第四話「裸族卒業への道」②
いずれにせよ、いくら光合成が可能でも、水分の補給がままならないようでは、長期生存は覚束ないと思っていただけに、これはありがたい情報だった。
この時点で、この世界での私自身の生存については、もはや心配無用と悟った。
それに、ヴィルゼットの例だと、ヴィルデフラウは寿命がめちゃくちゃ長い。
彼女も私と知己を持った時点で地球公転周期換算で推定500年ほど生きている計算になる……とか言っていたので、身体改造や遺伝子改良もせずに、軽く1000年くらいは寿命があるらしかった。
ヴィルデフラウ族と我々帝国は、ヴィルゼットを代表者として相互互助協定を無期限で締結しているので、彼女が帝国に寄与してくれる限り、彼女の同胞ヴィルデフラウ族の住まう惑星ヴィルアースの環境維持と安全保障、そしてヴィルデフラウ達の生活の保証は帝国が責任を持って、一切合切面倒見ると言う事になっていた。
この協定は、皇帝たる私と彼女の間の個人的な契約ではなく、彼女を代表とするヴィルデフラウ族と第三帝国の間での取り決めなので、私やヴィルゼットのいずれか、或いは両方ともが死んでも有効とされる。
結構な不平等条約ではあるのだが、そんなのは些末な事にすぎん。
その程度には、ヴィルゼットと言う人材は我々にとって得難き人材で、いわば帝国の至宝の一つと言えるのだから。
他の皇帝達もその事については、当然の措置であり、第三帝国が何らかの事情で契約の履行が不可能になった場合は、いずれかの帝国がその履行者としての役割を引き継ぐとまで言っていた。
まぁ、私はすでに故人なのだが、この協定の履行については、そのような保証が既に得られていたので、次代の皇帝なり誰かが責任を持って、引き継いでくれただろうから、別に心配はしていない。
そう言うわけで、間違いなくヴィルゼットは、私の死後も帝国に仕え続けてくれるであろうことは疑う余地もないので、あのまま魔法科学の開祖として、長らく帝国の発展に貢献し続けてくれることだろう。
まぁ、あれは例え1000年経っても生きてそうな気がするので、そのうち帝国の生き字引にでも、なり仰せてしまいそうだが、それはそれだ。
もっとも、短命である我が身を密かに嘆いていただけに、百年単位の長寿命と言うのはその時点で、とても羨ましくも思っていたのだが……こうやって、それが我が身となったのであれば、実に良い話だった。
なにせ、本来の私はクローンのそのまたクローンのクローンのクローンと言った調子で、コピーを何世代も重ねまくった劣化クローンのようなもので、人工子宮からロールアウトされた時点で、遺伝子テロメアが摩耗しきっていて、せいぜい20年程度と極めて短命が宿命付けられていたのだ。
もちろん、帝国には身体改造技術もあって、医療技術も銀河トップクラスの技術力を誇っていたのだが、如何に身体を機械化しようが再生医療を施そうとも、遺伝子レベルで問題がある以上、肝心の脳細胞の劣化は避けられず、それらは延命には、ほとんど寄与しないとのことだった。
結局、私の短命は決して免れえぬ、いわば宿命のようなものだったのだ。
それを思うと、1000年以上の寿命が保証されているなんて言うのは破格も破格。
この特典だけで、もう他はいらないと思うくらいには、ゴージャス特典だと思う。
なんだ、チートなしかと思っていたら、寿命チート! 最高じゃないっ!
