13話。情報の共有は大事
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「そ、それでは失礼します」
『……うむ』
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「さて、そんなわけです。もしかしたら彼女らは再度来訪するかもしれません。基本的に私が対処しますが、お二人も彼女らがいつ来訪しても良いように注意はしておいてください。特に甘味は切らさないようにお願いします」
アンネの名前が出た途端、微妙に様子がおかしくなったラインハルトに対して心の中で(ご愁傷様です)と声を掛け、そのまま通信を終えた神城は同じ部屋で自分たちの会話を聞いていたルイーザとマルレーンへと向き直り、注意を促す。
「……まさかあのお二人が魔族だったとは」
「アレがただ者じゃないのはわかってたけど、アンデッドだとは思わなかったねぇ」
注意を受けたルイーザとマルレーンは頭を抱え、疲れ混じりのため息を吐きながらそう呟いた。
見た感じだとマルレーンの方が疲れているように見えるが、それも無理はないだろう。
あの場において、両者を『風変わりな客人』として歓待すればよかったルイーザと違い、いざと言うときには戦闘をすることまで想定していた護衛のマルレーンの方が衝撃が大きいのは当然であろう。
ただ、神城も意地悪で両者へと情報を伝えなかったわけではない。
「あの場でこの事実を伝えることができなかったのは申し訳なく思っております。ですが、お二人にも事情はおわかりになるでしょう?」
単純に『あの時点では話せなかった』。それだけの話なのだ。
「はい。もしあの時点でその情報を頂いていたら、私は即座に侯爵家へと緊急連絡を入れていたでしょう。そうなると侯爵家、いえ、国中が大騒ぎとなります。その場合、向こうも異変に気付くでしょうし情報を明かしたりしなかったはずです」
そう。あの時点で二人が、特にルイーザがこの情報を知った場合、上記のように非常に面倒なことになっていたことは確実だった。
さらにヴァリエールやアテナイスがペラペラと自分たちの情報を提供してくれたのは、彼女たちが『魔王軍の話』ではなく、あくまで『どこにでもある小国のお話』として話題にしていたからだ。
もしも自分たちが魔族だとバレていることを知っていたら、両者ともに情報を明かすような真似はしなかっただろう。
そのうえ、魔王の情報を知られた(自分で喋っておきながらどうかとは思うが)と確信した場合は……
「ついでに私らも殺されて終わりってか?」
「そういうことです」
マルレーンが言うように、証拠隠滅と言わんばかりに殺されていただろう。
そういった事情から、神城としても情報を共有しておきたかったのは確かだが、それでも「いつ相手の気分が変わって殺されるかもしれない」という極限状態の中ではそうそう危ない橋は渡れないと判断し、ルイーザにもマルレーンにもヴァリエールがアンデッドであることを明かさなかったのである。
「ま、しかたないかねぇ」
「そうですね」
ルイーザもマルレーンも、王都の中をアンデッドが好き勝手に闊歩することには思うところがないわけではない。しかし、ここで個人の感情を優先し、何かしらの行動を起こしたところで意味がない。
いや、意味がないどころか、最悪の事態を引き起こすことになるのは明白であった。
そもそも敵地の中心部に乗り込んでくるような魔族が相手では、マルレーンとて勝てる見込みはない。そして「もしもこちらが明確な敵対の意思を見せた場合、ヴァリエールとアテナイスが黙って帰るだろうか?」と問われたら、答えは『ありえない』の一択。
この場合問題は神城やマルレーンを殺した後、だ。
神城たちを殺したあとの両者は「どうせもう来ないし」とでも言って、帰還前に王都内の貴族たちを蹂躙していく可能性が極めて高い。
その蹂躙が引き起こされた場合、責任は誰が取ることになるだろうか?
その補填は誰が行わなくてはならなくなるだろうか?
神城? マルレーン? ルイーザ?
