第三十五話「名将ドゥーク・ヴィルカイン」②
「確かに悪い作戦ではありませんが……。まず懸念点として、オーカスの攻城軍には、ロックゴーレムのみならず、歩兵や装甲騎士もいます。これをすべて殲滅するとなると、如何に強力な兵器があるとしても、容易い事ではないでしょう。もちろん、我々も共に戦うつもりですが……。さすがにここ数日の籠城戦で兵や市民も疲弊しており、とても攻勢に出れるような状況ではありません。今の我々が出来る事としては、じっと動かずに敵の攻勢を迎え撃つ防御戦闘のみですね……」
ドゥーク殿も私のプランに対し、予想通りの懸念を並べる。
それに攻城軍の殲滅に際して、ドゥーク殿達守備隊の助勢が得られないことも解ってはいた。
練度も装備もなにかも不足している寄せ集めの市民兵を率いて、今の今まで守りきっている時点で、十分驚愕に値するのだ。
その上で攻勢に出るなど、もはや論外と言っていいだろう。
事情は、よく解る。
「……なるほどな。そうなると、我々が単独で攻城軍と相対することになる……ということか。だが、それはちと厳しいな……。多数の歩兵相手となると、さすがに巨神兵も厳しい戦いとなるだろう」
いかに強力な兵器や精鋭と言えど、数の暴力には負ける。
実際、ロックゴーレムもドゥーク殿達によって撃破されており、それが無敵の兵器ではないと証明されており、こちらの巨神兵もまた同様だろう。
「ええ、恐らくそうなりますね。そして、攻城軍の殲滅に拘泥しているうちに、敵の増援が到着し、敵の全ての戦力がここに集中してしまう。これは考えうる限り、最悪の展開と言えますし、敵もそれを狙っているのでしょう。確認ですが、敵の増援の到着まではどの程度、余裕がありますか?」
ご尤もな意見だった。
敵の狙いもオーカスに可能な限りの戦力を集中させる事にあるのだから、何もしないでいると、確実にそうなる。
……オーカスと敵の拠点、アイゼンブルク城の距離は、徒歩で10日からニ週間程度の距離とのことだった。
馬や馬車だともう少し短くて、一週間くらいになるそうだが、都市間の距離としては平均的という話だった。
……距離にすると約200kmほどだと推定される。
銀河人類の距離感覚では、リニアチューブライナーなら座席に座る間もなく着いてしまう程度の距離なのだが。
まぁ、徒歩で歩くとなるとなかなかの距離だろう。
そして、この距離が我々の最大の味方にして敵なのだ。
「ファリナ殿……敵の増援部隊の位置と規模は? ひとまず、見たままの状況をドゥーク殿にも伝えてもらえぬかな」
ドゥーク殿は、最前線に居るのだが。
戦場のすべてを見通せるわけでもないし、直接ファリナ殿の情報支援を受けている訳では無い。
だが、この者の戦略的見地とその知略は、恐らく私なぞ、足元にも及ばないと私は見ていた。
「アスカ様、ファリナです! えっとですね……。ゴーレムの集団は、すでに中間地点を超えていますっ! 思ったよりも早いようです……このペースだと、4時間もあれば、オーカスに到着してしまいます! ですが、歩兵や騎兵は数は2000人以上と大勢いるようなのですが、ペースは大きく遅れていて、アイゼンブルクから10kmも進んでいないようで、地竜もゴーレムほどは早くないので、やや遅れているようです。現時点で全行程の1/5地点を過ぎたところと言ったところです」
なるほどな……ゴーレムは疲れ知らずで、一歩も大きいからこそ、200kmの道のりも8時間ほどで踏破出来るが、地竜は生き物だけに少し遅れているという事か。
速度的には、ゴーレムは平均時速25km程……思ったほどではないが、こちらも似たようなものなので、そんなものだろう。
地竜は15km程度で、歩兵は4-5kmと言ったところか。
銀河帝国軍の地上戦演習や実戦での事例から考えてもそんなものだろう。
なお、車両やパワードスーツを使った機械化歩兵部隊の移動でも、数千人規模の兵を集めた上での進軍ともなると一日で50kmも移動できれば上出来と言う話だった。
輸送航空機や降下揚陸艇を使った戦略移動なら、惑星の裏側だろうが一日で移動が可能だったのだが。
