第三十九話「イフリートの脅威」③
「ファリナっ! こうなったら、もう覚悟を決めるしか無いぞっ! アスカ様、次にどうするかは……聞くまでもないですな! 先に降りてアスカ様の降下支援を致しますので、お先に失礼っ!」
もはや、細かい説明は不要のようだった。
私が頷くと、エイル殿もその身を空へと翻すとまっすぐ地面へと落ちていった。
リンカも頷くとそれに続き、他の乗員たちも次々と飛び降りていく。
残っているのは、私と未だにあわあわしているファリナ殿だけだった。
幸いこう言うときにいつもやらかすイースは、地上で城下町の神樹協会関係者と渡りをつけていて同乗しておらず、アークもソルヴァ殿達の支援に回っていて不在だった。
もはや、自分と私しか残っておらず、機体が傾き急速に墜落していくと言う状況に色々振り切れたようで、涙目になりながら、ファリナ殿が駆け寄ってくる!
「ひぃいいいっ! アスカ様ぁああああっ! お助けぇええええっ!」
叫びながらファリナ殿が抱きついて来たので、そのままひょいと抱えてしまう。
体格はファリナ殿のほうが大きいのだが、私の身体は見た目以上にハイパワーなのだ。
軽々と肩に担いで、カーゴの端までよるとその縁に足をかける。
「ア、アスカ様? 一体何を……ちょ、ちょっと待ってください! 心の準備がーっ!」
そう言って、手近にあったロープを掴んで抵抗の構えを見せるファリナ殿。
「ええいっ! 世話が焼けるなっ! ファリナ殿、よいか……? 空中に飛び立ったら、手足を目一杯広げて、空気抵抗を目一杯受けるようにしろ……。と言うか、降下訓練くらい受けていないのか?」
私がそう問いただすと、ふるふると首を横に降る。
パラシュートなどと言う御大層な装備もなく、緊急時にはエイル殿達のように迷わず飛び降りる。
飛行船の乗員の安全対策については、そんなものだと聞いていたが。
この分だと、なんだかんだ理由を付けて、訓練をサボっていたのだろう。
まったく……イザという時は、いつも突然やってくるのだ。
今日が良くても、明日は何が起きるかわからない……故に、あらゆる事態を想定し、日頃から訓練を行っておくに越したことはないのだ。
「ならば、仕方ない。ぶっつけ本番だが、飛ぶしかないぞ。いいか? とにかく、手足を広げて風の抵抗を目一杯受けて、なるべく対気速度を落とすのだ。その上で、なるべく衝撃を吸収しそうな屋根の上や草むらめがけて、絶対に頭を打たないように地面に降りる直前に足……もしくは肩から落ちるのだ。足から落ちたらそのまま衝撃に任せて、崩れるようにつま先、膝、腰の順番で地面に接することで衝撃を分散させつつ着地するのだ。まぁ……骨折くらいはするかもしれんが、即死さえしなければ、お母様がなんとでもしてくれるだろう! では、往くぞっ!」
そう言って、ファリナ殿の手を取って、諸共にダイブ。
なお、ファリナ殿に説明したのは、五点接地とも言う軌道降下兵の必須スキルだ。
最初に両足のつま先から着地し、そのまま体を丸め地面に転がりながらすねの外側、お尻、背中、肩の順に着地しながら受け身を取ることで、衝撃を分散させ、致命的なダメージを受けないようにする。
この際、落下方向を浅い角度で斜めから入るようにすることで、着地の勢いのまま地面を転がり、墜落時の落下運動エネルギーを回転運動に転換し、分散させる。
ここまで出来れば、パーフェクト。
強化サイボーグの強化兵の話ではあるのだが、惑星衛星軌道から降下装備の故障で、身体一つで自由落下する羽目になりながらも、この5点着地で生還した事例もあるにはあるそうだ。
まぁ、連中に言わせれば、1km上空からの自由落下も衛星軌道降下も降下している時間が長いか短いかの違いで、あまり大差ないと言う話だった。
なお、大気圏降下の際に問題となる圧縮熱については、そもそも人体程度の重さでは、強化装備を加えても空気抵抗に負けて、対気速度もいいところ300km程度で落ち着いてしまうらしいのだ。
その程度の速度では、軌道往還機のように減速しないと火達磨になるような圧縮熱も発生せず、その辺りの関係もあって、案外なんとでもなってしまう……まぁ、軌道降下兵自体が人外の集まりなので、一般的ではないだろうが、私も人外なのでなんとでもなるだろう。
「ぎょわああああああああっ! お、おかーさーん!」
ファリナ殿……涙目になって、なんとも情けない悲鳴をあげている。
ま、まぁ……この調子なら、お母様が遠隔で重力操作くらいしてくれるだろうし、実際、早速支援が始まっているようだった。
飛行船の残骸が真っ逆さまに墜落していくのに、我々は未だに空を飛んでいる。
……先行したエイル殿が上昇方向への風魔法を使ってくれていたようで、上昇気流が吹き上げてきて、ふわっとした浮遊感とともに下降速度が一気に緩くなる。
ファリナ殿もそれを見て慌てて、風魔法を発動したようで、速度も安定し、ファリナ殿も手足を広げて、風に乗った事で落ち着きを取り戻しているようだった。
ただ、ある程度まで自由落下で加速を続け、地面の近くなるべくギリギリで減速をかけるのが、HALO降下時の基本なのだがな……なにより、今の状況はとにかく、急いで地上に到達しないと、元も子もない。
(むすめー。状況は把握しているぞぉ。どうも、とんでもない事になっているようだな……早速支援を開始しているが。こんなものでよいのかー?)
