The Wedge Behind Walkers ~暁光のリリア~ 前章②
The Wedge Behind Walkers には、以下の要素が含まれます。
1.物語の描写上、一部暴力的な表現があります。
2.物語の描写上、一部差別的な表現があります。
3.物語の進行の都合上、用語や地理的内容、勢力関係及び人物の関係などが読み取りにくいことがあります。あらかじめ硬派な内容であることをご了承ください。
以上について苦手な方は、ご注意ください。
The Wedge Behind Walkers には、以下の要素が含まれます。
1.物語の描写上、一部暴力的な表現があります。
2.物語の描写上、一部差別的な表現があります。
3.物語の進行の都合上、用語や地理的内容、勢力関係及び人物の関係などが読み取りにくいことがあります。あらかじめ硬派な内容であることをご了承ください。
以上について苦手な方は、ご注意ください。
I.N.387 2/10 a.m.8:13 location ファクダン家邸宅
ファクダン家の使用人:
「ご主人様。お申し付けの通り、選出いたしました。何人か用意する手はずでしたが、一人かなり氷蝕の進んだ若者がいましたので、彼を屋敷に呼んであります」
アーマシー・ファクダン:
「ご苦労。そのものを部屋に入れよ。時間がかかれば勘付かれかねん。急ぐように」
ファクダン家の使用人:
「かしこまりました。ご主人様」
邸宅の窓から見えるインファンスは、いつもと同じ朝を迎えている。アーマシーは王都管轄鉱区ウェル湖で行われている夜間業務に違和感を覚え、実際に自身が持つ鉱区で働いている者を、諜報員に使うことを決定した。そして、選ばれた者が部屋に招かれた。
ファクダン家の使用人:
「ご主人様。彼がノイムです。私たちが管轄している鉱区で最も氷蝕が重篤化している罹患者です」
ノイムと呼ばれたその青年は、誰がどう見ても重症患者であった。口元から左肩、そして左半身をそのまま腰までたどって氷蝕に罹患している。左腰には結晶化した氷蝕もあり、気味悪く、健康な人からすれば、同じ場所で暮らす人間とは思えない。
アーマシー:
「喋ってよいぞ。それにしても……ひどい容態だ。よく生きてこられたな」
ノイム:
「ファクダン公爵。何事でしょうか? 一介の鉱員に過ぎない私に、何を望んでおられるのですか?」
ノイムがアーマシーを見るその瞳には活力と呼べるものがない。
アーマシー:
「安心したまえ。何も罰しようと呼んだわけではない。お前にしかできない、お前にとって最初で最後の立派な仕事を与えてやろうと、わざわざ呼んだのだ」
ノイム:
「公爵。その仕事を伺ってもよろしいですか?」
アーマシー:
「こ奴を選んでくれてありがとう。お前は一度下がっていなさい」
アーマシーは使用人を部屋から出すと、街を一望できる窓のカーテンを閉じ、ノイムに振り向いた。
アーマシー:
「外に出てみたくはないか?」
ノイム:
「外……ですか、もう少し伺ってもよろしいですか?」
アーマシー:
「ああもちろん。座り給え。どうだ、このようなソファ、罹患者が座るなんて奇跡に等しいな……。いいか、これから話すことは私とお前とだけの話だ。もし他者に話せば、わかっているな?」
ノイム:
「――はい、ファクダン公爵。それでは、失礼します」
ノイムはこの高級なソファに座ったことは当然人生で一度もなく、むしろ落ち着かなかった。アーマシーの顔は柔和であるが、どうにも疑い深い。
アーマシー:
「では、本題に入ろう。お前は王都管轄鉱区ウェル湖を知っているか? 私もつい最近知ったばかりだが、どうやらあの鉱区でも特例で夜間の作業が許されているようだ。実際に私の手足も見たとのことだ。問題なのは、そこで何が起きているかわからない点にある」
アーマシーは足を組みなおし、使用人が淹れておいたコーヒーを一口飲む。もう冷えてしまっているようで、席を立つと、もう一杯淹れ始めた。
アーマシー:
「そこでお前にしてほしいことは、内部に侵入し作業の様子を写真に収めることだ。残念だがこのインファンスは貴族同士足並みを揃えて歩いていられるほど、穏やかではない。王家に対しても同様だ。王家を信じるためにも、そこで何が起きているかを暴かなければならない。何か極秘の資源の採掘か? 人体実験でもしているのか? とにかく、情報が無ければ、国議会で強く訴えることもできん」
