第三十二話「お願い、お母様!」③
この惑星の文明にも石英ガラスの加工技術程度はあるようなのだが。
レーザー収束レンズに使えるような精度があるかと言えば、そんな訳がない。
実物を見せてもらった限りだと、川砂を原材料に使う所までは悪くなかった。
なにぶん、ガラスの原材料となる二酸化ケイ素は、地球型惑星の地表にならどこにでもある土と砂の主成分なのだからな。
川砂ともなれば、不純物も少ない為、原材料としては申し分なく、加工自体もフロート法と呼ばれる溶けた錫の上に液化するまで熱した川砂を流し込む事で板ガラスとして精製する方法を使ってはいたのだ。
このフロート法は、重力圏下でのガラスの精製方法としては、悪いものではなく、枯れた使いやすい技術として、銀河連合辺りでは普通に現代でも使われている精製方法ではあり、現代の製法もそれに様々な工程を加えて、精度を上げたり、重力を調整する程度で、大きくは違わないのだ。
もっとも、素材生成の段階で不純物が十分に除去できていないようで、精製の際の温度管理もいい加減で、そもそも明らかに火力不足で温度が足りていないようだった。
出来上がったガラスについても、透明度も低く気泡だらけで、透明どころか光を通せると言うだけで、表面などもデコボコしていて、その稚拙な加工技術については、案の定、カテゴリーFの領域を出ていなかった。
今のところ、お母様もγ線レーザー狙撃システムのようなものを持っており、その気になれば神樹の最高頂点から視界に入るものすべてを狙撃可能なのだが。
レーザーのように、一点に収束させて撃つとかそんなものではなく、γ線放射に無理やり指向性を与えて乱雑にぶっ放すだけなので、危害半径が大きすぎる上に着弾精度が恐ろしくいい加減で、おいそれと使えないという問題があるのだ。
言ってみれば、サーチライトで照らしてるようなもので、むしろ広範囲をまとめて吹き飛ばす事に向いていると言った調子で、最小限にしてもらっても一発で半径100mくらいが蒸発するくらいの出力があって、はっきり言ってまるっきり応用が効かない。
γ線レーザー発振については、帝国軍では核融合反応時に発生するγ線に指向性を与え、レンズで細く狭く凝縮することで、兵器級の破壊力を生み出しているのだが。
お母様の場合、単純に対消滅反応を起こすだけで、軽く兵器レベル出力の放射を可能としており、レンズも使わずに無理やり、重力操作による重力レンズ効果をピンポイントに起こす事で、γ線放射を束ねてぶっ放しているのだ。
この時点で、効率もなにもないのだが、それでも破壊力は十分すぎるのだから、対消滅反応恐るべしといったところだな。
いずれにせよ、精密さが売りのレーザーの開発を本格的に進めるには、やはり高精度レンズによる光学制御技術の確立が必要だと見ていたのだが。
この世界の技術力では、そこまでたどり着くまでにいくつものハードルがあると痛感していたのだが……。
そう言う事なら、お母様に水晶花を再現してもらえれば、高精度レンズも手に入るので、必然的に小型のレーザー砲なども作れるのではないか……と思うのだ。
まぁ、どのみち今からでは間に合わんだろうな……。
(ふむ、水晶花……。これは面白いな。星の世界の植物のようだが、ケイ素を主体とするケイ素系植物とはまた珍しいな。確かに宇宙にはこんな植物も存在すると、ライブラリデータで知ってはいたが、こんな生態のものもあったなど、始めて知ったのだ。いやぁ、まだまだ私の知らない植物があったとは驚きだな。そして、この透明な実を応用すれば、我が神樹の光を束ねて、より高威力とした上で精密なピンポイント射撃も可能とするのか……! これは実にいいなっ! 空の害虫駆除も捗るというものよな!)
