第三十四話「その名は巨神兵」②
もっとも私自身は、ヴィルデフラウ族として、先天的に獲得している魔法能力については、あまり活用できておらず、完全に宝の持ち腐れとなっている……。
故に、この強大な魔力の有効活用方法と言われても、とんと理解が追いついていないのだが。
本格的に魔法を習熟しているものが乗れば……相当な戦力になるはずだった。
「ソルヴァ殿、そう言うでないぞ。戦場でフリーハンドのものが居るのと居ないのではずいぶん違うのだ。それに、恐らく巨神兵に乗ったままでも、神樹魔法も使えるはずだ……それも生身で使用するより遥かに強力なものをな。実際、我が魔力もいつもの10倍くらいに高まっているようだ……。どうだ? イースならば、見えるだろう? 我が魔力のオーラが……」
「……は、はいっ! 見えてます……な、なんて強大な魔力……! こ、これが今のアスカ様の魔力なんですかっ! と、とんでもない量の魔力オーラですよっ! も、もしかして私の魔力もそんな風に桁違いにパワーアップしたりなんかするんですか?」
「ああ、明らかに我が魔力も普段よりも増幅されているし、それは恐らくお前達も同様であるぞ。私はこの世界の魔法については、無知に等しいので、如何に膨大な魔力を持っていても、宝の持ち腐れとなっているのだが……。お前達なら話は別であろう? むしろ、頼りにしているぞ!」
さすがに魔法を戦闘に応用となると、私にとっては未知の世界に近い。
と言うか、魔法は戦闘用には微妙……と言うのが私の認識なのだ。
だが、アークは教導員クラスの凄腕で、イースも上級魔法師と呼ばれるほどの使い手だ。
このマナストーンの魔力増幅機能によって、ブーストされた魔力。
その応用については、間違いなく私よりも一日の長があるはずだった。
むしろ、お手並拝見と行こう。
「は、はいっ! 必ずやご期待に応えてみせます! ですが……こ、これは……本当に凄まじい魔力ですね……。アスカ様の魔力も特級魔法師クラスでしたが、もはやこれは、人間の領域を超えています……冗談抜きで竜族とか巨人族などに匹敵するほどですよ!」
「確かにこれは、普段のアスカ様の10倍以上の魔力ですね……。僕らでも同等に魔力増幅の恩恵を受けられるとなるなら、戦闘に不向きと言われた神樹魔法も十分以上に戦力になりそうですね……イース! そう言う訳だから、いつも以上に魔力は慎重に扱うように……いいな!」
「は、はいっ! お兄様! さぁ、皆さん、急ぎましょう……この強大な力を一刻も早く我が物とする。アスカ様は、我々5人をその使徒として相応しいと見込んだ上で、この圧倒的に強大な力を与えてくれたのです。その信頼に応えるためにも……ここは皆で力を合わせて、完璧にやりとげましょう!」
リンカがそう答えると、5人が頷きあって、私を見習って、続々と巨神兵に乗り込んでいく。
やがて、5体の巨神兵に命が宿る。
……最初は、誰もが自らが巨人と同化する感覚に戸惑っていたようだが、ソルヴァ殿達も実際に巨神兵を動かして、まずは感覚の違いに慣れようとしているようだった。
しっかし、動きも恐ろしく滑らかで、丸太を振り回していても、まるでソルヴァ殿が乗り移ったかのように、その動きをきっちりトレースしているし、その動きも鈍重さを全く感じられない。
と言うか、ナイトボーダーよりも明らかに動きがスムーズで素早い……。
むしろ、気持ち悪いくらいになめらかに動いておるぞ……。
「……へへっ! こりゃいいな! 本当に思った通りに、自分の体同然に動くし、こんなぶっとい丸太を振り回してるのに、まるで木の枝でも振り回してるようだぜ! しかも、なんだこの視界は! 足の裏や頭の天辺まで見たいと思えば、見えるってどういう事だよ!」
「俺っちの戦い方で、この丸太って時点でちょっとしっくり来ないっすが。要は素手でやり合うつもりでいけばいいんすよね? ちょっと軽くバック転ッ! あらよっと!」
そう言って、モヒート殿の駆る巨神兵が軽々と連続バク転を決めて見せる。
……サラッとやりおったが、同じ動きをナイトボーダーにやらせるとなると、パイロットも相当な熟練の上でリンク深度5まで潜らんといかんだろうし、機体のチューニングも相当煮詰めないとああはスムーズにはいかんぞ?