ノイム:
「私が王家管轄の鉱区に行っても、素性が露見しないのでしょうか?」
アーマシー:
「心配はいらない。貴族管轄鉱区で働いている者が誰かなど、王家が知るわけがないだろう。服と撮影装置を渡そう、しかし、持ち物の確認ぐらいはされるだろうからな、組み立て方法ぐらい覚えてもらおうか」
ノイム:
「かしこまりました、公爵」
アーマシーは使用人を呼び、着替えの服と撮影装置を持ってこさせた。服は決してきれいではない、罹患者として迎えられやすいように、少し痛んだものを用意したようだ。
ノイム:
「ありがとうございます」
ノイムは解体された撮影装置を組み立てる練習を五回ほど行い、要領を押さえると、部品を小さな袋に入れ、それをブーツの中に隠した。必要最低限の部品しかないため、案外入った。
アーマシー:
「明日の朝には使用人を送る。お前の家族という体でな、家族との面会ならば、断られることもないだろう。身分も偽造したものを持たせておくから心配するな。当然、お前のものはない。ある方が不自然だ、それでは、行ってこい。くれぐれも羽目を外すなよ」
ノイムは一度鉱区に戻ってから、フードを深くかぶり、口元にマスクをして、鉱区の外に出た。鉱区に配属されてから、何年ぶりの外か、冷たいがきれいな空気が肺を通る。ノイムはいまだ現実を疑っていた。
ノイム:
(アーマシー、何を考えている? どうせ王家が資源を独占しているのが気に食わないだけだろう。あんな貴族の指示を聞くなんて本意じゃないが、これは絶好のチャンスだ)
渡された地図を広げ、ノイムはウェル湖を目指した。歩き続けてどれほど経っただろうか。レンガ張りの道は懐かしく感じられる。しかし、街は昼にも関わらず、賑わいを失っている。ノイムは街の静けさが異様に気味悪かった。
通り過ぎ地図の不要になったところは細かく破り、街に置かれている複数のゴミ捨て場に分けて捨てる。地図にはファクダン家管轄鉱区からウェル湖までの道が赤く塗られているため、そのまま廃棄してはいけなかった。
周囲を見渡しても、誰一人としていない。鉱区付近は住宅街でも商店街でもないため、人目を気にする必要はなかった。
鉱区ウェル湖の番人:
「そこのお前、とまれ。ここは王都管轄鉱区ウェル湖だ。その見た目、罹患者か? 何か身分を示すものは持っているか?」
ノイム:
「いいえ、もう職も、帰る場所もないただの罹患者です。これをみてください。痛々しい私の体を、もう耐えられない。けれど聞いたのです。ここにいけば仕事を、食事を、住む場所をもらえると、ここだけが頼りなんです」
鉱区ウェル湖の番人:
「それは……大変だったな。法令に従ってこちらで保護しよう。詳しいことは中で聞く、こちらに来なさい」
ノイム:
「本当にありがたい限りです。ああ、ありがとう我らが神ラクトレイン」
ノイムは番人に従い、取調室に入り、偽りの事情を話した。当然その証明などしようもなく、またする必要もなかった。番人は人事にノイムを引き継ぐと、ノイムは簡単な持ち物検査を受けたあと、鉱員として採用された。
鉱区ウェル湖の番人:
「怪しいものも持っていない。よいだろう。ただ氷蝕が重篤化している。一度メディカルチェックを受け、休養をとって、医師の許可を得てから働くように」
ノイム:
「いえ、心配はいりません。今日からでも働きます。メディカルチェックは必要ならば受けますが、休養は要りません」
鉱区ウェル湖の番人:
「しかしだな、規定で決まっているんだ。一日ぐらいは休養をとりなさい。そうでないと私たちが叱られる」
ノイム:
「いいえ。そうだとしても今日働きたいんです。お願いします」
鉱区ウェル湖の番人:
「なんだよ……なら、メディカルチェックを受けた後に、配属できるか確認しておこう。それとそうだ、監察官にも一度挨拶に行こう。王都直属の監察官だから、失礼のないように」
ノイムは番人と共に鉱区の施設に入っていった。ウェル湖の周囲に人はいない。湖のほとりには巨大なタンクが複数並んでいる。また、船が四隻並んでいた。日の光が湖に反射し、その煌きはとても眩しい。
鉱区ウェル湖の番人:
「失礼します。キシュカン監察官、新しく入る鉱員です」
ノイム:
「初めまして監察官。私はノイム、身寄りのない氷蝕罹患者です。この度鉱区ウェル湖で働かせてもらうことになりました」
キシュカン:
「やあ、初めまして……ノイム君。改めて私がキシュカンだ。紹介された通り、ここの監察官をしている、折角挨拶に来てくれたところ悪いが、用事が立て込んでいてね、すまないが詳しい話はあとで聞こう。では失礼」
キシュカンと呼ばれた青年は丁寧に場を後にした。彼のデスクからは湖一面を見ることができる。また、彼のデスクには複数のモニターのようなデバイスがあり、文字通り監察しているのだろうか。
鉱区ウェル湖の番人:
「行っちまったな……タイミングが悪かったか。まぁよくあることだ、王都管轄鉱区は維持に大きな労力を割いているらしいしな、そこのお偉いさんとなりゃ、忙しいってもんだ」
ノイム:
「そうみたいですね。一応の挨拶にはなったでしょうか」
鉱区ウェル湖の番人:
「そうだな。なにかあれば監察官からお声がかかるさ。よしそれじゃ、最後にお前の部屋を決めるか、かなり氷蝕が侵攻しているから、相部屋は難しいだろうがな、寮はこっちだ」
ノイム:
「ありがとうございます」
ノイムが案内された部屋は一人寝るには十分な広さで、目立った不便はない。
鉱区ウェル湖の番人:
「飯についてだが、自由時間中に部屋に配給されるから心配するな。よし……今はこれぐらいでいいだろう。それじゃ、歩いてきたんだろう? 一度休め、手が空いた医師がやがて部屋に来るだろうから、大人しく待っていろ。ああ、寮には娯楽がねぇからな、本でも持ってきてやろうか?」
ノイム:
「ありがとうございます。何冊かいただきます」
鉱区ウェル湖の番人:
「よしわかった」
ノイムはその重篤化した氷蝕によってファクダン家管轄鉱区でも基本的に独りであった。それゆえ人と話すのも久しかった。
ノイム:
(あいつらはこんな場所があるなんて知らないまま、ずっとアーマシーの奴に使われて死ぬんだろうか……もし、ここを無事に出られたら、あいつらにも、教えてやりたいな)
ノイムは部屋全体を見渡す。辺りに装置などはなく、この部屋の様子まではキシュカンに見られてないようだ。ノイムは小型の撮影装置を組み立てると、動作確認のため、内部の様子を写真に収めた。
I.N.387 2/10 p.m.5:23 location ファクダン家管轄鉱区シュジュ山
反旗を企てる鉱員:
「クソッ。あの豚貴族め。俺たちの権利はどこに行ったんだ! 一日中この鉱区に縛り付け、十分な報酬もでない、チッ。抵抗する力もない……。あの野郎、絶対に後悔させてやる!」
落ち着きのある鉱員:
「おいおい、冗談だろう? 今反抗すれば皆殺しだ。最近街が騒がしいだろ? きっとレジスタンスが暴れているんだ、ただでさえ罹患者の評判が悪いっていうのに、今下手すれば、首が飛ぶぜ」
反旗を企てる鉱員:
「だがどうだ。家族を養ってくれるというからこの鉱区に入ったのに、会う事さえできないままもう一か月は経ったはずだ。ただでさえ俺たちには十分な時間がないというのに、このままでいいのか?」
落ち着きのある鉱員:
「違うそうじゃない。好機を待てと言ってるんだ。家族のことが心配なのはわかる。きっと今頃王都が指定した隔離地域で、無事に過ごしているはずさ」
反旗を企てる鉱員:
「王家が本当に俺らの味方だっていいたいのか? この現状を放置しておいてよく言えるな! そもそも隔離政策が始まったのだって遅すぎる。俺たちが鉱員になった後で、しかも俺たちのことは存在しないような扱いじゃないか! それに、隔離政策があるにも関わらず、ここに来る罹患者は後を絶えない。一人来たら一人死ぬ。明日は俺かもしれないんだぞ」
落ち着きのある鉱員:
「死んでるのはこの氷蝕のせいだろ? あの貴族がわざわざ殺してるわけじゃない……だが、確かに罹患者が来るのはおかしいな。どういう仕組みなんだ?」
反旗を企てる鉱員:
「どうせ、俺たちにしたように国家は嘘をついているだとか、家族を養ってやるとか言ったんだろ? あの法螺吹き貴族、俺がいつか絶対に*****してやる! お前も落ち着いているように振舞うが心底焦ってんだろう? 俺たちにはツルハシがある。結託すれば貴族を打ち倒せるかもしれない……やる意味はあるだろ?」
