第四十三話「ナイトボーダー」①
……確かに、こんな状況ではもはや走って逃げても、逃げ切れるものではない。
慌てて『白鳳Ⅱ』の胸部装甲部のウロの中に飛び込むと、椅子のような物があるのでそこに腰掛けると前方のウロが閉じていき、大量の草のようなもので周囲が埋め尽くされ、真っ暗になる。
……敵の攻撃が降り注ぐ中、機動兵器のスタンバイ待ち。
まぁ、実際の戦争でもよくあるそうだが、さすがの私も生きた心地がしない。
もっとも、ここまでは先程の巨神兵と同じだった。
なるほど、やはり巨神兵の進化発展仕様と言うことか。
この時点で帝国軍のナイトボーダーとはまるで別物だったが、そこは問題にならないと実証済みだった。
やはり同じように本来の身体の感覚が全て消えて、浮遊感に包まれたと思ったら、一気に視点が高くなって、体の感覚が広がっていく。
「よし! 来たかっ! ……ま、不味いっ! これは……狙われているのかっ!」
……火の巨人が真っ直ぐこっちに向いていた。
目が合った気がするのは気のせいではないだろう。
そして、指先をまっすぐこちらに向けると、その指先に火の玉が灯る。
これは……まさか精密射撃っ!
まさか、こんな手を用意していたとは……これは、マズいぞ!
慌てて、立ち上がって回避しようとするのだが、まだ身体が動かない。
「まだか! まだなのか!」
やがて、旋回する炎の渦がまっすぐ容赦なく放たれる!
直撃やむなし……と思っていたら、リンカ機が背中に背負っていたシールドを構えて、盾になってくれる。
炎の渦は、リンカ機にもこちらにも触れること無く、後方の木々と地面の草を焼き払うに終わった。
恐らく強電磁界シールド。
対荷電粒子防御兵装であり、物理エネルギー兵器すらも、弾頭の進行ベクトルを逸らすことで、防ぐことが出来ると言う優秀な防御システムだ。
当然ながら、至近弾の爆風くらいならノーダメージで防ぐことも出来る。
なにせ、荷電粒子砲ですら捻じ曲げる程なのだ……当然ながら、火炎放射程度物ともしない。
これはむしろ当然の結果だった。
うむっ! べ、別に焦ったりなどしていなかったぞ!
「アスカ様……大丈夫ですか! これ……凄い盾ですね……! イフリートの火炎旋風をいとも簡単に防ぐなんて……これなら、いくら撃たれても大丈夫です! ひとまず、アスカ様が動けるようになるまで、私が囮となって敵の攻撃を引き付けます! この場はお任せあれ!」
リンカがショートジャンプを交えた跳躍機動で、イフリートの矢面に立つ。
その動きは、巨神兵以上に俊敏で早速盾に乗っての空中機動でイフリートの砲撃を翻弄している。
私も必死に機体を動かそうとするのだが、操縦系統が切り離されてしまったかのようにピクリとも動かない。
「どうなっているのだ! これは……ユリコ殿っ!」
思わず叫びそうになっていたが、まるで後ろから抱きしめられるような感触がして、急速に落ち着くのがわかった。
「アスカちゃん……まずは落ち着いて! いい? ここはわたしを信じて、そこの特等席で見守っててくれないかな? この場は私にお任せ……そう言ったじゃない?」
な、なるほど、ユリコ殿がプライマリーとして、こちらの割り込みはシャットアウトされている……どうもそう言う状態のようだった。
そう言う事なら、要らない手出しは無用だった。
むしろ、ここは絶対の安全が保証された特定席だと思うべきだろう。
「了解した……ユリコ殿の腕ならば、それで一向に構わん! ……存分にやってくれ。確かにこれは、ユリコ殿の操縦技術を習得するチャンスであるからな……」
言ってみれば、ユリコ殿の操るナイトボーダーに同乗するようなものだろう。
こんな機会……我が帝国のナイトボーダー乗り垂涎のシチェーションとも言えるからな。
なにせ、帝国歴代最高峰……伝説のエースパイロットの手加減無用の戦闘を目の前で体験出来る。
こんなもの……末代まで自慢できる。