何より、あんな動きをしたら中に乗っている方は派手にシェイクされて、軽く目が回るであろうに……。
だが、モヒート殿は全く応えた様子もなく、徒手空拳のスタイルで、きれいな回し蹴りを放ったり、カンフーのような動きで片足立ちで掌底突きを放ってみたり、まるで舞うような動きで、軽々と動いているようだった。
いや、普通に曲芸……であるよな? これ。
前々から思っていたのだが、この星の人類種……地球人類種よりも明らかにハイスペックのような気がする……魔法を操る能力もだが、ソルヴァ殿やモヒート殿の反射速度や動きを見ていると、軽く強化人間クラスの動きを見せることもままあるのだ。
それに、体の大きさや見た目、食べるものも何もかもが、人類種と酷似している点も気にはなっていた。
もちろん、遺伝子レベルではかけ離れているのかもしれんし、リンカのような獣人種やエルフ種と言った亜人もいることから、完全に別系統の亜人類種と言えると思うのだが。
ヴィルデフラウ文明が作り出す、ヴィルデフラウにとっての理想環境は、地球人類種にとっても理想環境であり、この惑星の人類種にとってもそれは同様……そこは共通していると考えていいだろう。
実際、ヴィルゼット達が住まうヴィルアースの惑星環境は、その大気組成については、若干酸素と二酸化炭素の濃度が高い程度で、地球人類種が環境防御服もなしで、そのまま生身で降り立って、普通に呼吸し生活できるほど、その環境は地球環境と似通っていたのだ。
おそらく、この惑星についても、例外ではないと私は見ていた。
もちろん、気体成分分析など、本格的な分析調査をしないとそこは断言できないのだが……。
植生も地球原産植物と似通っている部分が多々あり、限りなく地球環境に近いようなのだ。
収斂進化だけで、まったく交流のない異星生物がここまで酷似するとは思えないし、いずれも同様の環境を理想環境とするとなると、むしろルーツを同じくする可能性もあるとみていた。
では、地球人類種とヴィルデフラウ族、そしてこの世界の人類種の共通のルーツとはなんなのか?
いや、惑星ヴィルアースとこの名も知れぬ惑星と、地球環境の共通性と言い換えても良い。
ヴィルアースとこの惑星の共通点は、ヴィルデフラウ文明の播種船が降り立ち、惑星環境調整を行ったと言う点だ。
そして、ヴィルアース原産の植物についても、地球原産植物と多くの点で類似性が見つかっていた。
そこは当のヴィルゼットも指摘しており、惑星ヴィルアースの原産植物についても、彼女は自らデータベース化しており、その大半の種類を把握していたのだが。
ヴィルアース原産植物と地球由来植物の近似種については、いくつも見つかっており、中にはその近似種同士で交配すらも出来たというのだから驚く他なかった。
そして、この惑星の原産植物もまた、地球原産植物との類似例がいくつも見受けられる。
もちろん、私の知識では大雑把なものなのだが、地球原産の雑草……綿毛を付けるタンポポと言う植物があり、見栄えも悪くなく、何もせずとも育つ頑健な植物と言う事で、観賞用としてコロニーの緑地帯などにも植えられているのだが。
そのまんまの植物をシュバリエ市街の元スラムの路上で見かけて、驚いた記憶がある。
それに、小麦種と呼ばれるイネ科の食用植物についても……だ。
この惑星で小麦と呼ばれる食用植物は、何から何まで地球原産の小麦と同じだった。
ファリナ殿との知識共有で言語習得の際に、私とファリナ殿の共通概念を言葉として理解した際に、小麦は小麦だと翻訳され理解していたのだが。
あまりに、そのままだったので私も永らくその不自然さに気づかなかったくらいなのだ。
他にもトロンポなどと呼ばれている粒の赤いトウモロコシのような植物もあり、こっちは主に馬と称するイノシシやら、ウサギのような小型モンスター、ギャロップの餌などに使われているらしいのだが、粒の色が違うだけで用途なども含めて、地球原産のトウモロコシと同種の植物のようだった。
他にも杉のような植物もあるし、ブドウのような植物もあって、やはり食用やワインのようなアルコール飲料の原料になっているようだった。
要するに、この世界の植物……まるでコピペしたかのように地球やヴィルアースの植物とそっくりなのだ。
そして、この世界の植物の大本については、基本的にその発生源はお母様と見てよかった。
お母様のばら撒く神樹の種……あらゆる植物の種となる奇跡の種であり、植物なら異星固有植物だろうが、なんでも生み出せる……その時点で、割りと途方も無い話なのだが、紛れなくそれは真実だった。
そうなると……だ。
必然的に、過去の地球に播種船が降り立っていた可能性も否定出来ないのではないだろうか?