……お母様の言う空の害虫が何なのかはよく解らんが。
お母様にも相応の脅威があって、自前で武装を用意した……そう言う事なのだろうな。
(ああ、なかなかに使えると思うぞ。この水晶花の実は透明度も高く、レンズ湾曲精度も極めて高いもので、精密レンズの素材としてはかなり優秀な素材だったのだ)
……事実、この水晶花を加工して作った精密レンズは、ナノテクノロジーを用いて精密研磨した光学レンズに匹敵するほどの精度があったのだからな。
この精密光学レンズと言うのは、様々な分野で応用が効く。
例をあげると、ナノ精度パーツやナノマシンの生成も精密極小レーザーによる精密削り出し加工と言った技術を使うのだが。
その為に要求されるレンズ精度も並大抵なものではない。
ナノ加工用レーザーともなれば、ナノの千分の一のピコと言う単位が出てくるような精密さを要求されるのだ。
なお、ここまで来ると、ナノ単位ではみ出した分子を分解して削るとか、そう言う世界……もはや分子加工とかそう言うレベルの話になってくる。
当然ながら、そこまでの精度を要求するとなると、今の技術でも容易ではなく、一つのナノ集積レンズの作成に軽く数万個単位の同じレンズを生成し、その中でもスペシャルパッケージと呼ばれる奇跡的な精度で完成された極上品を採用する。
つまり、山のような失敗作の末に作られる最高精度のものを使って、ようやっと満足な出来になる……そんなものらしい。
まぁ、この辺りの精密加工技術については、光の波長と言う物理的な限界点がある為、実のところ二十一世紀の前半辺りからあまり進歩していない。
当時はせいぜい10ナノ単位の紫外線レーザーだったのを、現代ではγ線のようなピコ単位の極小波長のレーザーを扱うようになったくらいではあるのだ。
そして、やっていることは、下手な鉄砲数撃ちゃ当たる……なのだから、千年前と今でそこまで大きな違いは無いとよく言われる所以ではあるのだ。
だが、それと同等レベルの精度のものが、植物により生成されるともなれば、そりゃあ研究する価値もあるであろう?
(なるほどなぁ……実に興味深いな。だが、さすがに今すぐ、そんな精密レーザーを作るのは無理であるぞ? 色々と試作品を作って試し試しでないとなぁ……。参考にできる現物が手元にあれば話も早いのだがな……)
(ああ、そこは私も解っている。だからこそ、とりあえず、10mの人型兵器を先に作って、武装については後々じっくりと検討しようではないか。なぁに、先に人型プラットフォームさえ組み上がってしまえば、なんとでも出来る……そんなものだ)
なにせ、10m級の人型機動兵器ならば、そこらの岩でも投げつけるだけで、十分な火力になるのだからな。
そして、強力なレーザー砲や大口径レールガン砲などが使えるようになれば、この世界の軍勢どころか、ドラゴンに代表されるこの世界の原生生物の脅威に悩まされることもなくなるだろう。
武力と言うものは、例え平和な時代であろうとも、研究開発の勢いを止めること無く、その時その時のその時代最高のもので、目一杯数を揃え、常に未知の脅威に備えるべき。
これは、銀河帝国に代々伝わる国家規範と言えた。
なにぶん、武力……軍事力というものは、国家の生存権を保証させる要と言うべき力なのだ。
だからこそ、決して慢心せず、常に最大限のリソースを投入し、最先端を突っ走るべきなのだ。
この軍事力を侮り、最小限の力を持っていればそれでいいだの、周辺国家との軍事バランスがどうのと言っていると、イザという時に為す術なく滅ぼされる側になるのだ。
まぁ、そう言う意味では我々も銀河守護艦隊の実力を侮っていて、一敗地に塗れたのだがな。
私も銀河帝国軍は、もはや銀河最大最強と思っていたのだが、まったく……驕れる者久しからず……ということか。
(わかったのだー! まずはベーシックに人が乗って動かせる巨大ウッドゴーレムを作ってみるのだ! とりあえず、試作品を町外れに生やしておいたから、早速使えるかどうか試してみるがよいぞ)
ちょっと待てぃっ! まさか……もう出来たのか?
相変わらず、仕事が早い……さすがお母様であるな!
(さ、さすが、お母様であるな。相変わらず、頼りになるな。ありがとう……助かったぞ!)
(なぁに、私は皆のお母さんなのだからな! 何よりもむすめの願いなら、出来る限りなんでも叶えてやるだけの話だ。しかし、むすめ……お前はこれまでの者達と違って、何かと言うと新しい試みやアイデアを次々と持ち込んでくれるし、無理難題も平気で押し付けてくるから、私としては実に刺激的で楽しくてならんぞ! と言うか、今まで何故皆揃いも揃って、遠慮ばかりして細やかな願いしかしなかったのだろうな……。荒れ地を緑にするとか、川の流れを変えるだの……雨を降らせて欲しいだの……。その程度の詰まらない願いしか、皆してこなかったのだ……)
(そうか……。まぁ、お母様がどんな存在なのか、皆はちゃんと解っていなかったようだからな。だが、私の無茶振りもむしろ楽しんでもらってくれているのであれば、娘冥利に尽きるな! では、行ってくるぞ!)
(はーいっ! いってらっしゃーい! なのだーっ!)
