一弾を放っていたのを私は見逃さなかった。
「……お、ナイスアシスト! いっただきーっ!」
続いて、連射。
何をやっているのか、一瞬分からなかったが、その答えはすぐに出た。
ソルヴァ殿達に打たれ、バランスを取るため跳ね上がった片足にレールガン弾頭が直撃し、その膝を完全に破壊する。
片足を失ったイフリートの巨体が倒れ込み、あちこち砕けながら地面へと横たわる。
更にシャワーのように、砲弾が降り注ぎ、倒れた事でビビだらけになっていたイフリートの装甲が一気にボロボロになる。
ユリコ殿……この高度で、後方管制も無線もなしで、地上部隊と連携をこなすのか……。
そもそも最初の狙撃、ソルヴァ殿達が動き出すのが見えていなかったのに、その前のタイミングですでに撃っていたのだぞ。
おまけに、この高度からだと着弾まで数秒のタイムラグがあったにも関わらず、倒れ込んだイフリートの急所を正確に射抜く、超高精度射撃。
これが未来予知……物理法則をも超える超常の力の真髄か。
話に聞くのと、実際に見るのとでは大違いだな……ユリコ殿、やはりとんでもないな。
それにしても、ゴーレムも今ので相当なダメージを受けたようだった。
なにせ、重量級があんな風に派手に倒れ込んでしまったら、自重の衝撃だけで致命傷を受けるからなぁ……。
ナイトボーダー位の大きさと重量であれば、倒れても受け身を取ることで、ノーダメージに済ませる事も出来るのだが。
50m級ともなると、その自重がありとあらゆる面でネックになるのだ。
なお、50m級が転んで、受け身を取ろうとしても、腕を付けば、腕が壊れるし、肩から前回り受け身を取ろうとすると首がモゲる。
なにせ、歩くだけでどこか壊れるとか、地面にめり込むとか、そんな調子なのだ。
まぁ、1G重力圏下で地上兵器として使い物になるのは、精々50t程度までと言われてはいるのだ。
この辺り帝国は、1.5Gと言う高重力惑星を長年根拠地としていたことで、よく理解しているのだ。
重力圏下の重厚長大化には、素材強度と言う越えられない壁がある。
だからこそ、機動兵器を作るとなると防御など二の次で徹底して軽量化を施し、飛行用エンジンもなるべくハイパワーの奴をタンデム載せ……となるのだ。
帝国のドクトリンは、過酷な高重力環境で鍛えられ、実戦を通して完成されたものではあるのだ。
その帝国軍ドクトリンを知るものから言わせてもらえば、イフリートのような重厚長大兵器なぞ、クソの役にも立たん。
無駄に重質量化させていたゴーレムも似たようなものだったが……。
イフリートもそこら辺は同様らしい。
まったく、とんだ欠陥兵器だな。
その隙にソルヴァ殿も追い打ちを仕掛けるのではなく、一目散に逃げを打ち、更に電磁草がその高熱を物ともせずに、起き上がろうともがいていたイフリートの全身を拘束し、ギリギリと締め上げ、更なるダメージを与えていく。
……さすが、なかなかに堅実な戦い方をしている。
と言うか、ソルヴァ殿……退避って言ったのに、聞いちゃいないのだな……。
リンカが撃ち漏らしたら、この辺一帯消し飛びかねんのだが……そんな状況にもかかわらず、逃げずに戦う道を選ぶとは……。
認めねばなるまいな……皆もまた勇者であると。
いずれにせよ、地上ではイフリートに打撃を与え、拘束に成功し、一気に戦況は有利になっているようだった。
もっとも、イフリートも再生し、電磁草の拘束も高熱で焼き切りながら、振りほどこうとしているし、小型のイフリートのようなものが地面から何体も出現して、炎を吐きながら周囲を牽制し、電磁草を破壊しようとしているのが見える。
まったく、つくづく芸達者であるな。
だが……分身を出した所で、その大きさは5m程度とあからさまに小さい。
格好の獲物登場とばかりに始まったエルフ狙撃兵達のコイルガン射撃でたちまち穴だらけになり、更にソルヴァ殿達の駆る巨神兵に次々と仕留められていっているようだった。
なんと言うか……ここでそんな中途半端な雑魚を出して、どうにかなると思ったのだろうか。
どうにも奴らの戦略思考は甘いとしか言いようがない。
恐らく、ハードウェアの優勢に胡座をかいて、硬直した運用で兵器進化や、想定シュミレーションをサボっていたのだろうな……。
いずれにせよ、イフリートの制圧は時間の問題だった。
だが、向こうもそれは理解しているのだろう。
唐突に、圧のようなものを感じて、背筋が震えるような感触がする。
これは……怒りか? さらなる炎神の反撃が……来るっ!
