第四十三話「ナイトボーダー」②
リンカもすでに一気に一万メートルもの高さに上がって、上空相対停止状態になっていた。
こんな飛行戦闘どころか、上空相対停止狙撃なぞ実戦では初めてだろうに……。
もっとも、リンカはこれっぽっちも緊張はしていないようだった。
「構わん! やってくれ……撃ち方……始めっ!」
リンカがレーザー狙撃を開始する。
弾種は案の定、γ線レーザーのようで、軌跡自体は目に見えるようなものではないのだが。
空の至るところに青白いチェレンコフ光が光ることでおおよその弾道は推測できる。
最初の数発こそ外したものの垂直上昇飛行中の火の玉が次々にリンカレーザー狙撃の直撃を受けて消えていく。
γ線レーザー砲と言っても、拡散モードで放っているようで、軽く30mくらいの被害範囲があるようで、通過した場所も帯電しオゾン化した大気が青白い煙のような軌跡が出来ることでひと目で解る。
……火の玉自体も相当の大きさがあるようだったが。
リンカの放つγ線レーザーが数発かすめただけで、その輪郭が溶けるように削れていき、垂直上昇軌道もブレて、地上へと落ちていっているのが解る。
そして、地上の荒野で盛大な爆発。
なお、火球が放たれている巨大な山の麓には、人里のようなものがあるのだが。
リンカに狙撃され、軌道が狂った火球が次々と山の周囲に付近に落下してきているようで、時間の問題で巻き沿いになる……そんな風に思われる。
位置的に炎神教団の信者達が住まう街……そんなところだと思うのだが。
……言ってる矢先に、市街のど真ん中に一発着弾。
km単位の広範囲を盛大な火の玉が街を覆い尽くし、間違いなく尋常ならざる被害が出ているようだった。
……案の定、戦略核兵器級か。
これでは、爆心地近くのものは誰一人として助からない。
だが、同情はしない。
自らの信じた神の炎で焼き尽くされるならば、それはむしろ本望であろう。
炎の厄災から、炎神の信者だけは守られるとか言う話らしいが、話が違う……位の事は思っているかもしれんがな。
まぁ、どのみち私の知ったことではない。
リンカ機についても、色がピンクになっただけでなく、全体的にシェイプアップがなされて、空中戦向けにカスタマイズされたようで、レーザーキャノンからいくつものチューブのような物が機体と直結されており、内部コア……マナストーンの大型結晶と直結されているようだった。
威力については……何とも言えんが。
あんな明らかにヤバそうなエネルギー弾を上書きして、かき消すレベルとなると、対レーザー戦用のAL粒子はもちろん、最新鋭の耐熱AL装甲でもとても止められんレベルの代物であろうな。
先ほど見せてもらったスペックからの推測になるが、帝国軍の兵器だと……宇宙軌道ステーション防衛用の長射程X線レーザー要塞砲あたりが該当する……と思う。
なお、レンズ経が軽く2mはあるような巨大レーザー砲で、数発撃っただけで集束レンズが溶解し、要交換となると言うなかなか酷い兵器だ。
リボルバー式のレンズ交換システムで、高価な収束レンズ自体を次々交換すると言うコスパ的にも微妙な運用の兵器で、拠点防衛兵器としては、威力と射程もなかなかのものではあるのだが、あまり役に立った試しはなく、やっぱり失敗兵器と言われていたのだが……。
この口径で、要塞砲並の威力とは……恐ろしい話だな。
「……さすが、リンカちゃん! 良い腕してるね! ひとまず弾道弾の迎撃はそっちに任せて大丈夫そうだから、任せるよ! ただ、あれの大気圏内での迎撃もだけど、γ線レーザーの地上への直撃は色々とヤバいから、なるべくそこから見て上にいる間に撃ち落とすようにね!」
「事実……リンカが打ち落とした火球が地上に落ちて、ドカドカ弾けているようだからな。と言うか、アレは一体なんだと思う? あの爆発規模からすると、確かに核融合兵器の一種だとは思うのだが……弾道兵器の時点で古臭い発想であるし、なんとも、微妙な兵器のようだな」
「確かに、同じ惑星上で一度宇宙まで飛ばしてから、再突入ってその時点で、それいつの時代の話? って感じだよね……」
