第三十一話「アスカ様の大戦略」⑤
さて……現状は、敵がイニシアチブを放棄したようなものであるのだが。
それで勝ち確かと言えば、そんな事はない。
なにせ、防衛戦というのは、基本的にはじっと我慢の持久戦なのだ。
とにかく、負けないように戦う……そう言うものなので、一発逆転など夢を見ているとロクな結果にならない。
防衛戦で敵軍を打ち破るには、防衛軍にて敵戦力を削り、拘束を図りつつ消耗を強いた上で、後方より増援部隊を送り込み、攻撃軍を逆包囲するなどで、一撃で敵軍を壊滅しうる状態にまで持ち込んで、防衛軍側と呼応して一瞬でカタを付ける。
防衛戦の勝ち筋としては、得てしてそんなものなのだが。
過去の歴史を振り返ると、防衛軍に直接増援を送り込み、単なる消耗戦となった挙げ句に双方、泥沼になる……そんな風になりがちなのだ。
だが、それでは……戦略目的を拠点を守ることだけに固執した上での駄目な戦争以外の何物でもない。
戦争を戦略という次元で考えるならば、前線の拠点のひとつやふたつなど、景気良くくれてやればいいのだ。
もっとも、これを実際に人々が住む都市でやるとなると、軍に見捨てられた人々の悲哀だの、民間人の被害を許容するとか、そう言った数々の悲喜こもごもの話にもなる……。
この辺りは、独裁国家の帝国でもなかなかに頭の痛い問題ではあったのだ。
だが、防衛戦において重視するのは、拠点など捨ててもいいから、攻撃軍を殲滅する事を第一目的とすべき覚悟なのだ。
これは要するに優先順位の問題なのだ。
戦場で優先すべくは、戦力の維持が最優先……戦力がなければ、拠点も人々も守れないのだ。
故に、拠点や人々よりも戦力を維持する事を最優先とする……この考え方が正しい。
そして、敵に対してもそれは同様で、とにかく敵対勢力の戦力を粉砕する事を最優先目標とすべきなのだ。
実際の戦争というのは、過去の歴史に於いても、ここを取り違えがちで優先順位を間違えた結果、無意味に戦力を失い一敗地に塗れるだの、意味のない所を必死に守った末に、何も守れず敗北する……そう言う事例は数限りなく存在する。
いずれにせよ、防衛戦において守っているだけでは、勝利はない……これは戦の現実だと言えよう。
幸い炎神教団の方も、お母様の視点で確認した限りだと、軍勢はなかなかの数がいるようだが、まだ500km以上の距離があり、来援まで軽く一月はかかる計算だった。
なんともスローリーな話ではあるが。
何もない荒野を大軍で進軍する……その労苦を考えると、なんともご苦労な話だった。
故に、こちらは後回しで構わんし、どうとでもなる。
一万だろうが、十万だろうが、手が届いていないのでは、取るに足らん。
故に今、着目すべきは、バーソロミュー伯爵とその軍勢……その撃破を戦略目標とすべきであろうな。
もっとも、伯爵もオーカス攻略等と言う予定外のイベントに、慌てて全戦力を投入するまでは、やらなかったようだ。
実際、戦力の逐次投入と言う戦術的にあまりよろしくない手法を当然のように用いているし、この様子だと、最後の切り札と言うべきものを早々に切ったようだった。
この時点で、戦略的にはまったくもって、よろしくない。
切り札は温存してこそ、切り札足り得るのだ。
これは、さすがに戦としては、とても褒められたものではない。
駄目な戦争の見本と言い切ってもいいほどだった。
要するに、敵軍の戦略を評価するとなると、完全に落第点……。
焦るあまりに足並みを揃えず、戦力の集中と言う戦場の絶対原則すらも守らずに、曖昧な戦略目標で、戦力の逐次投入と言う愚を犯し、あちらこちらで、てんでバラバラに動いてしまっている時点で、この評価は妥当なものと言える……。
