第三十三話「アスカ様、出陣ッ!」①
「……ふむ、さすがドゥーク殿だな……。思ったよりも上手くやっているようだ。よいか? 二足歩行の人型巨大兵器は、基本的に脚部が弱点になるのだ……。我が助言もなしに即座にそれを見抜いた辺り……やるではないか!」
「ええ、さすがドゥ兄様です! えへへ……なんだか、そう言われると自分のことみたいに誇らしいです」
……なんと言うか、メロメロと言った調子のイースだった。
「だが、こうなると、恐らく伯爵側から増援が出るはずだ……。さすがにあまり長くは持たんだろう。いずれにせよ、こちらも速やかに増援を出す! 勝って兜の緒を締めよ……気を緩めるには早すぎるぞっ!」
相手としては、ロックゴーレムが倒されるとは思っていなかっただろうからな。
それがこうもあっさりと倒されたとなると、四体とは言わず、残りありったけくらい出してくるだろう。
ここでケチって、まだ小出しにしてくるようなら、それは正真正銘の阿呆と言える。
その場合はむしろ楽が出来るだろうが、私の予想では全戦力一斉投入で来る。
むしろ、それ一択と言える。
だからこそ、こちらもそれを前提で動く。
戦において、楽観想定は禁物なのである!
「はい! ファリナの報告によると、本日は快晴につき、上空視界も良好なようで、アイゼンブルク近郊もよく見えているそうです。どうやら、アスカ様の予想通り、8体のロックゴーレムを先頭にアイゼンブルクから増援部隊が出たようです……。確かにあまり楽観視は出来ない状況ですね……」
「なるほどな……。だが、敵将バーソロミューはすでに大きなミスをしている。初手で、全力投入するのではなく、兵力をケチって小出しにした結果、一体潰された事で焦って、今更全力投入……と言う訳だ。兵力の逐次投入と言うのは、戦場においてはもっとも避けるべき愚策中の愚策なのだぞ?」
予定外の兵力逐次投入……いや、そうせざるを得なくなったのだ。
こうなると、事前の作戦プランもへったくれもなく、敵軍の足並みが更に乱れたのは確実だった。
これぞまさに、各個撃破の好機と言えるだろう。
「そうですね……。ロックゴーレムもわざわざ四方からバラバラに攻め込んできたようで、結果的に一体に戦力を集中することで撃破出来たようですからね。おっしゃる通り、敵の失点……そう言うことですね」
……なんとまぁ、戦力の集中と言う戦場の基本原則すらも守れていないのか。
呆れた話であるなぁ。
というよりも、戦力としてのロックゴーレムをその実力以上に高く見積もっていたのだろう。
要するに、驕り。
敵を侮り、味方を過剰に評価する。
……この時点で落第点だ。
相手をするこちらにとっては、むしろ楽な相手といえよう。
「そう言う事だ! 敵のミスは徹底的に突く……これはむしろ、各個撃破のチャンス到来であるぞ! 敵戦力の合流前にこちらも動くぞ! 先も言ったが、ここは私も出る! リンカ……我が伴をせいっ! アーク、すまんが……お主もイースのフォロー役に回ってくれ……よいな! 恐らく、エイル殿がすでに会議室にて、作戦本部を設立しているはずだ……直ちに合流し、以後の行動はエイル殿に従え、復唱っ!」
こうなると、やはりアークも下げた方が良さそうだった。
正直な所、状況が複雑化しているのは否めない。
こうなると、後方支援を手厚くした上で、様々な状況に対応できる体制とするのが正解なのだ。
ひとまず、アークとイースは、エイル殿と共に後方支援を任せるのが最善であろうな。
かくして、リンカだけを連れて、部屋を出ようとしたのだが。
アークとイースは息ピッタリと言った様子で、素早く扉の前に回り込んだ。
「アスカ様……。抗命を承知でお願いします。我々もアスカ様のお供をさせてください。その巨大人型兵器……必ず乗りこなしてみせますし、アスカ様もさっき共に戦えと言ったばかりではないですか!」
「お主らにはここに残って、後方支援を頼むつもりだったのだがなぁ……。なにより、アークも夜通し走り抜けて、もはや体力の限界であろうし、イースも最前線での直接戦闘は専門外で厳しかろう? すまんが、最低でも人並み以上に白兵戦が出来んと戦力にはならんと思うのでな……。何よりも状況がどう転ぶか判らんのでな……後方支援を手厚くすべきだと考えたのだ」
パワードスーツタイプの機動兵器の欠点は、搭乗者にもある程度高い身体能力を求められることでもあるからな。
そこが帝国軍の有人ナイトボーダーの操縦者として、精鋭中の精鋭であり、日常的に人間を超える身体能力を扱う強化人間が任ぜられる理由でもあるのだ。
イースは文字通りのお子様なので、強化済みとは言え、その身体能力については私どころか、リンカにも遠く及ばないと断言しても良かった。
アークも剣もまぁまぁ使えるようだが、体格には決して恵まれておらず、むしろ小柄の部類に入り、ソルヴァ殿のような生粋の武闘派には程遠かった。
正直、この二人は足手まといにしかならないような気がするのだがな……。
「いえ、行かせてください! 僕にだって、出来ることはあるはずです! ドゥーク兄さんも戦ってるなら、僕も後方で黙って見てるなんて……ありえませんっ!」
「私も……お兄様だけを戦場に行かせるなんて、ありえません! 大丈夫です……私だって、後方支援くらいなら、出来ます! 何より、私は常にアスカ様のお側にいると誓っているんです! お願いします!」
まぁ……これで残れという方が酷か。
身内の為に……二人共、命を賭けて戦うには十分すぎる理由だった。
この際だから、この二人も新兵器に乗せて、出撃させてみるか!
