第三十一話「アスカ様の大戦略」④
「そうなると、我軍は物量に圧倒されつつあり、その上、二正面作戦を強いられ、戦略面でも不利な状況に陥りつつあると言うことだな。なるほど……確かにこれは、人目をはばかった上でなければ報告できないと言っていたのも納得だ。して、アーク……お主は、ここから我々の起死回生の策はあると思うか?」
「……神樹様の奇跡に期待するより他ありません。つまり、お手上げということです。伯爵がなりふり構わず、全軍に近い軍勢を投入したこともですが……その軍勢も各地の貴族から増援が出ているようで、当人の話だと軽く5000を超えるとのことでした」
「なるほどな……。それに炎国の一万の軍勢も加わるとなると……少なく見積もっても、我らの敵は二万に迫ると言うことか……。こちらはドゥーク殿の軍勢を足しても1000にも満たない……。兵数では圧倒的な差があるな」
現状、それが我軍の泣き所と言えた。
実際問題、兵を集めて軍勢として戦えるようにすると言っても、一朝一夕にはいかんのだ。
戦える人間に武器を持たせて、並べるだけで済むなら、誰も苦労はしないのだ。
チームとして、集団として軍隊として仕上げるとなると、長い年月が必要なのだ。
そして、戦争という行為は、そんな苦労して育て上げた軍人達の生命を廉価特売しつつ、国家戦略の犠牲とする……なかなかに、馬鹿馬鹿しい行為であるな。
だからこそ……私は銀河守護艦隊との戦いも、不利を承知で無人兵器群で立ち向かったのだがな。
軍隊と言うものは、兵器が失われても、人さえ無事ならなんとでもなるのだ。
だからこそ、こんなところで我が兵達を損なうわけにはいかなった。
「はい、僕なりに色々と考えてみたのですが、さすがに今のところ勝ち筋が見えません……。せめて、もう少し敵がゆっくりしてくれればよかったのですが……」
はっきりと言ってくれるな。
だが、希望的観測を元に夢物語を語られるよりは、だいぶマシであろう。
配下としては、そう言う現実を見据えた上での悲観論を語ってくれたほうが、決断に要する参考意見と言う意味では、むしろ大いに役に立つのだ。
なお、楽観論ばかりで、おべんちゃらしか言わないような者は、往々にして指導者の判断を誤らせるものであり、むしろ害悪と言えるのだ。
もっとも、世の指導者と言うものは、その手の上司の顔色をうかがってばかりのおべっか使いを重用し、敢えて苦言を呈するものを遠ざけがちなのだがな。
……人間、そんなもんではあるのだが。
私は、銀河帝国の皇帝なのだ……むしろ、コヤツのように敢えて苦言を呈する者こそ、部下としては優秀で、得難い人材と思うべきだろう。
確かに現状、常識的に考えれば、打つ手なし。
敵の動きが早いのも認めるし、この圧倒的な物量はまさに脅威と言え、敵の本気を伺わせるものだった。
伯爵の戦略にしても、準備もそこそこに動かせる兵力を逐次投入と言うのも、こちらの準備が整う前に勝負をつけるとなると、なかなかに有効な策だった。
オズワルド子爵も無謀を承知で、伯爵の居城へ仕掛けることでの時間稼ぎを提案してきたようだったが、彼も状況を理解した上で、少しでもこちらの状況を良くしたいと言う一心での提案だったのだろう。
確かに、この状況で伯爵の主力の足止めをしてくれるのは助勢としては悪くない。
悪くはないのだが……敵中孤立無援で少数の軍勢で抵抗すると言っても、さすがにそう長く持つとは思えない……故にその案は却下とする。
幸いアークも私に確認するまでもなく、その場でその提案は止めてくれたようだし、オズワルド子爵殿もこのまま、獅子身中の虫として、立ち回ることで上手くやってくれそうだった。
まったく、一度も会ったこともない相手だと言うのに、そこまでこちらを信頼してもらえているとなると、私としても、その気持ちに応えねばならぬくらいは思ってしまう。
何よりも、この厳しい現状を知った上で、現実的な対応策を考えるのは、他ならぬこの私と言うわけだ。
なるほど、責任重大であるな。
もっとも、こちとら600億もの臣民を率いる銀河帝国皇帝の一人だったのだ。
責任の重さなんぞで、潰れるほどヤワではない!
この程度の逆境……逆境とも言えぬわっ!