破竹の進軍だの矢のような進撃だのと良く言うが。
あれは、相応の準備と計画の上で各部署が有機的に連携してこそ、上手くいく……そう言う物なのだ。
と言うか、こんなまともな通信網すら存在しないのでは、どうやってもこうなるのは、目に見えている。
その辺り、古代地球の軍事的指導者達は、兵力を手元に一箇所にかき集めたうえで、決戦を挑むとか、よく解っていたようだったからな。
反面、伯爵達は事前に炎国の者達を交えた上で、入念に作戦を練っていたようだが……。
想定外の問題発生と計画の破綻が見えた事で焦った結果、手当たり次第に兵を出して、敵にぶつける……そんな稚拙な戦になってしまっている。
恐らく、計画が破綻してしまうと、また一からやり直しで、そんな事をやっている間に私が力をつけて、勢力を伸ばし、手に負えなくなってしまうからなのだろうな。
と言うか、すでに破綻しているのだが、それを何とかしてリカバリーしようとしていて、それが戦略目標となってしまっているのだ。
これでは、如何に早く動いて、いくら戦のイニシアチブを得たとしても、付け入る隙を与えるだけだ。
おまけに、本来秘匿すべき戦略情報までもが、こちらに筒抜けになっており、その動きはすでに私も手に取るように理解できているし、その目的も理解できる。
これで勝てるほど、戦争は甘くない。
こちらの戦略としては、至ってシンプルでいい。
足並みが乱れた事で、必然的に発生する時間差を利用して、敵の軍勢を各個撃破してしまえば良いだけの話なのだ。
膠着した拠点防衛戦で流れを変えうるのは、少数精鋭による敵攻撃軍の補給線の遮断や、敵勢力圏内への部隊単位での浸透の上で、増援部隊の各個撃破や後方拠点の強襲……この辺りが定石と言える。
つまり、敵に戦力集中をされる前に、先手を打って敵より早く動くことで、合流される前に少数を多数で各個撃破する……機略戦とも言われる戦術理論で、古来から使い古された戦術だ。
連中の作戦もこちらの準備が整わないうちに、電撃速攻で仕留めると言う意図を感じるが、機略戦のような戦術理論に基づいたものではないと断言しても良い。
なお、この概念はかなり古く、凡そ1000年以上前……18世紀の古代ドイツの軍人クラウゼヴィッツの『戦争論』と言う古文書にて登場する概念なのだ。
そして、そんな古臭い概念が、巨大宇宙戦艦のレールガンや核兵器が飛び交う現代戦の戦場でも通じるかと言えば「普通に通じる」この一言に尽きる。
『戦争論』どころか、それよりももっと古い紀元前……古代中国の『孫子』や『兵法三十六計』などについても、我が帝国軍の士官学校では、それらを参考にした戦略論教育を行っており、私のような皇帝への教育課程にも採用しているほどなのだ。
事実、過去幾度も繰り返さた地球の戦場……つまり過去の歴史の事例を、これら古文書の事例を照らし合わせる事で、古文書に記された戦略が如何に有効かはよく解るのだ。
賢者は歴史から学び、愚者は経験から学ぶとはよく言ったものだ。
我々にとっては、地球の紀元前など軽く3000年以上昔の話で、そもそも私を含め実際の地球を見たことないものが大半なのだが。
我々は地球の歴史を知ることで、過去に学んでいるのだ。
それに戦略論のみならず、戦術などについても古代地球カルタゴの名将ハンニバルが、紀元前に考案したと言われている包囲殲滅戦術などは、宇宙艦隊戦闘では未だに有用な鉄板戦術とされている。
要するに、使い古された戦術や戦略というものは、戦場やビジネスなど問わず、いつの時代だろうが有効なのだ。
さて、今回のケースでは、手始めに伯爵軍の力の象徴……ゴーレムと地竜を撃破する……それを最優先戦略目標とするのが最善と判断している。
