4
さて、彰が担任に連れて行かれ、すでに十五分はたっている。
「遅いな……」
ハーレム妄想をしていた時は気にならなかったが、俺は彰がいなくなってボッチな状況にそわそわし始めた。
周りは新しいクラスメイトとワイワイやっているのに、俺だけ一人、席に着いてポツンとしている。
いや俺はボッチじゃないから!
ちゃんと彰という親友がいるから!
ちょっと席を外しているだけだから!
頭の中で言い訳してみるも、ボッチ感が薄れるわけではない。
うおおおおお!
彰!
早く帰ってきてくれ!
前にある彰の席を見ながら、俺は念じる。
周りにボッチじゃない証明をするには、彰が帰ってくるしかないんだ!
彰あああああっ……ん?
あれ?
珍しく彰が生徒手帳を置いて行っている。
彰の机の上には、紺色の生徒手帳と黒色の生徒手帳が置いてあった。
普段はマイスイートハニーと片時も離れたくないと言って、常に生徒手帳を制服の胸ポケットに入れているのに。
「珍しいこともあるもんだ」
生徒手帳を取り出した時に、担任の思わぬ呼び出しがあってうっかり忘れた……とか?
目線を生徒手帳から外そうとしたが、俺はどうしても気になって生徒手帳を見てしまう。
いつもなら彰が絶対に手離さない生徒手帳。
その生徒手帳の中の写真は、まだ誰も見たことがない。
前世の『俺の放課後が彼女に乗っ取られかけている件』の中でも、写真の表が描かれることはなかった。
写真を見せてって彰に言っても、減るから嫌だって言われるんだよなあ。
もちろん、彼女を紹介してもらったこともない。
親友だというのに、薄情なんじゃないかと思うこともあったが、『俺の放課後が彼女に乗っ取られかけている件』でも頑なに誰にも見せなかったので、彰はそういう設定なんだと諦めていた。
その彼女の写真が、今、無防備に手の届く場所にある。
……ちょっとだけ。
ちょっとだけならいいよな?
彰の彼女がどんな顔なのか非常に興味があった。
人間、隠されれば隠されるほど見たくなる生き物である。
これは自然の摂理。
見たくなっても、見てしまっても、仕方がないのだ。
俺は生徒手帳にゆっくりと手を伸ばす。
彰の彼女はどのパターンが当てはまるだろうか。
絶世の年上美女か?
それとも、とんでもない不細工か?
とりあえず、ラノベパターンとして、美少女はあり得ないだろう。
主人公の身近にイケメンを配置するのだから、美少女の彼女まで作って、読者の嫉妬を煽ったりはしないはずだ。
その点で、人気のあまりない年上キャラは都合がいい。
ラノベだけではなく、漫画でも使われる設定だ。
怒ってばかりの地味女教師だとか、わがまま放題の叔母さんだとか。
不細工は言わずもがなで、主人公のハーレムにかすりもしないキャラを出して、周りの男キャラの彼女役や片思い役にする。
頑なに彼女を紹介しない彰の態度を考えると、教師だとか俺の身内の誰かとかを考えるとしっくり来るが、中学生の時の教師なら卒業した今なら紹介出来るはずだし、俺の身内に彰の彼女となれるような女がいないので、年上キャラの線はないと言えるだろう。
あとは不細工の可能性だが、彰から見ても隠したくなるような顔面持ちなら、そもそも彼女にはしないだろう。
となると残るは……。
手を伸ばしただけでは生徒手帳に届かなかったので、俺は身体を机にのせてのり出し、ぐっと身体を伸ばして彰の机の上にある生徒手帳を取った。
フフフ。
さーて、彰の彼女はどんな彼女かな?
俺は身体を戻して座り直し、態勢を整える。
俺の目の前には彰の生徒手帳があり、あとは開くだけとなっている。
彰の彼女として残る可能性は……。
二次元の嫁!
漫画やラノベのヒロインたちだ。
念のために言っておくが、『俺の放課後が彼女に乗っ取られかけている件』のヒロインたちのことではない。
この世界にもある漫画やラノベのヒロインたちのことだ。
そう。
彰がガチオタである可能性だ。
漫画やラノベはこのパターンが多い。
平々凡々主人公の周りには、ガチオタが配置されやすいのである。
俺の嫁(二次元)最高! な人種なので、リアル女には興味がないというハーレムもの向きな男キャラなのだ。
彰がガチオタならば、是非ともオタクとしても仲良くなりたい。
俺の前世はオタクだったが、この高校に入学するために、勉強優先とずっと封印してきた。
もう入学してしまったのだから、ハーレムを形成しつつオタク解禁としたいところだが、今の俺にはこの世界のオタ知識もなければオタ友もいない。
蓄積が何もないので、今からオタク業を開始するのは大変である。
もし、彰がガチオタならば、楽しくオタトークをする友人と濃いオタク情報をすぐに得られるという最高の環境が出来上がる。
最上の趣味に最上の女たち。
人生薔薇色を通り越して人生天国である。
さて、彰はガチオタか否か。
この生徒手帳という扉を開けば、俺の新しい幸せな人生が待っているかもしれない。
俺は生徒手帳の端に手をかけた。
薔薇色の人生か。
天国な人生か。
写真が挟まっているページを、俺はゆっくりと開く。
さあ、出てくるのは巨乳美少女キャラかな? それとも、貧乳美少女キャラかな?
