第三十三話「アスカ様、出陣ッ!」③
帝国軍ナイトボーダーの神経接続リンク深度については、自分の体同然まで深くリンクさせた状態……リンク深度4の状態でも、2割ほどは自分の身体の感覚は残っているのだ。
完全に身体感覚を機体とリンクさせるリンク深度5……100%の同調率までやってしまうと、今度は降りる時に厄介なことになるのだ。
具体的にはしばらく、自分の体を満足に動かせなくなる。
要するに、精神が深く機体に馴染みすぎて、本来の人間の身体の方が違和感あるように感じてしまい、様々な問題を引き起こすのだ。
……強化人間ならば、多少は軽減できるものの、これは完全に避けることが出来ない。
そうなると、およそ24時間は医療ポッドに突っ込まれた状態で大人しくしているしかなくなる。
その上で、安全措置の為に一ヶ月は搭乗禁止期間が設けられる……そういう規定になっているのだ。
これは、一度リンク深度5に入ってしまうと、次に搭乗した際に簡単にリンク深度5にまで突入してしまうようになるからで、しばらく身体からリンク深度5の感覚を忘れさせる為の冷却期間を置く必要があるからだ。
さすがに、毎回そんな調子では、搭乗者も運用側も誰もが困るので、基本的にリンク深度4止まりにして、自分が人間だと忘れないようにする。
兵器の運用としては、それが現実的であり、帝国製のナイトボーダーもリンク深度5はいよいよの時の最後の手段として用意されてはいるのだが。
基本的には、そこまではやらないようにリミッターもかかっている。
まぁ、リミッターなどというものは、イザという時……緊急時には迷わず、カットするものなので、その手の事故は結構起きてはいたのだがな。
……当然ながら、私もリンク深度5のフルリンクは経験している。
その程度は、皇帝としての嗜みだったのでな。
と言うか、私の機体……実戦に出すこと想定していなくて、その手のリミッターが切れていたのだ……。
おかげで、模擬戦でちょっとアツくなっただけで、リンク深度5に入ってしまって、その後がなかなか困ったことになった。
当然のように、側近達が激怒し、危うく開発チームの者達も物理的に首が飛ぶ所だったのだが、私が大目に見てやってくれと頼み込んで事なきを得たのだがな。
その経験を踏まえて言うと、これは確実にリンク深度5……フル感覚リンク状態だ。
本当に自分がそのまま巨人になったと錯覚するほど、リアルな感覚がする。
……もはや、驚異のテクノロジーとしか言いようがないのだが。
そうなると降りた時、私はどうなるのだろうな?
まぁ、それは今考えることではないか。
そもそも、こんな簡単に神経接続による全感覚フルリンクを実現出来るなど、その時点でただ事ではないぞ?
視覚センサーに類するものとしては、乗り込む時にちらっと見た限りだと、頭の部分に大きなレンズが一つと、全身の各所に小さめのレンズのようなものが多数見えたたので、昆虫のような複眼式になっているようだった。
どうも、早速水晶花を応用しているようで、視界も極めてクリアだった。
そして、各所に設置された小型レンズの捉えた映像をそれを人間の感覚に合わせて、情報処理を行うことで、360度の同時視認を実現しているようだった。
おまけに、つま先の視点やら膝のあたりの視点、後頭部や頭頂部の視界すらも意識を集中するだけで、簡単に見れる。
……人体の視覚情報処理システムへの拡張干渉。
地味に凄いことやってるぞ……これ。
これはむしろ、人体を巨神兵のパーツとして取り込んだ……そういう状態なのだと思う。
さすがに、情報量が一気に増えた事で脳が混乱するが……まぁ、こう言うのはすぐ慣れるからな。
ひとまず、手に持っていた丸太を杖代わりにして立ち上がる。
オートバランサーも良好……むしろ、違和感が全くなく、ヨタついたりもしない。
手足を振り回しても、振り回される様子もない。
勢いよく動かして、止めようと思ったら、その時点でピタッと止まる。
……本気で自分の体同然に、思ったように動くな……これ。
槍でも振り回すような感覚で、丸太を軽々ぶん回して、地面に突き立てるとただの丸太なのに、やけに重量感のある感覚と共に丸太が地面に深々と突き刺さる……鈍重そうな見た目だったのだが、割とハイパワーだし、レスポンスも良好、機体剛性もパワー負けしているようなこともない。
この機体、反応速度もパワーも申し分なしだな!
