第三十五話「名将ドゥーク・ヴィルカイン」①
「……現状、こちらが知り得た情報なのだが。どうやら伯爵は残り8体のゴーレムと地竜を援軍としてオーカスに向かわせたようだ。どうも、ドゥーク殿が一体撃破したのがかなり効いたようで、今更全力投入を決めたようなのだ」
「……なるほど。ロックゴーレムの撃破後、妙に敵が及び腰になったとは思っていたのですが。全体を動かすほどの心理的打撃を与えたと言うことですか。……当然ですが、こちらも相応の犠牲を払って、ロックゴーレムを仕留めたのですが。皆の犠牲の甲斐はあったということですね……」
……戦えば、必ず誰かが死ぬ。
特に防衛戦とは得てしてそんなもので、籠城戦ともなれば、犠牲を出さずにと言うのは絵空事に過ぎぬのだ。
ドゥーク殿は、歴戦の指揮官だけに戦場の犠牲者についても、割り切って受け止めることが出来るようだった。
味方を死なせた甲斐があったと言ってしまうと、語弊があるし、一見、非情な言葉にも思えるのだが……。
戦争において、優秀な指揮官とは味方の損害を最小限に押さえ、敵に最大の損害を与える……要するに、効率良く死なせる者を指すのだ。
そう言う意味では、ドゥーク殿は極めて優秀な指揮官だと断言してよかった。
「うむ! これは大勝利であるぞ! 自らより遥かに巨大な相手に挑み散った……その者たちは勇者と称えるに相応しい……。その気高き魂は神樹の導きにより、神樹の懐に帰ったであろうことはこの私が断言しようではないか……。我らが母なる神樹に願い奉る……死せる勇者達に死後の安寧を授け給え……」
……お母様は、死者の魂を導いたりはしないし、その受け入れ先でもなんでもないのだが。
事実よりも、優しい嘘の方が残された者達の救いとなる。
それもまた事実なのだ。
だからこそ、私も誰かが死ぬたびに、こんな風にガラでもない神官のような役割を果たし、お母様に対し、祈りを捧げたりもしているのだ。
当のお母様は、そんな事言われても……と言った調子なのだが、そこはそう言うものなのだから、それっぽく応えるように言い聞かせてある。
……まぁ、そんなことをやっているから、私自身が人々にとっての神の御使いのような扱いになってしまっているのだがな……。
もっとも、銀河帝国の皇帝も神とそう変わりない存在であったし、崇められるのも祈られるのも手慣れたものだ。
それで皆も満足してくれるなら、形だけであっても、死者を導く神官の役くらいはこなしてみせるべきだった。
「……アスカ様、ありがとうございます。兵達にも……御身のその言葉を伝えるとします。ええ、そのお言葉を頂いたからには、我らオーカス守備隊総員、死をも恐れず戦うことが出来ます! 我らの戦いをご照覧あれ! 神樹様とアスカ様に勝利をっ!」
「まぁまぁ、そう気張るでないぞ。どのみち、この戦は勝つ……今の時点で敵が及び腰になっているのであれば、もはや山は超えたということだ。よくぞ、これまで戦い抜いた! 後はこの私に任せておけ……そうとも伝えるが良いぞ」
「はっ! ありがたきお言葉ですっ!」
「だが、どうしたものかな。こちらの援軍はロックゴーレムに匹敵する戦力として、六体のウッドゴーレムの有人操縦型とでも言うべきものを作り、それをソルヴァ殿やアークが自分の体を動かすように自在に動かしているのだ。まぁ、オーカスに攻め込んでいる奴ら相手なら、この時点でこちらの方が戦力的には倍以上だ。なんとでもなるだろう」
「……人の手で自分の体同然に操れる巨大ゴーレムですか! そ、それが神樹様より授かったチート兵器とやらなのですか? それは……とんでもない兵器ですね」
「いかにもだ! まぁ、私がいた星の世界の帝国にも似たような兵器があったのだが。お母様は、それを軽く上回る超兵器をいとも簡単に生み出してくれた。はっきり言って、強いぞ?」
「……なるほど。たった6体でも、そう言うことなら軽く戦局を変えうるでしょう。確かに木の巨人をコマンドワードではなく、直接意識を乗り移らせて操ると言う術式は、教会の神樹魔術の中に存在していましたね。もっとも、相応の危険が伴うことで、今はもう使い手が居なくなってしまった幻の術式だと聞いていたのですが。それをアスカ様が復活させたと?」
……そんなものがあったのか?
