第二十七話「装甲騎士団、壊滅ッ!」②
それを目にしていた後続も慌てて減速をかけるのだが、とても止まれるような距離ではなく、次々と突っ込んでいっては、バフォッドと同じ様に投げ出されて、折り重なるように、あっという間に死屍累々と言った有様となる。
さすがに三列目ともなると、後続も立ち止まれたのだが、今度はその後ろがぶつかってきて、押し出されるように、接触してまとめてクラッシュ。
五列目が同じ様に止まろうとして、止まりきれず道の端を目指すのだが、そこは森の木々や雑草などが生い茂っていて、当然のように突っ込んで動けなくなった所で、同じ様に避けようとした六列目が衝突して、揃ってクラッシュ。
七列まで来たところで、ようやっと停止できたのだが。
その時点で、すでに半数近くの装甲騎士が落馬し、壊滅状態となっていた。
なお、バフォッドは真っ先に吹っ飛んで、頭から落ちた結果、首がおかしな方向に曲がっていて、即死したようだった。
限りなく自殺同然の……あまりにも惨めな最期と言えた。
「やれやれ、アスカの嬢ちゃん。いくらなんでもこれは凶悪過ぎるだろ……。だがまぁ、こんなところで一斉突撃って、その時点で正気を疑うレベルの自殺行為なんだがな。馬鹿な貴族ってのは、これだから……大方突撃すれば全部解決とか思ってたんだろうが。どうすんだよ、これ……」
さすがのソルヴァもこれは思わず、目を覆いたくなった程の惨状だった。
そして、改めてこの電磁草と言う植物の恐ろしさを思い知る。
実は、これでも手加減していたのだ。
本来は、帯電させることで、触れたものを一瞬で感電死させる。
そう言う植物でもあるのだ。
その威力は、そこに雷が落ちるようなもので、半径10m以内に居るものは、ほぼ確実にまとめて感電死する。
なお、その瞬間電圧は雷同様1億ボルトにも達する。
電磁草を身にまとった神樹兵でもなければ、こんなものとても耐えられない。
当然ながら、フレッドマンとの演習では、電磁草を帯電させるような事はしておらず、フレッドマンも電磁草の生えてくる場所を事前に教えられた上でアグレッサーを務めていたのだが。
その時点で、突撃中にこんなものをいきなり出されたら、もうお手上げと断言していたのだ。
今回の状況もソルヴァもせいぜい十人程度が突っ込んでくる程度だろうとは見積もっていて、ここまで被害が出るのは想定外だった。
もっとも、実際はホドロイの要らない指揮の結果、この時点で壊滅状態にしてしまっていた。
この時点で死者は軽く10名近く出ており、動けないほどの重傷者はもっと出ていて、無事なのは半数にも満たない20人程度。
この時点で、撤退しても許されるほどの大損害だった。
「ああああっ! なんだこれはぁああああっ! 何と言うっ! 何と言う……卑劣な罠をっ! 装甲騎士の面前にこんなものを仕掛けるなんて! なんだ! この針金のような植物は! おのれ! おのれっ! 我が剣にて、切り刻んでくれるわっ!」
ようやっと前に出てきて、ホドロイもヒステリックに電磁草を剣で切り刻もうとするのだが、そんな物で切れるようなヤワな植物ではなく、たちまち剣の方が欠けてしまう有様だった。
もっとも、イースは予め、5分ほどで自動的に枯死するように設定していたので、その電磁草の茂みは、唐突に崩れるように枯れ果ててしまう。
おかげで、電磁草に雁字搦めになっていた馬や装甲騎士も自由になるのだが。
だからと言って、何の解決にもなっておらず、その多くは死体となっていて、馬もまた同様だった。
当然であろう……この世界の馬も時速4-50kmくらいの速度は出せるのだ。
それが強制停止されたのだから、乗っている者も馬も無事で済むわけがない。
「……な、なんだ? 枯れた? ふははははっ! 我が剣と貴族の威光の前には、異形の植物と言えど、塵芥の如しであるっ!」
