第四十一話「茶道ティーパーティ」①
「えーと、おホンッ! とりあえず、落ち着いたかな? まぁ、粗茶ですがどうぞ!」
お互い正座して、地面に座り込んで小さなテーブルに向かい合わせで座る。
そして、机の上にはティーサーバーと二組のティーカップとソーサーが置かれていた。
これは、帝国流のお茶会……「茶道ティーパーティ」の正式な作法に則っている。
さすがに、本家本元……解っておるな。
さしもの私も緊張は隠せない。
もちろん、私もこの「茶道ティーパーティ」はよく知っている。
我が銀河帝国において、特別な客人を迎える時の歓待……それがこの「茶道ティーパーティー」と呼ばれる一連の作法なのだ。
この忙しい時に何を呑気な事をやっているのか……と言われるかも知れんが。
忙しい時、最前線でこそ……まずは、ゆったりと落ち着いた気分でお茶を嗜む……。
それが帝国貴族の有り様なのだ。
ましてや、その頂点たる銀河帝国皇帝ともなれば、例え乗艦のサイドビューモニターに護衛艦が爆沈する様が見えていても、眉一つ動かさず、取り乱さずにお茶を嗜む……そうであるべきなのだ。
ちなみに、これは紅茶風味の紙きれを古風なティーサーバーに詰め込んで、お湯を注いで淹れる……無駄に手間暇かけた手順が正統なる作法だと言われている。
今でこそ、我が銀河帝国では潤沢に天然食材が流通し、天然茶葉を使った贅沢な天然紅茶も飲めるのだが。
300年ほど前は、そんな贅沢は皇帝陛下でも許されず、ならば気分だけでもと言う事で、帝国の上級幹部達の間でのお茶会では、天然物の高級紅茶を飲むように、茶葉の代わりにフレーバーペーパーから抽出したお茶を出すと言うのが正式な作法とされていた。
……当然ながら、美味い訳がない。
なにせ、このフレーバーペーパーと呼ばれる代物は本来、不衛生な水でも、なんとか飲めるように消毒の上で匂いや味を誤魔化すために風味を付ける……要するに「濾紙」と言うのが本来の用途であり……実のところ、サバイバル用途で作られたもので、細かく千切って茶葉代わりに使って客人に振る舞うようなものでは断じて無かった。
なお、過去の記録情報によると、この「茶道ティーパーティ」の本家本元とされているのは、目の前にいらっしゃるこの御方……帝国永世近衛騎士団長ユーリィとその仲間達で、後世にもなかば伝説の存在としてその名が伝わる……帝国黎明期の初代皇帝を支えた帝国近衛騎士団の面々による内輪お茶会がその発祥とされている。
……そして、その中でもシングルナンバーズと呼ばれる最高精鋭達は、いずれも幼少の頃から寝食を共にし、苦楽をも共にした仲だった。
当然のように、彼らは幼少の頃から地上戦演習などにも参加し、いわゆる軍隊飯の洗礼を受けていたそうなのだが。
当時の彼女達は、なんだか酷く扱いが悪かったようで……地上演習の時に食べさせられる軍隊飯の方が普段の食べ物よりも、遥かに美味かったそうなのだ。
何がどうなって銀河帝国最精鋭の選りすぐり達が、そんなお粗末な扱いを受けていたのかは良く解らんのだが……。
彼らにとっては、この地上戦演習で配られたサバイバルキットの付属品に過ぎなかったフレーバーペーパー紅茶を飲んだ時、その味に感動を覚え、そして、その味がお互いにとって忘れられない味になっていたらしいのだ。
なお、味は紅茶と言われれば、そんな気がするとかそんな代物で、合成粉末紅茶をお湯で溶いたものの方がまだマシだった。
そして、各々が帝国の最高幹部になった後も、皆で集まるたびに不味い不味いと騒ぎながら、このフレーバーペーパーティーを飲んでいた……それが、この「茶道ティーパーティ」の始まりらしいのだ。
元々は、そんな内輪の罰ゲームのような習慣だったようなのだが。
帝国にも貴族階級と呼ぶべき階級層が出来たのだから、自分達も貴族らしく敢えて粗茶を飲み、それを優雅に嗜もう……等と言う話になってしまったらしいのだ。
そして、当時のユーリィ卿達が参考にしたのが、古代日本の伝統文化の一つ「茶道」だった。
「茶道」と言うのは……要するに古代日本の婦女子の間に伝わる伝統儀式のようなものらしかった。
らしいと言うのは、私も詳しくは知らないからだ。
帝国の夏祭りや新年などに着られている着物を着て、畳と言う天然の草を編んだ敷物の引かれた茶室と呼ばれる和室に数人で集まって、正座し天然茶葉の粉末……抹茶を焼成セラミック製の茶器に注いで、混ぜ合わせて、皆で回し飲みしながら茶菓子を食べながら談笑する。
概ね、そんな感じの古代日本文化で古くは戦国時代より、古代日本の伝説に残るエリート戦士……武士達の間で嗜まれていたという伝統と格式ある古代文化だった。
