第三十二話「お願い、お母様!」④
「……予想以上に早かったな。戦とは拙速を尊ぶ……そう考えれば、なかなかに悪くない判断ではあるな! どうやら、ここが正念場のようであるぞ!」
「……そうですね。思えば、あの会議の時点ですでに動き出していたのかも知れません。実際、ロックゴーレムも地竜もいつでも動かせる状態でしたから……。僕もこうも早く状況が動くとは思っていませんでした。あんなこれ見よがしに戦力を誇示していたのだから、すぐにでも動くとちょっと考えればわかったはずなのに……もっと急いで戻るべきでした……」
「いやいや、アークの報告は十分に早かったでは無いか。たった半日だぞ? この世界で普通の方法を取っていたら、そんなに早く情報が伝わることなど、ありえなかっただろう。恐らく、伯爵もそれを解っていて、堂々と戦力を見せつけた上で、自らの戦略すらも明かしてみせたのだろうな」
実際問題、オズワルド子爵は伯爵も敵認定していたと考えるべきだろう。
当然、オズワルド子爵も伯爵の戦略を知って、私へ警告なり何なりを送る……そこも計算のうちだったのだ。
なにせ、警告が届く前に事を進めてしまえば、それには何の意味もないのだからな。
だからこそ、これみよがしに戦力を見せびらかし、勝ち目はないとわざわざ警告までしてみせた。
恐らく、そう言うことなのだろう。
だが、伯爵はこの時点で思い違いをしている。
自らの常識で物を考えてしまった……そこで情報を漏らしても、影響はないと確信の上で、漏らしてはいけない情報を我が腹心アークにまで聞かせてしまったのだ。
ここに奴の計算違いがある。
つまり、私は、本来ならば知りうるはずのない情報を今の時点で知っているのだ。
知ったからには、もはや奇襲はありえないし、対応も可能だった。
「……アスカ様。では、僕の情報は間に合った……そう言うことでしょうか?」
「もちろんであるぞ! むしろ、お手柄だ! よくやったと褒めてやろう!」
そう言って、アークの頭に手を伸ばして、軽く撫で回してやる。
ま、まぁ……思いっきり背伸びして、アークも気を使って、中腰になってくれてやっと手が届いたのだがな。
なんとも様にならんが……気持ちくらいは伝わったであろう!
「あ、ありがとう……ございます! 僕は……アスカ様と言う偉大なる主君に仕えることが出来て……大変、光栄に思います!」
感激のあまり涙すら見せるアーク。
……これぞ、信賞必罰というものよな?
ランカもイースも羨ましいと言った顔をしているが。
頑張った者へは労いを示すのも人の上に立つものの仕事なのだからな。
これは、私なりの褒美といったところだ。
「では、イース……ファリナ殿へ伝令! 飛行船の高度を上げ、長距離索敵を実施せよと! 目標は伯爵の居城アイゼンブルクとオーカス、及びその道中の状況を急ぎ観測し、報告として、まとめるように伝えるのだ!」
「了解しました……何を探すのかや、どうやってとかも、指示いたしますか?」
「無用だ……。望遠鏡も渡してあるし、敵が見えれば解ると言っていたからな。だいぶ日が傾いてきたが、どのみちエルフの目なら夜間行軍の軍勢であっても、その篝火を捉えることで捕捉出来るはずだ」
望遠鏡と言っても、この世界のガラス加工技術ではレンズも暗く、夜間ともなればほとんど何も見えない……その程度の出来なのだが。
ガラス細工師に色々と指導して、まぁまぁの物は出来たので、一番役に立たせてくれそうなファリナ殿に持たせておいたのだ。
敵の動向についても、急ピッチでの夜間行軍ともなれば、篝火を掲げながら動くであろうし、野営しつつのんびり進んでいるなら、篝火も動かず固まったままになるだろうからな。
上から見れば、一目瞭然なのは想像に難くない。
……ゴレームについては、大きいからこそ空からなら間違いなく目立つ。
これもやはり、一目瞭然のはずだ。
どのみち、上空の目をごまかせるはずもないであろうから、ファリナ殿なら確実に敵を捕捉してくれるだろう。
「……ファリナさんの能力を信頼しているが故に、やり方は全て任せる……そう言うことですね。確かに僕の時も、アイゼンブルグの偵察と言う大雑把な指示だけで、細かい注文はせずに、僕に一任していただけましたからね。おかげで、思った以上の成果を出せました」
「まぁ、一から十まで私が細かく指示する必要など無いからな。人の上に立つものは、大雑把な筋道を示す事と、何があっても己が責任を取る意思を示す事……この程度で十分なのだよ」
「……はい、お見事です。どうやら、アスカ様は人の扱いというものに、随分と長けていらっしゃるようですね……。事実、僕も……アスカ様の信頼に応える為に、アスカ様の為に何かしたくてたまらない……そんな気持ちでいっぱいですから……」
アークもなんとも嬉しくなる事を言ってくれるな……。
だが、人を動かす際に必要なことなど、そう多くないのだ。