なぁに、神経接続方式機動兵器での殴り合いなら、人型兵器戦闘の素人でもなんとでもなる。
神経接続による全感覚ダイブ型の人型兵器の利点は、ロボット兵器を自分の体同然に動かせることで、習熟期間が極めて短時間で済むと言うことにあるのだ。
要は、あれこれ難しく考えずとも、自分の体と同じ感覚で動かせば済む。
もちろん、そこまでに至るまでは、我が帝国でも様々な失敗や試行錯誤の繰り返しではあったのだが、我が帝国の技術で自分の体同然に動かせるまでに至っていたのだから、お母様の技術がそれに劣るはずがない。
武装についても人間が持つ武器をそのままスケールアップすれば済むので、銃が撃てるなら銃型の砲を使えるし、剣が使えるなら、鉄の棒でもぶん回すだけで十分戦力になる。
銃火器に関しては、そのままスケールアップと言っても、弾道特性や集弾誤差は別物となるので、相応の訓練が必要だが、近接白兵戦に関してはむしろ、当人の技量がそのまま出る。
人によっては、肌で感じる殺気やら空気の流れまで解ると言う話すらも聞くからな。
実際、白兵戦で高い技量を持つ者の駆るナイトボーダーは、機械を超える動きを平然とこなせたりもするのだ。
人型兵器には、投影面積が大きいとか、防御力に難があるなど、色々とデメリットも多いのだが……それらの利点は数多くの欠点を補って余りあるのだ。
だからこそ、ナイトボーダーは無人兵器が戦争の主役となった後も、有人兵器にも関わらず、我が帝国軍の主力決戦兵器になり得たのだ。
それを考えると、ロックゴーレムも人型だけに、似たような問題を抱えていると思われる。
と言うか、話を聞く限り、自律制御タイプの兵器のようなのだが、むしろ、それで何故人型にこだわっているのだろうか?
無人制御ならば、人型に拘るよりも、蜘蛛や蟹のような他足歩行型の方がまだ地上戦では使えると思うのだがな。
そこら辺は、作り手側の意識の問題でもあるのか……或いは、過去の踏襲で兵器を進化させる気がまるでなかったのか。
順当に人型二足歩行兵器を地上戦兵器として進化させていくと、その問題点に割と早いうちに行き着くものなのだがな。
恐らく、これまでゴーレムと互角に戦えるような兵器が無く、対人戦でも圧倒的に優位だった事で、人型の問題点があまり露呈しなかった……恐らくそれが真相なのだろう。
そう言う事ならば、同じ人型機動兵器をぶつけるなら、その欠点を良く解っているこちらが有利と言うことだ。
いずれにせよ……この場で決めるべきは、二人を連れて行くかどうか。
まぁ、どちらもやる気だし、本人たちが望むのであれば、ここは私が譲歩し、聞き入れてやるとしよう。
こう言う時に、強引に従わせてもロクな事にならん。
当人達のやりたいようにやらせてみる……駄目だったら駄目だったらでフォローすれば済む話なのだ。
なぁに、何かあってもこの私が監督していれば、なんとでもして見せる。
それでこそ、皇帝のやり方というものなのだ。
ひとまず、返事代わりに二人の目を見て頷くとそれだけで通じたようで、さっと道を開けてくれるので、リンカを先頭に地下室を出て、地上へと駆け上がる。
市庁舎を出て、屋根から屋根を駆けぬけるルートを使って、一気にショートカットする。
アークもイースも飛行魔法を使っているようで、なんとか着いてきている。
ちなみに、飛行魔法と言ってもフワフワと空中で浮かぶ程度のもので、その状態で風を操って、空を飛ぶ……そんな代物のようだった。
例によって、その原理はよく解らんが……重力軽減とかそんな所かもしれん。
どうも、アークが風を操っているようで、イースの方は無意味に足をバタバタさせていたり、むしろ戸惑っているようだった。
そう言えば、アークは神樹教会でも魔法技能教導官と言う役職を持っているという話だったな。
要するに、魔法師の先生役。
なるほど、実は腕利きの魔法師でもあるのか。
事実、その風魔法は極めて繊細で適切な扱いに見えるし、その魔力容量もかなり大きいようだった。
やはり、この者……逸材であったな!