……その程度には誉れだった。
「ごめんね。……わたしも向こうで色々やることがあるから、付きっきりでずっと助っ人する訳にもいかないんだわ……。この戦いが終わったら、この『白鳳Ⅱ』は君に預ける事になるだろうから、まずはそこで見学……チュートリアル戦ってことで! 君、直接戦闘は苦手みたいだけど、わたしのクローンなんだから、間違いなく才能はあるよ? 手取り足取りでわたしの技術を盗んでみてっ!」
雑な話であるが、確かにそうだな……。
ここまでの力……私が管理し、扱うのが一番いいだろう。
例え片鱗でも、ユリコ殿の技術と能力……モノに出来れば良いのだが……。
「心得た。では……この場はお任せする! 存分にやってくれ!」
「お任された! リンカちゃん! 次の砲撃を凌いだら、シールドに乗って一気に上に上がるよ! 空中降下戦闘も空中狙撃も訓練してるんだから、軽くこなして見せるように! これから何が起こって何をするかは、もう説明するまでもないよね?」
ユリコ殿がそう言うと、リンカも振り返って上空を見上げる。
「なるほど……確かにこれは、ヤバいですね。では、この弾道弾の迎撃は私におまかせを! その為のこのレーザーキャノンですから……。ええ、拡散放射モードならあの程度の火球……かき消せるでしょうから、なんとでもなりそうです」
「うん、そのレーザーライフルなら、なんとかなると思うよ。まぁ、威力は帝国製よりも遥かに強烈みたいだけどさ」
「あの……ユリコ教官殿! アスカ様もそちらに乗られてるんですよね? だ、大丈夫でしょうか? アスカ様に万一の事があれば、皆……途方に暮れるしか無いのですが……」
直後、機内にアラート音が鳴り響く。
そうこうしている間にイフリートの攻撃が再開されたようだった。
今までとは違いいくつもの炎がイフリートの周囲を乱舞し、一斉にこっちに向かってくる。
ええいっ! 次から次へと! どれだけの攻撃手段を持っているのだ!
「あっはっは! この私が直接駆ってるんだから、ここは宇宙で一番安全な場所……そこは保証するよ! レッツ、フライッ! 状況開始ーっ!」
「ユ、ユリコ殿! 一斉攻撃が来ているぞ! ひとまず上空退避だっ!」
「おおおっ! こりゃまた派手にぶちかましてきたね! けどね……しゃらくさいっ!」
そんな風に言いながら、軽い調子で腕部からレーザーを放って、イフリートの火球を一斉に消滅させる。
都合16発……イフリートもそれだけの数の中規模火球による一斉集中砲火を放った直後だったのだが。
ユリコ殿は余裕といった調子で、文字通り片手でその猛撃を粉砕してしまった。
……うん? 今の……相当溜め込んで、必殺技みたいな調子で放ってきていたのだが。
それを一蹴したのか……やはり、とんでもないな。
「へぇ……サブアームとしてパルスレーザー搭載しといたんだけど、あんなファイアボール程度なら余裕で粉砕できるんだ。おまけに、大気中なのにほとんど減衰も屈折もなし……この口径でどれだけ高出力なんだが」
口径は恐らく12.8mm……とも言われる対人用では最強クラスの対物レーザーだと思うのだが。
実体のない火の玉をエネルギーの上書きであっさり引き裂いて、叩き落とすとか確かに随分な出力のようだった。
だが、それをこの連射力で……か。
と言うか、絶対必中と言われるレーザー兵器も、実のところ惑星大気中では、重力や電磁場や水蒸気などの影響による可視光線の屈折により、基本的に真っ直ぐには進まない上に、大気減衰により有効射程も著しく制限される……要するに、意外とレーザーの命中精度は低いのだ。
だからこそ、通常は最初に低出力照準レーザーによる予備照射を連続で行い、本番で直撃する弾道を分析してから、出力を一気に上げて目標を撃ち抜く。
レーザー兵器とは、元来そう言う兵器であり、いきなり最大出力でぶっ放すよう兵器ではないのだ。
