6話 マルレーンの思惑
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この準男爵。いきなり何を言うかと思えば、奴隷とはねぇ。……女の奴隷を買って性欲を満たすようなタイプの人間ではないことはわかるが、なんだっていきなりこんなことを?
「いや、アンタの懐から出る金で何を買おうがアンタの勝手。と言いたいところだけどね」
「だけど?」
「アンタ。奴隷を買ったとして、いったい何に使う気だい? 性的な用途で使うなら先に口説くべき相手がいるだろう? ……流石に怪しい薬の実験に使うつもりなら止めさせてもらうよ」
侯爵家の寄子が人体実験してるなんて噂になったら困るんだよ。
「いやいや、女性に関してはエレンとヘレナで十分間に合ってますし、薬の実験って……貴女は俺をなんだと思ってるんですか。いくらなんでもそんなことはしませんよ」
ん? これは皮肉かい? ま、そっちは後で良いとして、今は質問に答えてやろうじゃないか。
「何と言われてもねぇ。正直に言えば『まだアンタがどんな人間かってことを判断するだけの情報が無いから、現時点ではなんとも言えない』って感じさね」
だから人体実験をヤるかもしれないし、ヤらないかもしれない。つまりは『何もわからない』ってね。
「あぁ。まぁ。確かに」
「自分がどんな立場なのか理解してもらえてなによりだよ」
事実私がわかっていることと言えば、侯爵家に逆らう気が無いってことと敵に容赦するような甘ちゃんではないってことくらいだけどさ。
そもそもが異国の貴族ってことで、アタシらとは基礎となる常識の部分が違うからねぇ。
大奥様もそのことを気にしているみたいだし、お嬢様もできるだけ早くそういうのを確認したいって思ってるからこそ、こうしてルイーザ様とは違うタイプのアタシをここに派遣したんだろ?
そんで、アタシとしては、未だに婚約者の居ないマルグリットをこの準男爵殿が貰ってくれれば尚良しってね。
まったくあの娘ときたら。
お嬢様に憧れて鍛えるのはいいよ? それに【騎士】の天職があったことで、アタシも後継者として鍛えることを優先しちまったのも悪かったんだろう。
けど、そのせいで婚期を逃してしまったのは痛いよねぇ。
いや、これはあの子のせいじゃないんだけどさ。
大体アタシはどこまで行ってもお嬢様の護衛でしかないんだから、領地なんか貰えないし、貰ったところで運営なんかできやしない。
でもって、護衛対象であるお嬢様は、今じゃアタシの護衛を必要としていないご身分さ。
重ねて言えば、向こうの家の護衛との兼ね合いで、アタシらはお嬢様のお子様の護衛からは外されているときたもんだ。
お嬢様からはご自分のお子様もアタシらに任せたかったって言ってもらえたけど、向こうの家にだって代々護衛を務めてきた一族が居る以上、そう言うわけにもいかないものね。
だからアタシが貰った準男爵の爵位は、本当の意味での一代限り名誉爵位でしかない。ま、ブロムベルク準男爵家はアタシ一代で終わるのが確定しちまってるってわけさね。
まぁアタシはそれでもいいのさ。
問題はマルグリットの立場が微妙になるってことなんだよ。
今のマルグリットの立場は『準男爵の娘』ではなく『騎士家の分家の娘』でしかないってことさね。
……はぁ。
継がせる領地も無ければ格式もない。さらに侯爵家から見ても仕える主君が曖昧ときたもんだ。そりゃ普通に考えたらそんな家に婿入りしてくれるような酔狂なヤツはいないよ。
それにお嬢様もね。常日頃から『マルレーンの子を適当な相手に嫁がせる気は無い!』なんて気合を入れてるのも悪かった。
いや、お気持ちは嬉しいんだよ? でもそれは相手にしたら重圧でしかないんだよねぇ。
それなりの打算が無ければお嬢様の重圧には耐えられない。だけど肝心のお嬢様が打算のある奴を省くもんだから、どんな相手も寄り付けない。
それ以外にもねぇ。
これはアタシの失敗なんだけど、マルグリットは騎士としての教育は十分以上に身につけているが、メイドとしての教育はまったく受けていない。これも大きな問題なんだよ。
この場合、お嬢様みたいに色々と突き抜けた存在でもなければ、どう頑張っても貴族の妻にはなれないんだ。だからこのままだと貴族に嫁入りしても恥をかくだけ。側室入りしても一緒だね。
かと言ってそのへんの騎士に嫁がせるのはお嬢様が許さない。って言うか向こうが嫌がる。
そんならいっそのこと国軍にでも入って、その中で適当な相手と恋仲になれば……とも思ったけど、これから軍学校に入って恋愛ってのもねぇ。
今までそっち関係の教育をしてこなかった箱入り娘を軍に入れたらどうなる? どう考えても、同僚に遊ばれて捨てられるか、お偉いさんの愛人で終わる未来しか見えないよ。
それなら最初から貴族の妾になったほうがまだマシさ。
そう思っていたところにお嬢様が『マルレーン! マルグリットにふさわしい相手を見つけたぞ! あとはお前が確認して見てくれ!』なんて言ってくるもんだから、一体全体どんな相手かと思って話を聞けば、なんと相手は異国の貴族様ときたもんだ。
いや、それは良いんだよ?
