第三十一話「アスカ様の大戦略」①
「なるほどな……。そうなると、我々は北の炎国と東の伯爵軍と二正面作戦を強いられることになりつつあるという事か。それに、少なくともバーソロミュー伯爵とボンドール子爵は炎神教徒で間違いないのだな……。だが、アークの話を聞いた限りでは意外と理性も保っているようでもある。そうなると……やはりエインヘリヤルの可能性が高いと言う事か……。まったく、世界の破滅を望み、自分達だけは助かるなぞ、その時点で邪教以外の何物でもなかろう……」
急遽帰還したアークを迎えながら、私は市庁舎の地下室にて、彼の報告を聞いていた。
敵の本丸にまで赴いた上での単独偵察行……なかなかに難易度の高い作戦であり、それでいて戦略的価値の極めて高い作戦行動だった。
それ故に、アーク本人からこの敵中戦略偵察プランを提示され、私も危険な任務だと解っていながら、二つ返事で許可を与えていた。
私としては、獅子身中の虫たるオズワルド子爵の意思とその立ち位置の確認の上で、敵の本拠地の外観や兵力配置状況などが解かれば、御の字と考えていたのだが。
アークの持ち帰った情報は、それどころではなかった。
なにせ、バーソロミュー伯爵とその取り巻きが集まり、今後の戦略を語る会合の席にシレッと紛れ込み、その作戦戦略について、生の情報を入手し、城内の見取り図までも盗み出してきたのだ……。
そんな本来ならば、絶対に敵に知られてはならない極秘情報とすべき情報を入手しただけに留まらず……。
その上で、向こうが隠し持っていた切り札とも言うべきロックゴーレムと呼ばれる巨大人型兵器や、恐らくこの世界の最大級の脅威……ドラゴンの存在すらも目撃してきたのだ。
とにかく、敵の戦略と戦力が知れた事と、エインヘイリアルの存在の確信が得られたのは大きい。
倒すべき敵が明白となり、その行動指針がはっきり解ったのだから、俄然やりやすくなってきた。
まぁ、多分に強大な敵ではあるのだが、何も解らないままぶつかるよりも、断然マシだ。
だがなぁ……誰もそこまでやれなどとは、命じていないのだよ。
私がアークに命じたのは、あくまでオズワルド子爵と渡りを付けた上で、敵の本拠地を探り、敵の動向を掴め……その一言だったのだ。
単身で、敵の本拠地に入り込み、敵の戦略会議に紛れ込み、その言葉を一字一句逃さず記憶してきた……この時点で色々おかしい。
オズワルド子爵の協力とカザリエ男爵の使った幻影魔法のおかげでもあったようだが。
アークのやったことは、銀河帝国の諜報員も裸足で逃げ出すくらいには、的確でありながら、大胆が過ぎていた……。
そもそも、敵も何故気付かなかったのだろう?
オズワルド子爵にしても、バーソロミュー伯爵の立場では、どう考えても敵にしかならないにもかかわらず、敢えて仲間に引き込む……。
そこも理解に苦しむところだった。
堂々とスパイを引き込んだり、秘密裏に破壊工作を仕掛けるような可能性は考えなかったのだろうか?
事実、情報もダダ漏れ状態。
アークの話によると、城の案内図をメモしていても、誰も咎めなかったと言う話で、案内の者にいたっては、隠し扉や隠し通路の存在まで嬉々として教えてくれたと言う話だった。
……なんと言うか、危機管理意識がガバガバ過ぎて、こちらが心配になるような有様ではあった。
この世界の者達は、時として私の想像のはるか斜め上を行くことがままあるのだが、敵ながら理解に苦しむ話だ。
もっとも、情報の伝達速度を甘く見てワザと漏らしたと言う可能性もあるのだが。
どのみち、敵の失策には違いなかった。
しかしまぁ……聞けば聞くほど、オズワルド子爵殿も実に大胆不敵な人物だった。
地図を見るだけでも、地政学的に伯爵と敵対関係となる以外あり得ないと解る。
そんな立場にも関わらず、さも味方のような顔をして、いけしゃあしゃと立ち回っているようで、まさに獅子身中の虫以外の何モノでもない……そんな状況を作り出していた。
もっとも、アークの話でもだが、その行動だけで自分が私にとっての味方なのだと、雄弁に語ってもいた。 それでいて、伯爵に対しても決定的な敵にも回らず、巧妙に立ち回っている。
相当な知恵者であり、なかなかの人物であるといえよう。
もっとも、アークのこちらの予想を上回る成果については……。
実のところ、こう言うのは今に始まった事ではない。
どう言う訳か昔から、我が配下の者達はこちらのオーダーに120%どころか200%くらいの成果でもって、応えると言う事が往々にしてあったのだ。
だからこそ、私も敢えて控えめに大雑把なオーダーを出すことで、なるべく無難に任務をやり遂げてほしいと考えていたのだが……。
我が配下達はいつも、いい意味で私の期待を裏切ってくれていた。
まぁ、上手くやってケチを付けるほど、私も狭量ではないからな。
その度に私も大げさなくらいに褒め称えて、配下の者達も感動の涙を流したりしていたものだ。
これは、むしろアークについての評価をより高くすべきであろうな……いやはや、見事見事っ!
なんにせよ、今回のアークの戦略偵察作戦行について、評価を下すとすれば……100点満点中、250点と言ったところだな。
うん? 100点で満点じゃないのかとな?
こちらのオーダーに完璧に応えきった時点で、すでに100点満点の評価なのだ。
事前のオーダー以上の成果を持ち帰ってきたとなれば、100点を超える評価を与えるのが、むしろ当然であろう。
故に、今回のアークのミッション達成率は250%……250点は妥当な評価といえよう。
まったく、アークには相応の褒美でもって、報いなければ、私も立つ瀬がないではないか。
「……以上が今回の戦略偵察行にて得られた情報の概要となります。細かい状況については、神樹様と情報共有済みなので、後ほどご精査いただければと思います」
……お母様との情報共有……。
これは言ってみれば、アークの見聞きした情報を後ほど、追体験出来る……そんな代物だ。
我々の世界で言うところのVRアップロードのようなものではあるのだが。
お母様と話し合った結果、そんな情報共有システムが組み上げられてしまった。
銀河帝国でもそこまでやるとなると、強化人間でもなければ無理があったのだが。
神樹の種を受け入れて強化されただけで、誰でもその程度の事は可能になっている。
当然ながら、情報共有については、お母様に頼めばフィルタリングもしてくれるし、規程時間の10倍速で追体験することも可能だった。
この辺は、帝国のAIとVRの組み合わせなら、それくらい出来ると言う話をしたら、対抗意識にでも駆られたのか、そう言う仕組みをあっという間に作ってくれた。
うむ、相変わらずの無造作チートであるな。
「了解した……。しかしまぁ、向こうもこうも情報が筒抜けになっているとは、思ってもいないのであろうな。いずれにせよ、お手柄であるぞ! 見事見事!」
……この世界の情報伝達速度は極めて遅い上に恐ろしく鈍重だった。
なにせ、人間が歩いて伝えて始めて、伝わる……それが基本のようなのだ。
私と我が国……神樹帝国についての情報も今頃になって、やっと王都の民衆や南方に伝わり始めたようで、貴族連中がざわついているそうなのだが、今更と言う話ではあるよな。
その点、エルフ達は独自の高速情報伝達網を持っていて、神樹教会もそこは同様だった。
恐らく、その辺りの理解が足りないからこそ、情報漏洩にここまで無神経でいられるのだろう。




