第三十一話「アスカ様の大戦略」②
「ありがとうございます。ああ、オーカス市の戦況も途中で様子見に立ち寄りましたが……今のところ、そう悪くもなかったようですね……」
オーカス市の市街戦はドゥーク殿の指揮のもとに市民兵が中心ながら、地の利に明るい事もあってか、思った以上に善戦しており、城門を閉じた事で市内に閉じ込めたバーソロミュー伯爵の軍勢は、すでに一兵残さず皆殺しの憂き目にあったとのことだった。
なにぶん、罪のない市民達が集会を開いていたと言うだけで、騎兵突撃をかけ百人単位で死者を出すと言う虐殺行為を行ったのでな。
ドゥーク殿も当然のように激怒し、バーソロミューの騎兵隊の討伐許可を私に求めてきたのだ。
私も、そのような虐殺者共を生かしてやるほど甘くないので、こちらからも増援を送った上で、皆殺しにするように命じた。
もっとも、私の命を聞いたドゥーク殿も別に皆殺しにしろとまでは言わなくてもいいと苦言を呈していたのがな……。
なんでも、賊共を皆殺しにするかどうかと言った判断は、ドゥーク殿が行うだけの話で、私は討伐を許可するとだけ命じるだけで良かったらしい。
確かに、敵を皆殺しにしろ等と言う非情の命令を下したと言うのは、あまり外聞が良いとはいえない。
だが、私は私の信念に基づき、自らの殺意をもって敵を殺すと言う業を被る所存であったし、それは決して避けてはならぬものなのだ。
かくして、我が直々の命により、ドゥーク殿以下市民軍は怒りと共に、バーソロミューの騎兵隊に鉄槌を下し、奴らはあっという間に全滅の憂き目にあい、指揮官にして虐殺命令を下したなんとかと言う男爵も怒りの収まらぬ市民達の手で、城壁にその屍を吊るされた。
挙げ句の果てに、バーソロミュー伯爵にもトカゲの尻尾切りをされたようで、遺体の返還すらも拒否され、爵位剥奪と言う死後の不名誉まで約束されてしまったらしい。
なんとも、哀れな話ではあったが。
例え戦争状態でも、これだけはやってはいけないと言う不文律と言うものがあるのだ。
非武装の一般市民の虐殺など……その典型と言える。
テロリストが嫌われ、憎まれるのも、そう言うソフトターゲットを狙い撃ちにすることにあるのだからな。
まぁ、私も似たようなことをやってはいるのだが、あまり一緒にされたくない。
いずれにせよ、その不文律を犯したのであれば、相応の報いを受ける……まぁ、当たり前の話であり、同情には値しない。
当然ながら、バーソロミュー伯爵も黙っているはずもなく、早速増援の装甲騎士団を送り込んできたようだった。
その数自体は200程度となかなかの数だったが、ドゥーク殿がやっていた軽装化した装甲騎士だけを先行させるという方法で、徒歩で一週間の距離を数日で踏破した上で、完全に周囲を包囲してしまっていた。
この辺り、バーソロミュー配下の指揮官達はなかなかに有能だと感じさせる話ではあった。
実際、ドゥーク殿達ももう少し余裕があると思っていたら、予想外に早くバーソロミューの軍勢に包囲されてしまって、籠城以外に選択の余地が無くなってしまったそうだからな。
それが有効だと言うことが解かれば、躊躇いなく模倣する。
単なるパクリと言えばそこまでなのだが、そう言ったマネを敢えてやってのける辺り、あなどれないと言えるだろう。
もっとも、鎧を捨て軽装騎兵となった状態で、市街への突入等と言う無謀な真似を試みることもなく、そのまま包囲陣を敷き、城門を閉じ籠城戦の構えを取ったドゥーク殿達とにらみ合いになっているようだった。
まぁ、さすがに現場の指揮官たちは、貴族達ほど愚かではないようで、順当に攻城兵器を現地調達で用意したり、塹壕を掘り進めるなどで、攻城戦の準備をしているようで、増援や後続の補給部隊もパラパラと到着しているようで、攻城軍の規模も日に日に増大しているようだった。
なお、これはホドロイ子爵の軍勢を撃退後、わずか二週間程度の間の出来事だった。
もっとも、虜囚としたホドロイ子爵は廃人同然となっており、満足な情報を引き出すことも出来なかった……。
あの時、ホドロイも完全に精神まで同化しきって精霊結晶化したのを、強引に精霊体を引き剥がし、精霊結晶を転化した上でむりやり分離させたようなもので、結果的に精霊化自体は防げたのだが……。
その精神的な負荷には耐えられなかったようで、ものの見事に廃人となってしまっていた。
