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18話。転ばぬ先の10フィート棒

娘の経験値稼ぎがメインとは言え護衛としての経験が豊富な騎士が来てくれたので、俺は早速護衛対象としてやってはいけないことを確認することにした。


「は? 護衛対象としてやってはいけないことを教えてほしい?」


「えぇ。マルレーン殿が話を聞いているかどうかは知りませんが、私はこの国の常識に疎いのでね。国が違えば護衛の方法も違うかもしれませんから、基本的なことでも教えてほしいのですよ」


実際は護衛されたことすら無いから護衛対象のイロハがわからないのだが、この辺は常識が無いからってことにしておこう。


「そう言えばそうだったねぇ」


俺の意見を聞いてマルレーンはうんうんと頷いて、護衛する側の意見を述べてくれた。ちなみにマルグリットはルイーザと共にエレンとヘレナのところに行って顔合わせと設備の確認を行なっており、ここには居ない。


ある意味で女性と二人っきりの状態だが、自分よりも恰幅の良い肝っ玉母さん相手に何かしようとは思わんので、そういう空気にはならんと断言しよう。


そんな誰に言っているかわからない弁明はともかくとして。


「んじゃまず最も基本的なことから行こうか」


「はい。お願いします」


拝聴しようではないか。護衛対象に求められる態度とやらを! そう意気込んでいた時期が俺にもありました。


「護衛対象が護衛を気にして行動を制限するようじゃ、護衛の意味がない。だからそんなことは気にするな」


「……確かにそれは基本なのでしょうけど」


赤い肝っ玉母さんを前にして微妙なノリになっていた俺に対し、マルレーンは本当に基本的なことを教えてくれた。


うん。護衛は護衛対象が何をしても守るのが仕事だもんな。本音では『護衛しやすいようにしててください!』って言いたいこともあるだろうが、口には出さんだろうさ。


けど俺が聞きたいのはそういうことじゃなくてだな……俺がさらに言い募ろうとしたところ、マルレーンは苦笑いをしながら手をかざして俺の動きを止め、話を続けてくる。


「あぁ、アンタの言いたいことはわかってるって。アンタが私たちが護衛しやすいようにって気遣ってくれるのはありがたいことさ。ただね? それだとマルグリットの修業にもならないじゃないか」


いや、そりゃそうだろうけど。


「……最初は簡単なほうが良いのでは?」


そうやって自信を付けていったほうが良くないか? 俺はそう考えたのだが、マルレーンの考えは違っていた。


「いや、簡単過ぎて護衛の仕事を軽く見られても困るのさ」


「……なるほど」


あれか。最初にブラック企業の勤務を経験した奴は、他の職場でもやっていけるようになるって奴か。


「わかったかい? だからあの子にはできるだけ苦労をしてほしいっていうのが私の気持ちだね」


若いうちの苦労は買ってでもしろと言うが、まさしくそれだな。しかし、マルグリットが苦労するってことは俺が何かしらの面倒に巻き込まれる必要があるんじゃないか?


「確かにマルレーン殿としてはそうなのでしょう。しかし私としては問題は発生しないほうが良いと考えておりますが、その辺は如何お考えでしょう?」


面倒事を経験しないと成長しないのは事実だが、それを俺で実践されても困る。と言うか、そもそも面倒事なんかないほうが良いだろう? それに処理に失敗した場合、ダメージを受けるのは俺やエレンだ。マルレーンが責任を取って済む程度の問題ならそれに越したことはないが、そうじゃなかったらどうするんだ?


「問題がないのが一番良い。それも確かだろうよ。ただねぇ」


「ただ?」


「すでにエレンとヘレナの嬢ちゃんは貴族の連中に目を付けられているらしいじゃないか?」


「……そうですね」


「ならここで何をしても『問題が起こること』は確定してると思わないかい?」


「それもそうですが……」


言っていることは分かる。どうせ問題が起こるんだから、今のうちにダメージコントロールの算段を付けようって話だろ? 


「そこで話はアンタの言った『護衛対象としてしてほしくない行動』ってのに戻るんだがね」


「えぇ」


さっき言われたのは、あくまで『基本的なこと』だからな。これからが本題だと感じた俺は、姿勢を正してマルレーンからの言葉を待った。すると彼女は些かやりづらそうな顔をして話を続けてくる。


「ああっと。まず重要なのは『護衛対象をはっきりとさせること』それから『護衛対象を分散させないこと』この二つだろうね」


「ほほう」


なるほど。ここで言う護衛対象ってのは、俺ではなくて実際に狙われているエレンとヘレナのことだろう。ただ、侯爵家にとって重要なのは彼女たちではなく俺なので、彼女らを助けるために俺の警備を減らすというような真似はしないはず。


そうなると求められるのは『護衛対象の集中』になるよな。つまり、こうして家の中で待機している分には問題無い。ここで問題になるとすれば、ずっと家の中に篭っていても何も解決はしないので、何かしらの動きを見せる必要があるってことだろう。


ではその俺が見せる動きってのが、護衛対象の分散にならないような動きであるためにはどうしたらいい?