だが、機動兵器を遠隔操作すると言うのは、微妙だぞ?
人間が遠隔操作をするくらいなら、いっそ無人化してAIに丸投げしてしまった方が余程マシなのだ。
そこは、帝国軍の長年の戦訓というものがある。
なにぶん、実戦では、後方からの遠隔操作だとジャミング一発で駄目になってしまうし、例えそれが瞬間的であっても、リンク切断により生まれる隙は致命的なものとなる。
そもそも、現地情報に対して、後方から遠隔操作するのでは、光の速度の限界により、どうやっても微妙なタイムラグが発生することとなるのだ。
実際問題、たったの一光秒……29万キロ離れたところからの遠隔操作の時点で、現地からのリアルタイム情報が届くまでに一秒、判断に数秒、実行まで更に一秒……とまぁ、こんな調子になる。
実際は、送受信装置の暗号化復号処理などでもっと時間がかかる上に、機体情報のやり取りなども必須となる為、遠隔操作で実用レベルにもっていくには、一万キロとかその程度の距離が限界なのだ。
なお、その程度の距離では精密レーザーキャノンやロングレンジ誘導弾体レールガンあたりなら、余裕で射程内なので、全くもって安全地帯ではない。
惑星地上戦ならばともかく、宇宙戦闘でそんな程度の距離、目鼻の距離であり母艦をそんな距離に置く時点で自殺行為であり、故に遠隔操作の意味がないのだ。
要するに、遠隔操作は直接操作と比較すると、どうしても何もかもが中途半端になりがちで、むしろ弱体化してしまうのだ。
それ故に、戦場においてはそんな中途半端な機動兵器を使うくらいなら、潔く完全自律制御の無人機として運用するか、人員の損耗を覚悟の上で、直接人が乗り込む有人機として運用するかの二択となるのだ。
だが、意識転移か……確かに、それならば有用かも知れんが……どうなのだろう?
まぁ、この巨神兵については、どのみち有人運用以外の選択肢はありえんのだがな。
「いや、それとは別口だろうな。こちらは遠隔操作で操るのではなく、直接乗り込んで自分の体同様に動かすというものだ……。即席なのは否めないが、恐らくロックゴーレム相手なら1対1ならまず負けぬだろう」
「……ロックゴーレムを上回る戦力っ! た、確かにそれは……この状況では、素晴らしく心強い援軍ですね。ですが、アスカ様……その戦力をどのように動かすおつもりでしょうか?」
「まぁ、当然の疑問だな。だが、質問を質問で返すようで申し訳ないのだが……。現状、この我が増援部隊が取るべき最善の対応としては、ドゥーク殿はどうすべきだと思う? 私としては、援軍が合流する前にオーカス周辺の敵を殲滅し、その後向かって来ている敵援軍の主力に奇襲を掛け、各個撃破すべきだと思うのだが……」
要は順番に各個撃破していくという事なのだが、当然ながら、いくつもの懸念点があった。
まず、オーカスを包囲している攻城軍を標的に奇襲をかけるまではよいのだが。
攻城軍に拘泥している間に、来援が来て敵戦力の集中により、泥沼化する……そうなったら、目も当てられない。
残念ながら、現状を鑑みると、むしろこうなる可能性の方が高いと私も見ていた。
なにぶん、この手の大型兵器は同様の大型兵器相手には強いのだが、多数の人間サイズの小型目標相手となると、逆にやりにくいのだ。
大型の榴弾砲や大口径レーザーの扇状バースト射撃で、まとめて薙ぎ払ってしまえば、歩兵の群れなどあっさり殲滅できるだろうが、今の巨神兵は丸太を振り回したり、文字通り蹴散らすくらいしか出来ない。
