4話。動き出す男と巻き込まれる男
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「さて、と。では早速動くとしようか」
「動く?」
授業が終わりマルレーンが退室した後、その日のうちに下準備に入ることを決意していた神城は、早速行動を開始する。
ただ、行動と言っても現状で神城が取れる手はそう多くはない。否、多くないどころか、今のところ神城にできる行動は1つしかない。
「えぇ、動きます。さしあたってはルイーザ殿」
「はい?」
「急で申し訳ございませんが、侯爵閣下との会談を行いたい。閣下へ繋ぎをとってもらえますか?」
それは後ろ盾兼監視役のラインハルトとの交渉である。
「会談、ですか?」
「えぇ。もちろん直接お話しするのではなく、通信で結構です。というかむしろ通信にしてもらいたいですね」
「正式な会談であるならば通信は推奨できませんが……ご主人様の場合はそちらのほうが良さそうですね」
「そうでしょう?」
礼を尽くすという意味では、通信よりも対面のほうが望ましいというのは、日本でもフェイル=アスト王国でも変わらない。
しかし、いくら神城が王都に多数存在する普通の法衣男爵と違い、異国の貴族であり外交官として認められているとはいえ、所詮は男爵。
さらにその爵位もお情けで貰えたかりそめの爵位でしかない。
そんな微妙な立場にある神城が、侯爵家の当主にして軍務卿でもあるラインハルトと直接会っての交渉を希望した場合、どうなるだろうか?
普通に考えれば、他の貴族との兼ね合いやら何やらもあって、かなり後に回されてしまうことになるのは確実である。
それどころか、もしかしたらラインハルトが意図しないところで子飼いの貴族たちが謁見を邪魔しようとする可能性すら否定できないのが貴族社会というものだ。
結局、周囲が勝手に忖度した結果、ラインハルトから連絡を待つ神城と、神城から連絡を待つラインハルトという、双方が『まだか?』と首を捻るような、なんとも間抜けな状況が出来上がってしまうかもしれない。というか、間違いなくそうなるだろう。
で、もしもそんな状況になった場合、困るのは、配下を統制できなかったことを世に露呈してしまい、面子を潰される形となるラインハルトであり、良かれと思って(貴族的な価値観に則って)行動を起こしたにも拘わらず、当のラインハルトによって叱責されることになる貴族であり、彼らに逆恨みをされるであろう神城なのだ。
勿論これは可能性の話ではある。
しかし、決して皆無とは言い切れないのも確かなこと。
なればこそ神城は、すれ違いから生じるかもしれない痛ましい事故を起こさないようにするために、多少の無礼を承知の上で通信による会談を申し入れることにしたのである。
そういった神城の気遣いがわからぬルイーザではない。だが、敢えて彼女はもう一歩踏み込んだ質問をすることにした。
「かしこまりました。閣下へ通信での会談を要請いたします。ですが、一応どのようなご用件なのかお伺いしてもよろしいですか?」
「用件? あぁ、口上ですか?」
「はい」
神城が望むのは対外的には男爵家当主と侯爵家当主という、貴族同士の会談だ。
その会談に際して、両者に個人的な面識をもつとはいえ、ルイーザが口を挟むのは明らかな越権行為と言えるだろう。
だが、ここで彼女が確認したいのは、会談の細かい内容ではなく、その前段階、所謂『口上』である。
「無論、侯爵閣下がご主人様からの通信を断ることはないでしょう。ですが侯爵閣下はご多忙な方。ご用向きによっては後回しにされる場合もございます」
「それはそうですね」
「はい。ですので、ご用件の触りだけでも伺えましたら。と思った次第でございます」
「なるほど」
「……」
神城の表情や態度から納得の色を確認したルイーザは『出過ぎた真似を致しました』と言わんばかりに静かに頭を下げる。
もちろん彼女とて、神城という人物がなんの理由もなくラインハルトと通信を行おうとするような人間だとは思っていない。そしてそれはラインハルトとて同様だ。
故にラインハルトが神城からの通信を断ることはないことは確実と言っても良いだろう。
しかし同時に、ラインハルトが多忙なのも紛れもない事実である。よって場合によっては会談を断られないまでも、数日は後回しにされる可能性は捨てきれない。
こういった懸念があったことから、ルイーザは『急ぎの用件であるならばラインハルトの興味を引くような口上があったほうが良い』と言外に進言したのである。
加えて、ルイーザの持つ侍女的な常識が、男爵から侯爵への通信の先触れが『内容は知りませんが話がしたいそうですよ』というような、ある意味ふざけた先触れを出すことを許さなかったのも無関係ではないのだが、これに関しては一般的な常識の範疇なので特段『ルイーザが個人の感情から無礼を働いている』というわけではない。
閑話休題。
「そうですね。ルイーザ殿の言は至極尤も。……では閣下には『化粧品の品質向上に必要な物資の調達に関する相談をさせてほしい』とお伝えしてほしい。無論日時は侯爵閣下のご都合にあわせていただいて構いません」
「!?」
(品質の向上ッ? そんなの、何を差し置いても行うべき最重要案件では……いえ、落ち着け、落ち着くのですルイーザッ!)
一瞬神城の襟を掴んでガクガクと揺さぶりながら説教をしようとしたが、持ち前の侍女精神を駆使してなんとかその欲求を抑えこみ、表面上取り繕うことに成功したルイーザは、淡々とした口調を崩さないままに先ほど神城が口にした言葉の意味についての考察を行う。
(そもそも、今回は何がきっかけで坊ちゃんとの会談を望むことになったのでしょうか?)