落ち着きのある鉱員:
「馬鹿言うな。絶対に無理だ。ファクダン家は臣忠貴族だぞ、国軍を持っている。何度も言わせるな、今俺らに勝ち目なんてない、好機を待つしかないんだ。そうでないと道連れだってできやしないさ」
反旗を企てる鉱員:
「畜生……いつ来るのかもわからないその好機とやらに、俺らは縋るしかないのか? クソッ、全部国が悪いんだ。王家が貴族に飼いならされなきゃ、こんなことは起きなかったんだ。隔離区域だって、貴族の金がなきゃやっていけないんだろう? 俺たちの命は常に貴族の手のひらの上だ」
ツルハシを振る力が強まっていく。後ろでは、鞭に打たれ痛みに藻掻きながらも、ツルハシを振るう同胞の反響した声が、微かに聞こえる。そのたびに背筋に緊張が走り、彼らもまた、震えることしかできなかった。
――――――――――――――――――――――――――――――
【国勢資料】貴族と国軍
インファンスはインファンス王家によって統治された軍事国家だが、その実態は貴族が握っているわ。貴族には王家を支持し国益を優先する穏健派と、王家に反対し、貴族の利益を優先する強硬派に分かれているみたい。特に、インファンスとガルガで起きた偽神戦争後のインファンス復興において、王家に認められる貢献をした五つの貴族を臣忠貴族と呼んでいるわ。
国軍は臣忠貴族または王家に仕えるインファンスの正式な軍で、各貴族は自身が持つ区と対応する番号の国軍を持っているみたいね。しかし、第一区である王都に限っては王家が軍を持っているわ。区と軍の番号は一致するけれど、停留している地域は各軍によって現在は異なっているわ。
以下は現在推測される臣忠貴族の勢力関係よ。必要ならメモをとってちょうだい。
穏健派
・ロストワン家
当主はリーメン・ロストワン。性別は男性。インファンス国議会において議長を務めている。元国軍第四属所有。議長への昇格につき第四属は解体。(議長・副議長には大規模な軍の解体が義務付けられている)
・バリッシュ家
当主はエイフェス・バリッシュ。性別は女性。国軍第三属を所有。氷蝕研究に多大な投資をし、王都医療センターを創設。
強硬派
・ガンザルバス家
当主はバンキス・ガンザルバス。性別は男性。国軍第二属を所有。国内に収まらず国外でも有力な商人でもあり、貴族一の大富豪でインファンス国議会の副議長。副議長でありながら、その資金力によって軍を持ち続けている。しかし、王家の命令により、彼の持つ第二属は現在国境付近を防衛しており、その資金力は年々鳴りを潜めている。
無派閥
・カルホルン家
当主はマニキア・カルホルン。性別は男性。貴族でありながら贅沢を避け、貴族間の派閥争いでも中立を維持している。インファンス国議会では仲裁人を、国軍は唯一の遊撃隊である第五属を所有する。国内の主要な港を複数所有する有力な貿易商でもある。
※ファクダン家の派閥は現在調査中。
制作者:集積情報処理機関所属・オルターネ
(ファクダン家には強い筆圧で濃くバツが書かれている)
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I.N.387 2/10 ??? location ファクダン家邸宅
ファクダン家の使用人:
「ご主人様。緊急の連絡です」
アーマシー:
「なんだ?」
ファクダン家の使用人:
「ノイムを追跡していた者から、ノイムが破った地図を収集していたところ、一つだけ欠片がないとのことです」
アーマシー:
「なんだと……? しかし追跡させた者は、やつが捨てたところを見ていたわけだろう? 誰がその者より先にその欠片とやらを回収できる?」
ファクダン家の使用人:
「おそらくは国家の諜報員かと思いますが、欠片は見つかっておらず、現在は真相を調査中です」
アーマシー:
「国家も馬鹿ではない。仮に国家直属の諜報員に見つかったとすれば、ここまで嗅ぎ付けられるのも時間の問題だ。クソッ、こうなったら強硬手段に出るまでだ。至急ガンザルバス家に連絡しろ。そして、国議会の開廷を早める」
ファクダン家の使用人:
「かしこまりました。ご主人様」
I.N.387 2/10 ??? location ???
