第四十一話「茶道ティーパーティ」⑤
「……我がオリジナルからそう言われると、嬉しいのだが。こ、子ども扱いはして欲しくないぞ! 確かにこっちの世界では、このような幼女そのままのような姿であるし、皇帝時代も成長抑制処置の関係で見た目は小さかったが。精神年齢は20年は超えていたのだから、立派な大人だったのだぞ? ……なので、少しは遠慮して欲しいぞ」
だが、心を鬼にして告げる。
なにより、私も皇帝である以上は、序列上は彼女より上ではあるのだ。
ま、まぁ……どう考えても格下ではあるのだが。
……強がりくらい言いたい年頃なのだ。
精神年齢20年超えは……うむ、VRでの圧縮学習期間などを合わせれば、多分それくらいは行っていたぞ!
「た、確かに……アスカちゃんって、ちっちゃい子なのに、時々まるでゼロ陛下と話してるような気分になってくるからね! うん、なんかよく解った! 君は正真正銘銀河帝国の皇帝陛下だよ! ……ゼロ陛下も高く評価してたみたいで、君たちが全員死んじゃったって事を物凄く惜しんでたよ」
「そうか……私達は上手くやれた……のだな」
「それについては、わたしが断言するよ。あんな難しい状況でよくやったよ……ホント、君達が居なかったら、銀河の命運もとっくに終わってたと思うからね!」
「そうか……。だが、私が知る限り、状況はあまり良くなかったと思うのだが……。何より、銀河守護艦隊はあまりに強大だ……。あれさえ出てこなければ、なんとかなったかもしれんのに……」
銀河守護艦隊の介入がなかったら。
タラレバの話ではあるのだが、アレさえなければ、銀河連合諸国も武力平定の上で感染防止も徹底させることが出来ていたであろうし、生命の樹の探査計画ももう少しすんなり進められていたはずだった。
何よりも、相互補完の関係にあった六皇帝達……彼らを尽く討ち取られたのは、あの時の私にとっては、かなりの精神的な打撃となっていたのだ。
……皆は、私の同胞であり、家族であり……そして、自らも同然だった。
だからこそ、その後を追うことは半ば義務のように考えていた。
だが……不意に気付く。
私は最後の皇帝として、あの戦場に立っていたのだが。
その実、皆に生かされていたのではないかと。
私のなすべきだった役割とは……あの時、皆の後を追って、戦火に消える事ではなく、何が何でも生き延びるべきだったのではないだろうか?
何よりもあの最期の瞬間に思ったことは……。
後悔……。
私はあの時、まだ死にたくないと……心からそう思ったのだ。
「まぁ、ハルカの馬鹿については、わたしがなんとかするつもりだから、そこは安心して! でも、介入が遅れた事に関してはホントごめん……もうちょっと早く私達が目覚めてれば、アスカちゃんも死なせずに済んだかもしれないのに……」
「いや、我々も開祖を偲ぶことはあっても、当てにはしていなかったのだから、致し方あるまい……」
「あっはっは! 偲ぶって、なにそれっ! そもそも、わたしもゼロ陛下も別に死んでないし……。もしかして、そう言う話になってたりするの?」
確かに……考えてみれば、クスノキ・ユーリィもゼロ皇帝とその側近について、その最期についての記録は一切残っていなかったのだ。
要するに、消息不明……。
ゼロ陛下の後継者……二代目皇帝陛下ですら、その最期については一切記録として触れていないし、当然、あって然るべき墓標すら、存在しなかったのだ。
一応、惑星エスクロンの大海洋を300年前から漂流しつづけている、かつてのゼロ陛下の居城『宮殿』は現存していて、私も七皇帝としての戴冠式をそこで受けていて、『宮殿』がゼロ陛下達の墓標代わりという話にはなっていたのだが……。
「確かに、ユーリィ殿がどのような最期を遂げたかについては、一切記録が残っていなかったな。まるで、ある日突然消えてしまったかのように、その足取りが途絶えていたのだ。それにしても、その様子では……ユリコ殿以外……ゼロ陛下なども同様に復活を遂げた……そう言うことか?」
半ば伝説の人物となっている……銀河帝国初代皇帝「ゼロ・サミングス」陛下。
ユリコ殿達、第三世代強化人間を束ね、銀河宇宙最強最大の大帝国……銀河帝国を建国したその人だった。
……当然のように歴代皇帝にとっては、神にも等しいお方であり、あの方が同様に再臨されたのであれば……もはや、何の憂いもなかった。
「まぁ、AIだって代替わりするんだから、皇帝も長々と居座ってちゃ駄目だって事になってね。わたし達は肉体を捨てて、アストラルネットの住民となった。もっとも、時々訓練プログラムで呼び出されたりもしてたから、ずっと寝コケてた訳じゃないよ?」
「……まさか、これまで訓練の際に出て来ていたのは、人格再現プログラムではなく、本人だったのか?」
「そうだって、言ってるじゃない。言っとくけど、アレ全部、わたしの分身みたいなものだから……。君との訓練もよく覚えてるよ。君、個人戦闘の才能は微妙だったけど、戦術や戦略級のシミュレーションプログラムでは、めちゃくちゃ強かったよねー!」
