第二十八話「炎の使徒」②
「わ、解った! 降伏しようっ! 私が悪かった……そ、そもそも、貴国を侵略する気など無かったのだ……。そうっ! 表敬訪問……表敬訪問だったのだ! 昨夜も武器を捨てて一人で来るなら歓迎すると言っていたではないか! は、話し合おう……今なら、まだ悪いように決してせぬ! それに炎神教団の情報も欲しくはないか? 炎神教団は、神樹様を焼き払う計画を建てていて、平原諸国の貴族にも多くの賛同者がいるのだ……きょ、興味あるであろう?」
「言ったであろう? 炎神教団はその神諸共、いずれ滅ぼす予定だとな……。そう言うことなら、やられる前にやるまでの話だ。では、炎神教団の殲滅を前倒しにするとしようか……。で、話はそれで終わりか?」
「馬鹿な……炎神アグナスを滅ぼすだとっ! 貴様は、神すらも恐れぬというのか! なんなのだ! 貴様はっ! 炎神アグナスはこの世の火を司る存在……アグナス様が居なくなったら、この世界は冷え切って……」
「そんな訳があるかっ! 世迷言もいい加減にするがいい……あんなもの、どう見ても寄生虫のようなものであろうが」
「き、寄生虫……だと? 炎神アグナスが……。馬鹿な……アグナス様がその程度の存在であるはずが……。星の彼方から来たりて、世界を照らした原初の炎……なのであるぞ……そんなはずが……!」
アグナスが星の彼方から来たと言うのは、間違っては居ない。
それに気づいたアスカも思わず苦笑する。
なにせ、それを言ったらアスカとて、はるか宇宙の彼方からやって来たのだから、似たようなものなのだから。
宇宙からの侵略者同士が地上の覇権を巡って相争う……この戦いはそう言う構図なのだ。
そして、アスカはそれをはっきりと自覚しており、ホドロイにはそんな事実……もはや、想像の埒外であった。
「はぁ……これだから、天動説世界の者達は困るな。そんな迷信ばかり信じよって……。まぁ、いずれ星の世界に至れば、そのような世迷言は誰も言わなくなるであろうがな」
「よ、世迷言だと! どう見ても、貴様の方が悪魔ではないか! 町や村を植物で飲み込み、人間を化け物に変え、貴族を蔑ろにし秩序を崩壊させる……それが悪魔の所業でなくて何だと言うのだ!」
「まぁ、善も悪も相対的なものに過ぎぬからな。貴様らから見たら、私はまさに侵略者であり、悪魔も同然であろうな……それは甘んじて受け止めよう」
「ひひひっ! 己を悪魔と認めたな! やはり貴様こそが、滅びるべきだ……偉大なる神の力でなっ!」
そう言って、ホドロイもアスカのことを指差すのだが……指さされた程度では人は死なないし、炎神の奇跡……火の魔術は完全に封じられている。
もはや、勝負あり……そう言う状況なのだが、アスカは未だに警戒を解く様子もない。
「盛り上がっているところ、申し訳ないが。ひとつ、確認させてもらおう! 炎神アグナスは何処にいるのだ? 聞いた話だと、あそこに見えている一際デカい火山に生息していると言う話だが。それで合っているのかのう?」
「神の住まいし火の山……アグナパレスの事か? ああ、アグナス様はその火口の奥底にて永き年月を眠り続けながら、世界救済の時を待っているのだ! そして、その日はもう間もなくやって来る!」
「ふむ、やはりそうか……。信者たる貴様が言うのなら、これは確定情報と判断して良さそうだな。さて、貴様らの神とやらの巣穴も教えてもらった以上、貴様に聞くこともなくなってしまった。そろそろ、引導を渡すとしよう」
「な、何故そうなる! わ、私が貴様に何をした! そもそも、貴様は一体なんなのだ!」
「私がなんなのか……だと? 先程、貴様も言っていたであろう……神樹の精霊であるとな。もっとも、私は本来、貴様らの言う星の世界の住民……宇宙の星々を跨ぐ大帝国の皇帝だったのだ。貴様ら如きとは格が違うのだ。まぁ、どのみち、炎神教等と言う邪教とその信者共は、その神諸共この地上から滅ぼしたほうがよかろうて……」
「馬鹿なっ! 何を言っているのだ! 炎神教は邪教どころか、王国でも正式な宗教として認められているのだ! それに原初の炎……始まりの神を何だと思っているのだ! 神を滅ぼすなど、何を言っているのだ! 貴様は!」
「馬鹿者め……この宇宙には、神など何処にも存在しないのだ……これは動かしようがない事実であるぞ。貴様らの言う炎神も単なるエネルギー生命体に過ぎん。そして、ラースシンドロームと言う悪夢のような病を宇宙規模でバラ撒く病原体なのだ。なぜ、そんなモノを神として崇め、祈りを捧げられるのだかな……。貴様らの気がしれぬよ」