全員死んでいる。
……まぁ責任に関しては神城に被せることができるだろうが、補填はそうはいかない。
死んだ人間に賠償ができるはずがないのだから、損害を補填するのは彼を外交官として任じた国か、寄親のローレン侯爵家となる。
補填の規模はどれだけヴァリエールやアテナイスが暴れるかにもよるが、王都の中心部で魔王軍の幹部が暴れた場合(それも王国側は完全に無警戒)の被害総額など、概算だけでもいったいどれだけの出費となるか現状では想像もつかない。
結局『一時の感情で勝てない相手を敵に回し、さらにそんな大惨事を引き起こすくらいなら、友好的に接して情報を抜いたほうがはるかにマシ』という結論に至るのは当然のことであろう。
そういった考えから、ルイーザもマルレーンも、そして神城から報告を受けたラインハルトも、魔族と知りながらヴァリエールとアテナイスを歓待した神城に対して文句をつけるつもりはない。
むしろラインハルトなどは単独で魔族と向き合い、相手の情報を抜いた神城の胆力を内心で褒めているくらいであった。
「ま、私には魔族に恨みも何もありませんからね。わざわざ『お前は魔族だ!』と指摘して敵対する必要もありません(最悪は魔族に降伏、もしくは亡命したっていいしな)」
「あ~それはそうだろうねぇ」
流石に降伏や亡命に関しては口に出さないが、神城にとっての魔族とはそういった交渉をする可能性を孕んでいる相手でもある。
よって王国がどのようなスタンスを取ろうが神城にはヴァリエールやアテナイスとの縁を切るつもりはないのだが、ここで神城はマルレーンから驚きの事実を聞かされることになる。
「ついでに言うなら、王国だと直接魔族に恨みがある奴のほうが少ないくらいさ。だから場合によっては本当に休戦も成り立つんだ。そんなわけだから向こうが何もしてこないなら、コッチから仕掛けるのは止めたほうがいいね」
まさかの『敵意が薄いのは向こうだけではない』というカミングアウトであった。
「え? そうなんですか? わざわざ異世界から子供を召喚して戦わせるくらいなので、相当恨みが溜まっているのかと思っていたのですけど?」
「逆だよ。恨みがないからこそ王国の上層部はアンタらに戦わせようとしてたのさ。だから坊ちゃんは『そんなことをするくらいなら正式に騎士を派遣しろ』って言ってアンタらの召喚に反対してたんだし」
「? 閣下が召喚に反対していたのは知っておりますが、それはてっきり騎士の誇りとか、職業軍人の矜持の話かと思っていたんですけど、違うんですか?」
「それも無いとは言わないけどさ、もっと現実的なもんだよ」
「現実的?」
「そうさ。って言うか、本当に知らないのかい?」
「?」
ラインハルトが勇者召喚に反対していたのは聞いていたものの、その詳細までは知らなかったために、思わずマルレーンに確認を取る神城と「なんで男爵サマがこのことを理解していないんだ?」と、首を捻るマルレーン。
「……旦那様はまだ地図などをご覧になっておりませんからね。それを見ればご主人様も王国の置かれている現状を理解できるかと思われます」
そこで二人の間に認識の齟齬があることを理解したルイーザが話に入ってくる。
「ルイーザ様? ……あぁ、もしかして男爵サマはまだ?」
「えぇ。私が知る限りでは、ですが。実際どうでしょう? 旦那様はこちらに来てから地図やそれに近いものを見たことはありますか?」
「いえ、まだ地図は見せてもらっていませんね」
正確に言えばこれまで神城は『地図や勢力図は国家機密だろうから』という理由で敢えて触れてこなかったのだ。
そのため神城にはこの大陸の地理的な情報はほとんどなく、知っていることといえば、三大国家と呼ばれるフェイル=アスト王国と匹敵する規模の国家が二つあることと、その他の中小国家群があること。
そしてフェイル=アスト王国が後方に位置していること。その程度である。
「そうですね。詳細な地図は機密に当たりますので我々も持っておりませんが、大陸の大まかな形と大まかな位置関係を記した勢力図はあります。これを見て頂ければ、旦那様もマルレーンの言葉の意味も理解できるかと思われます」
「……私が見てもいいのですか? 見たからと言って何かを強要されても困りますよ?」
先述したように、地図は国家機密に分類される重要書類である。よって、貴族とは言え余所者に簡単に見せていいものではないし、それを見たせいで借りを作ったと判断されても困る。
「問題ないでしょう。これから魔族との交渉も担当なされると言うなら知らないほうが問題になるのでは?」
諸々の事情を込めて確認を取った神城に対し、ルイーザはあっさりと「知らないほうが問題だ」と返す。
「……そうですか(食えん婆様だよ)」
確かに外交官として交渉を行うならば最低限の知識が必要なのは事実だろう。それは神城にもわかる。
しかしながら、ルイーザに『神城に地図を見せてもいい』と判断する権限があるはずがない。
ならばそれを許可した者がいるということだ。
ならばそれは誰か? 問うまでもない。ラインハルトだ。
(まぁ、今更軍務大臣相手に貸しも借りもない、か)
「では遠慮なく確認させていただきましょう。あぁ、それはキョウコにも見せて大丈夫なものですか?」
「……詳細な地図ではありませんから、特に問題はありませんね」
寄親であり、派閥の長であり、ある意味保護者でもあるラインハルトが相手であれば、警戒するだけ無駄。あっさりと割り切ることにした神城は、いままで敬遠していた情報の取得に意欲を見せる。
……ちなみにキョウコにも地図を見せるのは、同じ日本人同士にもかかわらず持っている情報に差異が有りすぎれば、後日勇者一行に『神城がキョウコを隔離(もしくは軟禁)していた』などといちゃもんをつけられる可能性に思い至った神城が考えた自己防衛策であった。
(女子高生は危険物。触るのも危険。放置も危険。接触を持つ場合は絶対に1対1を避けるべし)
神城にとってキョウコは、自身の持ち得ない知識を持ち、それによって自身の立場を強化してくれる同僚のような存在であると同時に、常に一定の警戒を必要とする存在である。
単なる小物からは脱却しつつある神城であったが、長きに亘り培われてきたリーマンの性根はそうそう変わるものではなかったそうな。
とうとう周辺地図が?
まぁまたエクセルかなんかで簡単に作るんですけどね。
身内からの情報収集も大事ってお話
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