第四十一話「茶道ティーパーティ」③
「う、うむ? だが、それで良いのか? 私は300年の伝統をぶち壊したようなものなのだが……」
「世の中変わりゆくものだしね。ヘンテコな習慣を長々と引きずられるよりも、より良い明日を目指す……それでいいと思うよ。だって、帝国自体がそんな国じゃない……まぁ、そこは断言してもいいよね」
そう。
帝国とは、そう言う国なのだ。
専制政治と言う言葉は、自由の対局のように思われているのだが。
国民は総じて豊かで、生き辛いとかそう言う話はとんと聞かない。
ルールを守ってさえいれば、ほとんどの国民が穏やかに生き、幸せだったと思いながら死んでいける。
この辺りは、建国以来300年間……いや、エスクロン社国の時代から、何一つ変わっていない。
「そうだな……。帝国は国民共々より良い明日を目指す……それが我が国の理念だ。そこは300年間違えていない……まぁ、そんなものだ」
「ふふっ、知ってた! あ、そぉだっ! お茶と言えば、お茶菓子ーっ! アスカちゃん、お茶菓子何がいい? 私は……ダイフク堂のイチゴダイフクパフェがいいんだけど! やったーっ! ダイフク堂ってまだ残ってるんだー! データお取り寄せっと……」
ユーリィ殿がそう言うと、今度は、生クリームてんこ盛りで上にいちご大福が乗ったパフェが2つ出てくる。
私にも食べろと言うことらしかった。
ダイフク堂……確か、帝国黎明期から凡そ300年に渡って、営業を続けている帝国でも最古のスイーツ生産企業の一つだったな。
古くは食の伝道師にして、スイーツマスターと呼ばれた再現体提督……永友卿の起こした企業のひとつで、その理念と信念を今に伝えっているとも聞いている。
まぁ、永友提督はN提督を名乗って、銀河守護艦隊の一員になってはいるのだが。
彼自身は、けじめだったのか、それら自らのパテント企業から一切手を引いて、文化的な活動からは一切合切手を引いてしまったのだ。
だが、彼の残した理念は今も確実に息づいている。
ダイフク堂もそんな企業の一つだった。
なお、目玉商品は天然小豆と天然苺を使ったイチゴ大福餅。
これも一昔前は、合成品の小豆っぽい何かと、合成イチゴグミを使った100%合成品だったのだが。
年に一度だけ個数限定で、天然素材を使ったオリジナルを販売することがあって、皇帝献上品と言う事で私も食す機会があったのだ。
実に美味だった……あまりに美味すぎたので、手持ちの農業惑星の一角にダイフク堂の専用区画を褒美として無償提供し、経営陣から酷く感謝された。
そして、その中でも店頭でしか味わえない特別メニューが、このイチゴダイフクパフェだった。
聞いた話だと、その昔ユーリィ卿愛用の店だったとかで、その発祥の地は惑星クオンであったと伝えられていた。
「……うーん! データ再現品だけど、やっぱりこのイチゴのストロベリィ感とあんこと生クリームのハーモニーがたまらないねっ!」
「確かに美味いな……と言うか、このダイレクトな合成甘味料の甘み……。くぅーっ! やはり、これよのーっ!」
……うん! 間違いない……これは、その強烈な甘さと習慣性から麻薬指定されたという逸話のある「ハイパースイーツ」の甘みだった。
「そだねーっ! 天然お砂糖の甘さも悪くないけど、このスィーツ! って感じの味……やっぱ、これだよね!」
なお、合成食材については当然のように天然物よりも、優れたものも存在する。
「ハイパースイーツ」と呼ばれる分子合成甘味料がその典型で、天然の砂糖と比べるとカロリーも少なく、砂糖にまったく劣らない自然な甘さにより、果物などとの相性も抜群だった。
カロリーが少ないことで、たくさん食べても、あまり食べた気がしないと言うのが難点だったが、婦女子にとってはスイーツとは別に腹を満たす為に食すものではないのだから、それは問題にならなかった。
