第二十九話「バーソロミュー伯爵」①
――バーソロミュー伯爵、居城アイゼンベルグ城にて
「……おのれ、おのれっ! これはどうなっているのだ! 何故、ホドロイが負けただけに留まらず、オーカスで反乱まで起きているのだ! ……吾輩の騎士団は一体、何をやっているのだ!」
シュバリエで起きた独立国騒ぎの鎮圧の命を帯び、意気揚々と出撃したホドロイ子爵率いるオーカス装甲騎士団だったが。
オーカス装甲騎士団はものの見事に壊滅し、陣頭に立っていたホドロイ子爵も奮戦虚しく、虜囚の身となったとの事で、むしろ、オーカス市自体が統治者不在の無秩序状態となってしまったのだった。
そして、それを待っていたかのようにオーカス市で大規模な暴動が発生した。
だが、領主ホドロイは戦場で行方不明となり、オーカス市の統治者不在の状況……そして、それを狙ったように発生した市民暴動。
当然のように、伯爵が配置していた配下の騎兵隊は暴動を鎮圧すべく、行動したのだが。
その行動はむしろ裏目に出てしまった。
……まず彼らは、当然のように市民に対し武力鎮圧を試みた。
もっとも、その手段は蛮勇にして、容赦のないもので、集会を開いていた市民の集団に騎兵突撃を敢行するというもので、この騒ぎでオーカスの一般市民……それも女子供も含めて数多くの犠牲者が出てしまった。
その上で、彼らはオーカスについては、バーソロミュー伯爵の代理統治下に置く旨、宣言をした。
ここまでは伯爵の思惑通りだったのだが、そこで彼らは思わぬ抵抗にあうことになった。
……ドゥーク将軍率いる市民軍の決起!
伯爵配下の騎兵隊は、家族を虐殺された怒りと共に立ち上がった市民達に、仮設駐屯地としていた役所の建物を焼き討ちされた挙げ句、ドゥーク将軍の巧妙な指揮による従兵隊の夜襲により、多大な損害を被り、ほうほうの体で逃げ出そうとしたのだが……。
ドゥーク将軍は先だって城門を閉ざしており、彼らの逃げ場は何処にも無かったのだ。
その時点で彼らは降伏をしようとしたのだが、怒りに燃えた市民達にはそんな命乞いも通じずに、結局皆殺しの憂き目にあってしまった……。
当然のように、騎兵隊に同行し、虐殺を命じた伯爵配下の男爵も騎兵隊と同様の運命をたどり、オーカスは貴族の影響力を完全に排除することに成功していた。
その上で、ドゥーク将軍は自ら新たなるオーカスの統治者として名乗りを上げ、元々市民達に人気もあった事で、圧倒的な支持を受け、新体制を樹立しホドロイの配下だった者達の放逐を始めた……と言うのが真相だった。
オーカス市には、バーソロミュー伯爵が予め送り込んでいた後詰めの騎兵隊と従士隊、合わせて100名ほどがいたのだが、それがまとめて皆殺しの憂き目にあっており、もはやどうすることも出来なかった。
交通の要所でもあるオーカスでの暴動……。
そして貴族による武力鎮圧、それに抵抗し打ち勝った市民達。
結果だけを見れば、オーカスからはバーソロミュー伯爵もホドロイの配下も尽く駆逐され、アスカに忠誠を誓ったドゥークと、その配下が統治する地となった。
現時点では、ドゥークも神樹帝国に合流するとは、表立っては表明していないのだが。
現地の神樹教会もすでに活動を開始しており、市民達にも格安で食料が流通するようになり、神樹教会の司祭たちもこの市民達の勝利は神樹様の奇跡に他ならないと喧伝していることで、その市民達の反乱の裏側に誰がいるのかについては、誰もがとっくに気付いており、もはやそれは既定路線と言えた。
……バーソロミュー伯爵の計画は、この時点で完全に破綻していた。
神樹帝国へ攻め込む立場で、後方の安全地帯で傍観している立場だったはずが、いつのまにか伯爵領が神樹帝国と国境を接する最前線になってしまったのだ。
当然のように伯爵も怒り猛り狂ったのだが。
完全に後手後手に回ってしまった事で、何もかもが手遅れになってしまっていた。
