第四十一話「茶道ティーパーティ」④
ユーリィ卿も恐る恐ると言った様子で、ギャロップ串焼きを一切れ頬張る。
「……こ、これは……ヤ、ヤバイって! ねぇ、このゴリゴリ言ってる赤くて塩っぱいの……もしかして、幻の化石塩?」
……天然の岩塩の事を銀河宇宙ではそう呼ぶのだ。
宇宙環境においては、塩化ナトリウム自体はそう珍しいものではないのだが。
惑星産の結晶化された岩塩ともなると、なかなかのレア食材となる。
なにせ、ある程度の塩化ナトリウムが溶け込んだ海洋があって、地殻変動で海水が地中深くに閉じ込められた上で、水分が抜けきって純粋な塩化ナトリウム結晶になるまでともなると、気の遠くなるような歳月が必要なのだ。
もちろん、大抵の惑星の土壌には塩化ナトリウムは含まれているのだが。
当然ながら、そのままではとても食用には使えず、抽出精製処理を行うともはや合成塩や還元塩と大差なくなってしまう。
そんな調子で、化石塩こと岩塩はプレミア食材となったのだ。
なにせ、岩塩が採掘されるのも、海と陸地のある理想型地球惑星か、かつて海があって周回軌道が遠くなった事で完全に凍りついてしまった氷結惑星や、かつてハビタブルゾーンにあったのが軌道がズレて、恒星近くを周回するようになった灼熱のドライアースなどに限られる。
もちろん、理想型地球惑星は激レアであり、それ以外のケースもはっきり言って少数派。
宇宙の地球型惑星は文字通り星の数ほどあるのだが、ほぼ水の塊の海洋惑星か、カラカラの岩の塊と言う両極端ばかりなのだ。
要するに、結晶化岩塩については、幾多もの幸運を乗り越えた惑星でもなければ、発掘すらされる事すらないのだ。
そんな太古のロマン……化石塩を贅沢に調味料として使う。
これが解らない方でもあるまい。
「……うむ、いかにも! この惑星では塩を使う際は、この化石塩を使っているらしいのだ。その時点で贅沢な話だと思わぬか?」
「思う! 思うーっ! えーっ! マジっすか! と言うか、すっごい美味いんですけど! え、なんでそんな岩塩ふりかけただけなのに、こんなにもジューシーで美味しいの? これが岩塩マジック? 噂はホントだったんだね……。」
グラム百万クレジットの化石塩と、ひと瓶100クレジットの合成塩。
分子組成的には、大差ないのだが……ほんの数%の毒物でないミネラル不純物と、それが生成されるまでの年月……それは、まさにプライスレス。
至高の調味料のひとつと言われるのは伊達ではないのだ!
「であろう? 私もこれを始めて食した時は、感動のあまり涙が出たほどだったのだ! この惑星……原始惑星などと馬鹿にしていたが、食に関してはなかなかに侮れんものがあるのだ……」
……ユーリィ卿は思っていた通りの人物のようだった。
なにせ、皇帝たるこの私に「マジッすか!」等と言う口が聞ける者など、同格たる七皇帝にも居なかったのだからな。
ましてや、文字通りの子供扱いともなると……。
ああ、そう言えば、ソルヴァ殿がいたな。
なるほど、だからこそ私は、あの者をああも好ましく思っていたのだな。
そして、私も……まるで十年来の友のようにユーリィ殿に自分の事を話して、ユーリィ殿もまた自らの武勇伝やその秘めたる思い等も私へ伝えてくれた。
もちろん、情報共有処理を行えば、お互いの人生を追体験するようなことも出来たのだが。
私達は、敢えて自らの言葉でお互いに伝えあっていた。
ユリコ殿はまるで自分の娘に語るように……そして、私も本物の母親に自分の人生を自慢するように……色んな話を交わしあった……。
「さて……。すまぬが、あまり時間もないのでな……そろそろ、単刀直入に聞かせていただきたいのだが、どうか?」
「うん? なんだろ? まぁ、そりゃ色々聞きたいことがあるだろうなってのは解ってたけど……。言ってみれば、自分の娘とのおしゃべりって、わたしの夢だったんだよね……。ふふっ、恋バナだってオッケーだよ? なにせ、わたしは人生の先輩であり、君のお母さんなんだからね」
恋バナ……確かに、そう言う話をする相手なんぞ居なかったな。
だが……その手の話はユリコ殿も皆無だったと思ったのだがな……。
なにせ、外交や社交などの際のゼロ皇帝のパートナー役と言うのが、彼女の定位置でもあり、誰もがそう言うことなのだと思っていたようで、当然ながら浮いた話など微塵にも無かったのだ。
私とて、そう言うのは、少なからず憧れはあるのだが……下手なことを言うとヤブヘブになりそうだし、今は触れるべきではないだろう。
つまり、スルー一択っ!