「まったく! 銀河条約で禁制品とされた時は、帝国各地で暴動が起きかけたほどだったからな……まぁ、気持ちは解るな……」
「……これって、AI達の話だと、調味料としては失敗作だったらしいんだけど……。お砂糖使ったのより美味しいのが出来るって、永友提督さんも言ってたからね……。そっか、そっか……案の定残ってたんだ! でも、今出回ってるのはちょっとマイルドになってるよね」
オリジナルハイパースイーツ……。
別に麻薬成分は入っていないのだが、その常習性からAI達から危険薬物扱いされて、銀河公衆衛生局により銀河レベルで規制されてしまったと言う過去があった……。
まぁ、これも私の在任中の出来事だったのだが。
知らせを聞いたパティシエやスイーツマニア、数多くの婦女子が大量の署名を集めた上で、規制撤廃の嘆願を私のところに送ってきたのだ。
そもそも、私は帝国の食料担当皇帝でもなんでも無いのだが。
銀河公衆衛生局ともそれなりのパイプがあり、個人的にもそりゃないわーと思ったので、局長クラスを呼びつけて、撤廃交渉をしてみたのだが。
科学データも交えた上で、健康被害はともかく常習性がある時点で、規制しないとヤバイでしょと言われてはこちらも引き下がるを得なかったのだが。
それで皆、納得するはずもなく、こちとらメンツがかかっていたし、個人的にもこの規制は許せないと思っていたのだ。
故に、ヴィルゼットに代表される科学者達に命じて、似たようなものを新規開発せよと命じた。
かくして、我が直々の命にヴィルゼット達も一念発起し、天然成分配合の新型合成甘味料「ハイパースイーツⅡ」と言う「ハイパースイーツ」のマイルド版を開発した。
廃止と言ったのに、舌の根も乾かぬうちに似たようなものを新規開発してきたことに、局長達も呆れていたが。
組成は全くの別物で、人体実験なども署名嘆願してきた者達を中心に志願者が大勢おり、健康被害も皆無で常習性は……単に皆、甘いものが好きというだけの話で、麻薬とかとは違うと証明済みだった。
そんな風に理路整然と、帝国開発の「ハイパースイーツⅡ」の販売許可を申請した結果、向こうが折れた……帝国臣民大勝利。
「うむ! この「ハイパースイーツⅡ」は、至高の甘味料だと言われているからな! まぁ、一時期帝国の調理AI達が「ハイパースイーツ」は人類の健康にはむしろ有害と言いだして、銀河公衆衛生局に訴えて、高カロリーで味気ない新型甘味料に切り替えようとしたのだがな……。それも我々が阻止したのだ!」
……まぁ、そう言うことなのだ。
実のところ「ハイパースイーツⅡ」は調理AI達と銀河公衆衛生局が開発したものもあったのだが、そっちは無闇に高いカロリーとマイルドすぎる甘みが特徴のザ・AI製と言ったところだったのだ。
もっとも、帝国開発の「ハイパースイーツⅡ」の方が早く完成し、人体実験テストなども実施済みで、名称パテントも所得済みと、何もかも先手を打った事でAI製の「ハイパースイーツⅡ」は立ち消えとなった。
まぁ、調理AIに代表される食に係わるAI達と言うのは、万事が万事こんな調子で合理性やコスパ、人体に有害か無害かとか栄養素だの、そんな事ばかり気にして、肝心の美味い、不味いにまるっきり無頓着なのだ。
だからこそ、ほっとくと栄養バランス抜群でヘルシーなお野菜ペーパーや栄養剤配合飯と言ったいわゆるディストピア飯になる。
もっとも、人類側は人類側でほっとくとジャンク飯とか、塩気と脂身たっぷりで健康に悪そうな肉料理だの、油を飲んでるようなものと揶揄されるカレーだの……甘味てんこ盛りのスイーツとか、そんな風になっていきがちなのだ。
だが、そう言うのこそ美味いのだ!