生徒手帳を開いたそこに待つのは……。
「はあ?」
生徒手帳を開いて写真を見た俺は、思わずすっとんきょうな声が出た。
「え? は?」
目の前にある光景が受け入れられなくて、俺は生徒手帳をいったん閉じる。
「えーと……」
生徒手帳の紺色の表紙をじっと見つめながら、俺は頭を整理しようとした。
今、見たものは……。
えー……と……。
整理しようとしても、頭は全く整理されない。
考えたくても、頭の中が真っ白だった。
いやいや……。
もしかしたら、見間違えってことも……。
生徒手帳は閉じていて、今は写真は見えない。
生徒手帳を開いた時に写真をじっくり見たわけではないから、きっと見間違えもあり得るはず。
ほら、あれだ。
見たのが一瞬で、光の角度とか色々あって、写真の人物が歪んでそう見えただけだ。
見間違い。
そうに違いない。
うんうん。
もう一回、写真を見れば、なーんだ全然違うじゃないかと笑い飛ばせるはず。
俺は生徒手帳を開くために、もう一度、生徒手帳の端を掴んだ。
あ、あれ?
指先が震えて、うまくページが捲れない。
やけに喉が渇き、俺は喉を潤すために唾をゴクリと飲み込んだ。
……ええい、ままよ!
俺は思いきって、勢いよく生徒手帳を開いた。
そして、そこには……。
俺がいた。
見間違いではなく。
勘違いでもない。
確かにそこには俺がいた。
生徒手帳に挟まっていたのは、今より少し幼い俺の写真。
たぶん中学一年の頃。
写真の背景には覚えがあり、それは中学校の校舎内で、窓を背にしてカメラ目線で笑っている俺が写真に写っていた。
つまり……。
彰がマイエンジェルと呼んでいたのも。
マイスイートハニーと呼んでいたのも。
全部、俺だった。
彰が可愛くて可愛くてたまんないと言っていたのも。
今すぐ抱き締めて離したくないと言っていたのも。
全部、俺だった。
毎日、写真を出しては、人目をはばかることなくキスしまくっていたのも。
全部、俺の写真にしていたのだ。
受け入れられない、受け入れたくない目の前の真実に、俺はどうすることも出来ず、ただ写真を見ていた。
そして、茫然としていたせいで、俺は後ろから近付いてくる気配に気付くことが出来なかった。
いきなり肩にポンと手を置かれて、俺の身体がビクリと跳ねる。
「写真……。見たんだな」
少し低めの声が、後ろから聞こえて来る。
見なくても声の主は分かった。
だって三年間ずっと友達だったから。
嬉しいことも。
悲しいことも。
楽しいことも。
何でも分かち合って、何でも話してきた親友だったから。
仲良くなりすぎて、何でも分かるとまで思っていた。
けれど、それは全て間違いで……。
彰の言葉に俺は何も返せない。
どんな顔をすれば良いのか分からなくて、俺は振り返ることも出来なかった。
写真を持ったまま固まっていると、彰が後ろから近付いて、俺の耳のそばで呟いた。
「覚悟しろよ」
立てては行けないフラグが、立った音がした。
end
ここまでお読みくださりありがとうございました。
今回のお話は連載中の悪役貴族の成り上がりたい!〜ライトノベル『最弱種族の竜槍者』の敵役に転生しました〜を練っている時に思い付いたネタでした。
そちらのオネエ主人公は敵役転生にしたので、この友人ポジションネタが使えなくなってしまいましたが、せっかくなのでこうして別のお話にしてみました。
いかがでしたでしょうか?
『悪役貴族の成り上がりたい!』がコメディやってるので、こちらもコメディにしようと思っていたのですが、友人の彰が書いているうちに向こうのオネエ主人公よりガッツリ狙っていく感じになってしまいました。
きっとこのあとは今まで我慢した分、彰が積極的に襲っていくことでしょう。
では、お読み頂き本当にありがとうございました!