「え、炎神の怒りを買うと、滅びがもたらされるのだ……。だからこそ、その怒りを鎮めるために、人は祈らればならんのだ……。ましてや、貴様のような炎神を滅ぼすなどと言う輩を生かしておいては……」
「なるほど、荒振神……そう言う信仰か。理解は出来なくもないが、そう言う事なら尚更、滅ぼすべきだな」
「ま、待て! 何故そうなるのだ! 神を……炎神を信じることが悪だとでも言うのか! そんな横暴……許されるはずが!」
「貴様に許されなくても、一向に構わんよ。貴様も神樹……お母様を神として信じていればよかったのだ。信じる神を間違えた故に……詮無きことよの。では、そろそろ、用済みと言う事で……覚悟は出来たかな?」
「ま、待て! わ、私は……貴族なのだっ! 貴族を殺すということは、平原諸国全てを敵に回すのと同義であるぞ! 話し合いを……っ!」
「どうでもいいのだ……そんな事はっ! 貴様が誰であろうが、そんな事は関係ない。貴様、いつまで人間のふりをしているのだ? エインヘイリャルよっ! くだらん時間稼ぎなど無駄だ! もう、観念するがよいぞっ!」
アスカがそう告げた瞬間。
ホドロイの身体のあちこちから生えていた赤い水晶のような結晶が一斉に皮膚を突き破って全身を覆っていった。
「あがぁあああああっ! な、なんだ……これはっ! 何が起きて……ああああっ!」
「哀れよのぉ……。貴様は貴様自身が気付かぬうちに、炎の精霊の苗床となっていたのだ……それが貴様の言う神を信じた者の末路だ……。故に貴様らは滅ぼさねばならんのだ!」
「……た、助けて……くれ。頼む……」
「すまんが、そうなった以上は私に出来ることは、介錯くらいだ。これは言わば、情だ!」
そう言って、アスカが放ったコイルガンの弾頭が唯一残っていたホドロイの頭を撃ち抜くと、赤い結晶体に細かいヒビが走っていく!
「またぞろ、自爆して精霊化するつもりだろうが、そうはいかんぞ! 今だ! リンカっ! 撃てぃっ!」
アスカの呼びかけに答えるように、赤い水晶のど真ん中に、大きな穴が穿たれる!
「……精霊化する直前の結晶状態で、神樹のマナストーンを直に撃ち込み、内部から同化崩壊させる……これならば、精霊化する前に、仕留められるはずであろう? 終わりだよ……エインヘイリアル!」
赤い水晶の色がところどころ、緑へ変化し、また赤に戻ったりを繰り返す。
それを何度か繰り返した末、赤い水晶の塊は緑色に染まっていった。
「どうやら、終わったな……。何か仕掛けてくるかと思ったが、杞憂であったか……」
緑の結晶が崩れていくと、その中から幾分憔悴しているものの無傷のホドロイが出て来る。
「ふむ……これは、どう言う事だ? コヤツは火のマナストーンに同化されたのではなかったのか? それに私は確実にヤツの脳髄を撃ち抜いたのだぞ……まさか、あの状態から助かったとでも言うのか!」
アスカの問に、神樹の答えは明白だった。
(この者の火の精霊結晶は、すべてわたしが同化吸収し、神樹結晶化したのだ。悪いやつだからと言って死なせるのは、可哀想なのだ。多分、これでエインヘリャル化からは解放されたのだ。後は火病と同じやり方で治療も出来ると思うのだぞ)
……そんな神樹の言葉にアスカも苦笑する。
だが、それと同時に驚愕を覚える。
今、神樹が行った事は奇跡以外の何物でもなかった。
結晶化前のホドロイは、どうみても助かるような状態ではなかった。
ラースシンドローム末期症状で、全身各所の血管が破裂し、放置していても死ぬ。
そんな状態だったはずだった。
そして、アスカの放ったコイルガンは、ホドロイの脳髄を撃ち抜き、その生命活動を確実に停止させた……そのはずだった。
だが、今のホドロイはどう見ても非感染者で、呼吸も正常でバイタルも安定しているように見えた。
……人体再生蘇生。
ごく当たり前のように、それに近いことをやってのけた。
その事に気づいたアスカも戦慄を覚えるのだが。
もとより、それくらいやってのけるだろうとも予想しており、むしろ確信を得るに至った。
「そうか……まったく、いつもお母様は軽く奇跡を起こしてくれるのだな。可哀想……そう言われたら、私も何も言い返せないではないか。まぁ、そう言う事ならコヤツは生かした上で後送して、話し合いの一つもしてみるとしよう。おそらく、正気に戻れば少しは話も出来るだろうし、どうも炎神教団についても深く関わっていそうだからな……。ひとまず、イース嬢達を寄越してもらうとするか……」
……かくして、ホドロイ子爵率いるオーカス装甲騎士団は事実上壊滅し……ホドロイ子爵も捕虜となり、一連の戦いは一段落付いた。
だが、これは単なる前哨戦に過ぎない。
かくして、戦いは本戦……第二幕へと突入する。