「リンカちゃん! 第二波が来るよ! 続いて第三波! 第四波の射出も確認! 弾道予測……どうやら、イフリートへありったけの集中砲火をかけるつもりみたいだね。アスカちゃん、この意図的な味方撃ちって……どういう意味なんだろうね?」
うん……今の感覚は私にも解ったぞ。
敵意と殺意……どうやら、向こうも明確に私達を敵として認識したようだった。
「うむ、恐らくイフリートの装甲はエネルギー転化装甲だと思われる。つまり、炎神の援護射撃はイフリートの周囲の敵の殲滅だけでなく、その稼働エネルギーの補充も兼ねているのだ。お母様も実際に、そんな場面は目にしたと思うのだが……どうだ?」
エネルギー転化装甲……これはお母様の放つγ線レーザー対策のみならず、イフリートのエネルギー供給を兼ねているのだろう。
まぁ、これはわざわざイフリート目掛けて、落着させようとしている時点で明らかなのだがな。
(……むすめの言う通りなのだ。確かにイフリートは元々そんなに長い間動けないのだ……。あんな巨体で動き回る以上、どうしても長々と動くには無理がある。そう言うものなのだが、炎神の火球を浴びることで、燃え尽きかけて、ボロボロになっていても何度でも蘇って、そりゃもうめんどくさかったのだ!)
「……わざわざ、総本山の場所が割れるリスクを犯してまで、味方に向かって火力集中って意味わかんないって思ってたけど。イフリートの更なるパワーアップと、こっちの地上部隊の殲滅を狙ってるってとこか……。なかなか、合理的だよね……それ。総計20発……結構な大盤振る舞いだねぇ……!」
「それって、私達も狙ってるんですよね? ど、どうすればっ! さすがに避けながら狙い撃つのは厳しいですよ!」
「あははっ! あんなトロ臭い上にまともに誘導も出来ない火の玉で、成層圏にいるナイトボーダーに当てるなんて無理、無理っ! 向こうも空飛ぶ敵……対空戦闘ってものをまるで想定してなかったみたいだし、理解もしてないみたいね……。どのみち、成層圏にいる機動兵器相手ともなると、光学兵器でも使うか、光学迷彩で見えないようにしたステルス誘導兵器でもないとまず当てられないって! でも、イフリートも対空戦闘に少しは対応して来てるのかな? 少しは、いい線行くくらいにはなってるよ」
言いながら、ようやっと起き上がったイフリートが放った対空ブラスター攻撃を盾でいなすユリコ殿。
軽く機体が振動するのだが、ボードシールドはまだまだ余裕のようだった。
もっとも、直撃しないだけで熱蓄積は発生していると思うのだが。
今のところ、余裕のようだった。
だが、向こうもブラスターの現場改良でも進めているのか、先程まで違って熱線も細くなっていて、射出圧を上げたのか、この高度にまで届くようになってきている。
確かに一万メートル上空で、100mほどの集弾誤差にまで詰めているのは、敵ながら大したものだった。
まぁ、届くだけで当たる気はまるでしないのだがな。
「弾道弾の飽和攻撃か……。お母様……射点の割り出しは出来ているか? あの様子では固定砲台か何かから撃ってきているようだな……」
(うむ! 北の大きな火山の噴火口の中から撃ってきてるみたいなのだ……。あれは炎神アグナスの放つ神の火なのだ……正確な座標は、陰になっていて、ここからだと良く解んないのだ)
見たところ、軽く4000m級にも届きそうな巨大な山があって、その頂点の噴火口が射点のようだった。
なお、周囲の山は明らかに小さくて、一際大きな山がドーンとそびえ立つ……そんな様相だった。
確かに、噴火口内が射点ともなると、上空から狙い撃とうにも、真上にでも回らない限り、直撃は難しい。
あれでは、天然のシェルターのようなものだ。
敵もなかなか考えよったな……。
もっとも、その為に垂直上昇の上で上空で折り返すロフテッド軌道以外では撃てないと言う欠点もあるようだがな。
おかげで、対応する時間も十分に出来ており、弾道もワンパターンで、こちらも簡単に迎撃出来ているのだから、良し悪しであろうな。
いっそ、火口の上に這い出してきてくれないかとも思うのだが。
そんな自殺行為をするほど、向こうもバカではあるまい。
「だが、ユリコ殿……。このままではラチがあかんぞ……」
リンカ機のγ線レーザー自体は、威力も精度も申し分ないのだが、マナストーンを使い潰すことで放っている以上、使い果たしたらそれでおしまいだった。
まぁ、実際の稼働時間がどれくらいかは解らんが。
