第三十二話「お願い、お母様!」⑤
「アスカ様のご指示を各方面へ伝達いたしました。空中哨戒中のファリナからの返信報告……流石に早いですし、本当に24時間体制で上にいるなんて……あの人も大概ですよね」
……ファリナ殿は空の視点が余程気に入ったのか、割りと延々空にいる生活をしていた。
飛行船についても、居住性なども含めて、着々と改善を進めているので、地上とロープで結ぶことで上空に係留した飛行船を使った高度千mからの二十四時間体制の空中哨戒体制が、ファリナ殿と数名のエルフ達ですでに構築出来ていた。
なにせ、長距離索敵も高速戦略機動力もどちらも最優先の課題とすべきだったからな。
飛行船も今はまだ数隻程度を作っただけの試作段階なのだが、いずれ大型化の上で量産して、この世界の主要交通手段にまで発展させたいと考えている。
もっとも水素を使った軽気式飛行船は内燃機関との組み合わせだと、空飛ぶ爆弾同然なのだが……。
浮遊植物をベースに使って、風の魔法で移動となると、そもそも火気もないのだから、引火の可能性はほどんどないと言える。
もちろん、静電気などによる引火の可能性はあるのだが。
ベースの植物自体が、気嚢内から酸素を徹底排除する仕組みを始めから備えているようなのだ。
要するに、酸素自体がないので引火もしない。
なんともよく出来ているのだ。
31世紀の地上世界でもヘリウムガスと電動モーターを組み合わせた電動レシプロ飛行船は、枯れきった技術を使うことで、低コストかつ省エネな大気圏内飛行手段と言う事で多用されており、飛行手段としては主流と言ってもいいほどだったのだ。
もちろん、大気圏内の飛行機械としては、水素燃料を使ったジェット飛行機などもあったのだが。
これらは、惑星内で高速輸送を要求されるケースに限られており、その場合でも宇宙往還機などが代役を務めることがほとんどで、大気圏内を高速飛行するような純粋な航空機は、今どき皆無と言ってよかった。
なにぶん、開発された惑星上の高速交通機関としては、チューブ内を真空化させることで空気抵抗を廃した上で、音速で電磁推進を行うリニアチューブライナーのようなもっと効率が良く、その上で十分に高速な交通機関が存在しており、高速度航空機を使う意味がまるでないのだ。
もっとも、チューブライナーのような真空チューブラインが要らず、エアロック設備をいくつも設置しなければならない乗車ステーションなども必須ではなく、それでいて移動に際して地形の制約を受けない低速航空機の利便性は捨てがたいものがあり、地上世界では多用されているのだ。
なお、航空交通機関については、移動速度をある程度、度外視しコストパフォーマンスを突き詰めていくと、電動レシプロ飛行船か、電動チルトローター機のような汎用性が高く、低コストで運用可能なものに落ち着いてしまうのだ。
特に飛行船は、気嚢表面に光電子転換皮膜をコーティングしておけば、光エネルギーでその電力の殆どを賄える為、ランニングコストが驚くほど安いと言う利点があるのだ。
浮力を稼ぐために気嚢に入れるヘリウムガスも核融合反応の副産物で、どこも有り余っているから場所によっては、自家用飛行船すらも珍しくもなかった。
ヘリウムについても、昔はレアメタル同然の貴重品だった頃もあったようだが、今は核融合発電の副産物と言うかたちで、極めて低コストで精製され、当然ながら、銀河中何処に行っても入手できる……そんなありふれた資源となっている。
そんな訳で、速度は出ないし、容積の割にはペイロードも少なく、強風など天候の影響を受けやすいなど、欠点も相応に多いのだが。
圧倒的に低コストで、そこそこ便利と言う事で、大気中の交通機関としては、地上世界でもっとも普及している航空機と言っても過言ではなかった。