唐突に、脳裏に間延びした声が響く。
なんとも呑気な調子ではあるが、お母様はAI達と同じく滅多な事では、取り乱したりはしない。
(お母様か……。ああ、どうやらしくじってしまったようだな……どうも新種の火の精霊が出てくるようだ。やはり、人任せにしたのが失敗だったかな……。お母様、ファリナ殿と私への重力軽減を直ちに停止。このままでは間に合わん……減速は地表ギリギリで構わん)
(了解したぞ。なぁ……ファリナ、色々大変な事になっているようだが、本当に重力軽減を止めていいのかなぁ?)
ちらりを上空を見ると、涙目を通り越して百面相のように表情を変えながら、自由落下降下を堪能しているようだった。
まぁ、私も初めて体験した時は、乙女として色々大変な事になったのだが。
VRと言えど、軽く臨死体験だったから、仕方あるまい!
まぁ、今回は魔法やらお母様の重力操作やらの支援があるから、生身ダイブだったあの時よりは遥かにマシだった。
(……空中で爆発の衝撃波をまともに浴びて無事に済むとは思えんのだ。なるべく早く地上に到達の上で、可能ならシールドも展開して欲しい。間違いなく怪我の一つくらいするだろうから、治療もお願いする)
(解ったぞ! むすめも怪我したらちゃんと言うのだぞ。私がすぐ直すから……警告っ! あと5秒位で二次爆発が発生する……凡そ20秒後に衝撃波到達の予想。たぶん、アレ……イフリートが出てくる前兆だぞ。まったく、まさかよりによってアレが出てくるなんて、困ったぞ……アレは私の天敵に近いのだ。どうやって始末すれば良いのだ……?)
(なるほど、イフリートか……確かにエルフ達から話は聞いているぞ。だが、イフリートと戦うとなると巨神兵もアップグレードが必要になるだろうな)
敵の戦力が読めないが。
物質化するほどの魔力集中が起きているとなると、尋常ではない。
そして、その範囲は城を包みきって、凡そ50mくらいの範囲に広がっている。
さすがに、生半可な代物ではないとは思っていたが、炎神側の切り札と言える存在……イフリート。
お母様がよりにもよってと表現するのも納得だった。
(うむ……そうだな。敵がイフリートだと仮定すると、おそらく今のむすめ達の戦力では、絶対に勝てん。過去の事例を踏まえた私の未来予測演算結果はそういう未来を導き出した。故に例によって、むすめの知識を借りてよいか? 勝てるとすれば、おそらくむすめの世界の兵器を、今すぐこの場で再現するしか無いだろうな)
なるほど、やはり現有戦力では勝負にもならんか。
エルフ達の言い伝えによると、イフリートとは、かつてお母様を焼き払いかけ、神樹の森の北半分を不毛の土地に変えた元凶だと言う話を聞いていた。
……一言でいうと、超デカい巨人。
炎を吐き、炎をまとい、歩くだけで森や大地が燃える……そんな怪物だったそうだ。
そして、全身に纏う炎の鎧はいかなる攻撃も寄せ付けないと言う話だった。
なんとも言えんが、灼熱装甲と呼ばれる高温化した装甲で弾体を瞬時に気化させる防御装甲に近いのではないかと思われる。
なにぶん、赤熱化するまで高熱化した装甲となると、コイルガンでは勝負にならないだろう。
50m級ともなれば恐らく、装甲厚も1mくらいはあるだろう……。
火力も相応にあると思うので、アレを相手に生身で撃ち合うのは論外。
巨神兵でも接近する前にやられてしまうだろうから、やはり論外か。
なるほど、巨神兵でも厳しいとなると、現状対抗手段はないな。