「考え込んでいるところ悪いが、そもそもの話なんだけどね?」


「なんでしょう?」


「アンタのほうに、あの娘っ子らを狙う連中に心当たりはあるのかい?」


あぁそれな。犯人の目星が付いてるなら教えろってことだろ? 


一応の予想は立ってるんだが、所詮予想だからなんとも言えないところなんだよなぁ。下手に先入観を与えるのはどうかと思いながらも、情報を隠すつもりもない俺は、あくまで予想であることを強調しつつ、その考えを述べる。


「おそらくですが……ヘレナが実家にいた時、彼女を引き取ろうとした貴族の家の関係者ではないかと」


「んん? どういうことだい?」


「あぁ。まず彼女の事情から簡単に説明しましょうか。まず彼女の実家がですね…………」


「はぁ」


イマイチ状況を理解できていないマルレーンに簡単にヘレナの事情を説明すると、話を聞き終えたマルレーンはなんだかなぁと言った顔をして溜息を吐いた。


「つまりはアレかい? アンタの予想だと、その貴族が今も妹の嬢ちゃんを狙っていて、何かしらの悪巧みをしているってことでいいのかい?」


「そうなりますね」


ヘレナが感じた視線と言うものから推察するに、俺はおそらくそういうことだろうと思っている。


「で、そこまで知っているアンタは、それにどう対処しようとしてるんだい?」


マルレーンの問いかけはある意味で当然な問いかけであるが、同時に今は無意味な問いかけでもある。


「今のところは特に何も」


なにせ俺は何もしていないのだから。


「何も?」


「えぇ、あくまで『今のところは』ですけどね」


「???」


怪訝そうな顔をするマルレーンに、俺は苦笑いで返す。


「現在はルイーザ殿から連絡をもらった侯爵家の方々が私の身の回りを探っている貴族を調査しているでしょう? それが終わるまでは動きませんし、動けませんよ」


「あぁ。確かにそうだね」


最初はヘレナを使って釣りを仕掛けたらどうだ? と考えたのだが、現状では誰が、どこで、どのように繋がっているかわからないので、下手に動けないという事情があることを思い出した俺は、その計画を中止したという経緯がある。


ちなみに、この釣りを仕掛けた場合、一番困るのが護衛を倒された挙句にヘレナを誘拐されることだ。目撃者もいなければどこに連れ去られたのかもわからないとなれば救助のしようがない。


次に厄介なのが釣った魚の大きさが予想以上に大きかった場合、つまり上位貴族に堂々と持っていかれた場合だろう。俺に侯爵の後ろ盾があるとは言え、所詮は侍女一人の問題でしかないからな。


そのまま示談に持ち込まれては俺には手が出せなくなってしまう。


この場合は相手がわかっているので、後から立場や薬を利用してその貴族から引き取ることに成功する可能性はある。その分は前者よりはマシだが、その時ヘレナが無事である確証が全くないので、簡単に罠を仕掛けることはできないというわけである。


魚釣りとは違い、餌をバラされてしまった後で『あー(ヘレナ)を持っていかれたー』で済む話ではない。


だからこそ今は相手(獲物)背景(大きさ)を調べて、適切な対応を取れるようにするための下準備(情報収集)を行なっている最中なのだ! ……侯爵家が。


「そういうことなら、今の時点でアンタにできることはないね」


「ですよねぇ」


向こうの狙いは俺ではなくヘレナである以上、俺が囮になっても意味がない。いや、俺を脅してくる可能性も全く無いと言うわけでもないが、この場合は俺が侯爵や王に泣きつけば解決する問題なので、むしろ願ったり叶ったりではある。


しかし俺が出歩くためには【勇者】御一行が王都を離れる必要があるので、どちらにせよ時間が必要になるわけで……つまり、しばらくは屋敷の中で大人しく薬の研究をしているしかないってことだな。




~~~



この後もマルレーンと話し合い、結局は屋敷に居るしかないと結論を出した神城は、とりあえずの暇つぶしとして皮膚用回復薬を作り侯爵家に納品することになる。


この結果を受けて侯爵家では『このまま不埒者を放置したほうが良いのではないか?』という意見が出たとか出なかったとか。


とにもかくにも、神城という男は問題解決(マッピング)のために敢えて見えている地雷を踏むような勇者ではなく、10フィート棒を用意して罠を解除しようとする臆病者であった。


このことがヘレナを狙う貴族たちにとってどのような意味を持つことになるのか。


それを理解しているマルレーンは、神城の部屋から退出したあとに「やれやれ、あんまりあの子に楽をさせたくないんだけどねぇ」と一言呟いたという。

サブタイ通りですね。


今のご時世、海外旅行だって用心に用心を重ねないといけないのに、戦争があったり魔物が蔓延っている異世界なら尚更油断慢心なんか出来ませんからね。


マルレーンとしては本当ならマルグリットに確認をさせたいところですが、流石に失敗した場合のことを考えれば色々と拙いので、今回に関しては段取りは自分で組んで実行は娘にやらせる予定と言ったところでしょうか。


神城君、女神○生系の主人公にはなれないもようってお話。


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