「そうだな……まるっきり20世紀……千年前の発想であるなぁ……。あれは宇宙に敵が居ない事を想定した兵器であるからなぁ……」
「でも、侮って良いものじゃないよ。あれ……恐らく小さな恒星を飛ばしてるようなもんだよ。帝国の後方支援AI群もそう判断してる。はっきり言って未知の兵器だけど……。それをレーザーで撃ち落とせると言うのもちょっと意味分かんないね!」
まぁ……恒星にレーザーを撃ち込んで穴を開けて萎ませているようなものだろうからな。
なにせ、恒星と言うのは、言ってみれば超巨大なプラズマ核融合炉のようなものなのだ。
高熱でプラズマ状態となった水素原子が、恒星自身の高重力で際限なく圧縮されることで自然に連鎖核融合反応を起こす……あれは、そんなものだからな。
なお、私が知るγ線レーザーでは、そんな恒星に当てたところで向こうは意に介さない……その程度の代物なのだが……。
「……いずれにせよ、核融合弾同様の広域破壊兵器なのだろうな。だが、そんな物を惑星上で使うなど……許しがたい暴挙だぞ」
「そだね……洒落にならんないでしょ! 思いっきり惑星条約違反だね!」
まぁ、それを言ったら私も惑星条約とか軽くブッ千切っているのだがな。
以前、銀河連合が私に下した罪状にはしっかりと、例の10億人の虐殺において、有人惑星攻撃を実施した責任者として、わたしの名指しで惑星条約違反と大量虐殺の罪状が記載されていたものだ……。
もっとも、その罪状は銀河連合裁判官を呼び出した上で、その目の前で引き裂いてやったのだがな!
向こうは、こちらが謝罪の上で相応の譲歩をすると思っていて、上から目線の自信満々の態度だったのだが。
涙目で殺気立った宇宙艦隊と陸戦歩兵に囲まれながら、本国へとお帰りいただいた。
まったく、何故に銀河帝国皇帝が銀河連合の法で裁かれなくてはならんのだ?
銀河宇宙に於いて、銀河帝国皇帝を裁くような法など、どこにも存在しないのだからな。
なにせ、銀河帝国に於いては、皇帝が無罪と言えば、どんな罪でも無罪となるし、有罪と言えば有罪となるのだ。
もしも、銀河帝国皇帝を死罪としたいのならば、それ以前に我が銀河帝国を打ち破るだけの実力がない限り、どうにもならんのだ。
法とは、相応の実力と言う裏付けがなければ、機能しない……良い実例ではあった。
それにしても……ミニチュア恒星爆弾か。
そんなもの、高精度の遠隔重力制御テクノロジーでもなければ、実現など出来るわけがない。
遠隔重力操作だけで核融合反応を制御するとなると我が帝国でも実用化されていない……未知のテクノロジーだった。
あれは間違いなく宇宙ウイルス等と言う生易しいものではなく、高い科学技術を持つ星間文明種族の一種と断定してよかった。
つまり、ここは異なる星間文明種族が相争う地に他ならないのだ。
炎神文明とヴィルデフラウ文明……二つの地球外起源星間文明。
……そして、私やユリコ殿と言った銀河人類文明や、この惑星の在来文明も入れたら、四つ巴の混沌とした戦場だった。
もっとも、この地においては、これまでは炎神文明が圧倒していた。
これもまた事実だった。
王国は炎神教の信者となった上級貴族達に乗っ取られつつあり、炎神教団の最終作戦も発動し、お母様への襲撃が間近に迫っていた。
これまでの事象を考察すると、随分前からそう言う流れが出来ていたのだ。
だが、この私がその流れを狂わせて、我が銀河帝国の力すらも投入し、ここまで炎神が築き上げて来たであろう遠大なる計略を粉砕しつつある。
なるほどな。
炎神もここが阻止限界点だと理解しているのだろう。
ここでバーソロミューが討たれたのは、炎神教団にとってはこれまで炎神教団が作り上げてきた流れを台無しにしたのは確実だった……。
私ですら、この後の流れは目に見えているのだから、向こうもここで失敗した時点で何もかもがおじゃんになる……そこは理解しているのだ。
だからこそ、この場でイフリートを使った上で、炎神の持つ最大の力……戦略核爆撃を仕掛ける事で、こちらを灰燼に帰す事で、全て無かった事にしようとしているのだ。
だが、そうはいかぬよ! 滅びるのは貴様らの方だ!
