第四十二話「更なる力を求めて」①
……その核融合兵器をお母様やシュバリエやオーカスなどへ向けられる……。
その被害は……甚大なものとなるあろう。
「奴ら、この上……無差別攻撃を仕掛けると言うのか! 見境無いにも程があるであろうっ! ……自分達の思い通りにならないから、罪なき人々を虐殺し……貴重な惑星環境を破壊するだと! そんなものは言語道断と言うのだ!」
……50億の虐殺者たる私が言うのも何だが。
有人惑星地上への核攻撃と言うのは、その程度には、暴挙と言える行いだった。
奴らに対する怒りで、腸が煮えくり返りそうだった。
「ユリコ殿、私は決めたぞ……奴らは確実に滅ぼす。よもや、止めたりはしないであろうな?」
「止める訳ないじゃない。いくら戦争でもやって良いことと悪いことくらいある。まぁ、この容赦ないやり口……帰還者に通じるものがあるね。そう言う事なら、尚更……このわたしが介入するに足りるって話よね」
「だが、ユリコ殿はこちらの世界に直接介入すら出来るのか? まさか、そんなことが……」
「今のわたしって言ってみれば、アストラルネットの情報体が本体みたいなもんで、帝国にいるわたしも有機アンドロイドなのよ。それを遠隔同期リモートで動かしてるようなもの……だねぇ。まぁ、今は休眠状態になってるんだけどさ」
「ふむ、そうなると……よく判らんのだが、今のユリコ殿はこのVR体が主体……そう言うことなのか? そして、ユリコ殿の本来の肉体はこの世に存在しないと」
「まぁ、そう言うことだね。元々、わたしって身体のほとんどが機械や人工身体に置き換わっててね。ロボットみたいなもんだったんだよ。強化人間って、今もそんなでしょう」
確かに……帝国の強化人間と言うのは、脳以外をすべて人工身体に置き換える事で人間以上の能力を発揮する……そんなものなのだ。
そして、脳の機能についてもやろうと思えば、脳チップと言うものに置き換えることも可能で、その場合はバックアップを取ることで事実上の不老不死も可能だったが。
さすがに、そこまで行くと銀河憲章で明確に禁止されている不老不死者の定義に当てはまっている為、その場合は人間として扱われなくなってしまう。
もっとも、不老不死者として人間扱いされなくなっていても、問題ないケースも存在はするのだ。
再現体などまさにその典型であるし、このユリコ殿のような帝国と言う強烈な後ろ盾が存在するなら話は別だ。
例え、銀河憲章がこの方を人間扱いしていなくとも、我ら帝国の民はこの方を無条件で帝国の母だと認めているのだ。
「なるほど……今のユリコ殿がどんな存在なのか理解できてきたぞ。しかし、意識の主体とはどういう意味なのだ? 帝国で自分の体があるのに、そちらを休眠させた上で、仮想現実空間で意識体のみを覚醒させる……その意味が判らん」
まぁ、確かにVRダイブ中はリアルの身体は、休眠状態となるのが普通なのだが。
それはあくまで現実世界側の身体が主体で、VR空間の仮想体は言ってみればリモート接続をしているようなものと言えるのだ。
ユリコ殿の話だと、そこが完全に逆転していて、仮想空間側から現実世界の身体をリモートで動かしている……そんな風に解釈できる。
「うーん、そこは説明が難しいね。まぁ、現実側の身体を休眠化させてるのは簡単な話でね。なにせ、わたしは二人にはなれない……これは魂の制約ってとこだから、今のわたしはこのVR体の方が主体となってるのだよ。だから、そのヴィルデフラウ製ナイトボーダーにリモート意識転送すれば、そっちでのわたしの身体代わりになると思うんだよね」
……確かに、お母様の作った巨神兵はむしろ、意識を乗り移らせるような……そんなインターフェイスだった。
それは意識体を主体とする存在ならば、例え異世界だろうが、こうやって通信が確立していれば、リモートで動かすことも可能……そう言うことなのだろう。
