第三十九話「イフリートの脅威」⑤
「了解しました……。確かにアレを撃たれたら、かなりヤバい事になりますね……。可及的速やかに吹き飛ばしましょう! アスカ様……リンカ、配置に付きました……射撃タイミングはこちらで取りますか? 或いはアスカ様よりの号令を待つべきですか?」
何処にいるのか良く解らないが、すでにリンカは狙撃ポジションに着いているようだった。
……火の玉が見る間に巨大化していき、いかにも臨界点を迎えつつあるようだった。
もはや一刻の猶予もないっ!
「構わん! とにかくリンカ! 今すぐ……撃てーっ!」
私の号令に合わせて、リンカが射撃!
しばしの間をおいて、イフリートの頭上あたりで、青白いチェレンコフ光が発生。
続いて、白い光の柱が一瞬天頂へ向かって立ち上り、火の玉を巻き込み一瞬でかき消した。
イフリートも何が起きたのか解っていないようで、呆然と言った様子で先程まで、手を掲げていた所を見上げると、訝しげな様子で周囲を睥睨し始める。
リンカは……すでに射撃ポジションを変更中。
撃ったらすぐに動く……スナイパーの基本なのだが、そこは忠実なようだった。
案の定と言った様子で、赤い線がこちらに向けて飛んできて、森の木々をまとめて焼き払う。
やはり、飛び道具持ち。
だが、完全に不意打ちだったのに、どうやらこの森にkm単位の長距離狙撃をこなす射手が潜伏している事まで見切ったようだった。
ふむ……この状況では、森よりも近い城下町の建物の窓や屋根の上などが狙撃点と判断するのが自然だと思うのだが、迷わず森へ撃ってきたか。
熱の取り扱いには相応に長けているようだし、搭載AI……かどうかは知らんが、知能レベルもそこそこ高いようだった。
そうなると、赤外反応スキャンなどを使っている可能性も考慮すべきだろう。
もっとも、その手の赤外スキャンやら生体反応センサーなどをフル活用しても、普通に見落としが発生するというのが、この森林と言う環境なのだがな。
なにせ、木の葉や草の葉と言うモノは、緑色の中間波長以外の光を光合成で吸収してしまうのだ。
当然それには赤外線も含まれるために、このような植物が多い森の中で、茂みの中や大きな樹の下に潜んでじっとしているだけで、赤外線スキャンでもあっさり見落としが発生してしまうのだ。
当然、時間をかけての赤外反応の推移など分析すれば、大抵補足できるのだが。
広範囲の森林地帯に相応の隠蔽技術を持った歩兵が潜伏すると、簡単には見つけられなくなる。
このあたりがハイテク装備の軍勢でも森林戦に手を焼く所以なのだがな……。
リンカやエルフ達も、空からの視点については皆、意識しているようなので、それを想定した上で退避しているはずだった。
特にエルフ達は、赤外線も見えているようなので、当然ながら対策は熟知しているはずだった。
故に、そう簡単に見つかるとは思えんが。
こちらも簡単には仕留められん……どうしたものかな。
続いて、第2射……今度は、割と近くに着弾したようで、ブワッと熱気が襲いかかってくる。
100mほど離れたところで、森が炎上しているようだった。
弾体もやけに長細くて着弾時に飛沫が見えていた。
そして、着弾点も黒光りする液体をぶちまけたようになっているのが見える。
……となると、金属を加熱液体化させた上で高圧で放つ……いわゆる熱線砲の一種と推定。
……「ブラスター」とも呼ばれる兵器。
そう思って良さそうだった。
ブラスター自体……原理自体は簡単なもので、一言で言ってしまえば、水鉄砲と同じものだ。
液体に圧力をかけて、細い穴を一点だけ開放すると、そこに圧力が集中し、液体が細長い線となって打ち出される。
水鉄砲とはそんな原理のおもちゃなのだが、それと同じ理屈を用いて、兵器化したものがブラスターと呼ばれる兵器だ。
要するに、水の代わりに高熱を帯び液体化した金属を使い、より高圧力で押し出し一気に開放する……ただそれだけのことだ。
当然ながら、射程が短く弾速も遅いと言った欠点もあるのだが……。
兵器としては、原理が単純な故に信頼性が高く、弾薬のコストが極めて安いと言う素晴らしい利点があるのだ。
なにせ、極端な話……ただの水ですら高圧をかけて撃ち出すだけで、対人用ならば十分な威力があるのは事実で、民生品の護身用武器として「水撃銃」と言う名で普及しているほどなのだ。