こっちの常識がないからこそメイドの技能を持たないマルグリットも大事にしてもらえるかもしれないし。なにより異国の貴族とは言え、坊ちゃんが後ろ盾になって正式に準男爵の爵位を与えて、さらに陛下から男爵位を与えられることが確定してるって言うじゃないか。
それが本当なら間違いなくそのへんの騎士家や準男爵家とは格が違う相手さ。加えて、新興の家だからこそ柵も無いと考えれば、マルグリットにとっても悪くない。
それにこの準男爵には『秘薬』という収入源もあるしね。そのうえ、大奥様もお嬢様も奥様も欲している秘薬を作る相手との縁を作るための政略結婚だと言うなら、代々侯爵家に仕えてきたブロムベルク家としても納得できる。
正妻じゃなくても良いんだ。騎士として、女として幸せならそれで良いんだよ。
……あとの問題は準男爵の食指が動くかどうかだけど、少なくとも同性愛者ではないのは判明してるからね。いざとなったらマルグリットを寝所に叩き込むなりなんなりして既成事実を作らせれば良い。
まぁその辺に関しては、肝心のマルグリットがヘタレたら意味ないから追々考えるけどね。しばらくはお嬢ちゃんたちを見て色々と参考にすれば良いさ。
そんなマルグリットの男事情はともかくとして、だ。
異国の貴族である神城が普通だと思ってやったことでも、私らにとっては異常なことであるって可能性は多々ある。故に行動した結果として侯爵家に迷惑が掛かる可能性は捨てきれないわけだ。と言っても本人もそれがわかっているからこそ、こうして行動する前に意見を聞いてくるんだろうけどね。
だからこそアタシもきちんと神城の考えを聞く必要がある。
「とりあえず奴隷を使って薬の実験をするような真似はしませんよ。ルイーザ殿からも『それらの薬は奴隷に使わせるようなモノではない』と念を押されておりますし」
「それはそうだろうよ」
なんたって作る薬が貴重で希少な肌や髪に対する薬だもんね。アタシは興味ないけど、ルイーザ様をはじめとして侯爵家の女性陣が全員『自分が先に試したい!』って言って先を争って確保しようとしてるのが現状だ。
そんなのを奴隷に使うなんてとんでもない。そんなことしたら侯爵家の一部で暴動が起こるよ。
マルグリットもエレンの嬢ちゃんの髪を見て羨ましそうにしてたし。いや、アタシは興味ないけど。
……くれるってんなら貰うけどさ。
「ではなぜご主人様は奴隷をご所望なんですか?」
おっと。準男爵が作る薬について考えてたら、嬢ちゃんが声をかけたか。
しかしアレだね。本当なら見習いの召使いがアタシらの会話に交じるのはどうかと思うけど、嬢ちゃんを鍛えるのはルイーザ様の仕事だから、アタシが口を挟むのは違うよね?
ついでに言えば、この嬢ちゃんは男爵令嬢で現時点で神城準男爵のオンナの一人だから、今後の状況によってはこの嬢ちゃんもマルグリットの先輩になるわけだ。そんならアタシからはあんまり厳しく言わないほうが良いだろうねぇ。
それにこの質問はアタシもしようとしてた質問だし、今回は手間が省けたと思うとしようじゃないか。
「いや、これからエレンがスカウト職になってくるだろう?」
「? まぁそうですね」
「で、俺と一緒にダンジョンかどこかに行ってレベルアップ作業を行うわけだ」
「……そうなりますね」
嬢ちゃんとしては置いてけぼりをくらったみたいで面白くはないんだろうけど、そうなるだろうね。
「それで、それがなんだってんだい?」
まどろっこしい。さっさと本題に入りな!