その場合は、制空権もだが、空港やベースキャンプのような拠点が出発地と目的地のどちらにもあって、すでに周辺地域含めて制圧済みという前提条件が必要となる。
要するに、制空権を得て、空路が絶対安全圏であることが前提になる訳だ。
もっとも、そんな事が可能になるのは、ゲリラや反乱鎮圧のような絶対少数相手か、もはや完全に戦争の決着が付いた終盤戦も終盤戦くらいなのだ。
完全武装した地上戦闘団で敵勢力圏内で索敵しながらの進軍……。
そんな条件ともなると、どうやってもその程度の移動速度になるものなのだ。
なお、地上戦におけるこの辺りの数値は、実のところ、大昔……20世紀どころか、18世紀あたりから、殆ど変わっていない。
20世紀の戦場で、徒歩歩兵を無くした機械化戦闘部隊を編成出来るようになっても、この数値はほとんど変わりなかったようで、それは1000年後の我々の時代でも似たようなものだった。
地上の道なき道を進むのは、チューブラインをリニアカーでスパッと駆け抜けるのとは訳が違うのだ。
なにせ、大兵力を集結させて、1000台単位もの装軌式車両が未舗装の道を進むと、道が荒れに荒れて、スタック車両が続出すると言った別の問題が発生するのだ。
その結果、km単位にも及ぶ長蛇の列が出来てしまうと、先頭がほんの5秒止まっただけで、最後尾になると、その影響で一時間くらい動けなくなるとか、そんな調子になる。
はっきり言って、徒歩のパワードスーツ歩兵やフライングアーマー装備の飛行歩兵あたりの方が余程早いのだが。
その辺りは稼働時間が短いという別の問題があって、結局一長一短なのだ。
まぁ、そんな訳で帝国軍の惑星陸戦隊ともなると、そんな万単位でまとまって一緒に行軍などはまずしない。
数十から百人程度の小部隊が有機的に集結と散開を繰り返す、そんな運用が基本となっているのだが、それはそれで、作戦計画通りに兵力の集結が上手くいかないだの、補給に問題が起きたりと別の問題が発生し、結局、軍勢を指揮する側は苦労するのが常なのだ。
なお、この数値は敵との交戦がほとんど起きないことを想定した最大限の数値で、敵軍と交戦しながらや、厳重な周辺警戒や偵察を出しながらの警戒進軍だと一日10kmとかそんなものになるし、ましてや機械化以前の徒歩歩兵と騎兵の混成部隊ともなると、一日の移動距離はどんなに頑張ってもせいぜい20km程度に留まるだろう。
もっとも、ドゥーク殿はオーカスからシュバリエとの国境までの50km……通常3日はかかる距離をわずか一日半で踏破すると言う常識はずれの戦略機動で、こちらの予想を上回ってみせたのだがな。
もっとも、あれは、装甲騎士に鎧も武器も持たせずに、それらを後方の輜重隊に押し付けることで、とにかく進めるだけ進んだ結果だったらしい。
それに、その高速戦略移動も味方の勢力圏内で絶対に敵と遭遇しないと言う前提があった事で可能となっただけで、例外中の例外だと当人も断言していた。
先行し、オーカスを包囲した装甲騎兵隊も同じような方法で、一気に移動時間を短縮させてみせたのだが、後続の主力にはそこまで急ぐ理由もないし、何よりも規模が違う……兵力的には2-3000くらいとファリナ殿も見積もっているようだが、さすがにその規模の兵を一気にまとめて移動させるのは無理があるだろう。
となると、敵の主力の到着までは、およそ一週間から10日と見積もってよかった。
……なんとも気長な話だったが、それ故に緊急展開可能な援軍として、戦略機動性に長けたロックゴーレムを全部出したのだろう。
つまり、伯爵もよほど焦ったと言う事の現れだった。
それを考えると、ロックゴーレムの戦略機動力はこの世界では、相当なものと言える。
わずか一夜にして、疲れ知らずで都市間を軽く駆け抜ける。
単なる木偶人形かと思ったが、確かにそう考えるとそう悪い兵器ではない。
戦闘力よりもむしろ、この戦略機動力を評価してもいいくらいであるな。
……いずれにせよ、結論として、増援のゴーレム共については、あと4時間もあればオーカスに到着してしまうし、更に遅くとも10時間後には地竜が到着する。
まぁ、厳密にはもう少し時間がかかるかもしれんが。
目安としては、そのくらいと考えてちょうどいいだろうから、その前提で迎撃プランを考えるとしよう。
