第三十三話「アスカ様、出陣ッ!」⑤
……それはともかくだ。
要するにナイトボーダーはすでにパワージェネレーターの上限が頭打ちになっていて、その時点で性能向上の余地がほどんどなくなっていたのだ。
ここ100年位ともなると、電力伝達の効率化や、各種モーターやアクチュエーターの改良、ジェネレーターやフレーム素材の軽量化と言った地味な努力の積み重ねでの軽量化と構造簡素化、そして稼働時間の延長に心血を注いできたと言っても過言ではない。
微妙に年々大きくなっていったのも、少しでもパワージェネレーター出力や稼働時間を上げたいという技術者達の願いの結果でもあったのだが。
つまるところ、技術進化の袋小路。
……それが我が銀河帝国の現実で、そのような事例はナイトボーダーに限った事ではなかった。
まぁ、かつての地球時代のように、環境悪化や資源の枯渇による衰退と言った状況と比較すると、我が銀河帝国は遥かにマシではあるのだがな……。
しかしながら、それらの現実を踏まえた上で、このヴィルデフラウ式のナイトボーダーについて、評価するとなると、はっきり言って別格と断言できる。
なにせ、こんな1mにも満たない大きさの対消滅反応ジェネレーターの時点で、帝国どころか銀河全体がひっくり返るくらいの超技術なのだ。
恐らく、この様子だと蒸気ボイラーで回転力を生み出して発電する等と言う周りくどい方法ではなく、反物質反応にて発生する膨大な熱エネルギーや放射線などを直接電力化する……そんな仕組みだと思われる。
その時点で、軽く我が銀河帝国の最新鋭技術が霞むレベルだ。
確かに、熱エネルギーを直接、電気エネルギーに変換する熱電変換素子なども開発されていて、核融合炉の小型高効率化技術としても利用されているのだが。
変換効率については、あまり芳しくなく、規模を大きくすればするほど、この変換効率の悪さがネックになってしまうのだ。
結局、大電力発電を行うとなると、枯れ切っていて高効率の蒸気タービン発電に頼らざるをえないのが実情だったのだ。
もっとも、この機体の熱電変換効率自体は、かなり低いのかもしれん。
だが、ジェネレーターの発熱容量が桁外れに高いことで、効率が低くても問題にならないのだろう。
さっきから、背中の方が熱いような感触がするし、後方視界が揺らめいているのも恐らく排熱の影響なのだろう。
多分なのだが、この放熱だけでも水を沸騰させて蒸気を勢いよく吹き出すことで、簡易ジェットエンジンのように使えるような気がする。
なるほど、この機体の仕組みも見えてきたし、欠点らしきものも解ってきたな。
確かに、対消滅ジェネレーターと言うものは、制御が難しいのが難点ながらも、その出力は桁違いなので、容積出力比については、実験室レベルのものでも核融合炉を遥かに上回るほどではあったのだ。
だが、家庭用の常温核融合ジェネレータークラスの大きさの対消滅ジェネレーター。
こんなものは、帝国では実験室レベルですら、開発出来ていない。
なにせ、ほんの1g程度の対消滅反応で惑星の形が変わるほどのエネルギーを生み出すのだ。
その制御の為の実験炉は、幾重もの厳重なシールドに覆われたkm単位と言う巨大なものとなってしまい、そんな頑強な実験施設ですら、ちょっとした事故をきっかけに綺麗に吹き飛んでしまい、惑星の地軸を傾かせるほどの尋常ならざる被害を出した……。
かくして、対消滅反応炉については、どうやら人類の手には負えそうもないということになり、事実上の頓挫状態となっていたのだが……。
それを踏まえて、このヴィルデフラウ式ナイトボーダーのジェネレーター最大出力を推測すると、恐らく、この大きさで軽くkm級宇宙戦艦クラスの大型並列熱核融合炉に匹敵するだろう……。
そんなものを10m級の機動兵器にあっさり搭載する。
もはや、この時点で破格の性能と言えるのだ。
要するに……化け物。
私の科学技術に関する基礎知識は、専門家のそれとは程遠く、レベルとしては専門家の言っていることが、かろうじて理解できる程度ではあるのだが。
それでも、これがとてつもない代物だということは、理解できる。
これを我が帝国の技術者が見たら、全員まとめて卒倒すると思うぞ?