ちなみに、かつての地球では、一つの惑星上に最盛期は100億近くもの人口と、数百ヶ国もの国々が惑星中に点在していたらしいのだが。
人口密集地を結ぶリニアチューブライナーのような高速省エネ大量輸送手段については、やたらめったら国があって、惑星統一国家が誕生しなかった関係であまり発展せず、希少資源の化石燃料を燃やして空を飛ばすジェット機と言う非効率な航空輸送手段が主流で、飛行船についてもヘリウム資源の枯渇で一時期絶滅した程だったようなのだ。
銀河帝国に限らず、銀河宇宙では、化石燃料は文字通りの化石扱いされていて、天然物が採掘されたら、むしろ博物館に展示されるようなものなのだがな……。
なにせ、かつて地球人類がその主要なエネルギー源としていた石油や石炭と言った化石燃料は、要するに植物の化石なのだ。
そんな物が産出されると言う事は、数万年単位も昔から、炭素系植物で埋め尽くされているような惑星と言う事でもあり……その時点で、はっきり言って激レアなのだ。
ヴィルゼットの調査報告によると、非炭素系植物……ケイ素系植物などは、思った以上にあちこちの惑星に存在し、割りとありふれているようなのだが。
その外見は、どうみても奇形の岩にしか見えないとかそんな調子で、当然それらが地面に埋まったところで、土に帰るだけの話なのだ……。
炭素系植物については、地球由来種を銀河人類があちこちにばら撒いたおかげで、銀河系にもありふれているようになったのだが、自然発生種については本来、あまり多くない圧倒的少数派のようなのだ。
古代地球人は、そんな貴重品を文字通り湯水のように燃料用途で使っていたそうだが……そんなもの埋蔵量もたかが知れておるだろうに……。
案の定、枯渇してエラいことになったようだが、さもありなんであるな。
ヘリウム資源にしても、惑星環境では本来レアと言う事情はわからなくもないのだが……。
当時のヘリウムの価格レートを現代のレートに換算すると、ヘリウム回収業者も兼ねている電力会社の人々がこんな値段ありえないと絶叫するほどには、高価格だったらしい。
私達にとっては、博物館に展示するような貴重品を湯水のように燃やし、低効率な飛行機をブンブン飛ばす……そんな生活をしておきながら、何処にでもありふれている資源を貴重品扱いし、アホみたいな価格で取引する。
まぁ、地上文明と星間文明の違いと言ってしまえば、そこまでなのだが、昔の地球人の感覚は、我々ではちょっと理解に苦しむ話ばかりだった。
もっともその地球でも、結局は化石燃料もあらかた掘り尽くして枯渇しエネルギー危機をむかえたようなのだがな。
半ば強引に核融合発電による水素社会へ21世紀の半ばには完全に移行し、飛行船についても、核融合エネルギーの実用化に伴いヘリウムが潤沢に副産物として生成されるようになると、あっさりと復権し、その流れがそのまま現代にまで続いているのだから、なんとも皮肉な話ではあった。
まぁ、要するに……だ。
地上の連絡手段として、飛行船はめちゃくちゃ使えるのだ!
特にこのようぬ未開文明社会ならば、そこそこの広さがあれば、どこでも降り立てる飛行船の利便性が生きてくる。
もっとも飛行船を使って、戦争を真面目にやろうとか考えると、その無闇にデカい割に構造的に脆弱な事で、とても使いものにならないとなるのだがな。
そんなものは、20世紀の世界大戦で実証されているのだから、今更というべきだった。
浮力を稼ぐための軽ガスの確保についても、浮遊植物自体が光合成の応用で、水を酸素と水素に分解した上で内部に水素を溜め込んで浮かぶ……そんな性質を持つため、ここの問題はクリア済み。
移動と姿勢制御についても、風を制御する風魔法という便利な魔法がこの世界にはあるのだ。
なんと言う省エネ! まさに魔法の有効活用とはコレという見本であるな!