「……ぐぬぬ、全く言い返せん! まぁ、戦争と言うものは戦場で勝てなくとも、全体で勝てばいいのだからな……」
まぁ、実際……そんな調子だったからのう。
なお、ユーリィ殿は戦士としては、問答無用で最強だったのだが。
指揮官としては、そこまで優秀ではなく、戦術戦略指揮と言った分野では、そこそこ勝てたのだが、個人で戦術的劣勢を軽く覆してしまうので、彼女との戦争シミュレーションでは、如何に彼女を遊兵化するかに全力を傾けていたのものだ。
その経験があってこそ、戦争とは、戦略レベルでの優勢の確保が第一なのだと思い知ったようなものなのだがな……。
「そうだねー。銀河守護艦隊との戦いも根拠地吹き飛ばして、戦略的には優勢だったみたいだからね……。実際のところ、ハルカの艦隊もあそこでアスカちゃん達を取り逃がしていたら、後が無かったみたいだからね」
「そうか……。それなりに善戦したと思っては居たが。そこまで追い詰めていたのだな……。だから、あそこまで厳重に包囲殲滅の構えだったのだな」
「ホント、君らの戦いっぷりはわたしらですら感心したくらいだよ。でもまぁ、あっちのことはわたしとゼロ陛下がなんとかするから、君は安心して良いんだよ! まーかせてっ!」
思わず、涙で視界が曇る。
帝国も銀河の未来ももはや、絶望的だと思っていたのに……。
帝国にはまだ希望があったのだ。
300年も昔に、帝国を建国したゼロ陛下の右腕と言われた偉大なるオリジナル。
そして、もはや伝説の存在となっている初代皇帝ゼロ・サミングス陛下。
その二人が救国の担い手として現代に蘇った。
……そう言う事ならば、断言しても良かった。
帝国の命運は繋がった……。
そして、そう言う事ならば……私は彼女へ託さねばならぬ事があった。
「ユーリィ殿! そう言う事なら、ヴィルゼットと言う者への伝言をお願いしてよいだろうか? 仕組みは未だによく解らんが、今ここでユーリィ殿へ伝えた情報は、持ち帰ってヴィルゼット達に共有できる……そう言う理解でいいだろうか?」
「うん、その理解で合ってるね。と言うか……こっちで君は、ラースシンドロームとの戦いを続けてる。わたしもそう理解してるんだけど、合ってるよね?」
……はて。
まだそこまで詳しくは説明していないんだがな。
だが、考えてみれば、すでにリンカとユリコ殿はすでに接触があったのだ。
その際には、例のエネルギー転化弾やその想定敵についても、ユリコ殿は理解していると見てよかった。
そんな事を考えていたら、不意に目の前に巨大な人型機動兵器が落ちてきた。
シールドに乗った細身の騎士のようなシルエット……緑色のナイトボーダーのような機動兵器だった。
「……な、なんだこれは!」
続いて、白銀のナイトボーダーが降りてくる。
こちらは見覚えがある……クスノキ・ユリコ専用機「白鳳」そのものだった。
緑色の機体はどうも、この機体を参考にしているようで、所々似通った部分があり、明らかに同系列機体と言って良いくらいには、よく似た形をしていた。
「これ? アスカちゃんの代理オーダーって事で、ナイトボーダーの資料をまとめて寄越せって、神樹ちゃんからうちらにリクエストが先に来てたのよ。で、その交換条件として、アスカちゃんに会わせてって要求して……。とりあえず、白鳳のデータを再現して、それを神樹ちゃんが見よう見まねで作ったのがこっちの緑のヤツ。ちなみに、時間があんまりないってんで、テストパイロットもそっちから招聘して、こっちのAI達と神樹ちゃんが相互にやりあって、新規設計の上で試作データを作成……。その上でこのわたしが猫耳ちゃんを並行で訓練中だったのよね……。でも、今の危なっ! これ……注意しないとだねーっ!」
そう言って、ぐったりと横たわってる緑の機体に駆け寄ると、乱暴にキック一発!
「くらぁっ! リンカ一等兵! 訓練中に寝てる場合かっ! これが実戦だったら、お前は死んでいたぞ! 直ちに立ち上がり……もう一度リトライ! いいか? わたしの白鳳の戦闘データ相手で、乱取り空中戦と地上白兵戦をそれぞれ20セット! その上で大気圏降下戦闘訓練も50セット、長距離未来予測狙撃訓練も命中率99%を達成するまで休憩も許さないっ! さぁ、頑張れーっ! 気合い入れろーっ!」
「ひぇええええっ! イエス! マムッ!」
泣きそうなリンカの声。
解る! 解るぞ……教官モードのユリコ殿はひたっすら鬼なのだから。
だが、イフリートの出現という窮状に際し、すでにここまで協力してくれるなんて……。
UIウィンドウにメッセージ着信が次々と表示されていく。
私に仕えていてくれたAI達、生き残った我が第三帝国将兵達に……。
馴染み深い補佐官達からのメッセージもあった。
彼らは一様に私の生存を喜び……何か助力が出来ないかと問うてきていた。
そして何より私の目を引いたのは……。
「第三帝国皇帝アスカ君。君の健闘を心から称え、賛辞と共に可能な限りの支援を送る。要するになんでも言ってくれ、いくらでも君の手助けするよ!」
ゼロ陛下の署名入り……そのメッセージを見て、胸が熱くなるのを感じた。
これで感極まらない皇帝なぞ、おらぬだろう……。




