第三十九話「イフリートの脅威」④
先に地上へ着地し、遮蔽物に隠れることで衝撃波をやり過ごしたようで、まるで無傷でここは任せろとばかりに、盛大にジャンプ一つで空に飛び上がる!
そして、見えない足場に足を付いたように二段ジャンプ! 更に空中を飛ぶように、駆け上がりながら見る間に高度をあげていく。
そして、気絶したまま、木の葉のように風に翻弄されていたファリナ殿を空中でキャッチ!
そのまま、何事もなかったのようにファリナ殿をお姫様抱っこで抱えながら、時々空中を蹴りながら、シュタッと綺麗に着地し、こちらに向かって爽やかな笑顔とともに親指を立てた。
「ナイスであるぞ! エイル殿っ! と言うか、かっこよかったぞっ! さすが年の功っ!」
なにげに、すごいことをやってのけよった! さすが、エイル殿!
と言うか、今の多段ジャンプってなんなのだ?
空中に固定された透明なブロックでも作ったかのような動きで、空中を自在に駆け上がってみせた!
まぁ、そう言う魔法なのだと思うが、なかなか汎用性が高く使えそうな魔法だった。
うむ、一見地味ながら、こう言う科学技術で代替出来ないような魔法こそ、有意義だと思うのだ。
……今度、詳しく教えてもらうとしよう。
それに……エイル殿もこの場面で、師弟の絆を垣間見せたと言うのも実に良かった!
普段からお互い憎まれ口ばかり叩き合っているのに、いざという時は迷わず、我が身を省みずに助けに入る辺り……まさに、良き師匠であるなぁ!
私も感動したっ! ああ、実に良いものを見せてもらった。
この私のエイル殿への敬意ももはや爆上がりだ!
だが……現状、それどころではなかったな。
ファリナ殿や負傷者達はエイル殿に任せて、私は敵の観察に徹するべきだった。
手近な背の高い樹にするするとよじ登り、アイゼンブルグ城の方角を見る……。
もはや城は跡形もなくなっていて、そこには赤い巨人が立っているだけだった。
だが、なんと言うかスケール感がおかしい。
崩れかけた城壁の高さも15mくらいはあると思うのだが、その倍……いや3倍くらいの高さがあった。
推定高50m……肩幅も20mはあるだろう。
う、うむ……とんでもなくデカいな。
銀河帝国軍の宇宙空間用大型人型機動兵器で過去に似たようなものが開発されていたので、そのスペックなども知っているが……。
確か、重量が5000トンを超えてしまい、必然的に極めて鈍重な代物になってしまって、単なる浮砲台代わりにしかならない……割りとどうしょうもない兵器になってしまったらしい。
なお、実験的に地上に降ろしたこともあったのだが、1G環境だと立っているだけで足が地面にめり込んで埋まってしまって、歩かせようものなら、まるで泥沼でも歩いているようになってしまい、無限軌道の補助輪をいくつもつけないと満足に動けないとか、微妙な結果となった。
……要するに、大失敗兵器に終わったのだ。
そんなもの、作る前に解りそうなものだが、人型兵器のロマンがどうのと言って、開発チームの者達も最後まで作らないと気がすまなかったらしい。
まぁ、新開発の大口径長射程重粒子砲の兵器プラットフォームとして開発されており、始めから機動力は求められておらず、形も何でも良かったのだが。
そんなデカくて重たい宇宙兵器を地上へ持ち込む時点で、色々間違っていると思うのだ。
かくして、デカくて重いは、地上戦ではまるで駄目という教訓を残した……そんな失敗兵器の代名詞だった。
それを考えると、イフリートもその点なかなか微妙なようで、足腰も相応に頑丈そうに作ってあるし、足の裏も極端に広くすることで接地面積を稼いでいるようだったが……。
まぁ、そのおかげで一歩歩くだけで地面に膝までめり込むとかそんな事はないようで、少しは考えているようだったが……だから、なぜそこで人型にこだわるのだ?
さすがに、あの脚部で二足歩行では機動力は皆無と断言して良さそうだが。
防御力は装甲厚もかなりあって、相当高いと見た。
だが、そうこうしているうちに、巨人が空に向かって両手を掲げ始めた。
今度はその手の上に巨大な火の玉が出現する。
何をする気かわからないが、軽く直径10mはあるような巨大な火の玉が出現する。
これは極めて危険。
……そのことだけは瞬時に理解する。
「リンカーッ! 撃て! 弾種……エネルギー転化弾! あの火の玉を撃たせてはならん!」
もはや、直感だった。
今回の作戦では、精霊との戦いも当然ながら念頭に入れていた。
故にリンカにも、例の反物質エネルギー転化弾を持たせていたのだ。
使い所は今……だった!