「失礼。では本題ですが、今はそのレベルアップ作業にマルレーン殿やマルグリットが一緒に来てくれますが、今後はどうなります?」
「今後?」
「……あぁ。なるほど」
嬢ちゃんは理解していないみたいけど、言いたいことはわかった。
「確かに今後もずっとアタシらが護衛に就くという保証はないからね。そんなら自前で戦闘要員を雇い入れて、アタシらが居るうちにレベルアップや護衛の経験を積ませておこうって寸法か」
マルグリットに関しては、神城が手を付けたならずっと一緒だけど……今のところはその気配が無いからこの仮定は無意味だし、アタシらは坊ちゃんやお嬢様から撤収の命令が来たら引き上げることになるからね。
「そうです。それに私の地元では兵士として25年勤め上げた奴隷は市民となる権利が与えられるという法がありましてね。その場合はそのまま家の騎士とする場合もあるのです。だから将来家人とするために奴隷を買うということは、それほどおかしなことではないのですよ」
「へぇ」
そんな法があるのか。しかしまぁ、それなら納得だ。
普通の家なら、付き合いのある騎士家や準男爵家の三男坊とかを騎士や家人として迎え入れるもんだけど、この準男爵はワケ有りだから、誰でも良いってわけではないからね。
当然色々と精査する必要があるけど、その精査をするのは侯爵家になる。
だけど神城が望むのは、侯爵家の関係者以外の人員ってことだろ?
なにせ侯爵家やお嬢様からの紹介で神城の配下になったとしても、そいつらが忠誠を捧げるのはあくまで侯爵家やお嬢様だもんねぇ。これはアタシがそうだからよく分かる。
だからこそ神城は『侯爵家に』ではなく『自分に』忠誠を誓う戦力を欲した。
それが奴隷。
誰の手垢もついてない、純粋な神城準男爵家に仕える配下ってわけだ。
それはわかった。気持ちも理解できる。けど、これはどう判断したものかねぇ。
通常なら、寄子の準男爵が寄親である侯爵家と距離を置くような真似をするなんてのはありえないと言っていい。
なにせそれは寄親である侯爵家に対する不敬であり、ある意味では反逆の準備とも取られる行為だからさ。
でも今回は話が違う。
なんたって神城は侯爵家の寄子でもあるけど、それ以前に異国の貴族であり侯爵家の客人って立場の人間だ。そんなら侯爵家の手先じゃなくて自分の手駒が欲しいと思うのは当然のこと。
坊ちゃんやお嬢様にしてもね。自分たちに依存させたいって思いがあるのは事実だが、それでも神城がいざと言うときのための自衛手段を求めるってんなら、その動きを止めることはできんわな。
奴隷を買う理由があって、奴隷を買う金があって、奴隷を買う意思がある。これは、止められないねぇ。
だけど、ここでアタシが奴隷の購入を認めて護衛として鍛えたりなんかしたら、現在準男爵が『武力』って括りに於いて抱いているアタシやマルグリットに対しての依存がなくなっちまうんじゃないか?
……今まで以上にマルグリットの立場が軽くなるのは面白くないね。よし、奴隷の購入は止められないが、少し時間を稼ぐとしようじゃないか!
「アンタの考えは理解したよ。アンタがそのつもりなら、いずれは奴隷を買うってのも良いかもしれないね」
「……今は駄目だ、と?」
はっ。今の一言からそれを理解するか。こいつに無いのは常識であって知能じゃない。マルグリットにもそれを履き違えないようにキッチリと言っとかないと駄目だね。
それはそれとして。
「そうさ。その理由はね……が……で……だからさ」
今回はコイツが常識を知らないことを利用させてもらうよ!
「……なるほど。それなら確かに『今は』駄目ですね」
(よし! とりあえず誤魔化せた!)
「ま、そういうことだからさ。レベルアップだって遊びじゃないんだ。まずはエレンの嬢ちゃんやマルグリットと一緒にレベルアップ作業に集中しておくれ」
「まぁ、そのほうが良さそうですね」
(別に励むのはレベルアップだけじゃなくても良いけどさ。と言うか、今のままじゃマズい。……マルグリットには多少無理をしても動くように発破をかける必要があるねぇ)
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こうしてマルレーンは、自身の説得を受けて一応の納得をした神城を前に内心でホッと溜め息を吐きながら、これからどうやって娘の尻を叩くかを考えるのであった。
マルレーンやマルグリットは護衛騎士の家の人間なので、貴族の令嬢が行っている行儀見習いをしておりません。
そのため貴族の家に嫁ぐにしても、正妻にはなれませんし、なっても立場がないことは理解してますし、どこかの騎士の家に嫁ぐにしても、向こうから家の乗っ取りや何やら(主にアンネの圧力)を警戒されてしまうので相手がおりません。
結果として降ってわいてきた神城君が色んな意味で一番の安パイなんですね。
神城君が居なければ? どこぞの騎士の家に嫁ぎ、実質的に家を乗っ取るか、もしくは色々と肩身の狭い思いをすることになるでしょうってお話。
神城君をどうやって説得したかは次回に持ち越しだッ!
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