上手く行けば、エインヘリャル化した者を救えた第一号になっていたかもしれんのだが。
そう何かと都合良くはいかなかったと言うことだった。
もっとも、今回のケースはいわば人体実験のようなもので、エイヘイリアル化からの救済は、決して不可能でないと実証されたようなものなのだ。
お母様の話だと、炎の精霊と混ざりあった精神体を一度肉体から引き剥がして、保護した上で分離させれば、なんとかなりそうだと言う話なので、これに懲りずに救済の試みは続けるつもりで、お母様からも賛同は頂いているのだ。
まぁ、間違いなく、失敗を重ねることになるだろうが、問答無用で殺すところを救済を試みるのだから、上手く行ったら見つけものであろう。
なお、神樹教会の者達は神樹の奇跡の体現者と言う事で、ホドロイ子爵を手厚く看護しており、それなりに長い時間がかかるだろうが、治療の見込みもあるとのことだった。
ドゥーク殿の主君とも言えるだけに、さすがにこれは悪いことをしてしまったと思ったのだが。
ドゥーク殿も降伏した装甲騎士団の生き残りも含めて、市民達も誰一人としてその事を悲しむ素振りも見せず、ユーバッハ男爵同様、どうやら居ても居なくても関係ない……その程度の存在だったようだ。
……日頃の行いが悪かったのだろうが、ああはなりたくはないものだな。
そして、我が命に従い、敵地へ情報収集に赴いたアークについても、大胆にも伯爵主催の会議に列席し、その企みも戦力も事細かに情報を集めて、我が元に帰還した。
その情報はどれも値千金と言え、まさに大手柄であった。
もっとも、これはオズワルド子爵殿と、その甥に当たるカザリエ男爵のバックアップがあったからのようで、二人も伯爵からはコウモリ扱いされているようで、伯爵の居城の防衛戦力として、配置されているようだったが。
事実上、その警戒のために多くの兵力を引き付けているようなもので、すでにその時点で十分に役割を果たしていた。
直接会って、互いに言葉を交わした訳でもないのだが。
どちらも貴族の割には物が解っているようで、何よりも揃って敬虔なる神樹教徒だと言う時点で我が傘下に下る気満々のようだった。
……そして、同時にドゥーク殿達からの説明で、この国の複雑怪奇な情勢も見えつつあった。
簡単に言うと、貴族共の神輿の第二王子と、割りとまともな第一王子。
この二人の後継者争いが、王国側の矛盾した対応の根底にあるようだった。
なお、アーク達の話では、第一王子が現王の後継者で、この者自体は現国王同様、神樹教徒でもあり、民衆や下級貴族、騎士階級者……要するに国民の大多数から支持されており、現王からも次期国王として指名されていて、後継者としても妥当な人選だといわれていた。
対する第二王子は、上級貴族や有力貴族の支持を一手に集めており、とにかく現状維持と王国の権威再興を望んでおり、王国から独立するような動きや民衆の叛意はすべて潰すと息巻いているそうだ。
そして、その支持者たちは炎神教の信者と思わしきものが多いようでもあり、どう考えても第二王子とその一派は危険だった。
いずれにせよ、第二王子派は確実に私の敵となることが確定していると言うことだ。
そう言う事なら、むしろ機を見て滅ぼさんといかんであろう。
おそらく、この分だとこの国の上級貴族共はホドロイのようなエインヘイリャルの巣窟のようであろうからなぁ……。
ホドロイの実例からすると、助けられなくもないようだが、むしろ一箇所に集まった所を一網打尽でγ線バーストで消し飛ばした方が早い気もする……。
だがまぁ、殺生はほどほどにせんといかんからな。
いくら、この私が50億の虐殺者であると言えど、直に殺すのはあまりいい気分ではないし、だからと言って、その始末を他者に押し付けるのは、もっと否である。
可能な限り、なるべく殺さず、なるべく生かすようにしたいものだが……。
エインヘイリアルに限らず、ラースシンドロームの罹患者達はとかく命を軽んじる傾向があるのでなぁ……。
連中からは、理性というものが無くなっている事もあるのだが。
勝手に自滅して死ぬような者達や、死なば諸共等のような者達の死に関しては、さすがにそれは私の業とは言えぬと思うぞ。
だがまぁ、その時が来れば、私も躊躇などは一切しないつもりだった。
それだけは……確実だった。