「アスカ様、了解しました。これより、エネルギー転化弾にての狙撃を開始します。目標……イフリート……ではなく、あの火の玉と言う事ですか?」
「……そうだ。火の玉の下……本体の頭の上のあたりを狙って、空中で起爆させるのだ……その上でγ線バーストの放射方向は真上に向かって収束するようにしろ……とにかく、あれをエネルギー上書きでかき消すのだっ!」
「……本体への直撃を狙わないのですか? エネルギー転化弾をまともに直撃させれば、如何に炎の巨人と言えど一撃で吹き飛ぶかと……あれも精霊の一種なら、それが一番有効ではないですか?」
「いや……私の予想だと、あれはエネルギー吸収装甲だと思う。エネルギー転化弾では直撃しても、相手が肥え太る一方だろう。故にまずは見るからにヤバそうな、あの火の玉のみを吹き飛ばす……今はそれが最善の対応だろうな。よいか? これは撤退する味方への援護射撃なのだ……敵を倒すのではなく、味方を救う一撃だと心得るのだ!」
なにせ、私も対レーザー装甲で同じようなものを知っているのだ。
装甲材自体の熱許容量を素材自体を高融点素材化することで極限まで高め、熱破壊効果を最小限しか受けないようにする。
要するに、装甲自体を巨大なヒートシンクとして使う事で、熱工学兵器を事実上無効化させる。
そんな防御装甲が実在していたのだ。
そして、装甲溜め込んだ熱エネルギーについても、熱電変換素子を使ってエネルギー化する事で吸収する……そんな発想の防御兵装だった。
元々、放熱が難しい宇宙環境用の装甲ではあるのだが。
長時間のレーザー攻撃を受け続けない限り、装甲内部への熱遮蔽さえしっかりしていれば、内部に熱破壊が及ぶこともなく、コンセプト的にはかなり優れた防御装甲でもあったのだが……。
問題はコストがアホみたいにかかること。
なにせ、そんなレーザーや荷電粒子砲の直撃で溶けずに形を保持する超高融点素材の時点で、そのコストはバカ高になる。
この手の特殊金属合金は鉄やアルミと言った卑金属の分子構造を組み直した上で、合金化することでその性質を調整するのだが。
当たり前のように、その合成金属の精製コストは普通の金属素材の比ではなくなる。
その上で、高融点高強度素材ともなると、溶接や鋳造成形と言った従来型の加工方法ではむしろ、その利点をスポイルしてしまう為、時間をかけて膨大な圧力をかけ、変形させる超圧縮鍛造法と呼ばれる方法で、無理やり曲げ、伸ばすと言う方法を使うため、その加工コストはとんでもないコストがかかり、成形にもとんでもない時間がかかるのだ。
その上、厚みを増そうとすると、更にコストが跳ね上がるため、装甲素材としては極薄の表層装甲として使ったり、割り切ってコーティング素材として使うことで、なんとか実用レベルになる……そんな代物だった。
要するに、艦艇装甲への採用など論外で、機動兵器もハイエンド機でもなければ、コーティング素材として採用するのがやっとと言う、コスパ最悪レベルの装甲素材なのだ。
なお、このエネルギー転換装甲を採用した兵器については、帝国軍のドクトリン……防御は二の次と言うこともあって、配備されただけで、まるで使用されずに終わった。
実際、前線の要望としては、こんなお高い装甲使うくらいなら、その分もっと機動力を寄越せとの事だったからな……連中のそれはもはや、信仰なので外野がどうこう言っても無駄なのだよ。
まぁ……それはともかく。
イフリートの装甲については、そのエネルギー転換装甲と同質の装甲だと判断している。
というよりも、お母様の話でも、イフリートはお母様のγ線レーザー攻撃をものともしなかったと聞いているからな。
であるからには、恐らくあの赤熱装甲は、最低でも対熱エネルギー兵器装甲と思っていいだろう。
レーザーや荷電粒子砲と言った熱破壊兵器に対しては、装甲で受け止めると言う発想ではなく、撃たせない、撃たれる前に撃つと言うのが、現実的な対策であるのだがな。
この時点で、我が銀河帝国よりも技術的には上を行っている可能性が高いが……まぁ、恐らくお母様との戦いを通じて、こう言う耐熱装甲をまとった超大型機動兵器……のような精霊が誕生したのだろうな。
要するに、このイフリート……対お母様用決戦兵器と言っても良いような代物なのだ。
確かに、これはお母様が手を焼くのも当然だ。
ここでこれを出してくる辺り、敵もなかなかどうして、やってくれるな。
故に、エネルギー転化弾を直撃させようものなら、最悪そのまんま返しくらいは覚悟しないといけない。
それは激しく危険……だからこそ、今は敢えて直撃はさせないと言うのが正解だろう。
敵を知り己を知れば百戦殆うからず……であるからな。
それに今は、時間稼ぎが必要な局面だった。
オズワルド子爵配下の兵士達が撤退する時間を稼ぐべきだし、この調子ではアイゼンブルグの城下町も被害は免れぬだろう。
罪もない一般市民が犠牲になるのは、私も望むところではない。
出来れば、そのままずっと動かずに、そこで燃え尽きてもらいたいくらいなのだが……まぁ、そうはいくまい。
何よりも、こうしている今も現在進行系で、お母様は私の知りうる知識を使って、新たなる対抗兵器を作ってくれているはずなのだが、そんなすぐに出来るようなものではないだろう。
それに撤退中のオズワルド子爵殿の軍勢は、完全に足が止まってしまっている。
無理もない……あれだけの規模の爆発だったのだ。
幸い、城の城壁が遮蔽物になった事で、爆風にモロに巻き込まれずに済んだとは言え、衝撃波や崩れた城壁の瓦礫の破片などで、けが人も多数出ているようだった。
目や耳から血を流したり、血を吐いている者も多く居て、衝撃波で鼓膜が破れたり、肺が損傷したり、聴覚や視覚に障害を起こしているものも多いのだろう。
それ故に命令もまともに伝わらず、混乱しているようだった。
完全に浮足立っていて、逃げるのもままならない。
そんな様子が見て取れた。
故に、ここは味方を救うべく、援護射撃を放つ!
その上で、こちらに注意を引き付ける……それが最善だった。




