第四十話「アストラルネットワーク」①
……な、なるほど。
案の定、大質量の物理打撃は通用すると。
「……な、何事だ……。私はまだ何も……」
むしろ、私は全面撤退の決断を下そうとしていたのだが……。
そんな私の考えをぶち壊すように、更に、次々と瓦礫や丸太が次々とイフリートに直撃していく。
イフリートも振り返りながら、頭部から例の熱線を撃ち返しているようなのだが。
瓦礫の直撃で首がネジ曲がったことで、照準が狂っているようで、見当違いの所に着弾している。
なお、瓦礫をポイポイと投げつけているのは、ソルヴァ殿が駆る巨神兵だ。
無造作に投げつけているが、それぞれ軽く1m以上あるような大きな瓦礫だった。
さすがに、単純な物理衝力……それも質量の大きな瓦礫が相手ともなれば、赤熱化した装甲と言えど防ぎきれるようなものではないようで、確実にダメージを与えているようだった。
その上で、ソルヴァ殿も市街地の脇を駆け抜けながら、こちらへと向かっているようだった。
どうやら、そのまま囮役も引き受けてくれたようだった。
見る間に距離を離され、遠距離攻撃手段の熱線砲を潰されたことで、怒り心頭といった様子で、イフリートもその場から、ゆっくりと森へ向かって歩き始めていた。
……これは、悪くない展開だった。
このまま、何もかも放っといて撤退するつもりだったが、すでに状況は動いてしまっている。
撤退ではなく、徹底抗戦……。
まぁ、そうせざるをえないか。
「総員に告ぐ。どうやらイフリートは、大質量の打撃ならば効果があるようだ。それに、森の中に入って来るようなら、こちらのフィールドだ。罠や地形をフル活用し、あれの足止めに徹し、市街地への被害は避ける方針とする。すまんが、現状は時間を稼ぐしか手がないっ! すまんが、ソルヴァ殿……先走ってやらかしたからには、もうそのまま囮役を引き受けてくれ。どのみち、先程の様子だと、市民を見捨てて撤退すると言う話も、実は納得はしておらんかったのだろう?」
「へへっ! やっぱ、解るか? 俺は逃げるのも、誰かを見捨てるのも大嫌いなんだ……なんせ、俺は皆の憧れヒーローって奴だからなっ! 囮役上等っ! なんなら、そのままアイツを倒してしまっても構わんだろ? なぁに、この俺に任せろっ!」
まったく……ソルヴァ殿。
要するにイフリートが気に食わなかったから、ぶん殴った……無策以外の何物でもなく、戦略的思考もへったくれもない。
だが、それでこそ……であるな!
それに、ヒーローの心意気とやらも解るっ!
合理的に考えると、こんな状況……さっさと逃げ出して正解なのだが。
ヒーローの戦いと言われると、さすがに逃げるのはないな。
先程までは、敢えて市民を見捨てて全滅させるに任せるという非情の策に出るつもりだったが。
どうやら、私も非情には徹しきれないようだ……。
正しい選択だと解っていても、どこか心に引っかかりを覚えていたのも事実だったのだからな……。
ああ、いいだろう! いいだろうっ!
私は、こう言う気持ちのいい男は大好きなのだ!
そして、イイ女とはこう言うカッコいい男の背中を黙って支える……そう言うものなのだろう?
「……そうか。さすが、ソルヴァ殿であるな! ああ、では存分にやれ……ソルヴァ殿の背中はこの私が支えるとしよう! では、時間稼ぎを頼むぞ!」
「ああ、任せな! それにどうもアイツも、デカい瓦礫や丸太なら、それなりに効くみてぇだからな。それに、大方……この巨神兵を更に強化させようってんだろ? いいぜ、時間は稼いでやるから、もっとすげーの出してくれよっ!」
「ああ! 任せておくがよいぞ!」
……うむ! 迷いは消えたぞ。
こうなったら、とことんまでやり合うまでだ!
どうせ、遅かれ早かれ、イフリートとは正面から戦うことになっていたのだ。
お母様への対策として生み出された怪物という事なら、その怪物を真正面から潰してこそ、本当の意味で炎神教団に対抗し、その上で恐れを抱かせることになるだろう。
そして、その私への恐怖こそが炎の精霊を弱体化させる力となるのだ!
……ならば、ここはイフリートを完膚なきまでに叩き潰し、その上で炎神教団にも正面から喧嘩を売ってやろうではないか!
神など今更、恐れるものかっ!
誰に喧嘩を売ったのか……思う存分後悔してもらうとしよう!
(……お母様、どうだ? 新兵器の開発状況は……なんなら、例のVR環境の再現で時間圧縮の上でリンカか私をテストパイロットに使って、一気に開発を進めてみてはどうだろう? 今なら、私も安全地帯にいるから、呼び出されても一向に構わんぞ)
とりあえず、イフリートの注意はソルヴァ殿に向いているようだった。
モヒート機とアーク機は、見当たらなくなっているが。
囮に徹するとなると、むしろ、一人に徹底的に苦労してもらうのが一番効果的だ。
恐らく、二人は潜伏の上で反撃の機会を待っているのだろう。
恐らく、ソルヴァ殿の指示であろうし、以心伝心……それくらいのことは私にも解る。
(ん、ああ……むすめか、ちょうどよかった。あのだなぁ……実際に例のVRとやらに接続して、ナイトボーダーのもっと詳細な情報を寄越せと要求しているところなのだが……)
……ん? 要求って、どこになのだ?
