第三十五話「名将ドゥーク・ヴィルカイン」④
「ああ、増援の件だな。確かに私が命じていたのだが、準備に数日はかかると見ていたのに、予想以上の手際の良さに感心していたところだ」
これは正直なところだった。
出撃を命じてから、ほんの数時間程度。
こうも手際よく話が進んでいるとなると、先回りで動いていたからだとは思うのだが。
単純に、先回りで話を進めると言っても、それは簡単なことではない。
無為な先走りは、何もかも無駄になってしまうし、予めいくつものケースを想定し、事前の準備を済ませておかねばこうはいくまい。
それに連絡や情報集積もスムーズに行われているようだった。
指揮管制機能ついても、申し分ない。
今頃、エイル殿も大会議室でがなり立てている頃であろうな。
この分だと、皆が言うように私は司令室の置物でも構わなかったかもしれんな……。
「……アスカ様のスピード感に皆も慣れてきたのかもしれないですね。いずれにせよ、流れは悪くないですよ。おっしゃる通り、敵についても、バラけて来てくれているなら、各個撃破のチャンスですからね。それにゴーレムについても恐らく、単純な移動命令を与えた上で術者なしで動かしているのでしょう。術者を同伴しているにしては、移動速度があまりにも早いですからね」
ドゥーク殿の発言……。
それには、割りと重大な情報が含まれていた。
「随伴術者の不在? それはどういうことなのだ?」
「ああ、ロックゴーレムと言うものは、もともと単純な命令をこなす程度の知能しかないのですよ。だからこそ、本来は術者がつきっきりで指示を出す必要があるのですが。逆を言えば、単純な命令であれば、術者不在でもある程度自力で動いてくれるんですよ」
「つまり、敵はゴーレムに道なりに進めとか、その程度の命令を出すだけで済ませている……そう言うことか?」
「ええ、おそらく速さを重視した結果だとは思うんですがね。ゴーレムと馬で並走したところで、馬はそのうち力尽きますが、ゴーレムはいつまででも走り続けられることで、理屈の上では最大限の展開速度を出せる。ただし、これは道中の妨害や敵襲がない事が前提となりますがね」
「つまり、ゴーレムの移動中に奇襲をかければ、マトモな反撃すらもない可能性がある……そう言うことなのか?」
この世界に例えば、ゴーレムに乗り移れるような魔法があるなら、話は別なのだが。
ドゥーク殿の話では、それは失われて久しいようだった。
となると、恐らく自律稼働状態でのスタンドアロン運用……そう言うことか。
惑星間の物資輸送などに使用される無人大型コンテナ輸送艦のように、出発地側で目的地設定だけ行って見送って、後は目的地に着くまではほったらかし……アレの運用と同じということなのだろう。
確かに、アレは面倒がなくて便利と言う話で、帝国も無人運用の資源星系からの資源輸送については、完全無人でのスタンドアロン運用を常としているのも事実だった。
もっとも、道中トラブルが発生しうる状況での運用は、割りとギャンブルだという話も聞く。
なにぶん、宇宙空間の亜光速航行では、常に事故は付き物だし、デブリストームや恒星風と言った自然災害も多発する。
エーテル空間となると、もっとリスクは高い。
……戦場や危険判定エリアを経由する補給物資輸送ともなると、無人運用など論外と言っても良かった。
その辺りの事情は、あながち的外れでもないだろう。
今のオーカス近郊は間違いなく戦場であると思うのだが。
そんな所に無人で兵器を送り込む……相手の正気を疑うような話だぞ、これは。
「ええ、もちろん操者不在のゴーレムと言えど、自衛行動くらいはするので、反撃もないとはならないでしょうが。自律稼働中のゴーレムの移動中に奇襲と言うのは、極めて効果的だと思いますよ。まぁ、本来は移動中のロックゴーレムに挑んだところで、踏み潰されるのが関の山なんですが、ロックゴーレム相手に互角以上に戦える戦力があるなら、話は別でしょう?」
……要するに、途中で敵襲があるなど全く想定していない……そう言う事なのだろう。
確かに自律稼働が可能で、安全地帯をただ歩かせるだけなら、わざわざ人を付ける必要もない。
帝国の無人輸送艦運用も似たようなものだから、そこは別に悪いものではないのだが。
だが、戦時中に兵器輸送を無防備で行うなぞ、それはまさに愚行である。
おまけにその情報が筒抜けでは、奇襲をかけろと言われているようなものだ。
なんともマヌケな話だったが、相手も相応に拙速を尊んでいると言うことでもある。
だが、そう言う事なら、それは確実に相手の失点と言える。
それを突かない手はないな。
「移動中のロックゴーレムは無防備……か。それは実にいい話だ。そう言う事ならば、移動中に仕留めるしかないだろう! ありがたい……この戦の勝利の筋道が見えた! 見事なる献策だったぞ!」
「はい、お褒めに預かり恐縮です! では、こちらも負けぬように安全に戦い抜きますので、どうかご武運を! と言っても、俺は日が暮れたら、最低限の見張りを残して、総員休めを号令し、俺自身も一眠りするつもりなのですがね。さすがに先日から、一睡もせずに延々市内を駆けずり回っていたので、いい加減疲れましたよ……ははっ!」
そう言って、気楽そうに笑うドゥーク殿。
……うむ。
ドゥーク殿……さすがに豪胆であるな。
最前線で敵を目前に一眠りする。
それは豪胆というより、戦場というものを良く解っているとも言える。
ユーリィ卿も「戦場移動や補給待機中はお昼寝タイム、戦士たるもの寝ることも仕事のうちなのだぁ」……などと、そんな言葉を残しているからな。
まったく、ドゥーク殿。
我が帝国の参謀総長として、採用したいほどの逸材であるな。
いや、むしろ、それで決まりであろう!
