第三十八話「伯爵の最期」④
結構な高さがあったのだが、その落下の勢いはゆっくりとなっていき、危なげなく着地するのと、先程までいたアイゼンブルグ城の会議室が爆発炎上するのと、ほとんど同時だった。
「……ギリギリだったか……。助かった……カザリエ! 礼を言うぞ!」
「叔父上……安心するのはまだ早いです。それより、まずは総員撤退の号令を! 兵達を無駄死にさせてはなりませんぞ!」
こんな状況にも関わらず、相変わらずの的確な判断だとオズワルドも感心する。
それ故に、次の行動も迷わず取れた。
「解った! 総員に告ぐっ! 直ちに全軍撤退を開始せよっ! 魔神イフリートが出現した! ただちに、城から脱出せよ! 今の爆発はただの前兆だ……言い伝え通りなら、この後、辺り一帯を吹き飛ばす程の大爆発が起きるはずだ! 急げ! もう武器も鎧も捨てて、立ち止まらずに一目散に城門へ向かって走れっ!」
オズワルドがそんな風に絶叫するのだが。
兵たちは何が起きているのか解らずに、呆然と見上げるだけで動こうとしなかった。
「叔父上! こう言う時はこうするんですよ! 総員、我に続けーっ! とにかく、逃げろっ! 後先のことなんて考えなくていい! いいから、何もかも放り投げて、早く逃げろっての!」
その声を聞いて、ようやっと誰もが一目散に走り出したカザリエとオズワルドに注目する。
「貴様らっ! もはや、細かい説明をしている暇など無い! いいから、とにかく我らに続けっ! 総員撤退! 直ちに撤退せよっ!」
大音声を発しその上で全力で城門へと駆け出すオズワルド達の姿を見て、配下の兵達も武器を放り投げて、弾かれたように全力でその後を追っていく。
総大将たるものがなりふり構わず、逃げろと絶叫して率先して逃げる。
このような緊急事態においては、それはまさに最善手だった。
二人に続いて我先に逃げる兵士達。
先に城門から出たオズワルドも一旦立ち止まり、逃げ遅れた兵士達を懸命に城門へと誘導する。
そして、大半の兵が城門から逃げ切ったところで、炎上する城の最上階でもう一度盛大な爆発が起き、その衝撃波でオズワルドを含め、その場にいた者達がまとめてなぎ倒される。
「……くっ! カザリエ……生きているか!」
「な、なんとか無事ですよ。ああ、メ、メガネどこ行った……あれがないと……」
「生きてるなら、なんでも構わん! 皆も……無事か! けが人が出ているなら、手を貸してやれ、まだ安心するなっ! とにかく、今は少しでも遠くに……這ってでも逃げろっ!」
そう言いながら、振り返ったオズワルドの目に、城よりも高くそびえ立った赤い巨人の姿が映っていた。
そして、同じように振り返った誰もがその怪物を目にし、思考停止に陥ったように固まっていた。
身の丈凡そ50m……。
20階建ての高層マンションにも匹敵するような巨人。
そんな物を目にして、冷静でいられるものなど、皆無だった。
「あ、あれが……イフリート。なんと言う……なんと言う……怪物なのだっ!」
そして、その大きな両腕を天へとかざすと、その手の内に巨大な火の玉が湧き出していく。
……その狙いはもはや言うまでもなかった。
(……どうやら、この私が狙いという事か。バーソロミューの怨念でも残っていたか? さすがに……これは逃げ切れんか……。アスカ様、どうやら……お目通りは叶いそうもないですな。……それが無念と言えば、無念か……)
だが、項垂れ膝をつくオズワルドを見て、周囲にいた兵達やカザリエまでもが、その身を盾にすべく、立ちはだかる。
「叔父上! こんな所で諦めなさるなっ! 皆の者! 叔父上の盾となるのだ! 叔父上さえ生き残れば……我々の勝利だ!」
……恐らく、それに何の意味もない。
そうオズワルドも理解していたし、カザリエも同様だった。
それでも、誰もが主君を生かして帰すべく、その身すらも惜しまないようだった。
たちまち10人ほどの兵達による人垣が作られるのを見て、オズワルドも思わず目頭が熱くなるのを感じた。
だが、無情にもすでに火の玉はとてつもない大きさとなり、イフリートの目がオズワルド達に向いたような……気がした。
オズワルド達は勝利から一転……絶体絶命の危機に陥っていた