ナイトボーダー……それも高出力型ハイチューン機だとしても、レーザー砲を主砲にして、連続で撃ちまくるとあっという間に電力収支が赤字になって、ものの10分足らずで稼働限界を迎える場合もあるのだ。
このヴィルデフラウ製ナイトボーダーの稼働時間は……一時間、ニ時間くらいは余裕では持ちそうだが。
さすがに、丸一日飛び続けられる程ではないと思う……。
地上のイフリートは、ユリコ卿の対地砲撃とソルヴァ殿達の攻撃ですでにボロボロで、明らかに弱体化している……。
ソルヴァ殿達に対応すべく、小型の分身体の召喚のような事を続けているようなのだが、分身体は出てくるなり、片っ端から叩き潰されており戦況にはまるで貢献していないようだった。
まぁ、5m級機動兵器と言うのは、全てにおいて中途半端な使えない大きさであるのだからな……。
もう少しコンパクトにするか、思い切って20mくらいの大きさにするなら、まだマシであったろうに……。
こうなると、こちらも時間の問題ではある。
火力と装甲重視の大物でゴリ押しで押し勝とうとしていたのに、相手が空を飛んで、アウトレンジで一方的に次々当ててくるのでは、もはやどうにもなるまい。
戦闘の最中に、最強の存在から、一方的に狩られる雑魚に成り果ててしまったのでは、もはや備えもへったくれもないだろう。
なんでも、イフリートとなった術者は絶対に死ぬ……生命を犠牲にした術式らしいのだが、まさに無駄死にとなりそうだった。
さすがに、同情くらいしないでもないが、何もせずに負けを認めて大人しく降るなり、逃げ帰ると言う選択肢もあったはずなのだ。
生命を捨ててまで、我が覇道の邪魔をするのであれば、こちらとしても、情け容赦無く潰すまでだ。
イフリートも明らかに、最初の頃よりも体積が縮んでいっている様子から、ダメージの修復やブラスターの連発、おまけに分身体をいくつも放った為に、その身体を構成しているマナストーンを消耗していっているようだった。
だからこそ、援護射撃を撃ってきてる炎神も、もののついでだったお母様やシュバリエへの攻撃はとっとと諦めて、イフリートの援護とこちらの殲滅の為に全火力を集中しているのだろう。
あれやこれやと欲張らず、目標を一つに絞ってリソース集中を図る……その戦略思考は悪くない。
もっとも、上昇中に次々撃ち落とされているようでは話にもならんし、状況はまるで好転していない。
ロフテッド軌道による大陸間弾道攻撃や対衛星軌道攻撃の難点は、どうやっても重力の井戸の底から撃ち出すことになる為に、上昇中はその速度も大したことがない事にあるのだ。
対処にしても、射点を特定した上で、上を取って、光学兵器で打ち下ろせば、こんな風に片っ端から撃ち落とせてしまう。
と言うか、惑星上空の制宙権を奪われた時点で、惑星地上軍が宇宙軍に敵わないとされているのは、これが原因なのだ。
最低限、宇宙空間の機動戦力がないと惑星上にいくら戦力があろうが、何の意味もない。
まぁ、私が制宙権の確立を急ごうとしているのは、同じ理由なのだがな。
かつての地球も似たような状況だったらしいのだが、こんな宇宙空間に戦力の一つもないなど、心許ないどころではないのだ。
もっとも、炎神の大型火球は質量自体は軽く、重力操作で打ち上げているようで、その上昇速度は水素ロケットやマスドライバー打ち上げに比べても、それなりの速度も出ているようなのだがな。
この連射力ならば、案外軌道上の宇宙駆逐艦あたりなら十分対抗できるかもしれん。
もっとも、いかんせん相手が悪い。
射点が割れている状態で、撃った時点で命中が確定している未来予知能力者相手ともなると、この距離ではまず外さないだろう。
だが、懸念点はある。
これは消耗戦以外の何物でもない……噴火口に陣取っている様子から、向こうはマグマか何から直接エネルギーを取り込んでいる……恐らく、そんなやり方だと推測される。
だとすれば、惑星マグマの熱エネルギーを使った……事実上無限のエネルギー機関だと推測される。
そう言う事ならば、向こうの弾薬は無尽蔵と言っていいだろう。
対するこちらは、無限ではなく、何よりもリンカも長丁場となると集中力に限界が来るだろう。
事実、百発百中ではなく、時々外すようになっているようだし、相対停止状態が維持できずに、慌てて上昇するような動きも見せるようになってきている。
こちらは有限、向こうは事実上の無限。
そう言うことなら、いずれ、こちらが先に力尽きてしまう。
そうなる前に勝負を付けないといけない。