お母様との交信終了。
相変わらず、軽い調子だったが、やはり頼もしいな。
とりあえず、今の時点で対抗兵器らしきものの目処は立った。
と言うか、まさか相談して、すぐに実物が完成してしまうとはな。
秒で機動兵器作っちゃうとか、それどうなの……とくらいは思う。
だがさすがに、植物チートの源泉であるな。
まぁ、相手もなかなかに思い切ったようだが、こちとら惑星最強チートの神樹様が味方に付いているのだ……。
世の中、喧嘩を売ってはいけない相手がいると、せいぜい教訓を与えてやるとしよう。
「……アスカ様! ど、どうでしたか? ……あの、申し上げにくいのですが。オーカスに残してきた同志よりたった今、報告がありました! オーカスに四体のロックゴーレムが出現し、城壁が崩されつつあるとのことです! ドゥークも投石機などで応戦しているようですが、苦戦中とのことです! まさか、こんなに早く……!」
思った以上に動きが早いのだな。
このタイミングでとなると、アークが現地を立った直後に向こうは出陣したと考えても、明らかに早すぎる……。
このスピード感……恐らく裏があるのだろうが、なかなかやる。
普通に対応したのでは、援軍もとても間に合わなかっただろう。
だが、たった四体だと?
アークの話だと十二体もいたと言うのに……数が意外と少ないのではないか……?
まさか、別働隊として主力はこのシュバリエに……いや、もしそうだとしたら、上空からの周辺監視にかかるだろうから、こちらに報告が来ていたはずだ。
それに、オーカスとシュバリエの間に広がる森林地帯を超えるとなると、陸戦専門の10m級機動兵器程度では、容易く踏破は出来ないだろう。
地上における森林地帯と言うのは、どんな惑星だろうが、極めて厄介な自然障壁で……まぁ、これは地球でも同様だったようだが、この惑星でもそれは同様だった。
実際、機動兵器と言えど、森林地帯に迂闊に足を踏み入れると、原始的な罠で足を取られた挙げ句、棍棒程度の原始兵器で破壊されると言う悪夢のような出来事が起きるのだからな。
対応としては、下手に近づかず迂回出来るなら迂回。
それも出来なければ、航空輸送機などで、一気に飛び越えてしまうのが一番早い。
もっとも、そう言う森林地帯と言うのは、得てして抵抗勢力が立て籠もったりもするので、そんなところが戦場になると、例え制空権を確保していて、戦力的に圧倒的に優勢だったとしても、泥沼になりがちなのだ。
もちろん、衛星軌道爆撃で森林ごとまとめて焼き払うとか、いくらでもやりようはあるのだが。
激しく非効率なのは否めないし、惑星地上攻撃はやり過ぎるとその後の惑星環境に悪影響が出たりするので、あまり派手にやるのも考えもの……故に我が帝国軍も惑星文明との戦いやら、テロリスト相手ともなると、泥沼の森林戦へ突入……となったりしていたものだ。
もっとも、そんな地獄の戦場であっても、我が第三帝国の軌道降下愚連隊の精兵達は軽く目標達成し、シレッと帰還してくるのだがな……アヤツらも色々おかしかったぞ?
いずれにせよ、そうなると。
一足飛びでのシュバリエ攻略はありえないと考えるべきだろう。
恐らく、オーカス攻略は奴らにとっては、前哨戦のようなものであり、四体も出せば十分と考えた。
大方、そんなところであろうな。
……なるほどな。
恐らく、ロックゴーレムも無制限でいくらでも戦い続けられるような兵器ではなく、稼働時間に制限のある……言わば消耗品なのだろう。
だからこそ、起動させるなり早々に戦線投入してきた……恐らくそう言うことなのだ。
実際、ウッドゴーレムも現場では、消耗品扱いのようであるからな。
事前にチャージした魔力が切れると動かなくなるし、見ているとあっちこっちが壊れながら、無理やり動いているような感じで、魔力が切れて動かなくなったら、斧で叩き壊されて薪にされたりと、なんとも不憫な扱いではあったのだが……。
ロックゴーレムもその辺の事情は一緒で、動かすだけであちこち壊れていくし、魔力が切れると動かなくなる……多分、それがゴーレムの欠点なのだろう。
だからこそ、出し惜しんだのだろうが、むしろ、これは好機と言えた。
なにせ、この状況は敵が向こうから各個撃破されるために、バラけて来てくれたようなもので、こちらにとっては都合がいい展開であるのだ!
うむ! ここが勝機……こうしてはいられんな!