まぁ、言ってしまえばタダの水鉄砲なのだが、ただの水でも高圧をかければ鉄板くらいなら訳なく穴を空けるのだ。
当然ながら「水撃銃」も直撃すると大の男が昏倒するくらいの威力があるし、高圧モードに設定すると普通に人体に穴が開くほどの威力になる。
まぁ、信頼性とコスト第一の民生用に使われる程度にはこの手の兵器は、多用されてはいるのだ。
それにブラスター自体、質量兵器と熱エネルギー兵器のハイブリッドのようなものなので、重力圏下ではその質量が災いして、弾道が安定せず命中精度に難があるのだが、宇宙空間では弾速自体は極めて遅いものの、割りとどこまでも飛んでいくので、質量兵器でもあることで、相応に防御が難しい兵器ではあるので、相手の行動の自由を奪う牽制用兵器として、それなりの需要があるのだ。
その上、霧吹きのように噴霧式で射出すると、線ではなく、細かい散弾のようになって広範囲に渡って広がるようになる。
これは亜光速で移動する宇宙機にとっては、かなり厄介な微細デブリと同様の危険物となるのだ。
いずれにせよ、兵器としては十分に有用とされており、どちらかと言うと、待ち伏せ型の使い捨てトラップ系兵器に使われることが多い。
もっとも地上戦で使うには、色々と問題がある兵器ではあるのだがな。
例えば、水鉄砲で遠方の的を射抜こうとしても、水鉄砲では水の射線が下がって行って、そのうち地面に落ちてしまう。
要するにそれが水鉄砲の最大射程なのだが、液体故に変形しやすく、空気抵抗を激しく受けることで、どうしても広がりがちなのだ。
角度を付けて高圧をかけたとしても、その射程はたかが知れており、命中精度もとても実用にならないレベル……。
噴霧散弾として放っても、冷えて固体化した時点で空気抵抗と重力に負けて、バラバラと地面に落ちてしまう。
つまるところ、兵器として、信頼性も高くそれなりに有用ではあるのだが、あくまでコスパ重視の用途に限られると言ったところだ。
水撃銃にしても、あくまで護身用であり、射程など始めから求められていない為、そこは別に問題にされていないのだが……。
少なくとも、km単位での長距離精密射撃が出来るような兵器ではないのは確かだ。
飛び道具の発想は悪くないのだが……もう少し、まともな兵器プラットフォームは思いつかなかったのだろうか?
うーむ、洗練が足りんなぁ……。
まぁ、それ故に今の状況での直撃はまずないと見ている。
開けた場所で扇状バースト射撃をされるとなると、それなりの脅威かもしれんが、こちらはすでに森の中に陣取っている。
……当然ながら私も、すでに移動済み。
ブラスターの弾体をケチっている様子もなく、盛大に次々とぶち撒いているようで、森のあちこちが炎上していく……。
訂正、乱射されると十分脅威だ。
まったく、こんなものに巻き込まれてたまるか……。
なるほど、高さが50mもあるとブラスターでも撃ち下ろしになるので、射程も広がり、威力も倍増するのだな。
確かに、これは有用だ。
人間サイズの白兵戦兵器や魔法で、これに対抗するのは難しいだろう。
しかし、こうなると敢えて飛行船を墜落させて正解だった。
あんな兵器があったのでは、この距離ではあっという間に撃ち落とされて終わりだった。
飛行船がうまい具合に市街地ではなく、森の方へ流されたのも運が良かった。
森の中なら、大型機動兵器が相手でも十分勝負になる。
ひとまず、戦略方針は練れた……早速、皆に伝えんといかんな……。
「エイル殿! エルフ狙撃兵へ伝達……。恐らく、市街地の建物から狙撃しようとしていると思うのだが……攻撃は中止し直ちに後退せよ! 今、私がいる森の中へ散開し、イフリートへ順次狙撃を仕掛けるのだ。なお、一発撃ったら即時狙撃点変換は必須だ……。その場にとどまって撃ち続けると間違いなく死ぬぞ……これは徹底するように伝えるのだ」
「了解した……すでに、そのまま伝達済みだ。おっしゃる通りマーシュ隊長は市街地で迎撃するつもりだったようだが、現時点で市街地より総員撤収の指示を出したとの報告だ。今ところ、イフリートは市街地へ攻撃する様子もないようだが、こちらの思惑通りすんなり、森に来てくれますかね」