もっとも、今の様子だとユリコ殿は、最大出力ばら撒きのような雑なマニュアルレーザー攻撃で全弾直撃させたようだった。
恐らく、オート狙撃の際の予備照射照準プロセスや弾道計算、山なりを描くレーザー自体の出力特性を嫌って、マニュアル照準でいきなり最大出力で放っているのだと思うのだが……。
まぁ、ユリコ殿クラスになると、レーザー狙撃を回避するとか、その程度平然とこなすのも事実ではあるからな。
おそらく、自分がレーザー兵器を使う際は回避されないように、マニュアル照準で当てると言うのが基本なのだろう。
実際、ユリコ殿の戦闘データを相手にすると、こちらのレーザーは予備照射の段階で回避され、ユリコ殿の放つレーザー狙撃は、レーザー蒸散皮膜やリフレクターシールドも関係なく、訳も分からずいきなり撃ち抜かれて死ぬからのう。
「その声……その神がかった射撃精度! ……本当に、教官殿が機体に乗り移っていられるんですね! 解りました……では、お先に!」
そう言って、リンカ機はボードシールドに乗って、一気に上へと舞い上がっていく。
何が起きているかは、リンカ機の視点映像が別ウィンドウで表示された事で理解できた。
5つほどばかりの巨大な火の玉が、北の方から真上へ急上昇していくのが見えている。
「あの垂直上昇軌道……やはり弾道兵器か!」
直後、お母様による弾着点分析が提示される。
なお、これらはモニターなどに表示されているのではなく、視界に直接、各種機体コンディションデータなどと並んで、俯瞰図と予想弾道などが表示されている。
脳神経に直接割り込みをかける事により、視神経を経由せず、各種情報を見せる神経接続表示システムなのだが、割りとお馴染みではあるな。
……二発はお母様の本体への直撃コース。
一発はシュバリエ市上空にて起爆、最後の二発はこちら目掛けて、落着の予想が出ていた。
なるほど、お母様が慌てていたわけだ。
これは間違いなく戦略核攻撃に匹敵する惑星規模破壊攻撃と見てよかった。
だが、こんなものはもはや言語道断の暴挙と言ってよい!
断固として粉砕し、相応の報いを与えて然るべきだった。
まったく、炎の神だかなんだか知らんが、ここまでやるからにはもう殺るか殺られるかなのだが、それは覚悟の上で思ってよいのだな?
射点も割れている以上、こうなったら……炎神もついでに葬るしかあるまいっ!
ああ、滅ぼしてやるとも……なにせ、わたしは神の存在なぞ認めていないのだからな。
まぁ、神を葬るなど大それた話ではあるが……。
人の手で殺せるような存在程度という事なら、それは神と呼ぶにはいささか脆弱な存在であるし、害しか無いような神など、害虫も同然なのだ。
別に滅ぼしてしまっても一向に構わんだろう……?
なお、そのコースは一度大気圏を突破した上で、目標へと落着するいわゆるロフテッド弾道軌道のようだった。
地球時代の対地兵器の弾道ミサイルはこんな弾道軌道で、あえて宇宙まで飛ばした上で地球の裏側へ核兵器を送り込んだりしていたらしいのだが。
今どきは惑星攻略戦でも、こんな地対地弾道弾なんぞ使わない……。
要するに、我々に言わせれば、時代遅れの兵器にすぎんのだ。
そもそも、地上から地上を狙い撃つと言っても、一度宇宙空間まで出てしまうとなると、宇宙空間から光学兵器で狙い撃てば、その迎撃は容易であり、宇宙空間での光学兵器の扱い易さや命中精度は、地上で使う際の比ではない。
何よりも、宇宙から見れば地上の射点も簡単に捕捉出来る為、返す刀で射点を吹き飛ばしてしまえば、もはや脅威にもならない。
固定射点から、惑星地上から同じ惑星地上を狙い撃つ。
こんな発想は、いいところ20世紀レベルの発想であるな……そんな古臭い惑星文明レベルの思考で我々に勝てると思っているのか?
「リンカ……迎撃行動に入りますっ! アスカ様! 射撃開始の号令を!」
そうであったな。
まったく、リンカも律儀なヤツだな……。