「もはや、確認するまでもないとは思うのだが。貴女は我がオリジナル……クスノキ・ユリコ殿にて相違ないな……?」
「うん、そうだよ? もしかして、疑ってる?」
「いや、そこは私も素直に認めるところなのだが、貴女が生きていたのは300年も昔……何故、本人がここに居て、私と言葉を交わし合っているのだ? この時代……確かに医療や仮装義体技術の発展で200年近く生きる者もいるのだが。さすがに300年は無理だと思うのだ……果たして、この邂逅は、どういうことなのだ?」
「ちっちっち、私は帝国永世守護騎士「Knights of Eternity」なのだよ。まぁ、タネを明かせばデータ生命体? 私やゼロ陛下は、ハルカ提督達を見習って、あの人達とは別口で、銀河帝国を守護する永遠の存在となったのですよ。そして、帝国の危急の事態に際して、自動的にアストラルネットから解放されて、帝国の危機に馳せ参じる……。元皇帝なら、帝国守護者召喚プログラムの存在くらい知ってるんじゃなかったの?」
彼女の言うところの「帝国守護者召喚プログラム」には、確かに聞き覚えがあった。
皇帝を皇帝たらしめるための短期圧縮学習によって与えられる知識に確かにそれは存在していた。
曰く、帝国存亡の危機においてのみ、当代の皇帝の名においてその発動が許される。
その暁には帝国の守護者達が現世に召喚され、帝国は救済される事になるだろうと……そんな風に言われていた。
だが、この300年……歴代皇帝の誰一人として、それに触れることは一度もなく、その存在だけが歴代皇帝の知識として、連綿と伝えられてきたのだ。
「……じ、実在していたのか……。帝国守護者召喚プログラム……だが、あれは、帝国存亡の危機でもない限り、決して触れてはならぬと代々言い伝えられて……」
「いあ、どう見てもアレ……帝国存亡の危機どころか、銀河人類滅亡ギリギリチョンパってとこだったよ? 君ら、頑張りすぎだってっ! と言うか、もっと気軽に起こしてくれて良かったのにさぁ……。300年間お呼ばれなしとかむしろ、悲しかったよ……」
なんとも不服そうな様子だった。
確かに、あの状況……帝国の存亡の危機……とも言えた。
ラースシンドロームの蔓延による銀河滅亡の危機。
七帝国体制の崩壊……七皇帝全てが倒れ、全ての主星系中継港が陥落。
普通に考えて、帝国は滅びの一歩手前……そんな状況とも言えた。
だが……そんな時の備え。
帝国守護者召喚プログラム……。
私は、その存在を知っていたし、それを起動すると言う選択肢も確かにあったのだ……。
だが……私を含めて、誰もそれを頼ると言う発想に至らなかったのだ。
「長き時のあいだに……もはや、それに触れること自体が禁忌ということになっていたのだ……。事実、私もその存在は知っていたが、それに頼ろうとは一切考えなかった……。そこは歴代皇帝達や他の皇帝達も同じだったのだ」
……言い訳がましいが、そう言う事だった。
事実、私もその選択は、なかば無意識に避けていたのだ。
「……ありゃりゃ。そうなると、やっぱり陛下が言ってたように、伝家の宝刀は抜かない事でこそ、伝家の宝刀たる……そんな風に皆、考えてたんだ……。なるほどね」
「それに、考えても見てくれ……帝国の危急に際して、その開祖を呼び出して、惨状を見せつけるなぞ、いい面の皮ではないか……。それに子と言うものは、親の前では格好をつけたい……。どちらも経験はないがそんなものらしいぞ?」
私がそう答えると、ユリコ殿も納得したとばかりに微笑んでくれる。
……実は、内心怒られやしないかとドキドキモノだったのだが。
一応、納得はいただけたようだった。
「なるほど、解り易いね……。まぁ、わたしらの後継者は皆、優秀だったみたいだしね」
「であるな……。私も先達達の軌跡はよく知っている。誰もが皆、帝国の発展と銀河の未来のために貴女方を規範として来たのだ……。私は、皆を誇りに思う」
……私は一度言葉を切った。
だからこそ、ユリコ殿に聞いてみたかったのだ。
銀河守護艦隊と戦い散っていった六皇帝。
そして、300年間の帝国の繁栄を支えてきた歴代皇帝達。
私も彼らと並び、立派な皇帝として生きて……死ぬことが出来たのだろうか。
「……ユリコ殿。私は……立派だっただろうか? 私は皇帝として……その役目をやり遂げることが……出来たのだろうか?」
そう告げると、ユリコ殿の両目に見る間に涙が溜まっていく。
どうも、私の一言は彼女の琴線に触れてしまったようだった。
そう思った次の瞬間、ちゃぶ台がどけられてギュッと抱きしめられていた。
「あったりまえだよ! このわたしが認める! アスカちゃん……君は……間違いなく皇帝陛下だったよ! 今まで……よく頑張ったね! 大変だっただろうに……よしよーしっ!」
なんかもう、全力と言った調子で抱きしめられて、頭も盛大に撫で回される。
……私は、銀河帝国の法的には、ユリコ殿の実の娘と同様に扱われる。
この辺りは、昔から変わりないので、彼女から見ても私は実の娘ではあるのだ。
ユリコ殿も過去の記録で、それが叶わぬ夢だと知りながらも、平和な家庭を築いて、自らの子を抱く……そんな夢を持っていたと語っていたのだ。
……だとすれば、私はとんだ親不孝ものだった。




