第三話「ヴィルゼット・ノルン」③
かくして、この静かなる戦いに帝国は勝利したのだが、勝利すれば敗北者もまた生まれる……それも、世の摂理だった。
かくして、中央諸国の生産者たちもこの事実に驚愕し、帝国という大口の消費者を失った事で大いに狼狽え、何か仕掛けがあるに違いないと、帝国産の天然食材の成分分析や遺伝子分析を行ったり、実際の生産現場の査察なども行ったのだが。
当然ながら、成分分析では何も怪しい成分は見つからず、遺伝子分析もシロ。
……むしろ当然の結果だった。
ならば、生産現場で絶対に何かやっている。
中央諸国の連中は、そう考えたようだったのだが、現場の生産者達は事情を把握しており、査察当日を迎えるにあたって、そのかなり前の時点から成長促進魔法のEADの使用を停止し、さもいつも通りといった調子で古来農法による農作業をしれっと続ける事で、結局、何一つ不自然な証拠は見つからず、銀河連合の査察官達はズコズコと引き上げていった。
なにせ、作業工程自体はEADを使おうが使わなくとも、大して変わらんのだからな。
彼らに言わせれば、明らかに収穫量が不自然とのことだったのだが。
貴重な理想環境地球型惑星を丸ごとひとつ全部農業用に転用と言うような馬鹿げた真似は、流石に中央諸国の生産者達もやっておらず、うちはやってる事のスケールが違うから、生産量の桁も違うのだと言う理屈に納得せざるを得なかったようで、なにぶんこちとら買う側だったのだ。
自分達で賄えるようになったのだから、もう要らないと言って何が悪いというのだ。
実際、私が自らそう言って、追い返したので、向こうは何も言えなかったようだった。
この天然食材信仰のようなものは、中央諸国が自分たちの優位性の確保のために、農業向けの理想環境惑星を多く保有していて、数少ない帝国より勝る要因であることをいいことに、自分たちの地位向上と相対的な帝国の地位低下を狙って広めた遠大な謀略だったと言う説が濃厚で、帝国としてもなんとしてもこの天然食材を巡る水面下の攻防に打ち勝つ必要があったのだ。
そして、穀物類についてはもはや輸出すら可能となったので、今度は他国に飼料用にジャンジャカ売り付けて、その予算で肉や魚といった育成に手間がかかる天然食材を買い漁ることで、これら人気商品も潤沢に市場に回せるようになり、我が国民も大満足。
誰もが笑顔、素晴らしい結果になったのだ。
もちろん、この成果と魔法科学については他の六帝国にも共有されており、帝国関係者のすべてがこの成果を共有し、皆で幸せになったのは言うまでもないのだがな。
要するに……だ。
この植物の成長促進魔法は、国家戦略級の超有用魔法だということだ。
この用途に限っては、地上世界に限定されるという『魔法』自体が持つ欠点も問題にならない。
そんな派手に高速成長させて収穫を繰り返すと、土がやせていく問題やら連作障害があると思えるのだが。
そこは、省エネが売りのエレメンタル・アーツ。
土への魔力投入の時点で、土中の微生物活動の活性化や必須栄養素の増殖と言った副作用が発生し、土のリセットのような現象が発生するようで、肥料などもほとんど使わずに、良好な作物が連続で収穫できるようになっていたのだ。
この辺りはヴィルゼットと言う植物の専門家にして、魔法使いとしても、最高峰の能力を持つ者が念入りにチューニングした事もあるのだが、エレメンタル・アーツの持つ特性が密接にかかわっていると考えられていた。
エレメンタル・アーツと言うものは、無から有を生み出すある種の奇跡であり、要するに無きゃないで無いところから持ってくると。
そういう性質を有しているのだ。
科学的な観点では、多大なエネルギーを投入して行う分子合成や原子転換に近いような真似を平然と実現しているらしいという事が解っているのだが……。
そこら辺は、『魔法』がどれほど理不尽なものか、我々もよく理解しているので、考えても仕方がないと結論付けていた。
……古代先史文明の遺産ってのは、総じてそんなものなのだ。
またぞろすっかり、長くなったが。
その辺りも含めて、私はこの魔法が超ド級の有用魔法だと断じているのだ。
シンプルかつ単純なようで、その有用性については、私は誰よりも理解があると自負していた。
宇宙文明ですら、その国家戦略を左右するほどまでに有用だったのだ。
未開文明においては、国家の興亡どころか、文明を震撼させるほどの力だというのは、説明されるまでもなく解る。
この食料生産力と言うのは、銀河時代に於いても戦略兵器以上の価値があり、食料生産力と国力が比例するようなカテゴリーFクラスの古代文明国家では、問答無用で覇権国家の道が開けるほどのアドバンテージとなるだろう。
だからこそ、最初に確認すべきは、この植物の成長促進魔法が使えるかどうかだと判断した。
……魔法の行使には、イメージが重要。
ヴィルゼットは、地面に手を付けて、手から根が伸びて、目の前の植物とラインを接続するイメージだと言っていた。
そして、ラインが接続されたら、ライン経由で自分の魔力を送り込み、植物を己の身体の一部とする。
そうなれば、成長促進も自由自在で、その気になれば自分の手足のように動かすことすら可能らしい。
もっとも、植物自体を動かすとなると、もはやヴィルデフラウの専売特許と言えたので、こちらについては、流石に簡単には行かず、成功例はとんと聞かなかった。
基本的に『EAD』による魔法行使は、この辺りを含めて『EAD』側が勝手にやってくれるので、エレメンタル・ユーザーのやることは起動ショートカットキーをタップするだけの単純作業だったが。