日中マルレーンと一緒になってこの世界の常識やらなにやらを教えていたルイーザからすれば、今の神城がとっている行動は『授業中に何かを考え込んでいたかと思ったら、突如として秘薬を口上にしてラインハルトとの会談を望んできた』という不自然極まりないものだ。
だからこそルイーザは、神城の行動の中にある不自然さについてを考える。
(普段から屋敷に篭って製薬をするか、お気に入りのトロスト姉妹の相手に勤しむことしかしていない彼が、何か問題が生じたわけでもないのに自分から行動を起こす? もう違和感しか覚えません)
……これだけ聞けば普段の神城がなんともアレなことしかしていないような評価になってしまうので一応補足するが、普段神城が屋敷に引き篭っているのには当然それなりの理由があってのことである。
と言ってもそれは『外に出て面倒事に巻き込まれるよりも、屋敷の中にいたほうが安全だ』と判断している程度のことなのだが……それでも、前回市場に売られている物品を自分の目で確認する為に市場に赴いた際に特大の爆弾と遭遇してしまったことを考えれば、面倒事を避けるために屋敷に引き篭ろうとする神城の判断は正しいと言えなくもないのかもしれない。
ちなみに神城は二人との接触について『あれは勇者が行うべきイベントであり、自分のようなモブが対処する問題ではない』といった感じで、誰かに聞かれたら「ちょっとなに言っているのかわからない」とツッコミを食らいそうなことを思っていたりするのだが、それはまた別問題であろう。
(ただ、この方は何をするにしてもこれまで坊ちゃんには……いえ、少なくとも我々には不利益になるようなことはしていません。ならば、今回も悪いようになるとは思えませんが、さりとて決めつけるには情報が不足しております。さて、ここはどう判断したものか)
神城によって齎された化粧品の恩恵を受けている女性陣とは違い、ラインハルトは直接何かを得ているわけではない。
それどころか彼は周囲(主に姉)から無茶振りを受けている立場なので、一概に『神城の齎すものはラインハルトにとって有益である』とは言い切れないのが現状だ。
(ですが……たとえ坊ちゃんの胃が痛んだとしても、その程度のことは秘薬の品質向上の前には瑣末なこと)
主君の胃を瑣末なこととするルイーザだが、実際彼女をはじめとした『神城の作った秘薬を使用したことがある女性陣』にとって“秘薬の品質向上”というフレーズは、絶対に無視できないフレーズである。
それに比べたら胃薬を飲めば治る程度のモノがなんだと言うのか。
まして、ラインハルトの母であるフリーデリンデや妻のヒルダが神城によって製造された秘薬をうまく管理することで、ローレン侯爵家の地盤が強固になっているのは紛れもない事実なのだ。
(で、あれば私が優先するべきは会談の内容を確認し、必要な内容を大奥様へとお伝えすることですね)
「……かしこまりました。その旨、確かに閣下にお伝え申し上げます。今日中にご要望は叶うでしょうから、ご主人様は閣下との会談に備えて御支度をお願いします(無論、他にも用件はあるのでしょう。でもわざわざ坊ちゃんとの繋ぎの口上に秘薬の品質向上を挙げてくるくらいですから、それも決して嘘ではないでしょう。ならば時間を無駄にするべきではありません)」
「え? 今日中に、ですか?」
当事者に確認する前から確定事項のように告げられた内容に、思わず「え?」という表情を浮かべて聞き返す神城。
「えぇ。今日中に、です。それもできるだけ早く会談を行なっていただきますので、そのつもりで。いいですね?」
「あ、はい」
明らかに侍女の立場を無視した越権行為であるが、すでに『どんな手を使ってでも会談を行わせる』と覚悟を決めているルイーザは揺るがない。
それどころか今も呆けた顔を浮かべた神城に「無駄なことを考えてないでさっさと準備なさい」と発破を掛ける始末である。
「まぁ、話が早くて助かると言えば助かるんだが……いいのか、これ?」
「大丈夫です、問題ありません。ですのでさっさと準備を……」
「わかりましたわかりました。すぐに準備します」
「それで結構。……さて、私も動きましょうか」
神城が準備のために動き出したのを見届けたルイーザは、一つ頷くと覚悟を決めた表情を浮かべたまま、通信機が置かれている部屋へと歩を進めながら「侯爵家のために血を吐くのは当主の務め。悲しいことですが、今回は坊っちゃんに耐えていただきましょう」と、ラインハルトが聞いたら「今回『も』だろうが!」と声を荒らげるような独り言を呟いていた。
この時点ですでに、多忙だろうが食事中だろうが、はたまた寝ていようが間違いなく叩き起こされることが確定した悲しき男、ラインハルト。
彼の辞書に平穏の二文字は、たぶんない。
一人は皆のために。皆は一人(自分)のために。
一人が泣くことで皆が笑えるなら、歯を食い縛って一人を泣かすのがケリィで、泣かせている人と泣いてる人を見て愉悦するのがジョウジィであるってお話。
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電子書籍は明日21日発売。
エレンさんと神城君のイチャイチャが加筆されているとかいないとか。
気になる人は、読んでみようぜ!
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読者の皆様に多大なポイントをもらいながら更新が遅れてしまい、本当に申し訳ないと思っている。(メタルマン並)
ただね。身内に身バレしただけでならまだしも、母親が率先して周囲に広めてるのはなんとかなりませんかねぇ!?
60~70代の方々が手に取るような、そんな高尚な作品じゃないのはわかるでしょう?
ほんと、キツい……。
そんな逆境を跳ね返す為、読者のみんな。オラにポイント分けてくれッ!
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