第四十一話「茶道ティーパーティ」②
そんな私の対応に機嫌を良くしたようで、ユーリィー卿もニコリと微笑むと、手ずから淹れたお茶を一口飲んだ……。
そして、直後……盛大にリバースした。
「うぇええ……まっずーっ! あっれー? フレーバーペーパーティーって、こんな不味かったっけ? な、なんかトイレットペーパーと消毒液の味がしたよっ! お、おかしくないっ? あ、あっれーっ?」
いやはや……。
トイレットペーパーの味が解るとか、それはそれでどうかと思うのだが。
……これが我がオリジナル……か。
「ま……まぁ、本来は泥水のようなとても飲めない水を、無理やり飲めるようにする……サバイバルキットに入っているようなものだったのだからな。……どんなに淹れ方を工夫したところで、不味いもんは不味いのだよ」
申し訳ないが、ここは言い切らせていただく。
本音を言えば、こんなアホな文化を300年間も流行らせた元凶に文句の一つも言いたいのだが。
そこは抑えるべきだった。
なにせ、別に本人たちが残せとか言い残して、300年間も続いた訳ではないのだ。
後世の帝国の後継者達……要するに我々が盲目的にアホな風習を後生大事に維持し続けただけの話であり、別にユーリィ卿達は悪くないのだ。
だからこそ、一応ソフトな物言いにした。
皇帝とは気遣いも出来るものなのだ。
「ああ、確かに……本格的なティーサーバーにティーカップとかも使ってるけど。お茶っ葉自体は思いっきり紙っ切れなんだよね……。もしかして、今はもう……これって廃れてる? 一応、正式な作法になってるって聞いたんだけど」
「う、うむ……。一応、「茶道ティーパーティ」は帝国の上流社会……特に婦女子の間では常識とされているのだが……。後世の我々としては、この「茶道ティーパーティー」の正式な作法については、その拘りも仕来りも、正直理解に苦しむところではあったのだ……なので、今どきのは大幅にアレンジされているのだ!」
「なるほど。今は大幅にアレンジしていると」
「そう言うことだな……。いかんせん、フレーバーペーパーティーが不味すぎたのだよ」
「確かにねぇ……。こんな不味かったなんて、知らなかったよ。「茶道ティーパーティー」って、最初は身内の悪ふざけだったんだけどなぁ。おまけに、これが300年後になっても、そのまんま伝統として残ってたって、これって……笑うところなのかなぁ……?」
「そ、そうだな……。最近は我が帝国にも天然食材が豊富に流通するようになったから、本来のフレーバーペーパーはもう使わなくなっているのだ……。単に皆、紙切れではなく天然物の紅茶を嗜むようになった……そう言うことなのだ」
「……そ、そうだね。元々、わたし達って本物の紅茶って飲んだこと無いし……。これって、昔……地上サバイバル演習中に浄水器が故障しちゃってね! で、皆して喉乾いたーって教官に訴えたら、「これで濾して、そこらの水たまりの水飲んで我慢しろ」って、人数分のフレーバーペーパーもらってね。んで、よく解んない謎の油みたいなのが浮いた水たまりの水を沸かして、フレーバーペーパーで濾して飲んだら、すっごい美味しかったんだけど……。あの頃は、合成オレンジジュースでも感動してたからなぁ……。要するに思い出補正……だったのかなぁ?」
「……かも知れんな。ちなみに、今どきの「茶道ティーパーティー」は本物の天然紅茶の葉を使うのだ。知っているかな? 惑星ティパラ……惑星丸ごと茶畑に改造した我が第三帝国の誇る一大茶葉生産地であり、それを使うのが正式なマナーとされている……と言うか、そうしたのだ!」
何と言っても、惑星ティパラはこの私が直々に開発事業を指揮したのだからな。
まず私としては、帝国の伝統文化とされていた事で、必然的にしょっちゅうお呼ばれされたり、主催する事になった「茶道ティーパーティー」のお茶……フレーバーペーパーティーが不味くて不味くて、嫌で嫌で嫌で、しょうがなかったのだ。
これは私がお子様舌だからとか、そう言う問題ではなく。
10人に聞けば10人が不味いと答える……むしろ、300年間かけた挙げ句にオリジナルより悪化したと言うロクでもない代物だったのだ。
だが、300年の伝統と言う壁は分厚く……何より、そもそも代用品と言っても合成品の粉末紅茶くらいしかなく、風情がないから妥協やむなし、それに我が国の古来から伝統ですからね! ……とまぁ、そんな風潮だったのだ。
なにせ、本物の茶葉のように見えるフレーパーペーパー等と言う、技術の無駄としか思えないものすらあったのだからな。
そんな中、帝国でも希少な地球型惑星の管理権を、各帝国間の熾烈な競争と厳選なる審査の末、我が第三帝国が手にした事でその事業計画についても、この私の手に委ねられることになったのだ。
なにせ、当時第三帝国はEAD関連技術と、それによる天然食材の生産に関するほとんど全てを任されていたのだからな。