お母様の言っている意味がいまいち解らん。
(お母様? 要求ってどこになのだ? と言うか、改めて確認するが……お母様は、私の記憶情報からVRシミュレーターの情報を入手して、それをお母様なりに再現した……そう言うことなのであるよな?)
……私の認識はそう言うことだった。
そもそも、こんな何処とも知れぬ惑星で、帝国ネットワークに接続など出来るはずもないのだ。
だが、リクエストを送信しているとなると、当然ながら受け手が必要ということになる。
この世界にそんなナイトボーダーの情報を持つ者がいるのか?
(……ああ、それは誤解であるぞ。私は、この精神世界を我が内に再現したのではないのだ……。なるほど、むすめもこれが何なのかよく解っていないのだな……。私もむすめの国の文明が、この精神世界との接続を実現するほどまで進化しているとは思っておらず、感心していたのだが……うむ、そうか! むすめ自身が解っておらんかったのか!)
(な、何の話だ! 私は……聞いていないぞ!)
……だが。
ちょっと待て。
精神世界が何なのかは解らないが。
それに近しいものには心当たりがある。
アストラルネットワーク。
帝国の最高機密に属する秘匿ネットワーク網のことだ。
銀河の全星系を接続する銀河共用ネットワークとも、帝国ローカルネットワークとも、いずれからも物理的に隔離された仮想現実空間だと言われており、帝国の最高機密情報や秘匿休眠AIなどが眠っていると言われる仮想空間……それがアストラルネットワークだった。
そのアクセス権限所持者については、代々の皇帝と皇帝より特別許可を与えられた者のみとされており、それ自体は、初代皇帝ゼロ・サミング陛下自らの手で、その異能でもって、作り上げた仮想空間だと言われている。
そして、そのアストラルネットワークについては、いわゆるネットワーク・サーバーと言うべきものがこの世の何処にもないと言われていた。
にも関わらず、アクセス権限保持者であれば、銀河のどこからでも接続が可能だとも言い伝えられており、数多くの謎に包まれており、私を含めて、今の帝国の関係者の誰もその全容については、理解すらしていないだろう。
(察するに、むすめ自身、精神世界空間の存在を知ってはいたが、その本質を全く理解していなかった……そう言うことなのだな?)
(……アストラルネットワークは物理的な距離や場所を問わず、接続できる……確かに、眉唾ながら、そんな話も聞いている。要するに、お母様は我が帝国のアストラルネットワークを再現したのではなく、そのものに直接アクセスしている……そう言うことだな?)
にわかには信じがたいのだが、恐らくそう言う事だった。
……どうやってと聞くのは、おそらく愚問なのだろう。
おそらく、お母様にとってはごく当たり前の技術に過ぎないのだろう。
だが、そうなると……アストラルネットワークとは一体何なのだ?
……禁忌だと思って、私も敢えて手を出さずに居たのだが。
本来、私にはそれに触れる権限はあったのだ。
……私としたことが……迂闊だったな。
(まぁ、そう言うことなのだが……。これはそんなに凄い技術なのか? 事実、むすめと私はもちろん、他の者達とも、むすめ達の言うところのアストラルネットワーク経由でつながっているのだぞ?)
……そんな事知るものか。
でも、確かにお母様との直接通信は、電波や光を使っているわけでもなさそうだし、今の時点で数百キロは離れているのに、タイムラグも一切感じない。
何よりも、実際こうしてお母様と話しているのだが、通信機などを介さずに、言葉すらも発すること無く、意思の疎通が出来ている。
誰も不思議には思わないようなのだが、考えてみれば、どうなっているのだ? これは……。
だが、すでに私自身がお母様のアストラルネットワークに取り込まれているのならば……。
そして、それ自体が帝国のアストラルネットワークと同次元にあるものだとすれば……。
……もはや、信じるしか無いか。
だが……これは、要するに今の私と、我が銀河帝国とのつながりが出来たと言うことでもあるのだ。
と言う事は……こちらから天体観測情報を送ることで、この惑星の位置情報を特定する事も不可能ではないし、今に至るまでに収集したラースシンドローム対策についても、帝国へ提供することも可能だと言うことだ。
……これは、俄然……希望が見えてきたかも知れんな。
(なるほど、概ね理解した……これ以上の問答は不要だな。そうだな……そう言う事なら、私のアクセス権限を使えば、最新のナイトボーダーの機体や武装のデータも簡単に入手できるだろう。実物のVRデータがあるなら、それをお母様なりに再現出来る……そう言うことだな?)
(そう思っていいぞ。ところで、むすめよ……今、私はむすめの国のアストラルネットワークに直接接続中なのだが、私の接続を感知でもしたのか、向こうから接触してきた者がいるのだ。名前を出せば解ると、向こうは言っているのだが……クスノキ・ユリコという人物を知っているか? 少なくとも敵でもないようだし、むすめが安全な所にいるのならば、直接本人と話した方が早かろう。今すぐ精神世界へむすめの意識転送をしても構わんだろうか?)
思いがけない名が出てきた事で驚愕する。
……何故、ここでユーリィ卿の本名が出てくるのだっ!