仮想空間側を主体として、現実空間に干渉する……。
途方も無い話にも思えるのだが、考えてみればそれはAI達も同様ではあるのだ。
AI達にとって、現実空間側のハードウェアはいくらでも取替が効く、遠隔操作端末のようなものなのだ。
今のユリコ殿は……限りなくAIに近い……そんな存在なのだ。
「……デタラメだな……完全に人間やめているぞ……それは。いや、すまない……悪く言うつもりはないのだが……」
さすがに「人間辞めている」はない。
そう思って、言葉を取り消す。
だが……なんと言うか、進化のステージが違う……そう思ったのも事実なのだ。
そんな私の思いを知ってか知らずか、ユリコ殿は優しく微笑む。
「そうだねぇ……。いかんせん、帰還者との戦いは数百、数千年単位での戦いになりそうなのよ……。せめて、帰還者の脅威が完全に消滅したのを見届けないと、おちおち死んでられないって話な訳よ。言っとくけど、わたしはこうなった事をこれっぽっちも後悔してないよ。それだけは断言する」
……ああ、これが……帝国の母と呼ばれたユリコ殿。
我がオリジナル……なのだ。
全くもって、詰まらんことを考えてしまったな。
「ああ、そうだな……我が帝国自体が帰還者の脅威への備えであり、人類の衰退にあがらう……そう言う理念の国であったからな。ユリコ殿達もその為の備えに殉じた……という事か。だが、おかげで帝国の命運も繋がりそうだし、ユリコ殿達なら私の集めた「敵」の情報も有効活用してくれるだろう」
「そうだね……でも、ラースシンドロームの感染源の炎の精霊ってのはなんなの? その正体がエネルギー生命体で、広大な宇宙にまたがって存在する……星間文明だったなんて……こんなもん、さすがに誰も想定してなかったよ。これも帰還者の一種なのかなぁ……。なんか銀河人類に対して、すっごい悪意を感じない?」
「……どうなのだろうな。だとすれば、極めて巧妙……と言わざるをえないな。侵略者というものは、宇宙艦隊のような解り易い手段ではなく、様々な手段を用いてくるのだな……。だが、まさかハルカ・アマカゼがラースシンドローム感染者だったとは、あれは厄介だぞ……勝算はあるのか?」
これはユリコ殿の情報で私も今しがた知った情報だった。
だが、確かに伝え聞く彼女の言動は、ラースシンドローム罹患者に通じるものがあった。
何故か私に対して激しく敵意を抱いていたと言う話は聞いていたが。
さすがに、一度も相手に会ったこともない相手に、一方的に憎まれると言うのは意味不明であったのだが……。
「そうだね……。まぁ、ハルカはこっちでなんとでもするし、銀河守護艦隊もこのわたしが蹴散らす! 帝国なめんなって教訓をあたえてやるのですよ!」
……我々が総力を挙げても敵わなかった銀河守護艦隊を……蹴散らすだと?
だが、ユリコ殿がそう言うからには、出来るのだろうな。
たった一人で戦局を覆す。
銀河帝国、最強最後の予備兵力。
それがクスノキ・ユーリィなのだから。
「……どう聞いても、大言壮語にしか聞こえないのだが、ユリコ殿が言うなら出来るのだろうな……。で、ユリコ殿の意識体をこっちの世界へ転送か……確認しないとなんとも言えないな」
「まぁ、そっちの世界の生命の樹がそこまで出来るかって話なんだけど……アストラルネットにあっさり接続してる辺りからすると、やれると踏んでるんだ。と言うか、ヤバくない? ヴィルデフラウ文明って……ラースシンドロームの進化版とも、互角以上に対抗できちゃってるし……」
確かに……いい加減、感覚が麻痺してるので、いちいち驚かなくなっているが。
お母様の持つ科学技術力はなんと言うか、桁が違う。
とにかく、お母様へ確認してみるとしよう。
(……と言う訳なのだが。リンカ機を試作してるらしいというのはわかっているのだが。もう一機、別口でナイトボーダーを作った上で、そのユリコ卿の情報体の受け皿とすることは可能か?)