そう言って、誇らしげにボロボロに欠けた剣を傾げるホドロイ。
「ああ、そいつは時間が経つと崩壊する仕組みだったんだわ。アンタの剣だの貴族の威光とか、カンケーねぇからっ! クックック! じゃあな、いつまでも馬鹿やってねぇで、早く追いかけてこいよ!」
そう言って、悠々と立ち去るソルヴァの背中に剣を投げつけるのだが、肩をすくめた程度で見もせずに避けられてしまう。
「おのれぇえええっ! 小馬鹿にしよってっ! ええいっ! バフォッドはどこだ! あのバカ者が一斉突撃などするから……誰か! あの大馬鹿者がどうなったか知らんか!」
その言葉を聞いていた無事だった兵達は、あんたが命じたんじゃないのかと呆れかえっているのだが。
そう問われて、答えないわけにはいけなかった。
「バフォッド団長は先陣を切っていた事で落馬し、後続の馬の下敷きとなり、即死した模様です……。恐らくそこの死体の山の一番下に埋まっているのではないかと。あの……意見具申よろしいでしょうか……子爵殿!」
兵達を代表するように、小隊長の紋章を付けた騎士が応える。
なお、隊列自体は三つの10人小隊が隊長を先頭に縦列を作って、二つの小隊が後詰で後続すると言う陣形だった為、先頭を切っていた隊長達は全員死亡していた……。
「なんだとっ! なんだ、それは……せっかく装甲騎士団長に復帰させてやったのに、真っ先に死んだだと? ふっざけるなぁあああああっ!」
当然のように、ホドロイの激昂は止まらない。
顔は真っ赤になっていて、目は血走り、手足の至るところから血を流しているのだが。
痛みを感じていないのか、ホドロイは平然としていた。
ラースシンドローム……その末期症状であった。
「ですから、子爵殿……。そんな事より、現実的な問題です。バフォッド団長が死に、騎士団も今ので半数が戦闘不能となりましたが、存命のものも多く居ます。まずは、戦友たちを救うべく、鎧を捨て、救援活動に専念させていただきたく……」
「冗談ではないぞ! そんな事をしていたら、奴らに逃げられてしまうではないか! そんな怪我人なぞ、ほっておいて無事な者だけでも前に進むのだ! 死んだものはどうにもならんし、怪我人なぞ、なんの役にも立たん! 捨て置け! とにかく、進め! 進むのだ! そして、すべてを焼き尽くすのだ!」
そんな事を口走るホドロイに、その小隊長は心底呆れたようにため息を吐く。
「畏まりました。ですがバフォッド団長の戦死で、我々も指揮者を失い混乱しています。現状、健在な最上級士官と言う事で、私が指揮権を引き継ぎますが、異論はありませんな?」
「ああ? 貴様は誰だ……すまんが、名乗ってもらわんと判らん」
……自分の名前も覚えていないような者に従うのかと、その小隊長も思っていると、前にいた兵が剣に手をかけた。
どうやら、先に部下の方が我慢の限界を迎えつつあるようだった。
その様子を見て、その小隊長もその兵の肩を叩くと、敢えて名乗ることにしたようだった。
「イックスです。後詰の第四、第五の小隊長を兼任しておりました」
「なんだと? 第四も第五も、落ちこぼれの雑魚騎士共の小隊……! ならば、小隊長の中でも一番下っ端ではないか! 何故、貴様なんぞが最上級になるのだ! 他の隊長達はどうしたのだ!」
このイックスと言う男。
昨夜の時点でも、見るからにやる気もなく、宴もそこそこにドゥークと何やら話をしていて、先の一斉突撃の命令にもやる気なさそうに常歩で着いてくる程度と、完全なサボタージュの姿勢を見せていた。
だが、結果的にそのおかげで難を逃れていたのだ。