(……アスカの世界の兵器を私なりに再現したのだが……。炎神の大火球をあっさり撃ち落とすほどだったとはなぁ……。あれは地上からだとなかなか当たらんし、神の光でもかすめた程度では何事もなかったかのように飛び続けるのだが……。リンカはアレのど真ん中を撃ち抜くことで、核融合連鎖反応を強制停止させているのだな)
確かにリンカも最初のうちは拡散モードで全て巻き込んだり、何度も当てる事で、かき消していたようだったが。
今は、ピンポイント集中モードでそのど真ん中を撃ち抜いているようだった。
被弾と言っても、針穴程度の穴が空いただけ……たったそれだけの事なのに、火球はまるで空気の抜けた風船のように歪な形になりながら、垂直上昇軌道をそれて、明後日の方向へ向きを変えながら、そのうち巨大化しながら、迷走しつつ霧散し、次々と虚空へと消えていっている。
恐らく、ミニ恒星の内部圧が急激に下がり、核融合連鎖の中心となっている核が消し飛ばされる事で、核融合反応が停止してしまっているようだった。
……そうなってしまえば、あれはタダの火の点いた水素ガスの塊に過ぎない。
どうやら、リンカは早速この恒星爆弾の効率的な破壊方法を編み出してしまったようだった。
「……おおっ! リンカちゃん、すごいっ! そんなやり方で撃ち落とせるんだ!」
「はいっ! あの火球は中心点に重力均衡点があり、そこを起点に連鎖核融合反応を引き起こす仕組みのようなので、そこをピンポイントの収束レーザーで撃ち抜く事で、例えるなら……ロウソクの芯だけが消えたようになるようなのです。どうでしょう……アスカ様! この方法なら、安全に撃ち落とせてますよ!」
まぁ、それまでに盛大に地上に被害が出てしまっているだが。
あれは、気にせずともよいだろう。
「うむ! 素晴らしいな! だが、油断するなよ! 次々と撃って来ているぞっ! ユリコ殿! 下からも撃ってきているな! ひとまず、リンカを迎撃に集中させるために、あれはこっちで仕留めるぞ!」
どうやら、イフリートと炎神は情報共有しているようで、リンカ機は最大の脅威と判定されたようだった。
もはやイフリートは地上には目もくれずに、執拗にリンカに向けて対空砲撃を仕掛けてきていた。
もっとも、ユリコ殿も言うまでもなく『白鳳Ⅱ』をリンカ機の護衛に回しているようで、地上のイフリートから打ち出されるブラスターを器用にボードシールドで受け止めていき、両腕に構えたカービンレールガンで、牽制射撃を加えていく。
なお、その射撃戦は……あっさりイフリートが圧倒されていた。
イフリートも最初はのそのそと歩いてレールガン狙撃を避けていたのだが、正確極まりない射撃にたまらず、盾のようなものを作り出し、狙撃を受け止めるようになり、たちまち防戦一方になっていた。
当然のように、ご自慢の赤熱装甲は120mm口径の打ち下ろしレールガンの前には、毛ほどの役にも立っておらず、次々と被弾しあっという間にボロボロになっていっている。
まぁ、所詮は地上戦用兵器……衛星軌道をも制する宇宙機動兵器の前には、蟷螂の斧と言ったところだな。
向こうはおそらく、大型地上兵器と長距離援護射撃で、優位に立った上で、こちらを確実に滅ぼすつもりだったのだろう。
だが、ナイトボーダーはエーテル空間戦闘と惑星戦闘に特化した制圧兵器!
300年もの間、研鑽と洗練化を続け、地道に進化してきた帝国の武力の象徴と言っても過言ではない。
そして、その上でヴィルデフラウテクノロジーを全力で投入した決戦兵器なのだ。
もはや、負ける理由なぞ、何一つないっ!