「そうであるなぁ。この様子では、炎神教団は本気で我々を潰す気であるようだからな……。これまでは迂遠な搦手で来ていたが、いよいよこの私が現実的な脅威になったと認識し、直接滅ぼすべく実力行使に出たという事だな。こうなる前に、こちらの武力を万全にしたかったのだが、時間は向こうの味方となると、実に厳しい状況であるな」
確かに状況は極めて、不利だと言える。
こちらの軍備は未だに不十分で、2万近くもの軍勢に正面から対抗できるかと言えば、なかなかに厳しいのが実情だった。
もっとも、我が銀河帝国にとっては、この程度の逆境は手慣れたものなのだがな。
なにせ、緒戦で軍勢が半数以上の損害を受けて、軽く蹴散らされ、国土分断どころか、主星系たるエスクロン星系の中継港が陥落し、孤立化した事すらあったのだ。
300年前の「帰還者」との戦は、誰もが万全の構えで準備していたにも関わらず、そんな目を覆いたくなるような大敗北から始まり、あの銀河連合艦隊ですら容易く打ち破られ壊滅し、銀河人類は未曾有の危機を迎えることとなったのだ。
だが、我が帝国はその程度では滅びず、そこから我が帝国軍の逆転劇が始まったのだ。
……300年前の「帰還者」との戦いは、エスクロン陥落後もあちこちで押されながらも、崖っぷちで逆転するといった事を繰り返し、敵戦力を押し留め、決定的な戦略的敗北を回避し続け、好機を待ち……その上で勝利を収めたのだ。
銀河帝国軍は無敵不敗でもなんでもない。
銀河宇宙最大規模の軍勢と数多くの精鋭を揃えていても、大敗を喫し、国家存亡の危機にまで追い込まれたのだ。
それに、敗北の歴史も数多くある……。
先の銀河守護艦隊との戦いの敗戦も記憶に新しい。
300年前の黒船との戦いも最初の頃は、酷いものだったそうだし、惑星規模の反乱や民主主義者やテロリストの造反……帝国議会の造反による皇帝排斥運動などというものあったな。
中央諸国とも幾度となく激突し、化物揃いの銀河守護艦隊とも過去にも何度と無くやりあっている。
あの連中のせいで、幾度となく銀河帝国は中央諸国の殲滅を試みながらも、妥協を強いられてきたのだ。
なお、毎度毎度向こうから喧嘩を売ってきては、負けそうになって、中央域を脅かされるようになると、銀河守護艦隊に泣きつくというパターンで、こちらも連中が出て来たら、大人しく退き……話し合いと言うのが定番だったのだがな。
だが……戦争とは、最終的に立っていた者こそが勝者なのだ。
例え100回負けても、しぶとく生き延びて、101回目に勝てば、それでいいのだ。
帝国の最高位たる皇帝が戦場の露と消えようが、我が銀河帝国にとっては、それすらも大きな問題にはならないのだ。
……銀河帝国とはそう言う国なのだ。
実際、銀河守護艦隊との戦いも私が決戦に赴くまでに、そう言う構想の元に、数々の伏線を仕掛けてきた。
私の遺志を継ぐ者達ならば、あの伏線も有効活用した上で、やがて銀河守護艦隊をも打ち破り、帝国に勝利をもたらす……私はそう信じているし、だからこそ、あの場面で命を捨てることもなんら抵抗を覚えなかったのだ。
戦争とは、誰もが負けを認めた瞬間に負けが決まるのだ……。
私個人は、守護艦隊に負けて討ち死にしたが、あの時点で帝国は負けていなかったのだ。
それ故に、我が帝国は決して滅びぬ……そこだけは断言しても良かった。
……であるからには、この程度の逆境で勝負を投げてしまっては、私はいい笑いものになってしまう。
「ふむ……。では、ひとまず、イース、リンカ……お前たちの意見も聞こうか。今の話を聞いた上で、忌憚なき意見を述べるが良いぞ」
私がそう呼びかけると、部屋の隅にイースとリンカが姿を現す。
「イース! それにリンカ殿も……二人共、そんな所に居たのか!」
まぁ、隠形の術式……なのだがな。
アークも余程焦っていたのか、夜通し全力で走り続け、息も絶え絶えになるほど消耗しつつも、内密にご報告が……等と言うから、こんな地下室で話を聞いてみたのだが。
この地下謁見室に、最初から二人は当たり前のように潜んでいたのだが。
私が呼ぶまで、側に控えているように命じたまでだった。