「そうおっしゃられてもねぇ……。いかんせん、第一小隊長だった副長は、バフォッド団長と揃って戦死されてしまわれましたし、第二と第三小隊長も副隊長も先陣切ってたせいで、そこで死体になってますからねぇ……。要するに主だった士官が私以外、全滅してるんですよ。しかも、一戦も交えぬうちに……いい加減、現実を見ていただけませんかねぇ? こりゃ、どう見てもこれ以上の進軍なんて、無理ですよ……。敵さんも呆れ返って帰っちまったじゃないですか」
「貴様! なんだ、その反抗的な態度は……反逆とみなすぞ? 貴族であるこの私に逆らうなど、良い度胸をしているな!」
「反逆ですか……ドゥーク団長のように、更迭されるというのなら、お好きになさって結構ですぞ? 俺もむしろ、降伏したいくらいですよ。こんなクソアチィところで、こんなクソ重てぇ鎧着て……挙げ句、突撃とか言い出して、こいつら心底、馬鹿じゃねーのって思ってましたよ。なので、我々は突撃しませんでしたぁー! もうやってられるか、このバカ貴族がっ! いい加減にしやがれっ!」
「きっさまぁああああっ! そこに直れ……貴様は現時点で降格とする……そこの兵ども! この男を拘束しろ……以後、貴様らは我が直率とする!」
「おお、怖い怖い……。おい、野郎ども! お貴族様の勅命だぞ……どうするさね?」
不敵な態度を崩さず、イックスは後ろに来ていた兵達へ振り返る。
「……イックス隊長の指示通り、のんびり着いて行って正解でした。俺はイックス隊長の部下で良かった。何やら雑音が聞こえますが、気の所為ですよね。この兜って、アチィし音が聞こえにくくていかんですな」
そう言って、その兵は剣を抜くとホドロイに向ける。
「私も、隊長のお陰で命拾いしましたので、同様です。どうせ、隊の主だった者は死んでしまいましたし、ここでこの馬鹿貴族を殺した所で、問題ないでしょう。なにせ、ここは敵地ですので……指揮官を兼任した貴族殿が亡くなるのも、良くあることではないでしょうか?」
女騎士がやはり、同様に剣を抜くとイックスの前に出て、ホドロイに剣を突きつける。
「そうだ! そうだ! コイツの首を手土産にして、もう降伏しましょう!」
背後に居並ぶ兵達の殺気を一身に向けられて、ホドロイもようやっと現実を理解する。
「待て! 貴様ら! 私は貴族なのだぞ! 何故逆らうのだ! いや……逆らっていいと思っているのか!」
「そりゃ、アンタの無茶振りで目の前で仲間が盛大に死んだんだ。味方を無駄に死なせた馬鹿な指揮官が戦場で後ろから刺されるなんてのは、昔からよくあることだろう? 実際、皆、アンタのせいで集団自殺したようなもんなんだ……解るか? そこの奴らはアンタが殺したようなもんなんだぞ! 俺達は生きて帰りたいんでね。だったら、ここでアンタをぶっ殺すってのが俺らの生きる道ってヤツだぜ!」
「な、な、な……! 何を言っているのだ! 貴族を殺す……それがどれほどの大罪なのか……」
「知るかそんなもん! 死人に口なしって言うぜ? おい、お前ら……もう解ってるよな?」
「はっ! 子爵殿は勇敢に先陣きって、バフォッド団長と一緒にくたばった……そう言うことですよね?」
「……だな。死んだはずの人間が生きてちゃおかしいからな。そうですな……一応、敵と戦い見事に散った……そう言う筋書きにしておくとしましょう。良かったですな! 名誉の戦死ってヤツじゃないですか!」
「ふっざけるなぁあああああっ! 私はまだ生きているのだぞ! そもそも、貴様……初めから、まるでやる気がなかったではないか! まさか、こうなることを知っていたのか!」
「ええ、まぁ……。ドゥーク団長から、馬鹿への義理立てもほどほどにしろって警告されてましたしねぇ……。もっとも、私は部下を無駄死にさせたくなかったので、突撃と言っても後ろからゆるゆると着いていくように最初から指示してたんですよ。おかげでうちの連中は全員命拾い。いいですか? 兵隊ってのは自分たちを無事に連れて帰ってくれるヤツに付くんですよ……そんな訳でお別れの時間のようですな……」