「皆の者……聞いてのとおりだ。改めて、作戦の変更を宣言しよう。ドゥーク殿の作戦プランに従い、ひとまず我々はオーカスを迂回し、手始めにオーカスへ向けて進軍中のロックゴーレム八体に奇襲をかける!」
ドゥーク殿のプランを元に、今回の戦略目標を皆に説明する。
当然のように、アークとイースはさすがといった様子で聞き入ってくれている。
要するに、戦う順番を変更しただけの話なのだが。
イニシアチブを得ていることの利点は、このようにどの順番で、どんな状況で敵に挑むかを好きなように決められることにあるのだ。
何も強い敵と敵にとって有利な条件で戦う必要など無い。
敵にとって最悪はこちらにとっては、最良と言えるのだ……戦と言うものは本来、そうでなくてはならないのだ。
「……ほほぅ。まずは、援軍を先に殺るってことか? 確かに、オーカスにいる奴らと戦っている最中に援軍が来たら、厄介なことになるからな……。だが、援軍の方がこっちより数が多いんだろう? 勝算はあるのか?」
「そこは、問題あるまい。どうも、ロックゴーレムは道中の戦闘を一切考慮していないようで、スタンドアロンで動いているようなのだ……。要するに文字通り歩くカカシも同然なのだ。つまり、初撃の奇襲は確実に決まるであろうな」
「……そりゃいいな。喧嘩にせよ、怪物共との戦いにせよ、最初の一発をモロに食らわせれば、その時点でほぼ勝ち確だからな……。そう言う事なら、勝ち目もありそうだな」
「それに、ゴーレム共を全滅させる必要もないのだ。ノルマはせいぜい二体……出来れば、三体は撃破なり、行動不能にしたいところだな。どうだ、これならなんとでもなろう」
「確かになぁ……。八対六で二体潰したってなりゃ、残りは六体。数が互角ならなんとでもなるって事か……」
「そう言うことだな。いずれにせよ、ロックゴーレムの相手は別に無理はせずとも良いのだ。最優先目標は、その後方にて孤立している地竜が本命だ! こればかりは総掛かりで全力で殺さねば、勝利は覚束ぬであろう……もはや、異論はあるまいな?」
「なんとまぁ……本気で地竜とやりあえってことかい。だが、現実問題として、地竜相手に今の俺らで勝ち目があるのか? もちろん、やれって言われたら最善をつくすまでだがな……モヒート、どうだ、俺らに地竜を殺れると思うか?」
「生身でやれってなると、ちょっと無理がありやすが。アスカの嬢ちゃんは不可能じゃないと見てるって事なんすよね?」
「ああ、不可能ではないはずだ……なぜなら、ドラゴンは不死身ではないからな。いずれにせよ六体の巨神兵で強化された魔法を駆使しつつ戦えば、地竜と言えど、決して勝てぬ相手ではないはずだ! よいか? 戦において、敵の最強戦力を真っ先に潰すと言うのは、想像以上の効果があるのだ! 無敵最強の生物という事ならば、それを殺されたら相手がどうなるか……想像するのも容易いであろう?」
……と言うか、所詮はドラゴンであろう?