キシュカン:
「やあ。オルターネ、それで、昨日のことだろう? わかっている。ウェル湖周辺で人影を目撃したのは君だけじゃない。やはり王都に近いだけあって、この鉱区はどうしても目立ってしまうようだからね。ファクダン家が、ついに嗅ぎ付けたといったところかな」
オルターネ:
「そうよ……話が早くて助かるわ。けれど、ファクダン家かどうかまではわからないわ。私は王家からの指令でファクダン家が違法に運営している鉱区の証拠を集めていた。彼らを追いかけるうちに、たまたまウェル湖周囲に来ていただけだもの。それで……具体的にどこまでわかっているの?」
キシュカン:
「難しいことを訊くね。私としてはまだどの情報も確定していないから、あてにされるのも困る。強いて言えば、今日の夕暮れ時に一人、氷蝕がかなり進んだ青年を受け入れたぐらいかな。きっと内部までは見られていないから、彼を使って偵察でもしようとしているのだろう」
オルターネ:
「あなた。わかっていて入れたの?」
キシュカン:
「機嫌を悪くしないでくれ、王家がとった政策上罹患者を受け入れねばならない。もちろん怪しい動きがあれば検挙しよう。そのために私が配属されているわけだからね」
オルターネ:
「あなたを信じているけれど、あなたはどうも軽率すぎるわ。知っているかしら? 彼は一度ファクダン家の邸宅に入っている。昨晩ウェル湖周辺で見られた人影が、ファクダン家の人間かまではわからないけれど、彼がファクダン家の手先で、何かしら吹き込まれているのは間違いないわ。現状王家は無理やり罹患者に対する法令を決定していて、国議会でも苦しい立場にある……もし国議会で陥れられたら、一巻の終わりよ」
キシュカン:
「もちろん心得ているよ、しかし、実際にはどうだろう。仮にすべてを塞ぐことができたとしても、それを起点に陰謀が起きれば、裏目になるだけだろう? 情報を隠しすぎては邪推させてしまうだけだ。それなら、こちらである程度情報を渡して、推理の方向を定めてやった方が、扱いやすいものさ」
オルターネ:
「簡単に言うわね。あなたはその結果に対して責任が取れるの?」
キシュカン:
「詰まるところ、もうこの体制は限界だ。民も貴族も国家の隠蔽を訝しんでいる。私たちだって、国家の意思を確かめようと、独断で諜報活動をしている。私は知っているよ……オルターネ、君はさっき王家の指令といったが、それは嘘だ。君の同僚が帰ってこないから……彼の結末を知りたいんだろう?」
オルターネ:
「もういいわ。お互い時間はないもの。王家だって同じだわ。けれど間違いないでちょうだい。私たちは味方よ。目的だって、行きつく先はきっと同じでしょう? 違うかしら?」
キシュカン:
「オルターネ、君の腕っ節が強いことは理解しているつもりだが、君こそ軽率に動かないことだ。私たちがことを大きくしてはいけない。君の私情に巻き込まないでくれよ」
オルターネ:
「言われなくてもわかっているわ。忘れる前に伝えておくけど、次回の国議会の日程が決まったわ。二月十五日よ、覚えておくことね」
キシュカン:
「ああ、ありがとう」
オルターネ:
「それと……これ、彼を追跡している道中で拾ったの。追跡者がいたから、術で身を隠して手に入れたのよ。その夕暮れ時に来た青年が使ったものじゃないかしら? 一応持っておいて、何かしらの地図だと思うわ。この方角なら、第六区からきたみたいね」
キシュカン:
「第六区……ファクダン家の管轄か。それはそうと君は全く……性格が悪いね。ありがたいけど、君は私たちが貴族の動きに気付いたということを、知らせたということだよね?」
オルターネはその言葉を最後まで聞かずに、その銀髪を翻した。キシュカンが破られた地図の一切れから顔を上げる頃には、彼女は深い闇に消えていた。
I.N.387 2/10 p.m.6:21 location 王都管轄鉱区ウェル湖
ノイム:
「そこを何とかできませんか?」
鉱区配属の医師:
「いいえ。できません。あなたの容態はひどすぎます。このような肉体労働はとても許されません。隔離区域に行かれた方がよろしいでしょう」
ノイム:
「いいえ、そういうわけにはいかないのです。私であれば、必ず役に立てます」
鉱区配属の医師:
「役に立つと言われましても、たしかに労働力は完全ではありませんが、重篤患者を働かせるわけにはいきませんよ」
キシュカン:
「まぁまぁ、そこまで熱心な人もいないから、一度だけ、様子見を兼ねてやってみるのもいいんじゃないかな?」
鉱区配属の医師:
「しかし……キシュカン監察官! お疲れ様です。彼の容態は深刻ですが、監察官がそうおっしゃるなら、仕方ありませんね。しかし、何かあれば即座に業務は中止してくださいね」
キシュカン:
「だそうだ。ノイム君。この後いいかな、話の続きをしよう?」
ノイム:
「はい。監察官」
キシュカンは微笑みを見せながら、ノイムを監察官の部屋に招き入れた。
キシュカン:
「ところでノイム君は、どこから来たのかな?」
ノイム:
「私は、インファンス第五区からです」
キシュカン:
「ということは、カルホルン家管轄地域からここまでやってきたということだね? 随分遠い旅だったようだね。カルホルン家は鉱区を持たないから、大変だっただろうに。やはり今日は休んだ方がいいだろう」
ノイム:
「いえいえ。お気遣いなさらず。私は国家に恩を返したいのです。この法令が定まってから、ごく僅かながら救われている罹患者もいるのですから」
キシュカン:
「しかし、どうしても今日ということはないだろう? どうして今日にこだわるんだろうか?」
ノイム:
「いえ、こだわってなどいません。私は私にできることをやるだけですから」
キシュカン:
「ならば、休むことも君にできることだろう?」
ノイム:
「ご冗談を、当然仕事に限った話です」
キシュカン:
「そうか、頼もしいよ。夜間の業務は初めてだろうから、他の鉱員からきちんと説明するように伝えておこう」
ノイム:
「お心遣いありがとうございます。監察官」
キシュカン:
「それでは、また夜に」
ノイムは監察官の部屋を後にした。自分の自室に戻る前に、何人か鉱員とすれ違った。彼らはノイムを見ると、その口元にある氷蝕を見て見ぬふりをし、気を遣って挨拶した。ノイムもそれに応えた。
屈強な体をした鉱員:
「どうも、見たことない顔だな……新入りかい? やっぱり監察官のいっていた若いのはお前か、なら、夜間の業務については聞いたか?」
ノイム:
「いいえ。まだ聞いていません。教えてくださいますか?」
屈強な体をした鉱員:
「もちろんだ。ウェル湖の岬までこい、寒いとは思うが、我慢しろよ」
ノイム:
「えっと、具体的な説明の前に、お手洗いの場所を確認してもいいかな?」
屈強な体をした鉱員:
「ああ。もちろんだとも」
トイレに入ると、ノイムは周囲を警戒しながら、その中で撮影装置の組み立てを始める。僅か数秒で組み上げられたそれを隠し持ち、誰にも見られずに外に出た。
ノイム:
「すまない。さっきの話の続きだけど……」
ノイムは話を続けながら、仕事の内容を頭に入れる。それと同時に湖の畔に設置されている巨大なタンクや船、船内にあるホースなどを大雑把に見て、それらが鉱業で使われるものではないと判断した。すべてを聞き終えた後、彼が背中を向けた隙に、この湖の畔にあるそれらを数枚写真に収めた。
屈強な体をした鉱員:
「おい……どうした? そんなに緊張しなくてもいいんだ。ここは安全だからな。王家が管理しているんだ、それに説明した通り、やることは単純だろ? 最初は確かに怖いが、お前もすぐ仕事に慣れるさ」
仕事内容は頭の中に、その証拠は写真に収められた……アーマシーに言われた仕事を果たしたと言っていいと確信し、ノイムの心はすぐに安堵に満ちた。
ノイム:
「ああ……本当にありがとう」
屈強な体をした鉱員:
「夕食の時間が近い、そろそろ戻るか。まぁ、せいぜい固いパンと、コーンスープぐらいだが、けっこういけるぜ? それに、たまにでる肉がたまらねぇんだ。絶対お前も気に入るさ」
ノイム:
「そうだな……、楽しみにしておく」
部屋に戻り借りた本をしばらく読んでいると、配給が回ってきた。しかし、それを与えに来たのは、あの監察官だった。小声でノイムに話しかけた。
キシュカン:
「やあ。ごきげんよう。よければ、一緒にどうかな?」
ノイム:
「もちろん、構いません。喜んで」
キシュカン:
「う~ん。君は本当に賢く立ち回るね? ノイム君」
ノイム:
「どういう意味でしょうか? 監察官」