「うむ! ひとまず、本格的な実戦は今の体制になってからも初めてなのだが。なぁに、最初は色々失敗するし、想定通りにはなかなかいかんものだ。皆の者にも気楽にやれと伝えるが良いぞ」
「かしこまりました……。アスカ様のお気遣い。皆も感謝するでしょうね」
「すまんが、予定通りイースは情報中継の統率役を頼むぞ! 一応、想定訓練はやっておいたのだから、ぶっつけ本番だがなんとでもなるであろう?」
まぁ、役割としては情報統合オペレーターと言ったところか。
いかんせん、私が全部報告を受けて、全部判断すると今の時点でも結構キツいものがあるので、こう言う時はイース同様、神樹の同化を受け入れた者達に、情報の中継ぎ役をやってもらい、ある程度の判断や指示はその者たちの権限で行えるようにしたのだ。
要するに、情報の優先度を付けて、私の判断が必要でないような優先度の低い案件は、下のものが対応する……そんな形式にしている。
本来この手の優先判断については、AIなどが行うような作業ではあるのだが。
現状、人を介する他ないので、そうしたまでだった。
そうでもなければ、一人が全部決める専制政治など、とても成り立たんのでな。
その程度のノウハウは私にもあるのだ。
もっとも、この連絡指揮システムでの本格的な実戦での運用は、今だ誰もが未経験なのでぶっつけ本番になってしまうのだがな。
まぁ、そこは、なんとでもなるであろう。
一日の実戦は、半年の訓練に勝るという言葉もあるのでな。
色々と問題も発生するだろうが、そこも織り込み済みではあるのだ。
「拝命しました。ではまず、ファリナよりの報告をまとめます……! 最初にオーカスの状況ですが、すでにロックゴーレムに城壁を崩されたようですが、瓦礫の山に阻まれて後続の装甲騎士が進めずにもたついているところを、先行増援として先にエイルさんが送り込んでいたエルフ神樹兵が次々打ち倒しつつあるようです!」
「ロックゴーレムで城壁を崩す……なるほど、妥当な使い道だな。だが、その後が良くないな……瓦礫の山に装甲騎士を突入させたと言うのか……。いくら馬が頑丈でも流石にそれは無理があるだろう……。それに、地形に足を取られて動きが止まった騎兵なんぞ、エルフ達にとっては射的の的のようなものであろうな」
……恐らく、虐殺同然の一方的な展開になったのは想像に難くない。
なにせ、足場の悪いところにわざわざ入り込んでくれたのだ。
ドゥーク殿もそれを見逃すはずはなく、全力で反撃を仕掛け、あっさり寄せ手は潰走……。
問題はロックゴーレムだが……そっちはどうなのだろう。
「確かに……当然の結果ですよね? それと続報が入りました! ロックゴーレムはコイルガンの集中狙撃でダメージを与えて、なんと一体撃破に成功した模様ですっ! さすがドゥ兄様ですっ!」
「なんと! それは驚きであるな! さすがドゥーク殿だな……。つまり、ドゥーク殿は独力でロックゴーレムを撃破したというのかっ!」
A級冒険者30人がかりでやっと倒せた……のではなかったのか?
まぁ、エルフ神樹兵は一人で十人分の戦果を挙げる程度には強力だからな。
そう考えると、彼らはA級冒険者数人に匹敵する戦力……そう考えて良さそうだった。
我が配下ながら、強い……実に頼もしいな。
「はい、報告によるとコイルガンの一斉射撃で足を狙って、片足を失い動けなくなったゴーレムに投石機で集中砲火を浴びせて倒したようです! すごいっ! すごいでーす!」
なるほど。
やはり、ゴーレムが相手でもコイルガンなら効くようだった。
それに、人型機動兵器の足を潰すという発想も実に良いな。
帝国軍の地上戦の戦闘教本には、大型の巨人タイプのモンスターや大型の獣に対しては、対戦車地雷や対戦車プラズマ・キャノンなどで、真っ先に足を吹き飛ばせば良いと書いてあるのだからな。
要するに、陸戦においては、機動力さえ奪ってしまえば、どれだけ強く大きくてもその時点で殺したも同然となるのだ。
飛行能力のない大型兵器への対抗手段としては、実に堅実なやり方であった。
何も言わずとも、状況を見ただけで最適解にたどり着き、迷わず実践する。
ドゥーク殿……やはり、名将と呼ぶにふさわしい逸材であったな。
どうやら、この世界でも私は、配下には恵まれているようだな。