要するに、多数……軍勢を相手にするには不向きなのだ。
現状、それがこの巨神兵の欠点と言えた。
それに何より、籠城戦となっている時点で、状況はあまりよろしくない。
……帝国軍の戦闘規範に従うならば、そもそも籠城の時点であまり得策ではないのだ。
戦力が足りず、不利な戦況になったら、とにかく下がって、味方との合流を繰り返し、十分な戦力が揃ってから、一気に反攻に出て敵を粉砕すると言うのが、我が銀河帝国軍の戦闘規範なのだ……まさに戦力の温存を第一とする考えであるな。
当然ながら、拠点の防衛にも拘らない。
なにせ、防衛とは戦術的な自由度が一切ない、不利な戦闘様式とも言えるのだからな。
我が銀河帝国軍が得意とする戦術は後退機動防御……と言えば、聞こえが良いが。
要するに、逃げるが勝ち。
……とにかく、逃げ足の速さに定評あり。
そして、一目散に逃げながら、同じように逃げてきた味方と合流を重ね、数的優位を確保した上で逆襲し、追撃戦で消耗した敵を優位な状況を作り出した上で確実に殲滅する。
……銀河帝国軍とはそんなドクトリンの軍隊なのだ。
おかげで、銀河帝国軍の兵器は、宇宙だろうがエーテル空間だろうが、とにかく機動力重視となってしまいがちだった。
なにせ、逃げるにせよ攻めるにせよ、足の速さはどんなものよりも強力な武器となるのだ。
敵が総崩れになって撤退を開始した場合も、機動力に勝っていれば、回り込んで完全殲滅すらも可能となる。
そして、この手の後退防御戦術はもはや帝国軍の十八番と言えた。
宇宙戦艦も地上車両も高速性や機動力を追求した兵器ばかりが使われ、重防御の宇宙機動要塞だの重装甲宇宙戦艦だの、重装甲戦車と言った機動力に難がある兵器は、過去幾度となく開発されたものの……。
現場では配備されてもほとんど使われず、基地の倉庫で埃を被って死蔵されるような有様で、今や開発するだけリソースの無駄と言うことで、その手の兵器は新規開発すらされなくなって久しかった。
まぁ、その手の足が遅い兵器は逃げるときにも、攻勢の際にも置いてけぼりにされると言うことで、現場の者達が忌避するようになってしまったのが主な原因なのだがな。
逃げるが勝ち等と言う言葉を現場の指揮官が率先して口にしているような軍隊なのだから、致し方あるまい。
だからこそ、今しがた私の考えたプランは、いささか問題があると断言しても良かった。
私の本来の考えでは、オーカスは潔く捨てるのが最善なのだが……。
オーカスは市街地だけでも一万人以上もの住民が居るとなると、そう簡単に見捨てる訳にはいかんというのも解る。
聞いた話だと、この世界の市街戦となると、寄せ手側の兵は略奪や虐殺など、無法の限りを尽くすと言うのが定番らしいのだ。
やっている事は盗賊や蛮族同然だと思うし、そんな事に何の意味があるのか、理解に苦しむところなのだが。
それがこの世界の常……そう言うことらしい。
となると、オーカスについてはドゥーク殿達に死守してもらう。
現状、それしか取れる選択肢がないのも事実だった。
こちらの妥当な対応としては、敵戦力の合流前に攻城軍をなんとかするしかないのだが……。
この案の難点は、先も言ったように攻城軍を速攻で潰さなければ、援軍が合流し手に負えなくなる事だった。
恐らく、このプランは最善ではない……そこは理解している。
だからこそ、私はドゥーク殿に意見を求めたのだ。
この者ならば、私以上のプランを考え出してくれる。
……と言うのは、些か他力本願で期待のし過ぎというものだろうか?