と言うか、ナイトボーダーでもここまで、反応速度は早くないぞ……。
リンク深度5だと、むしろ身体が重い感覚がして、それに慣れるまでが大変だったのだが。
……なんだこれはっ! これは私の想像すらも超えているぞ!
「お母様、これ……エネルギー源はなんなのだ?」
これ重要。
いくらなんでも、植物の伸縮程度では、ここまでの反応速度やパワーは実現できない。
何らかのパワージェネレーターで、無理やりパワーを引き出さないとこうはいかないだろう。
(うむ! 急造ながら、マナストーンの結晶体をコアにして、その機体の動力源にしているのだ。これならば、単独でもかなりの長時間動かせるはずであるぞー!)
……マナストーン結晶体?
まさか、リンカがぶっ放していた反物質エネルギー転化弾のことか?
それはつまるところ、この巨神兵……対消滅ジェネレーター搭載の機動兵器という事ではないのか?
その事に気づいた瞬間、嫌な汗がドバっと流れるような感触がした。
万が一、この対消滅ジェネレーターが無制限解放などされようものなら、惑星ひとつが消し飛ぶ規模の対消滅反応が起きる……その程度には危険物だと言えた。
もっとも、お母様は対消滅反応すらも完全に制御しているようなので、万が一にも事故なぞ起きようがないであろうし、恐らくコア結晶体から極少量を削り出して、反物質転換し、そのエネルギーを動力として使う……そんな方式なのだろう。
この時点でこの巨神兵……相当やばいぞ。
と言うか、外部制御方式の反物質パワージェネレーターって……。
だが、リアルタイムでの遠隔制御が可能ならば、別に機体に制御システムを積む必要など無い。
機動兵器には余計な物は積まなくて良いのだ。
シンプルであるに越したことはない。
恐らく、この方式は最適解と言える。
何よりも、人型機動兵器にとって、ジェネレーター出力と言うのは、そのままパワーに直結するし、稼働時間にも繋がる。
そして、レーザー兵器などを主兵装としているなら、それがそのまま火力にも直結する。
要するに、このジェネレーター出力は、機動兵器の潜在戦闘力をそのまま示す……そう言うものなのだ。
ナイトボーダーも、帝国軍の主力機動兵器として採用されて以来、300年もの間、進化発展を遂げながら長々と使われてきた機動兵器なのだが……。
大きさについては、この手の兵器の宿命と言える大型複雑化を起こさず、大きくても15m程度にとどまっていた。
これは、15mを超える大きさにすると、途端に人型機動兵器の問題点が露呈すると言う問題があったからだ。
宇宙空間にせよ惑星大気圏内にせよ、大きくて重い機動兵器は問題の方が大きくなっていくのだ。
宇宙戦闘艦などは、冗長性や積載量、耐久性が高いに越したことはないとされていて、年々巨大化する傾向があり、今どきの銀河帝国の標準型宇宙戦艦は1kmくらいの大きさがあるのが普通だった。
300年前は700m級くらいが宇宙戦艦の標準サイズで、機動力と防御力、積載量、何よりも生産コストの問題で、その大きさが最適バランスだと言われていたのだが……。
今は、1km級が星系内を守備範囲とする宇宙戦艦の標準サイズで、外宇宙……光年単位の距離を亜光速航法で進出するような遠征型宇宙戦艦になると2kmくらいの超大型になる。
宇宙と言う環境は冗長性は高いに越したことはないし、外宇宙遠征ともなると補給も簡単ではないので、食料や弾薬、燃料などもある程度自給自足を求められるのだ。
そのため、遠征型宇宙戦艦は、食料プラントや燃料弾薬製造プラントを内蔵する必要があるので、必要以上に大きくなってしまい……第三帝国が行っていた近隣星系調査に使われていた亜光速星系間航行船ともなると、3kmだの4kmだのとんでもないサイズになっていた。