(少し時間を貰えれば出来ると思うぞ……なにせ、むすめと言う実績があるのだからな)
(それはどういう意味なのだ?)
(むすめは……そうだなぁ。お前たちの言うアストラルネットに漂っていたのをわたしが見つけ、保護したのだ。その上で我が眷属として迎え入れた。もしかして、迷惑だったか? お前の魂の輝きはこの世界の者達とは質が違ったのだ……その上、私はお前自身の生きたいと言う魂の叫びをはっきりと聞いたのだ。それで放置する理由はないと思ったのだ。そこら辺、ちゃんとむすめ自身と対話の上で、意思確認をしたのだが……やはり、覚えていなかったか……まぁ、無理もないか)
……この分だと、あの時私は死んだと思っていたのだが、案外アストラルネットにバックアップデータか何かが保存されていたのかもしれない。
そして、お母様はそれを拾い上げて、ヴィルデフラウの身体を用意した上で私をこの世界に再現した……そう言う事なのもしれん。
だが……別に文句を言うつもりもなかった。
あの瞬間、死にたくないと切に思ったのも事実なのだ。
なるほど、これが神に感謝する気持ちと言うヤツだな。
神樹は本当に神だった……。
何を言ってるのか解らない言葉だが、お母様は本気で地球古代神話の神に匹敵する。
少なくとも私はそう思い始めていた。
(……かたじけない。この一言に尽きるな……ふふっ、私にはお母さんが二人いる……そう言うことか。いずれも、劣らず頼もしい限りだな!)
(なるほどー! そいつもむすめのお母さんなのかー! でも、わたしもむすめのお母さんなのだが、わたしから見たら、どうなるのだ?)
お母様から見たユリコ殿とか、私に聞かれてもよくわからんのだが?
(じゃあ、どっちもわたしの娘ってことでいいよー! あ、神樹ちゃんって、呼んでいいかな? わたし、ユリコ! アスカちゃんの実のお母さんなのです! 娘がいつもお世話になっております! でもこの場合はホントどうなるんだろうね)
……ユリコ殿。
平然と私とお母様の相互通信に割り込んできよったぞ。
確かに、今の身体自体はお母様の産物なので、私が娘というのは間違っていないが。
本来の私はユリコ殿のクローン。
であるからには、正真正銘私はユリコ殿の娘とも言えるのだ。
んで、お母様から見たユリコ殿は……。
普通に他人の気がしないでもないのだが?
(……ふわぁ……わたしにもお母さんが出来たのか……。嬉しすぎて涙が出そうなのだ! わかったのだ……ユリコお母さんの身体代わりを作ると言うことなのだな!)
……お母様はそれで納得したようだった。
ユリコ殿から見たら、お母様との初コンタクトだと思うのだが。
お母様もなんで、こんないきなり好感度高いのだろう?
ああ……でも、お母様は私と記憶情報を共有している。
どうもそのようなのだ。
事実、私の言動はお母様に相応の影響を与えているし、この私の人格形成プロセスにおいて、ユリコ殿の存在がかなり大きなウェイトを占めているのも事実だった。
だからこそ、お母様もユリコ殿を初対面でも、身内同然に認識しているのかもしれない。
(そゆこと! あ、そうそうっ! 機体チューニングはわたしも混ぜてっ! どうせわたしの身体代わりにするなら、最高チューン機体がいいな! っていうか、この試作機の時点で、神経伝達効率や反応速度がうちの比じゃないし! さっきもリンカちゃんと模擬戦やって、白鳳使っても追っつけないってヤバすぎるって! アスカちゃん! なにこの、超スペック機! リアクター出力だって、ハンパじゃないよ! これ……宇宙戦艦の重核融合炉をそのまま乗せたくらいの出力あるじゃん! どうやったら、こんな数値になるのよ!)
そこまでの代物だったのか……。
やっぱり、素の技術力の桁が違うのだな……。
この調子では、海上船舶どころか、いきなり宇宙戦艦を建造して宇宙へ飛ばすくらい出来そうだぞ?
……と言うか出来るな。