事実、岩塩まみれのギャロップ串焼きも、泡がボコボコ立ってるタンネンラルカも美味かった!
なお、さすがの銀河公衆衛生局も、帝国の手際の良さと帝国臣民の要望に応えた結果、後継品が作られてしまった上に、帝国の新規合成食材のパテント登録も済んでしまっており、他の皇帝からも銀河公衆衛生局への寄付金減額をチラつかされると言う援護射撃もあり、妥協する他無かった。
そして、その結果……若干、デチューンされた「ハイパースイーツⅡ」が流通する事になったのだがな。
かくして、銀河のスイーツは守られたのだ!
「いやぁ……美味しかったぁ! うーん、さすがダイフク堂だね。昔よりパワーアップしてたとは……やるね! そいや、今アスカちゃんがいる惑星って、食べ物はどうなの? なんかアスカちゃんって、帝国の食べ物関係に結構関わってたみたいだから、意外とうるさいみたいなんだよね」
「……うむ! 良い質問だな。私は食べ物については、ちょっとうるさいぞ。では、論より証拠と言う事で……こちらもお返しに……この異世界の至高の料理でも振る舞うとしよう!」
仮想現実空間で他人へ料理を振る舞うのは意外と簡単なのだ。
以前食べたものの味や見た目を思い出す。
そうすることで、その食べ物の風味や食感などを含めてデータとしてアップロードされる。
細かい部分は、無意識領域や実物のデータに仮想空間の管理AIが、勝手に補完してくれる。
その上で、仮想VR体でそのアップロードされた仮想食品データを食すると、その味が再現されるのだ。
そして、目の前にはいつぞやか食べたギャロップ肉の串焼きとタンネンラルカが再現されていた。
そして、真っ黒で星型のフルーツ……ブラキオと言う果物を再現する。
これは……まぁ、ソルヴァ殿が二日酔いに効くとか言って、いつも不味そうに食べていた果物で、本来は緑色をしているのだが……。
熟成すると黒くなって、ものすごく美味くなるのだ。
まぁ、地球原産のフルーツだと、アボガドに近いと思うのだが。
現地の人々は黒くなった時点で、腐ったと勘違いして、廃棄していたようなのだが。
お母様によると、熟成するとシュガーバターのような風味となり、パンなどに塗ると最高に美味いし、そのままでも十分美味いのだ。
「……うわっ……なにこれっ! 思いっきり、生肉だよっ! ついでに、こっちは謎の泡がゴボゴボと浮いてる……ヨ、ヨーグルト飲料……なのかな?」
「安心して欲しい……いずれも食べても害はない。この世界で私がご馳走になった……ギャロップの串焼きと、タンネンラルカと言う弱アルコール飲料だな」
「おーけ! 串焼きと天然発酵アルコール飲料ね! でも、この真っ黒でドロッとした果物はなに? どうみても腐ってるよね?」
「見た目はな……だが、腐っているのではなく熟成するとそうなるのだ。この世界の人々もその見た目で、腐ったと思って廃棄していたようなのだが。香りの時点でそうではないと解るであろう」
「……ど、どれもビ、ビジュアルがヤバいんですが……た、食べて良いものなのかなぁ? これ……でも、確かにこの黒いの……なんだか、香ばしい香りがするね」
「食べ物なのだから、食べて良いに決まっておるだろう? くぅーっ! やはり、このゴリッと来る岩塩の複雑な塩味がたまらんな! それにタンネンラルカの酸味とほのかな甘味……肉料理には最高なのだ!」
毒見とばかりに、さっそくギャロップ串焼きを食べて、タンネンラルカをグイッと飲む!
うむ! 再現性は完璧だ……あの日の味が……感動が蘇るっ!