自前での魔法行使となると、すべての工程を自前で行う必要がある。
かくして、私は樹のウロと言う揺りかごで、無為に星空を眺めているのではなく、そこから飛び出してこの星の大地へと足を下ろしたのだった。
周囲にジャングルのような樹木が鬱蒼と茂る中。
ぽつねんと生えた雑草のような芽吹いたばかりの小さな草があったので、それを最初の実験対象にすることした。
まず最初の工程は、自らの魔力を認識する事。
そう言うふうに聞いていた。
この身体を覆う霞のようなぼんやりとした力の存在……多分、これが魔力だ。
実際、ヴィルゼットが制作した「魔力カウンター」と称するCTスキャナーのような計測機越しに人体を見ると、こんな風に人体と重なるように影が出来ているのが観測できた。
その影の大小が魔力の大小に比例するそうで、それを客観的な数値化したものが魔力だった。
ヴィルゼットによると、人類種にはこの不可視の元素たる魔素を魔力に変換して溜め込む能力が潜在的に備わってはいるようなのだが。
魔法と言う形で外部へ放出する機能が完全に退化していて、ほとんど失われていると言う話だった。
端的に言うと、その外部への放出を行う器官の代用を果たすのが『EAD』と言うデバイス……ということだった。
確かに、古代地球の文献などでは、この『魔法』らしき奇跡の使い手が幾人も登場しており、恐らく古代地球でも『魔法』自体は存在していたが、それが基幹技術となることはなく、科学技術の急速な発展で忘れ去られ、現代まで伝えられず、その機能も退化していってしまったのだろうと言うのが、ヴィルゼットの見解だった。
私も本来は人類種で、『EAD』の初期設定の時点で、魔力測定も受けているから、自分が魔力は持っていたのは、一応知っているのだが。
感覚的に魔力を感じるなんてのは、結局出来るはずもなかったのだが……人の気配や殺気を感じるとかそう言うのは、むしろ他者の魔力を感知している可能性が高いとか、ヴィルゼットもそんな話はしていた。
だからこそ、魔力を己の感覚だけで、知覚するというのは始めての経験だったが……。
思った以上に上手く出来ている……うん、解る……これが魔力だ。
ちなみに、魔力が多いのか少ないのかは、比較対象がないのでよく解らない。
良く解らないのだが……魔力のオーラ的なものはやたらと大きいような気がする。
感覚的には、身体の倍以上……まさに内側から盛大に溢れかえってるような感じがする。
……魔力スキャナーで見た感じだと、魔力のオーラは……身体の表面から5cmとか10cm位だったようなのだが。
……これ、どうなってんの?
もしかして、このヴィルデフラウの身体……魔力も軽く化け物級とかそんななのか?
だが、EADの助けを借りずに『魔法』を行使するとなると、最初の段階としてこの魔力の存在を感覚として認識する事だとヴィルゼットも言っていた。
であるならば、この時点で第一段階はクリアだと思って良さそうだった。
なぁに、世の中押し並べて、大は小を兼ねるのだ。
多すぎて困るような事などあまりないと言うのが、私の元・銀河帝国皇帝としての認識だった。
そして、これを植物とつながっている不可視の仮想ライン経由で送り込む……だったかな。
実際に、やってみる。
身にまとった魔力が細い糸状になって、目の前の雑草と接続される……何とも言えないが、イメージ通りに魔力の通り道が出来ているのがなんとなく解る。
これをヴィルゼットは「パスがつながった」と表現していたが、多分この状態でいいはずだった。
……その変化は急激だった。
見る間に目の前の雑草が急速に伸びて、1mほどまでに成長し、白っぽい小さな花を次々と咲かせるとあっという間に枯れ果て、最後に赤い小さな実がなっていた。
成功だった。
恐らく数カ月ほどの時を要する過程がこの一瞬で終わってしまった。
と言うか、こんなんだっけ? と思わなくもない。
タネから発芽させて、収穫まで三日三晩くらいかかるのが普通だったような。
それだって十分早いのだが、今のは時間にして10分もかかってない。
ちなみに、成長促進中は、魔力を投入し続ける必要があって、止めた所で成長速度が普通になるだけらしいのだが。
魔力の使用効率としては、最初のパス接続段階が一番魔力コストがかかるようで、休み休み間を空けながらやっていると効率が悪くなってしまうので、『EAD』の使用者も次々と交代して代わる代わるでやっていたのだが……。
もっとも、実際の現場は、こんな草一本を高速育成なんてやらずに、1チーム辺りで数百平方メートル単位でやっていたので、相応の時間がかかっていたのだと思う。
その辺もあったから、億単位とかアホみたいな人出が必要だったのだよ。
「……やれば出来るではないか! さすが私、伊達に皇帝陛下やってなかったであるな! ふははははっ!」
思わず、笑みが溢れる。
まぁ、皇帝陛下の経験はあんまり関係ないような気がするが、そこはそれ。
魔法としては、初歩も初歩程度らしいのだが、以前はEADに丸投げで行使していた魔法を自前のイメージだけで、実行出来たのは実に大きい。
実際、ヴィルゼットはEADも使わずに、自前の魔力と演算能力だけで、自在に魔法を行使していたのだが。
なるほど、人類種とは素体が違うとは言っていたが、こう言うことだったのか。
だが、これぞまさに、私の実力!
胸を張る……とそこまでやって、自分が全裸だということを思い出した。