思わず鳥肌が立つような感覚がし、図らずも身震いする。
……これは、恐らくロックゴーレムなど話にもならん。
いや、我軍のナイトボーダーですら、まるっきり刃が立たんかもしれん。
ヴィルデフラウ文明……これは、予想以上の怪物テクノロジー文明であるな。
なにせ、銀河帝国皇帝だったこの私ですら、まるで底が見えないくらいなのだ。
こんな異常に進んだ文明と敵対することにならずに済んだことは、絶対に幸運だった……そう思わずにいられなかった。
「さぁ……皆の者も急いで乗り込むが良いぞ! すまんが、この場で完熟訓練をしつつ、今回の作戦概要を説明するが、それで構わんか? せわしなくて悪いと思うがな……例によって、時間が最大の味方にして敵なのだ!」
色々と思うところもあるのだが。
皆には、敢えて細かい説明はしない。
どうせ、この巨神兵がどれだけ凄まじい代物なのか、説明しても理解させることは出来まい。
安全性についても、お母様が問題ないと判断しているなら、問題ないのだろう。
乗るだけで、ロックゴーレムを一蹴できるチート兵器だということが判っていれば、恐らくそれで十分だった。
「……ああ、アスカがせわしねぇのはいつものことだろ。そして、戦場では一分一秒が値千金……そんなもんだ。なぁに、俺も今更、コマケェことは気にしないぜ! まぁ、その前に何をおっ始めるのか概要くらいは聞かせて欲しいな」
「ああ、さすがソルヴァ殿……良く解っておるな。では、作戦概要についてだが……まずは我々はこれより直ちに友軍が立て籠もるオーカス市に急行し、オーカス市を脅かしているロックゴーレムを殲滅する。そして、返す刀で増援として向かいつつある伯爵軍の最大戦力……残り八体のロックゴーレムと地竜を迎撃し、これらを完膚なきまでに叩き潰す……。この巨神兵ならば、その程度は軽く出来るはずだ!」
「なるほど……。要するに、あちらさんの戦力が一箇所に集まる前に各個撃破するってことか。だが、ホントにこいつでロックゴーレムを仕留められるのか? まぁ、生身で挑むよりはマシだって事はわかるがな」
「飛び道具などがあれば、もっと楽だろうが、さすがにそこまで贅沢は叶いそうもない。もっとも、私はロックゴーレム程度、鎧袖一触と見ている」
「鎧袖一触って……マジかよっ! でもたしかに、ロックゴーレムってもデケえだけで、動き自体はもっさりだからな。図体が同じくらいなら、真正面から殴り合うだけでも、十分勝負になるってことか?」
この様子だと、ソルヴァ殿もロックゴーレムと戦った事があるか。
或いは、動いているのを間近で見たことがあるのだろう。
さすが、各地を旅してきただけにそう言う事に詳しいようだった。
「まぁ、そう言う事だな! 飛び道具については、お母様が現在進行系で開発中だが……ひとまず、最初はこの丸太でぶん殴る。些か野蛮でエレガントさにはかけるのだが、最初はそんなものだろう……。なぁに、パワーは折り紙付きであるぞ!」
……兵器でもっとも重視すべきは信頼性。
これは、誰がなんと言おうが絶対に譲れないし、譲ってはいけない。
特に宇宙環境では、それが最も優先されると言ってもいい。
画期的な新兵器や新技術の類も悪くはないのだが。
枯れた技術の信頼性に勝るものはないと言うのが、実戦に身を置く者達の総論だった。
そして、シンプル・イズ・ベスト!
これもまた古参兵達の総論であったからな。
武器も弾薬は潔く一種類でいい……そう言って、地上戦の古参兵達は、基礎設計が300年も昔に行われたと言われているスザク356等と言う骨董品のようなアサルトレールライフルと、弾薬互換性のあるハイパワー電磁拳銃一丁を携えて、地獄の戦場へ飛び込んでいったものだ。
だからこそ、攻撃手段も今はひとつで十分だった。
ここはシンプルに丸太を担いで、ブン殴る!
相手が岩人形なら、それで十分であろう?
「……なるほどな! 確かに、コイツならロックゴーレムや地竜相手だって戦えそうな気がしてきたぜ! ひとまず、そう言う事なら、例によって俺が先陣を切るから、モヒートは俺に続けっ! つか、なんかアークの小僧っ子も来てるみてぇだが……お前さんは本来、非戦闘員じゃないのか? なんか知らんが妙にやる気みたいだが……そんなヒョロけたナリで俺らと一緒にやれんのか?」
「大丈夫です! さすがに、こんな巨人に乗り込んで戦った経験なんてないですが、それ言ったらソルヴァさんも一緒じゃないですか……。大丈夫です。こう見えても、僕は剣も使えますし、神樹魔法も教会ではむしろ、教える側だったので、足手まといにはなりません!」
「……イースからは、何でも出来る最強のお兄ちゃんって聞いてるが……。まぁ、確かにお前が結構な使い手だって事はなんとなく、わかるぜ? なら、上等だ……そう言う事なら、俺らの背中……預けさせてもらうぜ?」
「ソルヴァさん、ありがとうございます! 僕も皆さんと肩を並べて戦えるって、アスカ様に実戦で証明してみせますよ!」
「いい心がけだ! 気に入ったぜ! そんじゃま、改めて頼むぜ! 坊主!」
「あ、あの……坊主呼ばわりは辞めてください……!」
「よく言うぜ……こいつ! ははっ!」
そう言って笑うソルヴァ殿だったが、こっちへ振り向くと指を指す。
「だがなぁ……アスカの嬢ちゃん! まさかと思うが、お前さんもコイツで戦うつもりなのか? デモストレーションって割には、やけに気合入ってんじゃねぇか!」
「ふむ、当然そのつもりだったが……なにか問題でもあるのか?」
「確かに率先して乗り込んでて、やる気満々って感じだよな……。問題? 大アリだろ! アンタは俺らの総大将なんだぜ! できれば、アンタには後方でどっしり構えて、総指揮を取っててほしいんだがな……。総大将が自ら打って出るってのは、確かに士気は上がるんだが、アンタがやられたら、全員まとめて総崩れにもなりかねぇんだ……。はっきり言って、褒められたもんじゃねぇぞ? ここは全部まとめて、俺らに押し付けてお任せにするってのはどうだ?」
まぁ、陣頭指揮の欠点はまさにそれであるからな。
万が一、敵にその所在が割れようものなら、その主攻を一手に浴びることにもなる。
だが……後方で黙ってみているなど、この私の……皇帝としての矜持が許さないのだ。
銀河帝国皇帝は、いついかなる時でも皆の先頭に立つ!
少なくともその気概を見せることでこそ、皆も付いてきてくれる……。
ソルヴァ殿の言い分もわかるが、私には自重する気など微塵にもなかった。
一日で100箇所オーバーとか狂った数の誤字指摘スパム食らって、
いい加減うんざりしたので、誤字指摘は本作品含めて、今後一切受け付けない設定としました。
あれ、もともと作者側にとってはかなり不親切な仕様で、
毎回そこそこの負担になっており、今回の件が完全にトドメになりました。