それ故に、その地球型惑星の開発も委ねられたようなものだったのだが。
……私は、当時すでに確立されていたEADによる植物成長促進魔法を応用し、帝国の全需要を賄うだけの本物の天然茶葉を大量生産する農業惑星とすることを皇帝権限を発動の上で決定したのだ。
惑星一個まるごと、茶葉の生産地にしようと私が告げた時、側近たちも三回くらい「本気ですか?」と聞き返したくらいだったのだがな。
結果としては、上々。
帝国上流階級の婦女子達の間では、この「茶道ティーパーティー」は社交辞令の一種として、誰もが嗜む……そんなものだったのだが。
誰も表立って言わなかっただけで、フレーバーペーパーティーの不味さは誰もが認めるところだったのだ。
そんな中、帝国の最高権力者……七皇帝の一人である私が「これが真なる茶道ティーパーティなのだ!」……と、天然茶葉を使った普通のお茶会を配下の女性陣を招き大々的に開催した所。
当然のように、誰もが飛びついてきた。
なにせ、同格の皇帝達も一回招待されただけで、それ以降私を見習うようになり、他の六帝国もあっという間に染まっていったくらいだったのだからな。
色々間違った伝統文化の革命……そんな風にも呼ばれ、帝国史にも残る程度には偉業とされたほどだった。
かくして、ほんの数年足らずの短期間で、300年の伝統と格式を誇った「フレーバーペーパーティー」は過去の遺物となり、誰もにとっても喜ばしい結果となった。
と言うか、普通に、普通のお茶を飲むようにする為に、皇帝権限まで用いる……。
この時点で私も大概なのだが……。
不味いお茶を飲んで、不愉快でも笑って済ませる等と言う儀式を毎日のようにやらされる身にもなってみろ。
銀河帝国で、フレーバーペーパーティーがゴミ扱いされるようになって、私も心底スッキリしたのだ。
皇帝権限とは、そう言う使い方をすべきだと私も思うのだがな。
だが……。
見方によっては、私はユーリィ卿達が作り上げ、300年に渡って受け継がれてきた伝統を……お茶が不味いからと言うワガママで、粉砕してしまった……そんな見方も出来るだろう。
……ユーリィ卿も口元を押さえて、眉間にシワを寄せた難しい顔をしつつ、なにやら情報検索を始めている。
ほらみろ、やっぱり不味いのだ。
もっとも次々と情報が更新されている様子から、本当に帝国ネットワークにも接続できるようだった。
要するに……お母様経由なら、帝国ネットワークどころか銀河ネットワークにも接続は可能。
まぁ、かつて体内に所持していたUIシステムなどは、このヴィルデフラウの身体にはないのだが……。
考えてみれば、ここは仮想現実空間なのか……そう言う事なら……。
案の定、ちょっと念じただけで、情報ウィンドウがピコッと表示。
……私が情報インターフェイスウィンドウのトップページに設定していた銀河帝国ニュースや主要惑星情報やら、代表銘柄の株価指数、第三帝国の傘下惑星のトピックス情報なども、次々と表示されていく……。
この事実……もっと早く知りたかったぞ。
ちなみに、こうやってる今も基底現実ではイフリートが猛威を振るっているはずなのだが。
時間加速が効いているようなので、恐らくまだ一分程度しか経っていないと思われる。
仮想現実空間では、現実の時間の流れを気にする必要などないのだ。
「……うわぁ、アスカちゃん……すごいね! この真緑って感じの惑星……これが惑星ティパラ……。地球原産のありとあらゆる種類のお茶の葉や、色んな果物とかの生産地になってるって……。おまけに何、この生産量……やっばー!」
聞いた話では、それまでバカ高い値段でいい加減に作ったクズ茶葉を帝国に売りつけて、暴利を貪っていた銀河連合の農業国家があったのだが。
その国は、その主力生産物だったクズ茶葉がまるっきり売れなくなったことで経済破綻したと言う話だった。
まぁ、普通に私のせいなのだが。
そんなものは知らん……競争原理とはそう言うものなのだからな。
「ヤバいであろう? まぁ、近年の我が銀河帝国はヴィルデフラウ由来の植物魔法により、劇的な食料事情の改善が行われたのだ……。惑星ティパラについてもモデルケースとして、この私が陣頭指揮を取って、開発を進めたのだ……故になかなかに思い入れもあってな……」
ちなみに、ティパラと言う名前も「ティーパラダイス」……美味いお茶の楽園となって欲しいと言う願いを込めた。
ついでに、フレーバーティー用の果物なども生産しており、天然ピーチティーなども作られており、私も大好物だった。
「お、御見逸れしました……さすがアスカちゃんだ。んじゃ、お茶も入れ直すね。いやはや、帝国も昔とは随分違っちゃってるからねぇ……」
言いながら、データ参照でもしたらしく、ティパラ製の天然桃の乾燥果実入りのピーチティをティーサーバーに盛っていく。
当たり前のように、私の大好物を用意した辺り、アドバイザーAIか何かが助言しているようだった。
なかなか、気が利くのう!