それも宇宙を亜光速で飛んだりもせず、荷電粒子を吐いたりもしない。
単にデカくて地を這うオオトカゲ。
その程度なら、原始惑星にだって生息しているのだ。
そう思えば、大した相手でもあるまい。
いずれにせよ、地竜を仕留めると言う事は敵軍にとっては、その戦略が根底から覆される上に、士気崩壊レベルの大ダメージを受けることは確実だった。
最強戦力というものは、それを戦力として深く信頼していればいるほど、それが消し飛んだときの打撃は大きいのだ。
「少なくとも、地竜を殺すような相手……。そんなの誰もが震え上がって、まともな判断力を持つなら、もう絶対に挑もうとも思わないでしょうね……」
イースがぽつねんと一言。
なるほど、その程度には心理的打撃を与えるのか。
ならば、これはなんとしても成し遂げなければならぬな。
「確かにそりゃそうだわ……。それに、敵がバラバラになってるところを各個撃破するってのもイイな。さすがに10体以上のロックゴーレムをまとめて相手取るのは、無茶だって思ってたが、確かに、一発ぶん殴ってとっとと逃げるってのならなんとかなるって気がしてきたぜ。まぁ、敵の動きが解っているからこそ、出来る芸当だよな。いいぜ……こっちの強みを最大限に生かして、増援を蹴散らして、本命の無敵の地竜をぶっ殺す……! カァーッ! 実に痛快じゃねぇか!」
「そうですね……。さすがドゥ兄様……アスカ様も感心するほどの戦術の冴え。なんか、昔より磨きかかってませんかね? やっぱり、なんだかんだで何度も修羅場をくぐってると違いますねー」
「そうだな……。アスカ様のスピード感は、僕らでも付いていくのが大変なのに、アイツ……普通について行ってますからね。アスカ様、僕らが言った通り、使えるやつだったでしょう?」
「ああ、言われるまでもないな。では、ドゥーク殿に報いるためにも……急ぐぞっ!」
かくして、巨神兵デビュー戦……開幕である!
……国境地帯の森を抜け、オーカスを遠目に見つつ、大きく迂回する。
ファリナ殿の報告では、ドゥーク殿の予想通り、攻城軍は攻勢を中断し、オーカスを遠巻きにした上でその主力は野営中のようで、ゴーレムも一度退かせて、時よりオーカスから放たれる長距離狙撃の壁として使っているようだった。
……戦車を弾除けに使うようなもので、あまり誉められた運用ではないのだが……。
どうも、日中は城壁の瓦礫の隙間に潜伏しているエルフ神樹兵の長射程コイルガン狙撃にかなりやられたようで、野営地についても、目一杯距離を離しているようだった。
なにせ、コイルガンは2kmくらいでも軽く届く上にエルフ狙撃兵は夜戦の名手揃いであるからな。
夜の闇すらも盾にならず、敵の姿も捉えられず一方的に射殺されるとなると、もはや距離を取って塹壕にこもって、大人しくしているしか無いのだろう。
確かに、弾速と射程を伸ばすために、長々とパワーチャージしてから撃てば、それくらい離れていても固定目標なら当たると言っていたので、案の定猛威を振るっているようだった。
いつ撃たれるか解らず、フル装備の装甲騎士ですら一撃で殺される……そのプレッシャーだけでも、現場の兵は相当疲弊しているだろうし、間違っても夜戦を挑もうなどとは思わないのだろう。
おかげで、敵陣も城壁から5kmほどとかなり後退しているようで、兵士達も塹壕を掘って、その中に身を潜めているようだ。
もっとも、塹壕というのはあくまで防御施設なので、弾除けにはなるのだが。
攻め込もうと思ったら、そこから飛び出さなければならない。
であるからには、敵は攻撃側なのに守りに入っているようなもので、心理的にも攻め込むような余裕はないだろう。
ドゥーク殿の言う通り、悪くない状況のようだった。
長距離攻撃による一方的な損害に嫌気が差したのか、装甲騎士の鎧も馬も捨てて、塹壕戦を挑む……悪くない判断と言えるのだが。
むしろ、本末転倒と言わないか? それは。
その上で、塹壕戦等と言う呑気な戦術……この状況では明らかに愚策と言えた。
実のところ、こちらにとって一番嫌な展開は、損害に構わずに力攻めを昼夜を問わず、延々と続けられることだったのだが……。
敵将は、敢えてそれを行わずに、増援を当てにし、貴重な時間を無駄にした挙げ句、損害に怯えるあまりに戦場のイニシアチブをも自ら放棄してしまったのだ。
この調子では、最悪、主力の来援まで延々と陣地に引き籠もって出て来ない……そう言ういう可能性もある……。
いずれにせよ、敵がすぐに攻めてくる事もないと確証が得られたならば、味方も安心して休息を取れると言う事で、夜の間にケガ人を後送したり、防御施設の修復を行ったり、更に食事をしたり眠ったりで英気を養う事が出来る。
人間は無人兵器と違って、いつまでも延々と戦い続けられるものではないのだ。
そして、それが防衛戦では一番のネックとなる。
いずれにせよ、安心して休息できる時間を与えられたのは、戦場においては非常に得難いと言える。
戦場、それも長期戦ともなると、敵が絶対に攻めてこないと確信できる時間はまさに値千金と言えるのだ。
……恐らく、ドゥーク殿率いる籠城軍もこれで持ち直すだろう。
いずれにせよ。
敵を目前に陣地に引き籠もりなどしているようでは、もはや勝つ気がないのではないかと疑ってしまうほどの愚行と言える。
……そんな手を抜いて勝てるほど、戦というものは甘くないのだ。