最後尾の主力部隊については、騎兵がいるのに進軍速度が歩兵部隊並に遅いのは、足並みを揃えている可能性が高いし、おそらく、この主力部隊については、全てが終わってから悠々と街に入って、ゆっくりと制圧と称した略奪をする……そう言う目的なのだろう。
もっとも、最初の援軍が合流してしまうと、相手は総計11体のゴーレムとなる。
地竜の戦力判定が出来ないので、何とも言えんが。
こちらのほぼ倍近い兵力差となる以上、苦戦は免れないだろう。
……今の状況で、付け入る隙があるとすれば、やはり敵軍の足並みが揃っていないことだ。
進軍速度の差で、戦力が分散しているとなると、優先すべきは援軍の各個撃破。
だが……そうなると、ドゥーク殿の籠城軍が手持ちの戦力だけで、当分の間持ちこたえられるかどうかが、カギとなる。
そこを当事者たるドゥーク殿がどう判断するか? ……であるな。
「……ドゥーク殿。ファリナ殿の報告はそちらにも届いているだろうが、八体のロックゴーレムは恐らく、もうすぐにでも到着するようだ。推測だが約4時間後。そして、遅くとも半日後には、それに地竜が加わる。地竜の戦力が解らんので、どの程度の脅威はかは何とも言えんが。敵の戦力が一箇所にまとまられると、さすがに厳しい戦いになるであろうな」
最後尾の歩兵と騎兵の集団については、この際考えなくてもよいであろうな。
攻城軍の主力の装甲騎士もこんな状況では、例え城壁が崩された事で市街に入られたところで脅威にもならんから、こちらも考える必要など無いであろう。
それにしても、この世界では戦ともなれば、拠点を巡る攻防となるのが当然の話だと思うのだが。
それで、何故装甲騎士等と言うどうにも使い勝手の悪い兵科が主力になってしまったのだろう?
そこについては、私にはとても理解できないのだが、この世界が不合理だらけなのは今に始まった事ではないし、合理性の塊のようなシステム国家たる銀河帝国と比較するのは、些か酷と言うものであろうな。
「なるほど……。敵の援軍は、ロックゴーレムだけが突出して先行している……そう言う状況ですね。確かにあれは疲れ知らずで、大きい故に足の速さも早く、そう言う意味では有力な兵器です。そして、敵の全戦力に合流されると倍以上の兵力差となってしまう……。となると、さすがに六体のウッドゴーレムだけでは厳しい戦いとなるでしょうね」
「まぁ、そうだな。負けるとは言わんが。苦戦は免れんだろうな」
数の優位性というのは、そう言うものなのだ。
仮に11体相手ともなると、初撃の奇襲で一人1体……6体を潰せても、健全なものが5体も残ってしまう。
奇襲効果なしで、正面切って戦い、その上ウンカの群れのような敵兵をかき分けて戦うとなると負けないまでもキツイ戦いとなるのは確かだった。
「お話をお伺いした限りでは、アスカ様達の個々の戦力については、ロックゴーレム以上のようですが、倍の兵力差ともなるとさすがに厳しいでしょうし、なにより、敵に戦の主導権を渡して、こちらが受け身に回るのは、今の状況ではあまりよろしくないですなぁ……」
「……戦の主導権と来たか。それが解っている指揮官はそうそう居ないのだが。さすがの慧眼であるな」
「……いえいえ、アスカ様にはわざわざ言うまでもないと思いますよ。そして、それがアスカ様が提示したプランの懸念点と言う事で、この俺にもっといい手はないかと問うている……そう言うことですね?」
「そう言う事だ。そうだな……この際、率直に聞いてしまうが。ドゥーク殿、私のプランと現有戦力を聞いた上で、もっと良い手は思いつかんかのう? 私も自分のプランが最善ではないという事は理解しているのだ」
「畏まりました……では、我々はこの場の三体のロックゴーレムと攻城軍をすべて引き付けながら、決して負けない時間稼ぎの戦いに徹するとします。その間にアスカ様たちは敵の増援に奇襲をかけ、足止め……可能なら、それらの殲滅をお願いします」
……なるほど、そう来たか。
恐らくそれが最適解だとは思っていたが、ドゥーク殿達に犠牲を強いる形になる為、言い出せなかったのだが。
当事者たるドゥーク殿の提案という事ならば、ドゥーク殿もそれが最善と判断した……そう言うことだった。