つまり、一番手強いのを真っ先に殺す。
これは銀河帝国軍に代々伝わるユーリィ・ドクトリンの一つでもあるのだが。
なるほど……さすが、我がオリジナル。
今の状況を見ると、それがまさに最善手であるな。
対する敵は、我々地球人類ほどには、戦争慣れしているようには思えない。
敵より多く兵を集めれば勝てる。
単により強いカードを切れば勝てる。
そんな安易な考えが透けてみえるのだ……。
……戦争がそんなに甘いもののはずがなかろう……バカ者共が。
「どうだ? 臆したのでなければ、何故そこまで恐れるのか言ってみるが良いぞ」
「いえ、僕は臆したわけではなく……。しかしながら、伯爵のロックゴーレムと地竜は、目下の最大の脅威と言えますからね……。逆を言うとロックゴーレムと地竜さえなんとかすれば、十分に勝ち目はあると思うのですが……。あれらをどうやって無力化すると問われると、残念ながら僕には思いつきそうもない……そう言う事ですよ……」
ほぅほぅ……やはり、そう言う結論に達したのだな。
だが、敵の弱点も、この切り札たるゴーレムとドラゴンに頼り切っていることにあるのだ……。
それ故にその敵軍最強の大駒を落とす……その戦略的な効果は計り知れない。
最強戦力が消えると言うのは、敵軍の前提の全てがひっくり返るようなものでもあり、戦争のイニシアチブを完全に奪い取るに等しいのだ。
その辺りは、過去の戦争においても、ユーリィ・ドクトリンに従い真っ先に最強戦力を撃破した後、我が帝国の敵は総じて総崩れになっており、すでに実戦証明されていると言っても過言ではなかった。
誰よりも先に先頭切って、最強の敵に挑む……彼女がやっていたことはそんなシンプル極まりない戦術だったのだが……ある意味、それが帝国軍の勝ち確パターンでもあったのだ。
だからこそ、ユーリィ卿は今日に至っても、帝国の軍神として帝国軍将兵達から崇め奉られており、彼女の残したユーリィ・ドクトリンは帝国軍の規範となっているのだ。
「アーク……お主もちゃんと解っているではないか。要するに、敵の最大戦力を真っ先に潰す。さすれば、この戦……勝ったも同然と言う事であろう?」
「つまり、最初にロックゴーレムと地竜を倒す……ですか? ですが、いずれにせよ、どちらもあの巨体が問題です。リンカ殿の転化弾も威力は申し分ないが、あれは地上目標へ使うには威力がありすぎるようですし……。あまり詳しくは知らないのですが、本来地上で使うような兵器では無いのですよね? その辺り、どうなんです……リンカ殿」
「あ、そ……そうですね。ですが、ゴーレム相手ならコイルガンの通常弾頭でも行けるんじゃないかと! ねぇ、アスカ様!」
なにやら同意を求められているのだが。
そんな事聞かれても、私に解るはずがないぞ。
なにせ、私はロックゴーレムとやらを見たこともないし、戦ったこともない。
動く石像のようなものと言うイメージはあるのだが、そんなものが戦闘兵器として有用かといえば……微妙だと思うぞ。
重くて大きくて硬いと言う時点で、生身で挑んでいい相手ではないと解るがな。
要は生身の人間がビル相手に喧嘩を売るようなものだと言う理解で良いのだろう。
ビル解体には、相応の重機や道具が必要……そんな事、私にだって解る。
コイルガンの最大チャージなら城壁くらいなら穴を空けるのだから、当て続ければなんとでもなるとは思うのだが。
いかんせん、実績もないのでは何とも言えん。
もっとも、エネルギー転化弾については、限定核兵器のようなものだからなぁ……。
多用は禁物であるのは間違いないな。
うむ、ここは素直に他の手段を考えよう。