「それは、まだ解らない。なにぶん、敵の行動指針が見えない……敵意に反応するのであれば、かえってやりやすいのだが。問題は何を目的にイフリートを召喚したか……なのだ。つまり、敵の戦略目的が見えないのだ。計画を台無しにされて、死なば諸共の腹いせで放ったのであれば、実にタチが悪い話だな」
なにせ、すでに勝負は決しているのだ。
奴らにとっての要だったであろう伯爵は死に、その軍勢は壊滅し、その切り札たる地竜もロックゴーレムも全て粉砕された。
ここから逆転など、とても望めないであろうし、イフリートだかなんだかしらんが、今更こんなものを出して来たところで、もう何もかもが手遅れなのだ。
「確かに……アイゼンブルグは伯爵の城下町であり、言わば財産のようなものです。召喚時の爆発だけでも市街地に馬鹿にならない被害が出ていますからな。自分の領土や財産を破壊する……さすがにそれは俺も理解の範疇外ですよ」
「まぁ、そういうことだな。故にその意図がまったく判らんのだ……。まさか、本気で負けた腹いせなのだろうか?」
「……まぁ、炎神教団のバカ共は、いつもついカッとなって無茶をやらかすのが常ですからね。今回もついカッとなって後先考えなかったか、或いはおっしゃるとおり死なば諸共の腹いせにすぎないのかも知れませんな」
……なんとも暗澹たる気分となる。
ハルカ・アマカゼもそうだったのだが、怒りを行動原理とする者の相手をするのは、はっきり言って不毛すぎるのだ。
得てして会話にならないし、損得勘定すらもかなぐり捨てて、怒りに任せて暴発しがちなのだ。
……あんなのと話し合いをするくらいなら、うるさい黙れと問答無用でぶん殴ってしまう方が遥かに楽だと言えよう。
「アスカの嬢ちゃん……城下町からの撤退命令……こっちも受理したぜ。俺達も順次引き上げるとする。だが、今すぐ市街地から撤退するとなると……逃げ惑ってる城下町の一般市民は見殺しにする……そういう事か? 確かに市街へはまだ攻撃は及んでないが、いつこっちに向かってくるか解んねぇんだろ?」
ソルヴァ殿が割り込んできた。
ソルヴァ殿は、現在市街地にて巨神兵に乗ったまま、城下町の中央広場辺りにいるようだった。
当然ながら、かなり目立つと思うのだが。
爆発の時点で、建物の影に隠れているようで、モヒート殿やアークも一緒のようだった。
「……まぁ、そういうことになるな。どのみち、このまま市街戦に持ち込んでしまうと、一般市民の犠牲が多くなる。ここは敢えて、市街地を見捨てて、撤退するのが結果として、最も犠牲が少なくなるはずだ。その様子では、私の判断に不服なようだな」
「いんや、確かにアスカの言うとおりだ。建物を壁にして戦えば、有利かもしれんが、どうも市民がパニックを起こしているようで、今も足の踏み場もない有様だ。もはや、こうなるともう手が付けられん。とりあえず、まとめてふん縛ってたバーソロミュー伯爵の手下共も解放して、市民の誘導を手伝わせているんだが。正直、焼け石に水だな……。それに、あの巨人……森に向ってバカスカなんか撃ってるんだが。もしかして、アスカの嬢ちゃん達が森にいるのか?」
「ああ、察しのとおりだ。我々は制圧射撃下にいる。もっとも、向こうはこちらの正確な居場所を感知できていないようで、見当違いの所を狙ってばかりいるから、さしたる問題にはなっておらん」
「なるほどな。そうなると、俺らはまだ敵として認識されてないようだから、コソコソと見つからないように接近でも試みてみるか。案外、迂回して後ろから回り込めば、不意打ちくらいはできそうだな」
「あまり、無理はせずともよいぞ。とにかく、今はヤツをこちらに誘導し森林戦に引き込んで、翻弄しつつ時間を稼ぐ……。もっとも正直なところ、コイルガンでは火力が足りないだろう……出来ることもせいぜい、牽制くらいであろうな」
「……ああ、実際、すでにうちの狙撃兵が何人かあの巨人へ狙撃したようなんだが、まるで効いちゃいないとのことだ。どうも鉄鍋に水を垂らしたみたいに矢が一瞬で溶けて弾けてるようで、まるで届いちゃいない。まぁ、前の時も木の矢は届く前に灰になっちまってたんだが、鉄の矢でもやっぱり一緒なのだな……」
エイル殿が割り込んでくる。
なるほど……察するにライデンフロスト効果か。