惑星上で、軌道火力支援なしで、その規模の敵に対抗出来るとなると、圧倒的な機動力と防御力を併せ持ち、砲戦火力を合わせ持つナイトボーダーくらいであろうな。
……だが、地上を走り回り、殴る蹴る程度しかできなかった巨神兵でも軽く化物だったのだ。
ナイトボーダーをモデルに、ヴィルデフラウテクノロジーで模倣したともなれば、いったいどんな超兵器が誕生するやら。
(……むすめよ、すまぬ。ちょっと不味いぞ……どうやら、地上に辿り着く前に衝撃波が来るようだ。むすめの言うように、下手に減速をかけたのが間違いだった。すまぬ……なんとか、無事に下りれるように支援を続ける。ここは全員無事に生き延びるように全力を尽くすのだ)
お母様からの警告。
直後、アイゼンブルグ城が音もなく、爆炎に包まれ、盛大に爆風が撒き散らされるのが見えた。
この様子だと、恐らく、地上スレスレで衝撃波に巻き込まれるだろうが……。
まぁ……速度も十分に落ちているし、別に死にはしないだろう。
幸い衝撃波の速度も音速を超えるほどではないようだ。
空気のゆらめきと、城下町の建物が次々と倒壊していくことで、その衝撃波も目に見えているのだが……その時点で、音速は超えていない事は解る。
まぁ、それならば、さしたる問題にはならんだろう。
……やがて、ドンと言う遠雷のような音が聞こえて来る。
口を開いて、耳を塞ぐ耐爆圧姿勢を取る。
さらに、ワンテンポ置いてから、ぶん殴られたような衝撃とともに盛大に木の葉のように吹き飛ばされる。
もっとも、地面近くまで下りていたので、その影響も最小限にとどまったようだった。
衝撃波の生んだ風の流れに翻弄されるも、その勢いに逆らわずに風の流れに乗る。
続いて、地面が間近に見えてきて、身体を丸めた直後、着地の衝撃が肩にかかる……。
うまい具合に浅い角度で肩から入れたようだった……敢えて体の力を抜き、そのまま身体を横向きにしたまま、勢いに任せて地面を転がっていく。
よし……どうやら、上手く着地できたようだ。
もっとも、これだとバンザイしたポーズのまま地面をゴロゴロと転がっているのだから、傍目にはあまり格好良くはないのだがな。
だが、こんな状況では、下手に力を入れて踏ん張るよりも脱力して、なすがままになった方が最終的なダメージは少ないし、人間の身体の構造上……横向きに転がる方が抵抗も少なく、身体にも無理がかからない。
うん、うまい具合に衝撃を上手く受け流せたようだった。
いやはや、VRユーリィブートキャンプで、生身での衛星軌道ダイブを何度も体験させられていてよかった。
あの時は、10回中9回は地面への突入角が深すぎて、地面に深々とめり込んで……死亡判定と言う残念な結果に終わったのだが。
今回は、爆風に乗って上手いぐあいに浅い角度で着地出来たので、すんなり降りれた。
やがて、転がる勢いも落ちて来て、藪に突っ込んで、完全に止まった。
……かすり傷程度はあちこちに出来ているし、全身土やら草まみれになっているが、致命傷はなし……まぁ、良いカモフラージュになる。
どのみち、この程度、今の私には問題にもなるまい。
もっともファリナ殿は、衝撃波にモロに巻き込まれて、どうも気絶してしまったようだった。
うーむ、耐爆姿勢を教える時間もなかったから、まともに衝撃波を受けて、耳と肺にダメージを受けたのもしれない。
おまけに落下速度を抑えようと風の魔法を発動していたようで、続いて押し寄せた上昇気流に乗ってしまって、むしろ高度が上がってしまっているようだった。
アレは危険、直ちに救援を……と思っていたら、すでにエイル殿が動いていた。