古代地球……かの星にもかつては、巨大樹の伝承が各地に残っていたと言う話だった。
代表的なところで北欧神話の「ユグドラシル」と呼ばれる巨大樹。
古代中国神話の「扶桑」……キリスト教の聖書に登場する「セフィロトの木」
私は、地球考古学については、あまり興味もなかったので、そこまで詳しくないのだが。
古代地球では、海を隔てた事で交流のなかった大陸文明同士で、似たような巨大樹の存在が神話という形で残されていて、巨大樹の切り株のような地形もあちこちにあったと言われていたようなのだ。
まぁ、この辺りはヴィルゼットからの受け売りなのだが。
どうも、古代地球人類種には、巨大樹を神格化する共通無意識のようなものが存在していたようなのだ。
ヴィルゼットも地球の現地調査が叶わぬ以上、あくまで仮説に留まると前置きはしていたが、古代地球にヴィルデフラウ文明の命の樹が降り立っていた可能性はあると言っていたのだ。
もちろん、21世紀辺りの地球環境の記録上では、お母様のような巨大樹の存在は一切触れられておらず、事実……当時の地球の衛星軌道上からの観測映像を見ても、そんな巨大樹は現存はしていなかったようなのだが。
だが、接点のない惑星同士での炭素系植物の類似性を知ってしまうと、むしろ地球こそがヴィルデフラウ文明の降り立った地……それ以外考えにくいのではないだろうか?
実際、この惑星の人類種を見ていると、ヴィルゼットが言うように、地球人類種自体がヴィルデフラウ文明の副産物の可能性も捨てきれない……そうとも思えてくる……。
だとすれば……。
あの銀河を救う手立ては案外、手近なところにあった可能性もある……。
今の太陽系への人類の侵入を拒んでいるのは、太陽系防衛艦隊とエーテル空間に存在する太陽系ゲート守護艦隊と、それらを率いる超級AI「アースガード」……。
そして、銀河連合各国において古代から伝わる太陽系を禁忌地として、未来永劫封鎖すると言う言い伝え……これが長年太陽系が未踏の地とされていた主な理由ではあるのだ。
太陽系への接続ゲートは、300年ほど前までは、少人数の太陽系調査団の調査立ち入りなども許可されていたのだが。
エーテル空間での戦乱が太陽系に飛び火することや、中央諸国の連中が戦火を避けるべく、太陽系を疎開先にさせろとか言い出した事に嫌気が刺したのか……。
「アースガード」より、金輪際銀河人類の太陽系への立ち入りは一切禁ずるとの通達と共に、エーテル空間側の周辺航路についても一方的に封鎖された。
もっとも、そのゲートについては、銀河連合諸国の勢力圏内であり、完全に帝国の勢力圏外であり、帝国自体も太陽系については、記念碑以上の価値はないとして、興味も持たず、これまで完全に放置され、半ば忘れられかけていたのだ。
なにせ、我々帝国にとっての母星とは、地球ではなく惑星エクスロンなのは、今も昔も変わっていない。
だからこそ、その存在は知っていても、手を出すつもりもなかったのだが……。
考察を重ねていくと、地球にこそ、銀河人類をラースシンドロームから救う可能性が残されているのでないか……そんな風にも思うのだ。