古代武士の嗜みが何がどうなって、婦女子の談笑会へと変化したのかは、良く解らないが。
古代地球の文化とは、得てしてそんな物で、現代の我々の想像も付かないような文化的突然変異を起こすことはよくあったようなのだ。
要するに、古代西洋文化のティーパーティーの古代日本版といったところだ。
もっとも、古代日本では地べたに直接座る……そんな文化が正統とされており、お茶や茶菓子も床に直接置いた上でお茶を飲むのが正式な手順だったようなのだが。
古代日本文化記録を参考した限りだと、ちゃぶ台と言う背の低いテーブルもちゃんとあり、そのちゃぶ台を囲んで食事をする……そんな文化もあったようなのだ。
なにも、古代文化そのものをそっくり真似しなくても良いのではないかということで、古代ヨーロッパの貴族女子の文化……お茶会などもミックスした結果。
ちゃぶ台テーブルに円状に正座で座って、皆でお茶を飲む……「茶道ティーパーティ」の原型が出来た。
そして、その奇妙な風習は、帝国最高幹部のユーリィ卿がやっているのだから、自分達も見習おうと帝国婦女子達の間で妙な広がりを見せてしまって、やがてティーサーバなどを用意し、古代文化を再現したやたら凝った高価な茶道具と、古代日本の謎のお作法をいい加減に取り入れて、帝国流茶道ティーパーティと言う残念な風習が出来た。
まぁ、この風習は普通に近代にまで伝わっており、私も嗜んでいたから知っているし、その残念っぷりはよく理解している。
……一言で言えば、とにかくお茶が不味い。
古代日本の抹茶を再現しようとした結果、要らない健康志向が混ざって、緑黄色野菜の香り漂う緑色の野菜ジュースが出るようになってしまった……そんなケースもあったし、紅茶を使う場合でもユーリィ卿の嗜んでいたフレーバーペーパーティーが正道とされてしまっていて、誰もが不味いと思いながらも、笑顔で頑張って飲み干す。
……そんな罰ゲームのような集まりが「茶道ティーパーティ」となってしまったのだ。
そもそも「茶」と「ティー」は一緒の意味であり、ネーミングの時点でいろいろとアレだったのだが。
帝国という国は、上の方が変なことを始めると誰一人疑問を挟まず、誰も止められないまま、全国区にまで広がってしまうと言う欠点もあるのだ。
……そして、目の前の残念紅茶に目線を移す。
不自然なまでの濃い茶色……やたらと細かく千切ったせいで、濾しきれなかった紙の繊維が浮かんでいるのが見える。
やたらと濃いのも本来は水にほんのり風味を付けることで、泥水のカビ臭さや土の味を誤魔化す……そう言う目的の濾紙なので、煮出したり、絞ったりするとこんな風に出過ぎた感じになる。
そして……一口。
ほのかな塩素臭とまるで紙っ切れでも噛んでいるような味と、合成パウダーティー特有の安っぽい味……それも濃縮されたことで嫌な感じの渋みが絶望のハーモニーを奏でる。
なお、所詮は濾紙なので栄養価などはゼロだ。
決して美味いとは言えない……。
いや、ぶっちゃけクソ不味い紅茶風味のなにかだ! これはっ!!
……うむ、久しぶりの味だな……これは。
だがしかし、ここは敢えて言おう!
……旧時代の茶道ティーパーティーのお茶そのものではないか!
まさに、本物! 本家本元は伊達じゃないっ!
なお、最新の茶道ティーパーティーのお茶は……普通に美味いし、普通に飲める!
今や、惑星丸ごとほぼお茶畑と言う天然茶葉のスーパー大産地が帝国領内に作られた事で、天然物のお茶が大量に供給されるようになり、わざわざ不味いものを飲むなんてアホらしい……と言う事で、我々の代で茶道ティーパーティーは大幅なアレンジが施されたのだ。
だって……半ば職務を果たすだけなのに、何が悲しくて、そんな罰ゲームのような思いをせねばならんのだ? 私は銀河帝国の皇帝だったのだぞ?
故に皇帝権限を使わせてもらった……正しい権力の使い方であるよな。
……だがしかし、これはまさにオリジナルのフレーバーペーパーティーッ!
いくらなんでも、そんな事はないだろうと油断していたから、まさに直撃だった。
「……け、結構なお点前で……ゲフゲフ……」
たとえ不味くとも、飲んだからにはそう言わねばいかんのだ!
本当は吐き出したくても、それだけは乙女としてNG!
敢えて、耐え忍んで、ゴクリと飲み込むしかないのだ……ああ、知っていたともさっ!
なお、表情は和やかに微笑みながら、小首を15度ほど傾かせる……だ。
ああ、作法は相変わらず完璧だったな……さすが、私だっ!