やらせるからには、とことん信頼する。
そして……すべての責任を自らが引き受ける覚悟を示し、どんな結果になろうともそれを己の責とし受け止める事だ。
実のところ、たったそれだけで良いのだ。
失敗しても、上手く行かなくてもそれはその者の責ではない。
失敗も含めて、それは命じた者の責任の一環なのだから。
だからこそ、私は配下の失敗もいつも笑って許していたし、その後のフォローも完璧だったと自負している。
端的に言って、私の皇帝として学んだ人の動かし方など、この程度だ。
何よりも、心から信頼されることで、その者は自分が思っている以上の力を発揮したりすることがままあるのだ。
もっとも……頑張りすぎて、自らの命をも捨ててしまったような部下達もいたのだがな……。
これもまた、我が業か……詮無きことよな。
「それとイース……追加命令を下す! 大至急、ソルヴァ殿に町外れに生えて来た巨人の元へ向かうように、指示を出しておいてくれ! 問題は、シラフで居てくれるか……なのだがなぁ……」
実を言うと、ソルヴァ殿も今日は非番なのだ。
間違いなく酒盛りの真っ最中……だと思っていたし、実際そんな話もしていたからな。
だからこそ……そこが正直、一番心配だった。
「……先程の話にあったロックゴーレムに対抗する兵器……ですね。大丈夫です……ソルヴァにも予め戦闘準備体制にて、待機するように先回りで指示を出しています。だから、酒盛りして酔っ払ってる……なんてことはないはずです! ……た、たぶん」
さすがイース……どうやら、アークの様子を見て、何か大きな問題が起こったと察して、先にソルヴァ殿に戦支度を整えておくように指示を出していた……そう言うことのようだった。
この言わずもがなで、先回りで動いてくれる。
皇帝時代にもよくあったが、実に気分がいいな。
全く、お互い気分よく仕事が出来るならば、結構なことであるよな。
「了解した! では、只今より全軍に戦闘準備を正式に発令する! 神樹帝国軍……直ちに全軍出陣であるぞ! アークよ……もはや議論は尽くした……ここは動く時ぞっ! せっかくだ……貴様も我が隣にて共に戦うが良いぞ!」
「……畏まりました。かくなる上は、この僕も陛下の剣として、共にお側にて戦わせていただきます!」
先程までの臆していた様子など、おくびにも出さずにアークが答える。
まだまだ若いが、この者も一端の武人であるな。
「同じく……了解しました」
……これはイース。
リンカも「Yes Mam」のたった一言だった。
別に独裁者を気取るつもりもないのだが、独裁制の利点は、この即断即決即実行であるからな。
独裁制とは、その多大なる責任と引き換えに、意思決定が素晴らしく早いと言う利点があるのだ。
古来より、銀河帝国はワントップの独裁制を敷いていて、エスクロン社国と呼ばれていた頃もCEOと言う絶対権力者が君臨していて、CEOの意思決定には誰も逆らえず、そしてCEOに全ての権限と責任が集中していたのだと言う。
まるっきり今の銀河帝国と同じで、要するに昔から独裁国家体制だったのを看板を付け替えた……その程度の話だったらしいのだ。
事実、ある日を境に企業国家エスクロンから、銀河辺境帝国に名を変えて、銀河連合からも正式に袂を分かったそうなのだが。
民衆達の暮らしは何一つ代わり映えはせず、必然的に誰からも、何処からも文句は出ず、社会的な混乱などもほとんど起きなかったらしい。
当然のようにCEOが皇帝を名乗るようになっても、民衆は「まぁ、当然だよな」と言った調子で、軽く済ませてしまったらしい。
……当然ながら、これは軽く銀河史に残るような衝撃的な出来事だったのだが。
当事者達には、どうと言うことはない話にすぎない……まぁ、歴史上ではよくある話なのだがな。
なんにせよ……すでに私は意思を示した。
この時点で、すべては私の統率のもとに動き出す……そういう仕組みはすでに作っているのだから、これは試金石のようなものだ。
ロックゴーレムと、最強の敵……地竜の来襲と言う脅威。
……だが、敵の拙速たる動きに対し、こちらも高速情報伝達により、対応できている。
ハード的な問題も、ロックゴーレムや地竜にも対抗可能な兵器はすでに完成している。
少なくとも不確定要素はない。
ならば、速やかに兵を出し、敵を殲滅するのみ。
なぁに、足りないものなど後で構わん。
実戦というものはそんなものだ……アレがない、これが足りないかも……などと言ってモタつく方が駄目。
そんな事をしているヒマがあったら、少しでも早く動くのだ。
……そして、当然ながら、ここは私も戦場に立つ。
誰も口にはしないが、未知の状況、恐るべき脅威に対して不安に思うのは当然なのだ。
だからこそ、この私が先頭に立たねばならん。
有言実行……人の上に立つものはそうでなくてはならんのだ。