もっとも、アークはそれに気づく余裕すら失っていたようだった。
この者、なかなかのやり手ではあるのだが、まだまだ逆境慣れする程ではないようだった。
そう考えれば、可愛いものよな。
「お兄様、私はアスカ様の側近を自認していますので、いつ何時も常に影のように付き従ってるのですよ。と言うか、お兄様! 打つ手なしなど、何を気弱なことを言っているのですか? アスカ様こうおっしゃられました……神樹様は奇跡を願う存在ではない……奇跡は起こるのを待つものではなく、起こすものなのだと! 決して諦めぬ者にこそ、神樹様はその御力を貸してくださる……そう言うものなんです! アスカ様、ご命令をどうぞ! このイース……アスカ様の為なら死ねますっ!」
「いえ、このリンカにご命じください。地竜だろうが、ゴーレムだろうが、我が手にて撃ち砕いてご覧に入れます!」
「……イース! そんな簡単に言うな! ロックゴーレムの強さは、戦うまでもなく解る! あんな巨大な相手……どうやって、戦えというのだ!」
「『滅私奉光』を使います……あのイフリートすらも葬ったと言う我ら神樹教徒……最大最後の秘技……あれならばっ!」
その言葉にアークが絶句する。
「駄目だ! あれは命引き換えの禁忌術式……。お前を死なせる訳にはいかない!」
「ですがっ!」
……ふむ、要するに自己犠牲の魔法式と言う事か。
よく解らんが、ロクでもない代物なのは確かだった。
まぁ、これは却下であるな。
なお、リンカについては敢えて今は触れない。
私もリンカの力は承知の上で、あのヤバ過ぎる力は最後の切り札と考えているのだ。
「イース……すまんが、自己犠牲云々の時点でその『滅私奉光』とやらは却下だ。他の案を出すがよいぞ……。アークも、勝てない勝てないと騒ぎ立てる前に、少しは自分で考えてみるが良いぞ。お主の兄……ドゥーク殿はアルジャンヌ殿と共に今も伯爵軍と決死の戦いを繰り広げておるのだ。どうやらロックゴーレムと地竜を直接目にした事で、お主もそれが余程の脅威と認識したのであろうな……いつもの余裕はどうしたのだ? それほどまでに恐れるような相手なのか?」
どうも、先程からアークの認識と私の認識の乖離があるようだった。
アークはしきりに私の危機感を煽っているようだが、私には今の状況がそこまで不利だとは思っていない。
実際問題、ドゥーク殿も城壁に囲まれている城塞都市に立て籠もりながらも、有利に戦いを進めている。
これは一時的なものではなく、今も敵陣には続々と来援が来て、何度と無く攻勢に出ているにも関わらず、その尽くを寄せ付けずに持ちこたえているのだ。
これは、私から見ても予想外なほどの戦果だった。
戦上手だとは思っていたが、劣勢下の防衛戦でここまで巧みに持ちこたえさせている時点で、十分名将と呼んで差し支えなかった。
こちらも一応、オーカスで戦闘が始まった時点で、エイル殿配下のエルフの狙撃兵を数名ほど先行増援として送っており、その者達の活躍も大きいのだが。
ドゥーク殿は、素人でも扱いやすいボウガンを多数揃え、定期的に訓練も行っており、城壁の修復などにも余念がなく、やはり事前の準備が物を言っているようだった。
敵軍もたかが市民軍と侮って、平攻めをおこなった結果、派手に返り討ちにされたようで、すっかり萎縮しているようで、割りと堅実な攻めを行っており、一気に決着が着くような状況ではなくなっており、明らかに膠着状態になっていた。
敵の目標は未だに達せられておらず、拠点攻略に固執していることで時間と戦力を浪費している……つまり、そう言う状況なのだ。
その時点で敵はすでにイニシアチブを放棄しており、こちらのターンと言う訳だと言えた。
この戦場のイニシアチブと言う物は、当然ながら眼には見えず、明白には解らないものであり、当事者たちですら、そこでそれを失った事に気付かない事は往々にしてあるし、逆もまた然りなのだ。
もっとも、これは「戦の潮目」とも言うのだがな。
いずれにせよ、これを見切れるかどうかで、戦略家としての才覚が問われる……これはそう言う物なのだ。