今の人類種は……特に帝国国民は各種医療技術や身体改造技術の発展で、200年近く生きられるケースも少なくないのだが。
それと比較しても軽く5倍以上で、そもそも推定寿命が1000年というのもヴィルデフラウ達が記録していた最高年齢個体がそれくらい生存していたと言うだけの話で、その先代族長の死因も老衰などではなく、環境悪化による枯死……。
惑星環境さえ良かったら、今も生きてたかも……みたいなことを言っていた。
当人の自己研究によると、細胞分裂の際の人間で言うところの遺伝子テロメアの摩耗が極端に少ないらしく、実際ヴィルゼットも含めた、100年単位で生存している個体についても老化現象はほとんど起きておらず、事実上の不老種の可能性もあるとのこと。
たった20年の寿命すら全う出来なかったのだから、これはめちゃくちゃ嬉しい!
なんと言うか、転生バンザイ。
神の気まぐれということであれば、神くらい信じてやっても良いと言う気分になる。
まぁ、どのような神なのかは知らんがな。
ひょっとしたら、この巨大樹が私の魂をこの世界に導いた神なのかもしれんが、だとすれば無条件で信じていいとも思う。
お母さんとは、そう言う存在ではないのかな?
そんな風に思っていたら、ポッと巨大樹が暖かくなったような気がした。
気持ちが伝わったのかな? ふふっ、お母様、お母様っ……!
……そして、なるほど。
森の植物達とリンク接続して、漠然とした意思の疎通を図るうちに自然と理解する。
植物世界の女王……今の私はそんな存在らしい。
森の植物達は、今や新たなる女王の生誕でお祭り騒ぎ。
そして、この巨大樹は「神樹」とも呼ばれる存在で植物達の大元締めのような存在のようだった。
……なんか、本当に異世界の神のような気がしてきたぞ。
もっとも、植物は動かないし、声も出さないので、辺りは静かなものだった。
だが、目を閉じると、溢れんばかりの情報が流れ込んでくる。
森の木々たちの状態、土の状態やジリジリと水不足に陥りつつある自然環境の悪化についても。
……水資源とか、めちゃくちゃ豊富に思えるのだけど?
それでも、すでにいくつかの水脈が枯れており、原因不明の集団枯死なども起きているし、森の北には不毛の大地が広がっていて、じわりじわりと不毛の大地が拡大し、確実に自然環境が悪化しているようだった。
水脈の上流……北の荒れ地の更に北の方で、何か問題が発生しているようだが、森の外の出来事なので、詳細は不明だった。
不毛の大地についても、ここもやっぱり、詳細不明。
植物などもポツポツと生えているようなのなのだが。
なんと言うか……知覚範囲外のようで、感覚圏があるラインで止まっていて先を見通すことが出来なかった。
距離の問題かと思ったが。
南の森の最端部の方が距離としては遠く、そっちは圏内のようなので、距離的な問題ではないようだった。
……いったい何が起きているのやら。
どうにもキナ臭い予感がしてならなかった。
そして、明らかに異形の生物たちの存在についても認識できる。
何とも言えないが、本来の生態系と相容れないバグ的な存在のようだった。
便宜上「魔物」とでも定義するとしよう。
ファンタジーでは、おなじみだし、魔素の濃い惑星なんかだと、魔法を使ってくる知性のない動物とかもいて、我々もそんな風に呼称していた。
と言うか、魔物もやばかった。
地上部隊の手に負えなくて、惑星上空の揚陸戦艦の対地砲撃で辺り一帯を更地にしてやっと沈黙とかそんな事例すらもあった。
あれと同じ……とはあまり考えたくないな。
その魔物達は、動物タイプのみならず、植物タイプもいるようだが。
形状や生態が全く従来種と相容れないようで、森の植物達はこの植物タイプの魔物を酷く恐れているようで、私の支配力もその手合いには一切及ばないようだった。
うーむ、何かが根本的に違うとしか思えないので、案外これは惑星外異起源種とかそんな代物なのかもしれん。
まさか、またぞろ古代先史文明が関係なぞしとらんだろうな?
例えここが異世界だろうが、系外銀河だろうが、その可能性は否定できない。
……アレは、そう言う人智を超えた世界の壁すらも超えかねない神出鬼没の化け物共なのだ。
サンプル収集の為にも捕獲の上で、解剖実験などもしてみないことになんとも言えんが、いっそやるか?