キシュカン:
「単刀直入にきこう。この地図は、君が持っていたものかな?」
ノイム:
「どうやって……手に入れた?」
――繰り返される放送:
「これから夜間業務を開始します。従業員は規定に従い、持ち場についてください」
Location ガンザルバス家邸宅
バンキス・ガンザルバス:
「それで、何用だ? アーマシー公爵、急な来賓だからな、何も用意ができず、お恥ずかしいところだが、じっくり話を聞かせていただこうか」
アーマシー:
「いえいえ、とんでもない。しかしながら急を要しますのでね。バンキス公爵、あの手紙をお読みになったでしょうか? こちらとしても時間がなく、返事をいただきたいのです」
バンキス:
「あの……ウェル湖で起きている不審な夜間業務のことか、国家がなにをしているかはガンザルバス家にとっては全く関係ないところだが……、どんな返事を望んでいる?」
アーマシー:
「あなたは偽神戦争後の復興でこれ以上ない貢献をいたしました。そうでしょうバンキス公爵。それにもかかわらず、あなたは国境沿いの最も負担の大きい防衛線を一人で任されている。信頼の表れと言えば聞こえは良いが、実際に不満はあるのでしょう……? なにせ国軍の規模で支えているのです。兵の移動や資源の輸送には膨大な費用がかかるはずです。あなたはこのインファンスで大富豪にも関わらず、王家の策略によって、その発言力を奪われているのです」
バンキス:
「つまり……貴様は国家の陰謀を暴いたという名目で、我らの立場を回復しようと言いたいのか。たしかに、ただ鉱業を行うならば、夜間にまで作業をする必要はない。王家が何かを隠している可能性は高いだろう。しかし、王家の陰謀をいくら語ったところで、証拠もなく歯向かえば、それこそ自ら首を絞めるというものだ」
アーマシー:
「心配は要りません。今我々はその王家の陰謀を暴くために、王都管轄鉱区ウェル湖に人を忍ばせております。明日の朝ごろにはウェル湖で起きている夜間業務の実態を暴けることでしょう。いくつか、写真を撮らせるようにも指示をしていますから、物的証拠も手に入るかもしれません。とはいえ、王家が何か隠しているのは紛れもない事実ですから、そのことについて疑うのは正当な権利でしょう。国議会で議題として挙げるだけでも、十分なところに、さらに証拠をつけ盤石にしているまでですよ」
バンキス:
「そうか……貴様の言い分はよく理解した。ならば明日、その情報とやらが手に入り次第、またお会いしよう。アーマシー公爵、幸運を祈る」
アーマシー:
「ええ、ありがとうございます」
Location 王都管轄鉱区ウェル湖 監察室
ノイム:
「この際何でもいい。俺はもう十分幸せな思いをしたからな……で、どうするつもりだ? もはや、隠すつもりもないさ。この体だってもう持たない。煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
キシュカン:
「それが……君の本性かい、ノイム君? それとも、最後に強がっているだけかな。メディカルチェックを受けているときに君に会いに行ったけど、君はその体を持ってしても、生を諦めているようには見えなかった」
ノイム:
「何がいいたい? なら逆に聞くが、俺をどうしたいんだ?」
キシュカン:
「今君が諜報員だと確定した。ならまずすることは、雇主を聞くことだ。それで、誰なんだい? 君をここに寄こしたのは」
ノイム:
「言わなかったからどうする? 言って殺されるのと、言わないで殺されるのだったら、どうせ変わらない。答えてもいいが、俺の身を保証できるか?」
キシュカン:
「やはり、諦めてないんだね」
ノイム:
「当然だ。こんな体になって、汚い貴族の奴隷になって鉱区で働き続けていた。そうだったのに、今俺はここにいる。これが人生最後のチャンスなんだ。お前のように、罹患者でもない奴には、この苦労がわからないだろう」
キシュカン:
「君が諜報員だとすれば、情報を受け取りに来る人もいるはずだ。いつ来る? 面会を利用するなら、家族と言ってくるんだろう? もし、君が隠し通していたら、きっと会わせていたよ」
ノイム:
「俺の話を聞いていたか? まずは、俺の身を保証しろ。すべての話はそこからだ」
