第三十三話「アスカ様、出陣ッ!」②
そして、そのまま建物の上を走りながら、町外れにまで出ると、六体の巨人が片膝を付いた状態で待機していた。
形としては、神樹兵の鎧をスケールアップしたような代物で、ずんぐりとしたフルプレートの騎士のような外観をしている。
その表層装甲も神樹兵の鎧同様、電磁草を編み込んだ強固なものとなっているようで、防御力も期待できそうだった。
ソルヴァ殿とモヒート殿には、とりあえず町外れの巨人がいるところ……現地合流を指示していたのだが、忠実に守ってくれたようだった。
「よう、アスカの嬢ちゃん。エイルのダンナから言われた通りの所に来たんだが……これはなんだ? 神樹様はとりあえず、アスカに聞けば解るとしか説明してくれなくてなぁ……」
お母様の欠点。
言葉による論理的な説明がとにかく駄目。
その手の説明をやらせようとすると、何とも雑なふわっとした説明しかしてくれないのだ。
その上、細々とした説明は面倒くさいとか言って、バッサリ省略しがち。
ぶっちゃけコミュ障……。
UIに問題があるAIのようなものであろうか?
「うむ! これは……そうだな。巨大神樹兵……略して「巨神兵」と言ったところか。即席ではあるが、ロックゴーレムと正面から殴り合えるような兵器ということで、お母様が用意してくれたのだ。とりあえず、あの胸の所の穴に入り込むと、巨神兵と接続される仕組みのようだからな。要は、乗るだけで自分の体同然になるという理解で良いぞ」
今、名付けた。
このヴィルデフラウ式人型機動兵器は「巨神兵」と呼ぶことにした。
巨大なる神の兵……なかなかに不遜なネーミングだが、我が帝国は神樹の看板を掲げているのだからな。
神の国の神の兵……それで何が悪いというのだ。
「こ、これに乗って……あのロックゴーレムと殴り合うってのか? まさか、この抱えてる丸太でロックゴーレムをブン殴れってのか?」
……なるほど、どう見ても丸太だな。
そこら辺にある木を引き抜いて、枝葉を取っただけ……。
まぁ、武器を用意してくれただけでもマシだと言えるし、本当に急造感いっぱいであるな。
もっとも、同じ土俵に立てるなら、普通にぶん殴るなり、瓦礫でも持ち上げてぶつけるだけでも勝負にはなるだろう。
いずれにせよ、少なくとも、剣と盾を持った生身の人間をぶつけるよりは遥かに気楽だった。
と言うか、ジェネレーターのパワー蓄積変換効率……パワーゲイン値などはどの程度なのだろうか?
それに神経接続ともなると、反応速度も気になるところだ。
私も一応有人型のナイトボーダーの搭乗経験はあるし、私の専用機も用意されてはいたのだから、私だってナイトボーダーにはそれなりの知識もあるし、こだわりもあるのだぞ。
……もっとも、私の専用機と言っても、近衛兵団長相手の白兵訓練や、法定点検の際の稼働テストくらいでしか乗ったことも無かったのだがな。
外見は、ユーリィ卿にあやかって、綺羅びやかな白銀の鏡面装甲を採用していて「輝ける銀の星」と言う機体名で、第三帝国の技術開発陣が、ぜひ作らせて欲しいと言うので作らせたのだが。
実際は、体の良いテストヘッド機になっていて、ほとんど開発陣の趣味で作ったようなゲテモノ実験機のようなものだった。
素材からパーツに至るまで、割りと天井知らずで予算を注ぎ込んでおり、数々の新機軸が採用されたコスト度外視の文字通りの特注ハイエンド機だったので、なかなかの高性能機に仕上がっていたようだった。
まぁ、実戦で役に立つような機会はついぞ無く、典型的な無駄事業ではないかと、財務局の者に嫌味混じりで言われたこともあった位には、役立たずの文鎮兵器だったのだがな。
……そう言う訳で、私も人型機動兵器については、素人ではないのだ。
故に当然ながら、人型兵器を評価する際、どこを見るべきかも良く弁えているのだ。
まぁ……その辺は、実際乗れば解るか。
「いかんせん、つい先程ロールアウトしたての急造兵器であるからな。色々足りんのは承知の上だ。ああ、私自ら出るつもりなので、皆の者……我が供回りを頼んだぞっ!」