もっとも、そんな魔物達も私が意識を向けると何かを察したのか凄まじい勢いで逃げていき、どこまで逃げるのかと追跡していたが、力尽きるまで逃げ回り、唐突に動かなくなったと思ったら、その反応も消えてしまった。
……まさか、力尽きて死んだ?
えええっ!
そんな、死ぬまで逃げなくてもいいだろうに……。
植物タイプも私の知覚領域から逃れようと必死になって隠蔽に努めているようで、最初は恐らくこれだと思っていた個体の反応が次々と消えていき、どこにいるのか解らなくなってしまった。
いや、これは隠れたというよりも……殺ってしまった。
「ええい次こそ! 捕獲を……!」
そんな調子で、魔物たちをなんとか捕獲しようとしては見たのだが、むしろ虐殺状態……。
やがて、意識を向けるだけで、次から次へと反応消失するようになった。
そして、気がつくと、森の中から魔物の反応が一切なくなってしまった……。
どうも、図らずも森からこの魔物共を完全に駆除してしまったようだった。
まぁ、いいか……なんか害虫みたいな感じだったし。
と言うより、今のは巨大樹の方が私の要望に勝手に応えて、長距離ビームみたいなのをぶっ放して、狙い撃ちにしてたっぽかった。
……お、お母様? ちょっとちょっと! さすがにそれは過激なんでは?
でも、森の中がすっきりして、喜んでるような感じでもある。
……お母様との初めての共同作業とでも思っておくか。
ただ、体の良いマーカー役にされていたような気もしないでもない。
なんとなくなのだが、恐らくお母様は細かい探知能力があまり高くないのかもしれない。
私が意識を向け追跡したことで、魔物の居場所をピンポイントで把握し、いい機会だからとブッ放した。
なんか、そんな感じのような気がする。
とにかく、この森の絶対王者……要するに、私はそう言う存在らしかった。
そして、魔物達を虐殺し、死滅させた事で、結局何も解らず仕舞いだったのだが。
そんな植物の女王としての俯瞰視点での森の内部観察を続けるうちに、はっきりと認識できたのは、明らかな文明の痕跡だった。
具体的には、この森をまっすぐ南北に突き抜ける街道の存在。
ああ、この方位については、便宜上こちらで勝手に定義しただけだぞ。
とりあえず、植生分布状況から日当たり……要するに恒星軌道を推測し、恒星があるであろう方角を勝手に南と定義して、その反対方向側を北と定義した。
そして、その右側を東、左側を西とした。
あってるかどうかは知らんよ? そもそも、ここが南半球に位置するなら、逆と言うことになる。
まぁ、お母様の視点を借りて、周囲を見渡した感じだと、遠く北の方には雪をかぶった山脈があるようだったので、北半球だと思うのだがな。
と言うか、お母様視点半端なかった。
案の定、普通に1000m級の樹高があった……。
そして、その俯瞰視点では、街のようなものも見えたし、そっちも気になった!
いやぁ、色々解るようになってくると、俄然楽しくなってくるな!
ちなみに、惑星地表の探索行において、方位と座標の定義は真っ先にやる基本中の基本であるが、その基準制定は一般的には、自転軸の両端を南北として、その北極点を座標軸0:0と定義する。
とはいえ、惑星地表スタートでは、基準点がどこなのかも解らん。
もっとも、基準点未定のままでは地図の作製もままならんので、暫定でもいいからとにかく基準点を決めるのが鉄則と言える。
とりあえず、この巨大樹を地図上の中心起点として0:0としてしまえ。
つまりここが世界の中心なのだっ!
まぁ、私の脳内地図の問題なので、それでも別に問題も起きぬであろうよ。
いずれにせよ、文明の痕跡……道の存在と遠く見えた町並みに……私は思わず興奮を覚えた。