だからと言って、手をこまねいているわけにはいかず、バーソロミュー伯爵も緊急で傘下貴族達を呼び出した上で、その対策会議を開いていた。
そして、それまで不透明だったオーカスの現状について、詳細に報告を受けたバーソロミュー伯爵が激怒し喚き散らす中、集められた貴族達も伯爵を宥めにかかっていた。
「まずは落ち着きましょう……バーソロミュー伯爵殿。現在、情報が錯綜しており、必ずしもそうと決まった訳ではありません……。それに所詮は平民共の反乱ですぞ? 伯爵殿の軍が劣勢というのもなにかも間違いに違いないのでは……」
「そうですな……。オーカスと言えば城塞都市ですが……。私の集めた情報ですと、武装した市民が中心になって騒いでいるようでして……。もっとも、本来街を守っていた装甲騎士団が壊滅した結果、兵の頭数が足らず苦戦している……どうも、そう言うことのようです。ここは速やかに増援を送り、反逆者達を皆殺しにすべきでしょう!」
「シュバリエで平民の反乱が起きた結果、平民達が妙な夢を見てそれが伝染してしまった。これは、そう言うことなのでしょうな。ここは……平民共に貴族に逆らったものがどうなるかを見せつける為にも徹底的にやりましょう! オーカスは都市としては、かなり規模が大きい上に交通の要所でもありますからな。二度と反乱なぞ起きぬように平民共の屍の山を築いてやれば良いのです」
「……そうですな。所詮は平民共が調子に乗っているだけの話。ここは伯爵様のお力で平民共を蹴散らし、我ら貴族の威光を見せつけてやりましょうぞ!」
「貴族に逆らう愚かなる民に鉄槌を!」
「「「鉄槌をっ!」」」
「「「バーソロミュー伯爵、バンザイッ!」」」
威勢のいい言葉と共に、伯爵を称える声が合唱される。
なお、誰一人として、建設的な意見を口にしていないのだが。
所詮彼らは軍事の素人であり、この場で出来ることとしては、その願望を語る。
つまるところ、こうなったら良い的な夢物語を語った上で、伯爵の耳聞こえのいい言葉を並べる程度だった。
もっとも、その光景を見て、賛辞の言葉を得たことで、少しは機嫌を良くしたのか、バーソロミュー伯爵が鷹揚に、手を上げて皆を抑えて、口を開こうとする。
それを見ていた貴族達も、これで伯爵のエンドレス発狂モードから解放されると胸をなでおろしていたのだが……。
「……オーカスの反乱軍を率いているのは、名将と誉高いドゥーク将軍だと聞いておりますぞ。この鮮やかにして、容赦のないやり口。私はあの者をよく知るが故に断言しますが、十中八九……あの者が指揮を取っているのでしょう。そうなると、たかが市民軍などと侮れる相手ではないでしょう。まぁ、ベスター男爵の二の舞いになりたいなら、話は別ですがね」
唐突にそんな冷水をぶち撒けるような言葉を述べた者がいた。
有力貴族の一人……オズワルド子爵の言葉だったのだが、その空気を読まない言葉に誰もが不快さを隠せないでいた。
もっともオズワルド子爵領は、ここ数年の熱波による凶作による人口減、当然のような発生した大不況に喘ぐ貴族達とは違い、独立交易都市のルペハマとの貿易を独占していることで経済的にも潤っており、神樹帝国から大量に流れてくるようになった農作物の流通にも一枚噛んでおり、没落気味の貴族達の中では例外的にむしろ繁栄しつつあり、言わば勝ち組貴族と言えた。
だからこそ、オズワルド子爵は多くの貴族から妬まれ、疎まれており、バーソロミュー伯爵も本来ならば、神樹帝国の討伐に賛同するかどうかを突きつけ、賛同しなければ難癖をつけて、手始めに子爵領へと攻め入るつもりだったのだ。
もっとも、それを見透かしたように、オズワルド子爵は二つ返事で伯爵の提唱した北部貴族同盟に参加を表明し、バーソロミュー伯爵も自分から誘った手前、ぐうの音も出ず、敵か味方かも良く解らない存在を身中に抱え込む羽目になってしまったのだった。