「あ、ああ……そりゃ別にいいんだが。なぁ、これ……乗れってもどうすれば……」
「私が一番に乗り込んで動かして手本を見せるから、心配はするな! そんな訳で、早速乗らせてもらうぞ!」
そう言いながら、早速手近な一体に乗り込む。
前かがみになった駐機姿勢なので、搭乗口らしき木のウロのような隙間も立ち上がって手を伸ばせば届く程度の距離にはある。
もっとも、それは一般的な大人の体格での話で、今の私はおチビちゃんなので、軽くジャンプして、縁に手をかけて、強引にうろの中へ身体を持ち上げる。
直後、このままでは搭乗もままならないとお母様も気付いたようで、機体姿勢が駐機姿勢から直立姿勢へと姿勢が変わる。
……うーむ、エントリー方法は要改善であるな。
急に動かされたものだから、勢い余って潰れたカエルみたいな格好になっていた。
……我ながら、カッコ悪いぞ。
うろの中は、ぼんやり明るくなっていて、壁の近くは段差になっていて、一段高い椅子のようになっている。
その椅子のような部分に座ると、座面と背もたれの部分がグネグネと変形して、身体にフィットする。
何と言うか、この時点で異質に過ぎる……まさに未知の文明の産物であるな。
やがて、周囲から、細いつるが生えてきて、全身を拘束していくのと同時に入り口が閉じて、ぼんやりと明るかったのが急に真っ暗になる。
そして、周囲からざわざわと草木が押し寄せてきて、次々と何かが身体に繋がる感触がして、巨神兵と神経接続されたのが解る。
……まるでナイトボーダーに搭乗した際の最初の神経接続……リンク深度1確立の際と同じような感覚だった。
……おおぅ。
ほぼ即時で神経接続とは恐れ入るな……。
しかも、この同調具合。
いきなり、リンク深度3くらいには深く同調している。
それでいて、身体や脳に負荷がかかっている様子もない。
そう言えば、かなり厳重に身体が拘束されたようだが、呼吸などは大丈夫なのか?
……と思っていたが、その心配は無用のようだった。
どうやら、酸素供給なども巨神兵側からされる事で、身体自体は植物組織と同化し、仮死状態のような状態になった上で巨神兵と一体化する仕組みのようだった。
確かに、神経接続の際、大本の身体の感覚が残っていると、同調に悪影響が出るため、ナイトボーダーも搭乗中は、身体側を拘束し神経ブロックをかけて、視覚や聴覚なども遮断する……そんな処置が取られるのだが。
ヴィルデフラウ式だと、搭乗者を文字通り同化し、機体と一体化させるような仕組みらしい。
この仕組みの時点で、帝国の技術水準を軽く上回っているし、要するにこのまま水中や宇宙に出ていっても、搭乗者の生存性は確保されているということだ。
もっとも、その理由も理解できる。
いかんせん、人型機動兵器と言うものは、搭乗者……要するに、人間自身が弱点となってしまうものなのだからな。
生身の人間というものは、極めて脆弱な存在であり、たった8G程度の重力加速で音を上げるし、神経接続リンク状態で1-2時間程度の時間搭乗し続けただけで、その負荷で体力や集中力の限界が訪れ、あっさりギブアップしてしまう。
だからと言って遠隔操作だと、どうしても発生する通信タイムラグが問題となって、使い物にならず、そんなものを使うくらいなら無人化した方が遥かにマシなのだ。
だからこそ、帝国のナイトボーダー乗りは、身体強化や機械化した強化人間が主流なのだ。
だが、植物細胞を取り込み強化改造した人間を、機体自体に取り込む形で同化する……。
部分的神経接続どころか、完全に機動兵器と自身を一体化すると言うのは、完全に斜め上の発想だった……。
うん、帝国だってそこまでやらんと言う意味で。
だが、巨神兵の装甲を撫でる風の感触、吹きすさむ風の音……市街から聞こえてくる雑踏の音がはっきりと聞こえる。
……なんだこれは? 完全に神経接続型のナイトボーダーと同じかそれ以上ではないか!