キシュカン:
「そんなに自分の身がかわいいなら、自分が生きるに値すると示してほしいものだね。君が一切の情報を持たない可能性もあるんだ。君は何を知っている? 何を目的にここに来たんだ?」
ノイム:
「なら、俺が知っている情報を一つ渡す。それで、お前が俺を信じるかどうか判断しろ」
キシュカン:
「いいだろう。それじゃ、教えてもらおうかな」
ノイム:
「それは……俺は使い捨ての駒という事だ。お前の予想通り、明日の朝に家族を名乗った人がこの鉱区に来る。身分は当然偽物だ。そして、俺から情報をもらった後で、俺を始末する。お前も知っているはずだ。貴族の鉱区から外へ出た人間はみんな、最後は同じ運命をたどるんだ」
キシュカン:
「明日の朝に来るね……つまり、明日の朝までは生かしてくれということかな?」
ノイム:
「俺はここで死んだっていいんだ。よく見ておけ!」
キシュカン:
「ん……おい! やめろ!」
ノイムは自身の体表にある結晶化した氷蝕を使い、術を起こした。キシュカンはすぐにノイムを止める。彼もまた術師であった。監察室からは白い光が漏れ出し、その光と共に冷気が部屋中に広がった。部屋の照明は割れ、破片が高い音を立てる。監察室は暖房が効いていたが、一瞬にして冷えかえり、彼らの息が白くなる。
ノイム:
「クソッ! *****が! お前も罹患者なのか?」
キシュカン:
「いいや、私は罹患者じゃない。けれど術が使えるのは罹患者だけではない、それだけさ。もうそれはやらないことだ。命を削るだけだよ。君の熱意はよくわかっている。ただ、私を道連れにできるとは思わないことだよ」
ノイム:
「はぁ……はは! ははははは! おかしなことを言うなぁ。命を削るだけだと! 今だって、俺の同胞は、その命を削って働いているんだ! それが日常だというのに、何がおかしい!」
キシュカン:
「君は間違いなく疲れている。本当の味方が誰かも、わからないのかい? 君は説明を受けていないのか? ここは王都管轄鉱区ウェル湖だ。罹患者のための施設。それなのに、何をそんなに恐れている……。仕方ないな……」
キシュカンは自身のデスクの引き出しから活性魔蝕抑制剤を取り出した。そしてノイムに一切見せず、それを打ち込んだ。この薬剤は主に罹患者に使われる非常用の薬品で、彼らが術を使う際に使っている体内、または体表の活性体のはたらきを一時的に抑える効果がある。
ノイム:
「うがっ、何を……何をした! う、うう痛い! 熱い! この外道が、卑怯だ! お前もあの汚い貴族と同じか……!!」
キシュカン:
「やはり君は一度休んだ方がいいだろう。無理をしてまで演じる必要はないさ。お互いね」
キシュカンはぐったりと倒れこんだノイムを医療室に運び、鉱区配属の医師に引き継いだ。
キシュカン:
「はぁ、結局わかったことは、彼が諜報員で、明日の朝にその一味が来るという事だけか。これではオルターネに叱られるな」
監察室の窓では、滞りなく業務が進行している。月の光さえ眩しく反射するこの湖に、多くのものが引き寄せられている。
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【人物ファイル】オルターネ
インファンス集積情報処理機関に所属していると考えられる女性。高い戦闘能力を持ち、氷蝕による霧の発生といった、自身を隠す魔蝕作用を得意とする。*****によって、王都直属の諜報員であることがわかっている。王家の命令である貴族の監視及び誘導を目的に動きながら、*****の調査や、王家の*****の調査も行っていた。キシュカンとは同期の仲だが、本人曰く馬が合わないとのことだ。
戦闘では自身のお気に入りであるレイピアを使い、素早い動きを主体とした手数の多い立ち回りを得意とする。術に関しても一般的な魔蝕術師程度の扱いは可能なようで、間合いの調整などに使う。
関連人物:キシュカン
保管場所:*****
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どうも、アヤタカナデです。後書きってとくに書くことないときありますよね、じゃあ黙ってろって? はい。すみません……あ! ここまで読んでくれてありがとうございました!