イックスがそう言って、後ろの兵に向かって頷くと、兵達も無言で剣を抜くとジリジリと包囲するように、間合いを詰める。
それを見て、ホドロイも悲鳴をあげると馬にむち打ち、前へと駆け出していった。
「……イックス隊長、どうします? 追いますか? 奴を生かしておいたら我々の立場が……」
「いや、上手い具合に前に逃げてくれたからな。ドゥーク団長の注文通りには出来た……あの野郎が生きて帰れる可能性は……まぁ、皆無だろうな。なにせ、この道は地獄に繋がってる。俺らは地獄の崖っぷちで踏みとどまれたんだ……。神樹様に感謝ってな!」
「崖っぷちどころか、もう地獄じゃないですか。あんな針金みたいなのを置かれただけで、ここまでの被害が出るなんて……なんですかありゃ?」
「まぁ……そうだな。だが、言えることとしては、俺達は生き残った……! 案外、俺達装甲騎士の時代も終わりなのかもしれねぇな……。こんなもんであっさり壊滅してるんじゃ、徒歩で槍だの剣振り回してたほうがまだ生き残れそうだ」
「かもしれないですね。と言うか、ドゥーク団長が言っていたのはこう言う事だったんですね。森で戦う以上は絶対に勝てないって……」
「まぁな……。と言うか、何もなかったところに馬でも突破できない障害物が湧いてくるとか反則だろ!」
「そうですね……。あれがこの先、いくつもあったら、本気で何も出来ないまま全滅してましたね……。馬も鎧も捨てる時代が来つつある……ドゥーク団長は前々からそう言っていましたが、多分、それが正解なのでしょうね」
「そう言う事だ。だが、さすがお前ら! 正直、土壇場で見捨てられないかヒヤヒヤもんだったぜ? やっぱ、部下はかわいがっておくに限るよな! 帰ったら、全員に酒でも奢らんといかんな!」
「ははっ、俺らもそこまで薄情じゃないですよ。そう言う事なら、ありがたく奢られるとします!」
「へへっ、ご相伴にあずかりますぜ! つか、後はもう帰るだけでしょう! ドゥーク団長も来たようですし、こんな邪魔くさい鎧なんぞ捨てちまって、助けられるだけでも戦友を救出しましょう……ですが、どれだけ、助けられますかねぇ……。虫の息のヤツも多いみたいですし……せめて、神官でもいてくれれば……」
「なぁに、ドゥーク団長、どっから連れてきたのか知らんが、神樹教会の神官連中を何人も引き連れてたからな。ほら、俺らの救いの女神様達のご到着だぜ? ここは武器なんて捨てて、盛大に出迎えようぜ! へへっ、俺は今日ほど神樹様への祈りを欠かさなかった事に感謝したことはなかったぜ?」
イックスがそう言いながら、後ろを指差すとドゥーク率いる従兵隊が、神樹教会のシンボルマークの木の葉の紋章を旗印として掲げながら、イックス達のもとに向かってきていた。
「ははっ! こう言うことだったんですか! いやはや、隊長の付き合いで渋々だったんですが、俺らも教会で祈った甲斐はありましたね。と言うか、この教会の神官からもらったお守りも案外、ご利益あったんでしょうかね?」
「あったからこそ、俺らはアイツらと違って、正気でいられて、無事に帰れるんじゃねぇのか? 戻ったら、神樹教会へ皆で行って、感謝の祈りを捧げようじゃないか。すまんが、飲みはそれからでいいな?」
……イックスは装甲騎士団の中でも数少ない正気を保っていた者だったのだが。
彼とその配下の騎士達もまた、神樹の守りの恩恵を受ける事で、愚かな自殺突撃を踏みとどまるだけの理性は残していたのだ。
そして、ドゥークはこのイックスと共謀することで、装甲騎士団の半数近くを密かに掌握することで、最低限の犠牲で装甲騎士団を無力化し、ホドロイを孤立化させると言うアスカの注文に答えてみせたのだ。




